2020-08-02

中嶋憲武✕西原天気の音楽千夜一夜 弘田三枝子「渚の天使」

中嶋憲武✕西原天気の音楽千夜一夜
弘田三枝子「渚の天使」


憲武●先般、7月21日、弘田三枝子が亡くなりまして、あまりに急なことで立ち上がれないような状態が続いてます。73歳では、まだまだ若いと思いますけどね。

天気●団塊の世代ですね。

憲武●で、まあ、この曲。弘田三枝子で「渚の天使」(1968年)。


憲武●弘田三枝子の歌には頭に「渚の」と付く歌が多いと思います。ちょっと思い出すだけでも、「渚のデイト」「渚のうわさ」など。この曲は1968年7月発売の、作詞・橋本淳、作曲・筒美京平によるR&Bの曲です。

天気●B面の「恋のエンジェル・ベイビー」も含め、バタ臭い。旧来の歌謡曲とはちょっと違う。

憲武●弘田三枝子をどうして知ったかというとですね、ビートルズを教えてくれた叔母の家で、しょっちゅう掛かってたからなんです。当時、4つか5つだったと思うんですけど、邪心のない子供心に妙にヒットしたんでしょうね。親たちが楽しそうに聴いてるんで、スッと入っていかれたと。その時、よく聴いていたのは、東芝EMIから出ていた「弘田三枝子ヒットアルバム」です。いまだにLPを捨てずに取ってありますが、ボロボロです。

天気●やっぱりこういう音楽はビニール盤。

憲武●厚生年金ホールでのリサイタルにも、連れていかれましたよ。その時、左腕を骨折していて、包帯で吊ってる姿が印象的でした。

天気●今はなき新宿の厚生年金ホール。

憲武●成長しても、弘田三枝子の存在は気になっていて、CDを買ったり、高橋伸寿さんにお話聞いたり、銀座のジャズライブ観に行ったりしてたんですが、晩年は不遇だったと思います。才能を活かし切れていなかったとも思います。

天気●弘田三枝子イコール整形って感じでしたからね。

憲武●中尾ミエが、ある番組で「弘田三枝子のデビュー時は、ダイナマイト娘と言われて歌にパンチがあって、この人には敵わないと思ったけれど、キレイになっちゃってから、突然パンチがなくなった」と、語ってました。まあ、いろいろあった人ですけど、心よりご冥福をお祈りします。


(最終回まで、あと845夜)
(次回は西原天気の推薦曲)

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