【句集を読む】
源氏の恋その他
太田うさぎ句集『また明日』
宮本佳世乃
初出:『炎環』第502号・2022年4月
一九九七年から句作をはじめた作者の第一句集。私自身、彼女の句集を待ちに待っていた一人だ。装丁:佐野裕哉、解説:仁平勝。天アンカット。
うさぎさんに始めてお会いしたのは二〇〇六年くらいだと記憶しているが、俳句の第一印象で感じたのは「楽しいし、お洒落だなぁ」ということ。その印象は、句集になって「粋な人だなぁ」に深化した。
濡れてゐる道の遠くを藤の花 太田うさぎ(以下同)
最初の見開きに掲載されている句。何が原因で「濡れているのか」は要素が多くなるので句では述べていない。あえて言えば「空が見える道」と「春の空気のなかにあるうすむらさき」という質感を残すことで、実物とともにニュアンスを伝えている。
ほつそりと朝焼のまだ及ばぬ木
夏の朝ははやい。暁を経て、あけぐれを経て、朝焼がはじまった。
まだ布団のなかでぼんやりしながら外を見ているのか、それとも一泊したのか。「ほつそりと」は主観だが、ものがほっそり見えるとき、こころは豊かだ。
寿司桶に降りこむ雪の速さかな
家の会食で寿司をとった。黒とか臙脂色の寿司桶に雪が降る。いや、降りこむ。まるで雪が意識を持っているように、薄暗いなかに雪にハイビームが当たる。そしてロービームにあるものは、家の壁や人の足などの暮らしだ。
四隅より辞書は滅びぬ花ミモザ
右とか上とか言わずに「四隅」。確かに四隅は四隅なのだが、捲っていたり、部屋に置いたりしているからこそ「滅びる」。そう、古びるのではなく滅びる。大きな「花ミモザ」の色彩や生命感と相まみえて、辞書というものへの信頼が厚くなる。
眦を林檎畑が抜けてゆく
車道の景色だろうか。「あれは何の木かな」とわいわい話している。スピード感を持った気持ちの昂ぶりがいい。本句集には恋の句、赤をモチーフとした句がいくつかあった。そういうことを感じさせる句のつくりもいい。
舟溜誰そひるがほを投げ込みし
海か湖の舟。投げ込まれたひるがほに電流は通っていないかもしれないが、この光景をきっかけとして舟の揺らぎやひるがほのひらひらした様子が思い浮かぶ。静かだけれども、意思がある。
春雨や源氏の恋を貝の内
手櫛して爪衰うる桜の夜
艶めきが隣り合う。貝合わせの遊びも、髪の長さも示唆的だ。いつだったか、句会に白地に紺の浴衣姿で現れたうさぎさんを思い出した。
太田うさぎ句集『また明日』2020年/左右社 ≫版元ウェブサイト
0 comments:
コメントを投稿