【週俳11月の俳句を読む】
心のありか
小林すみれ
装置より伸びる両腕秋の昼 中田美子
この装置とはなんだろう。いろいろと想像したが特別なものではなく、季節を感じることのできる心の装置なのではないか。今年の夏は酷暑であったので、秋への期待は一入だったことだろう。秋への喜びが両腕に、総身にあふれている。
タクシーに乗つて大きな紅葉山 中田美子
急に思い立って一人タクシーに乗ったのか、あるいは気心の知れた仲間と乗り合わせ、紅葉狩に繰り出したのか。どちらにしても、「大きな」という表現が紅葉山に到着するまでの高揚感をあらわしていて、こちらまで浮き浮きした気分になる。都会人の束の間の休息。
金木犀犬の不在に気付いたる 中田美子
木犀はある日を境に香り出す。とてもさりげない匂い。あー秋が来たのだと思える。近頃は家の中で犬を飼うのが主流だが、いつも通る道に犬小屋のある家があるのだろう。木犀の匂いに誘われ、そういえば最近犬を見かけないな、鳴き声を聞いていないな、と思い出したのだ。木犀の匂いが犬の不在に気づかせてくれた。匂いって不思議。突然心の奥にあったものを表出させるから。
ゆきひらに冬のはじめの水しづまる 大塚凱
ひらがなが柔らかく、繊細な句。鍋に水を入れる。昨日までとは何かが違う。そんな細やかな感覚を持ったのだろう。季節外れに暑い日があっても、その暑さはやはり数か月前とは違う。万物に対して敏感でありたい。「しづまる」の字余りが初冬の鼓動のように聞こえる。
枯萩の透けてくるまで考へる 大塚凱
気が付けばもうこんな時間。いつの間にかまわりに人がいなくなった。今何時だろう、と我に返った。何かに没頭しているとこんなことがある。「枯萩の透けてくるまで」という比喩に実感がある。きっと考えすぎて頭が痛くなってしまったかも。
セーターに松葉が刺さる帰らねば 大塚凱
想像がふくらむ句。小春日和の一日、女友達と海に来た。今日は片思いの彼女に告白をするつもりで海に誘った。しかしなかなか思い通りにはいかない。間が持てず、食事の後に二人分の缶コーヒーを買った、が、それも飲み干してしまった。冬の日暮れは早い。風も出て来た。帰りが遅くなって彼女に風邪を引かせてはいけない。いろいろと考えすぎて、伝えたいとっておきの一言が出てこない。そんな自分のふがいなさに、セーターに刺さった松葉がことさら痛い。
0 comments:
コメントを投稿