2019-06-16

【週俳5月の俳句を読む】自然の摂理のまま 菊田一平

【週俳5月の俳句を読む】
自然の摂理のまま

菊田一平



角落ちし鹿の眼の澄んでをり  藤本夕衣

角が無くなった後の鹿がどんな表情をしているのか実は知らない。十年ほど前になるけれど奈良公園の鹿の角切りを見るには見た。

幔幕を張り巡らせた会場に勢子に追われた鹿たちが次々と逃げ込んで来て、投げ縄で捉えられては地面にねじ伏せられて行く。三、四人の印半纏を着た人たちに寄ってたかって押さえつけられ、角切りの一連の流れ作業の果てに囲みを解き放たれた鹿たちは戸惑うような仕種を見せながらも一様に仲間たちのいる方へと駆け出して行った。あの鹿たちの目には突然自分の身に起こったことへの驚愕と自由になった不思議さ、あるいは安堵の表情はあるだろうけれども、「澄んでをり」の「澄む」とは距離があるはずだ。

多分、夕衣さんの鹿は強制的に角を切られた鹿ではなく自然と角が抜け落ちた野生の鹿なのだろう。そういえば、おととしの冬、琵琶湖の北の菅浦へ吟行にいった。湖岸の多くの家の物干しの竿掛けが見事な鹿の角だった。だれかが裏の山から拾ってくるらしいよ、と教えてくれたけれど、賤ケ岳につづくあのあたりの鹿たちは自然の摂理のまま角が生えたり落ちたりして歳を経て行くのだろう。結衣さんはまさにそんな鹿たちの目の在りようを素直に詠んでいる。


川嶋健佑 鍵垢手垢 10句 ≫読む
藤本夕衣 つややかに 10句 ≫読む
うにがわえりも 食べられないぶどう 10句 ≫読む

0 comments: