【句集を読む】
わたしと出会うための一冊
樋口由紀子『めるくまーる』
小林苑を
わたくしをひっくりかえしてみてください 樋口由紀子(以下同)
『めるくまーる』のことを書こうと思ってからだいぶ経つ。うーむと前句集『容顔』を探すと、たくさんの付箋が貼られたまま本棚に収まっている。読み終えた句集の付箋は外して戻すので、付いているのは読みかけってことで、むろん途中まで読んだのではなく迷ったままなのだ。
なにしろ謎だらけ。《前の世は鹿のにおいがしたという》《ぎやまんのまんなかへんがきっと犬》。気になって前に進めなくなるんですけど、どういう意味ですか。《婚約者と会わねばならぬ大津駅》なんてもうお手上げです。婚約者って、とても面倒そうだとは思いますし、なんだか笑いたい気もします。しますけれど、です。
たぶん、と私は思う。もっと素直に言葉を信じることなんだろうと。謎は謎のまま感じればよいので、謎解きではないのだと。
蓮根によく似たものに近づきたい
困惑を眠らせている金盥
雑巾をかたく絞ると夜になる
自転車で轢くにはちょうどいい椿
取返しつかない窓をもっている
たとえば、これらの句群は直感的に分かると感じる。ほっとする。分かるを助けてくれる「もの」がある。しかし、俳句では単なる「もの」を置くことで景を鮮明にするのだが、ここでは唯の「蓮根」「金盥」「雑巾」「椿」「窓」ではなく、もっと過剰だ。これ等は作者の化身のような「もの」達なのだ。だからといって暗喩と捉えようとするとむしろ邪魔で、作者の思いが姿を現した「もの」達なのだ。
ところが、とようやく揚句に辿り着く。ここには化身どころか「わたし」がいて「ひっくり返せ」と言っている。裏返すのか、逆さにするのか、どちらにしても「みてください」とお願いしているのが怪しい。なにかが起こりますよ、ほんとうのわたしが現れるかもしれませんよ、と誘いかけてくる。でも、ひっくり返すと樋口由紀子がまんま立っていそうで、「苑ちゃん、なにしてんの、早くし」とか言いそうで。もういちどひっくり返すと、「苑ちゃん…」と無限ループに入り込みそうな気もしてくる。
人間は見た通り、言ってる通りではない、何を考えてるか分からない存在だと大抵の人が思っている。では自分はどうだ。わたしですか、わたしは…。『めるくまーる』はわたしと出会うための一冊。
最後に大好きな一句を。
なにもない部屋に卵を置いてくる
樋口由紀子『めるくまーる』2018年11月12日/ふらんす堂 ≫amazon
0 comments:
コメントを投稿