【週俳7月の俳句を読む】
それぞれの眼に映るもの
佐々木紺
宙を欲る鯨に海は搏たれたり 神山刻
上5に絶妙な説得力がある。鯨や鯱が海面を飛び出してジャンプする写真を誰もが見たことがあると思うが、あれは宙を欲していたのか、そうか、と納得してしまう。宙と書くことで単なる中空でもなく、宇宙を含むようにも見える。海は搏たれたり、と尾で海面を打つ音まで聞こえてきそうな迫力。
平坦なヒューヘフナーの裸かな 神山刻
ヘ、ヒ、ヘ、ハ、とh行の音韻があり、読み下してもふしゅー、と気が抜けるような感覚。どんな人かは知らなくても、この句のなかのヒューヘフナーはなんだか平凡で、ややかわいそうで、そこが少しかわいい。ヒュー・ヘフナー氏は往年のPLAY BOY誌の創刊者であり、多くの女性たちを魅力的な鑑賞作品として世に出してきた人だが、まさかこのように自分の裸の句が作られ、消費されるとは思ってもいなかっただろう。
頬杖の温度毛虫を焼く温度 楠本奇蹄
私はこの人の句が一番分からなくて、しかし面白いと思った。
一読すると頬杖の温度と毛虫を焼く温度が同じくらい、と取れる。もちろん比喩として。
毛虫を焼く温度というのは他の生き物を殺すくらいだから、少なくとも不快な温度だろう。頬杖をつき、あえて目の前のことには気がないように装っているが、頬の熱が不快なまでに上がってくる。虫を殺せるくらいに。そこにはなんとなく、健やかでない欲望の気配を感じる。
水掻きの退化していく昼寝覚 瀬戸優理子
夜に眠り朝起きるときとは違って、昼寝から覚めたときにはふしぎな喪失感が伴う。心地よく豊かだった時間が、一瞬ではかなくほろほろと喪われる淋しさ、心もとなさ。幼児が昼寝から目覚めて泣く気持ちが、私にはよくわかる。
さっきまで人間ではないものとしてしなやかに泳いでいたのに、かがやく銀色の水掻きでなみなみと水を動かせたのに、それが夢だったことに気づく。しかし両手にはたしかに水掻き(であったもの)の感覚が残っている。その喪失感は、たしかに昼寝覚とひびきあう。
祖母の語の軟化せはしく夏座蒲団 岩瀬花恵
これは自分の読み方が合っているのかあまり自信がないのだが、帰省して久しぶりに話す祖母の言葉が、以前厳しかった人がやさしくなったというよりは、認知症などが急に進んだために平易な話し方になってしまったというように読めた。「語の軟化」だけでここまで読むのは読みすぎなのかもしれないが、せはしく、というところでひっかかってしまった。夏座布団はさらりとした生地で、なつかしさとやや頼りないような切なさがある。
感情は錆びて記憶に香水に 岩瀬花恵
とても好きな句。錆びて、というところにもかすかな晩夏の匂いがあるように思う。感情は生のままではなく変性して、こびりつく剥がせない光のように、記憶にも香水にも纏わっている。
2019-08-25
【週俳7月の俳句を読む】それぞれの眼に映るもの 佐々木紺
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