2020-09-27

【週俳8月の俳句を読む】一句志向と連作志向 うにがわえりも

【週俳8月の俳句を読む】
一句志向と連作志向

うにがわえりも


短歌や俳句には、一作単体としての見せ方と連作としての見せ方がある。私は短歌を詠むことが多いことから、俳句においてもどうしても「連作志向」の作り方をしてしまいがちなのだが、どちらの見せ方がいいのかは人それぞれ得意な方があって、言ってしまえばどちらでもよいのだ。ただ、個人的な感覚としては、俳句は短歌に比べて「一句志向」のところが強いのではないかと思っていて、作品を読むときに頭のチャンネルのようなものを調整することが難しいなと日々感じている。

今回、8月の作品5つを読ませていただくにあたっては、一句に注目した読み方と一連としての読み方の両方を心がけてみた。

堀田季何「生えている」

まず一句目の、《牛乳に苺潰せり旭日旗》は迫力のある見立てだと思った。連作の最初にはこのようなインパクトのある句を持ってくるのがよい。一連を読み進めていくと中盤の四句が「蠅」の句となっていて、不思議な雰囲気の世界が広がっている。《ヨーグルトに蠅溺死する未来都市》のような蠅の詠み方はあまり見たことがなかったため新鮮に思った。ただ、一連全体としてイイタイコトが過多な印象を抱いてしまい、季語自体のもっている季節感や空気感を素直に読み味わうことが難しかった。挙げた「旭日旗」や「ヨーグルト」の句は、あまり連作であることを意識しないで一句単体で読んだ方が味わいやすいのかなと考えた。

タイトルにもなっている《ぐらぐらになつた詩人が生えてゐる》は、なんとも意味深な句だ。「生きている」ではなく「生えている」という云い方をしているところに、作者の見方が凝縮されているように思う。


佐藤友望「旅程表」

「旅程表」というタイトルからは、この句群が「連作志向」であることが伝わってくる。この一連の最初《頸椎カラー解きて噴水見上げをり》という句は、「頸椎カラー」という語が俳句になり得るのかと驚かされた。堀田作品とは異なるアプローチではあるが、一連の最初にインパクトを持たせようとする工夫としては共通したよさがある。

一句ずつとしては、《助手席にモカの空き缶夏の月》の取り合わせの距離感や、《宇宙より静寂来るや山の小屋》におおらかな視点がよいと思った。《白南風や表紙の派手なガイド本》は、「表紙の派手な」がやや説明的なきらいがあるが、句材としては面白いと思った。夏の十句としてよくまとまっている。


中矢温「にこり」

秋のゆったりとした空気感でまとまりのある一連。タイトルの「にこり」とは一体何のことかと思ったが、《桃買へば鏡ににこり昇降機》から取られていることがわかった。秋の気分が良く出ている一句。

文通に遅筆許せよ草の花》《かのししの闇より暗き鼻の穴》《背に名を書き合ふ遊び盆の月》などがよいと思った。連作としてのまとまりがありながら一句としてもよい句が多く、好感をもった。《鰯雲けふの天気と検温と》は、先に挙げた句に比べてインパクトは薄いかもしれないが、一連の中での緩急として非常によく効いている。


衛藤夏子「海辺の映画館」

こちらは映画館でまとめた一連。前半の《萩の咲く港のみえる映画館》や《蜻蛉舞う海の匂いのテラス席》のような句の細かさによさがあると思った。しかし、一連の後半に行くにつれてパワーダウンしてしまったような印象を抱いた。おそらく、先に挙げた二句に比べて一句中に詰め込む要素が減ったことによるのだろうと思う。最後の《鰯雲映画館から広がって》にある一連のまとめとしての良い意味での余白を際立たせるためにも、中盤はもう少し密度のある句があるとよかった。


柏柳明子「あをき箱」

句ごとの季語を追っていくと、「盆用意」にはじまり「九月」で終わっている。俳句や短歌の連作は小説(散文)とは違って、「次の日」「やがて秋になって」などと時間経過が直接的に書かれることはほぼない(というよりも、それはよしとされていない)。10句という範囲の中で無理のない時間変化を季語の移り変わりによって表現するということは、連作を作る上で考えるべき重要な視点である。八月の句だけでは終わらずに九月の句を取り入れて一連をまとめたところに、構成的なうまさがある。

一句としては、《甘き指近づけてきし盆の月》《新涼の美貌の石に出会ひけり》にみられる異化の感覚が特によいと思った。読者は「甘き指って何?」「新涼の美貌の石ってどういうこと?」と自然と考えはじめる。指は普通甘くないし、石に美貌があるかといわれるとちょっと答えに困る。私は、「甘き指」とは月光のやわらかな感じのことではないかと読んだ。「新涼の美貌の石」というのは「コレがその石です」と具体例を示すことは難しいが、表現されている感覚はなんとなく分かるような気がする。

タイトルになっている「あをき箱」も同様である。通常、作品はタイトルの後に一句ずつ順番に読んでいくと思うのだが、句を読む前に「あをき箱って何の箱のこと?」と読者は想像を膨らませる。読み進めていくと、《虫すだくヨックモックのあをき箱》から取られていることがわかった。虫は普通草むらや虫かごの中にいるものであって、お菓子の箱の中にはいないはずである。しかし、この一連における「あをき箱」は、虫たちの小さな命のかけがえのなさをうまく遠回りして私たちに教えてくれているのだ。


693号 2020年8月2日
堀田季何 生えてゐる 10句 ≫読む
佐藤友望 旅程表 10句 ≫読む
中矢 温 にこり 10句 ≫読む
衛藤夏子 海辺の映画館 10句 ≫読む
柏柳明子 あをき箱 10句 ≫読む

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