2019-06-23

【週俳5月の俳句を読む】舞台狭しと 菊田一平

【週俳5月の俳句を読む】
舞台狭しと

菊田一平



晩春のなにかと燃える千葉雅也  川島健佑

いいなあ、この千葉雅也くん。この句を読んで同級生だったKちゃんのことを懐かしく思いだした。中学生のころ私の出身の島の中学校には卓球部や野球部はあったけれど陸上部というものはなかった。中体連の陸上競技には、既存の部活や、部活に参加していないけれども足の速い者たちが自薦やクラス推薦で出場するのが常だった。出場選手たちは放課後にグラウンドや海岸の砂浜をわずか一週間か十日ぐらい形ばかりの身体慣らしをしてその日を迎えた。

Kちゃんが生徒会長だったある年、100メートル走に出る選手が誰もいなかった。OとかTとか、全校でも圧倒的に足の速い連中がいたのだが彼らは推薦されても首をたてに振らない。学年ごとにクラス会が開かれたが結論がでず、とうとう「俺が出る」と手を挙げたKちゃんが出ることになってしまった。

クラブ活動こそ卓球部だったけれど決してKちゃんは足が速い方ではない。市内のK中学やS中学にはちゃんと陸上部があって、毎日、日課のように手の降りや足のあげ方を練習している連中が出場してくる。案の定、Kちゃんはスタートから離された。それでも大きく手を振り、歯をくいしばって頑張ったが力の差は歴然としていた。

大学生になって、アラン・シリトーの小説を読んだ。確かエルトン君というクロスカントリーだったか陸上競技の選手が主人公の小説だった。ストーリーは忘れてしまったが、足がもつれて地面が膨らむよう感覚に捉えながらも、必死でゴールを目指す主人公の姿に思わずKちゃんの姿を重ね合わせて読んだ。

川島さんの雅也くんの「なにかと燃える」とはちょっと意味合いが違うけれど、Kちゃんも何かと熱く燃える男だった。東日本大震災で島の実家が無くなって島を離れることになってしまった。以来Kちゃんとも会っていない。


フローリングなめらかマイケルジャクソン忌  うにがわえりも

5月の30句の中でも、リズムにおいてこの句のなめらかさに敵う句はない。

歌手のマイケル・ジャクソンが亡くなったのは2009年の6月25日。あまりの唐突な亡くなり方に、マイケルの不眠症に対して主治医が処方していた催眠鎮静剤が不適切だったのではないかと裁判沙汰にまでなった。

それはそれとしてこの句の二物の合わせ方はまことに上手い。「フローリングなめらか」のたった10文字の措辞にムーンウオークで舞台狭しと歌って踊るマイケルの姿を余すところなく伝えている。「マイケルジャクソン忌」の語彙も悪くない。いかにもフットワークがよくて、いささか不謹慎だけれど乗りがいい。惜しむらくは「マイケル・ジャクソン忌」じゃなく、中黒を抜いて「マイケルジャクソン忌」としたこと。字面に少々締まりがなくなってしまった。とは言ってもこの句を嚆矢として上五に詠むひとの想いが存分にこもった「マイケル忌」の句が次々と詠まれてくるだろうと想像すると楽しくなる。



川嶋健佑 鍵垢手垢 10句 ≫読む
藤本夕衣 つややかに 10句 ≫読む
うにがわえりも 食べられないぶどう 10句 ≫読む


0 comments: