【週俳3月の俳句を読む】
蝶と雨
岡田耕治
かの人をみとりし人も死す黄蝶 安田中彦
長くベッドで過ごした人も、それを看取っていた人もこの世にはもうありません。蝶は、魂を表すとも、死を表すとも言われます。ただ、小さく揺らぐ黄蝶は、そこから立ち上がってくる生を感じさせます。死を見つめているのに、静かな気安さとでも表現したくなる黄蝶の息づかいを感じるのです。亡くなった魂がこの蝶になったという「転生」ではなく、命の連続性のなかのうつろいとでも呼びたくなるような「おだやかさ」として。
腕時計しない手首に春の雨 加藤綾那
腕時計をしないのは、僕なら休みの日です。 これからの季節だと、腕時計を外しているとそこだけ白いままの肌が目立ったりします。 どこか頼りないような気もしますが、 それはそれ、休みの日を楽しむことにしましょう。 さっきから降り出した雨も、腕時計をしていないからでしょうか、「恵みの雨」とさえ思えてきます。ガレージで暮らしはじめた知人に、「よかったらこれ使いますか」と時計を差し出したところ、「いや、やっと時計がなくてもいい暮らしを始めたのだから」と断られたことがあります。彼はずっと休みの日を選び取っているのです。
2019-04-21
【週俳3月の俳句を読む】蝶と雨 岡田耕治
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