芭蕉から進むために
『連句新聞』創刊のこと
高松霞
連句には「芭蕉に帰れ」というフレーズがある。十八世紀後半、芭蕉五十回忌から百回忌にかけて起こった蕉風復興運動のスローガンである。そして時折、現代連句の座においても同様のフレーズが口にされる。「芭蕉によれば」「芭蕉に用例がある」「芭蕉に帰れ」……しかし我々は本当に芭蕉に帰るべきなのだろうか? そこで、現代連句の作品を鑑賞し、この疑問への答えを導き出してみたい。
2021年春に連句総合サイト「連句新聞」がスタートした。全国10結社の連句作品と連句内外の創作人コラム、新形式を紹介するコーナーなど、現代連句の最新情報が網羅できるサイトである。
現代の連句作品は連句界の中だけで流通しており、外部からは実体が見えない状態が続いてきた。そこで、高松霞と門野優が「連句に興味のある人なら誰でもアクセスできる場所を」というアイデアでつくったものである。年四回、四季に合わせた作品を掲載し、現代連句とはなにかを提示できる媒体を目指していく。
では実際に「連句新聞 春号」の作品を見ていこう。
花冷やメモ箱からは物語 小池正博
猫のよこぎる闇に東帝 角谷美恵子
春雷は寝床の中で遠く聴く 蒲生智子
(半歌仙「花冷えや」の巻)
「大阪連句懇話会」の作品。第三まで引用したが、幻想的で詩性の強い流れである。発句、メモ箱からしたためられた物語が出現し、それは闇の中の猫と春の神であった。第三で「寝床」という現実へ転じている。
フクシマのデブリ鬱々月凍る 山地春眠子
息止めて聴く神の旅立ち 岡部瑞枝
約束を守らぬと蹴飛ばしますわ 春眠子
(二十韻「瞬転の無重力」の巻)
東京の「草門会」の作品。東日本大震災直後、震災に関する語句について山地春眠子は「まだ早い」と言って採らなかった。連句には時事句が組み入れられるが、いつ、なにを、どのように詠むのかについて、捌きと連衆は見極める必要がある。
手放しの猫好きがゐて恋すてふ 志乃
「私の罪」をほのと匂はせ 真紀
きぬぎぬの改札通る右左 祐
(歌仙「蝶の風信」の巻)
東京の「解纜」の作品。猫好きが恋を捨て、それを罪だと言って改札を抜けていく。連句では恋句は3~4句続けるとされており「ベタ付き」になりがちだが、この作品は句ごとに場を転じている。繋がっているような、いないような、現代連句らしい絶妙な距離感である。
しずしずと朱夏をつらぬく僧の列 狩野康子
放射線にも河童軟骨 永渕丹
仮の家にとてちれしゃんと生きている 丹
(胡蝶「純心が」の巻)
「宮城県連句協会」の作品。河童軟骨とは、鳥の胸骨の先端部をいう。宮城県連句協会の作品にはたびたび震災詠が含まれる。被災者としての実感がありつつも俳諧味がある句である。
麦藁帽にせめて黒いリボン付け 鈴木漠
噛む青林檎に問ふ実存 三木英治
夢を印刷する機械を想像 梅村光明
(糸蜻蛉「遠き春」の巻)
兵庫の「海市の会」の作品。糸蜻蛉は林空花創案「胡蝶」のヴァリエーションで、中盤が自由律になる。今回引用したのはその部分である。空想的な内容の中にある、黒、青、夢という色の展開が面白い。
現代の連句人口は減少の一途をたどっている。連句とは何かと聞かれたときに提示できるのは『芭蕉七部集』しかなく、子規の「連俳は文学にあらず」という言葉以降、近現代の連句史は停滞している。しかし、「連句新聞」にあるように連句の座は各地に点在している。連句を主に行う作家は高齢化しているが、短歌や俳句といった背景を持つ若手作家が連句を巻いたという声も聞くようになった。筆者が各地で行っている連句未経験者のためのワークショップ「連句ゆるり」も来年10周年を迎える。連句は蕉風の思想を持つ者だけのものではないし、連句の作法を知る者だけのものでもなくなってきているのだ。個の文芸が根底にある現代において、連句は個人と個人、作品と作品を繋ぎ合わせていくことを目標とすべきなのではないだろうか。それが連句史の更新に繋がるのだとしたら、いまの我々が唱えるべきは「芭蕉に帰れ」ではなく「芭蕉から進め」なのだ。
0 comments:
コメントを投稿