2020-09-13

【句集を読む】待っているらしい 生駒大祐『水界園丁』の一句 小林苑を

【句集を読む】
待っているらしい
生駒大祐水界園丁』の一句

小林苑を

初出:facebook

はんざきの水に二階のありにけり  生駒大祐

句集を閉じると一編の物語を読み終わった気分がした。有り体に過ぎるけれど、園丁の語る水界日記のようなと言ったら伝わるかな。特別なドラマは起こらない。誰か、或いは何かを待っているらしい様子があって、ときどき水が揺らぐと、来たのかも知れないと顔を上げるが、また世界は静になる。そんな感じ。

この水界がどんなところかというのは句集に多く収録されている水に関わる句群を読んで貰うしかないが、掲句によれば広くて深い海の底というより淡水の昼には光も射してくるような場所で、二階もあるらしい。

昔、四国だったと思うのだけど、はんざきのいる川で出てくるのを待ったことがある。存外浅いところに棲んでいるんだなというのと澄んだ水が印象に残っている。そして私の世代なら井伏鱒二『山椒魚』なのである。はんざきとはあのぶつくさ言ってる奴としか思えない。さらに、またかいと言われるの覚悟で彼の人の句を。

 はんざきの傷くれなゐにひらく夜   飯島晴子

二階があると思っているのははんざきだけなのかもしれない。見上げたりしないからあるかないか本当のところは分からない。でも思えばあるのだ。二階とは行こうと思えば行けるすぐそこのはずなんだが様子の知れない場所。はんざはじっとしたまま二階を感じている。太古の姿のまま、はんざきの神経は研ぎ澄まされている。

選びたい句はいろいろあるけれど、語りたくなる五句を厳選。

せりあがる鯨に金の画鋲かな  同

もう一度言ふ蕪提げ逢ひに来よ  同

五月来る甍づたひに靴を手に  同

子供らが来て祝日を雪にせり  同

水中に轍ありけりいなびかり  同


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