2023-09-03

【小笠原鳥類✕中嶋憲武の音楽千夜一夜】ヴィレジャーズ「So Simpatico」

【小笠原鳥類✕中嶋憲武の音楽千夜一夜】

ヴィレジャーズ「So Simpatico」


憲武●今回はゲストとして小笠原鳥類さんをお迎えしています。

鳥類●小笠原です。1977年に生まれて、90年代なかばから高校・大学、そのころはオアシスがブラーとののしりあって、まじめにレディオヘッドがいて、プライマル・スクリームがとらえどころがない音を出して、ビョークが寒い土地の潮風のように叫んで、笑顔に似た無表情に似た笑顔?のベックがこわくて、のような時代だったと思うのです。

憲武●はい、そんな時代でしたかね。

鳥類●もちろんモーニング娘。の動きも見ていました。そして21世紀になるころ、現代詩手帖やユリイカなどで書きはじめて、ゼロ年代詩とか言われて、ということは10年代20年代には過去であるのかわからないですけど、そのゼロ年代に私はメロディーがきれいなロックを聴いていました。トラヴィスとキーン。にぎやかな騒ぎから離れて、とにかく、いい音楽を作る人たち。

憲武●それぞれ、イングランド、スコットランドのバンドでしたね。あれ?どっちでしたっけ?

鳥類●トラヴィスは、スコットランドのグラスゴー、バンドが多いところのバンドです。まともにいい曲、ふつうにいい歌、ストレートにいいギター、シンプルにいいバンド。ずっと前から、他のバンドに何があってもトラヴィスがいれば安心。最近もアルバム「10ソングス」(2020)が、以前よりメロディーやサウンドに甘さがないですけど、その渋さ。イングランドのキーンは、ギターがいないキーボードの青い冷たい音と美メロと孤独さがあるヴォーカルで出てきましたけど、最近はバンドよりはヴォーカルのトム・チャップリンのソロが元気になってきたかな。去年2022年のトムのアルバム「Midpoint」の「Gravitational」が、いきがいいです。トラヴィスもキーンもベテランになってくるわけで、次はどういうバンドが出てくるんだろうと探していくのですけど、そこで出会って10年代に聴くのがヴィレジャーズ。というわけで今日は6枚目のアルバム「Fever Dreams」(2021)の「So Simpatico」。

 

鳥類●ヴィレジャーズはアイルランドのバンドで、中心人物はコナー・J・オブライアン(オブライエン)。他のメンバーはどんどん入れ替わっているみたいです。バーズのロジャー・マッギンのような人でしょうか。歌声の細さ、メロディーもサウンドも繊細。

憲武●初めて聴きましたが、いいですねえ。今頃の季節、初秋にはピッタリなんじゃないでしょうか。ジャケットも静謐で不思議で、いい絵です。

鳥類●ジャケがいいバンドなんです。今回は山みたいな動物で来てます。秋には「鹿の眼のわれより遠きものを見る 高木石子」。この音楽とジャケには俳句も詩もあると思ってしまいます。俳句と詩を比べると、575や季語や芭蕉のような基礎が、守らなくていいとしてもルールのようにあるジャンルと、まるで何も意識しなくても書けそうなジャンルとで、違うことをやっているように思えますけど、でも詩はルールがなさそうだからこそ、しっかりと組み立てて書く必要がある。結局は俳句と、やるべきことは同じになっていくんじゃないか。西脇順三郎も吉岡実も、長い長い俳句だから、いい詩なのかもしれない。ものごとと言葉の、観察と発見の喜び。詩はすぐにダメになりやすいもので、詩がダメなんじゃなくて人間が悪いんですけど、書く人間の悪さが正直に出やすいということもありますけど、乱雑な叫びもよくないし、だからと言って静まりかえってなんでもないのも間違い。すべてが崩壊していきそうな世界で、たくさんのことを学んで栄養にして、嘘のない着実な建築を繊細に正確に。

憲武●俳句と詩、確かにジャンルは違えど、表現の根幹の部分は共通してると思います。ほかのジャンルから学んだりすること、ありますか?

鳥類●ロックからも絵からも映画からも生物学からも学ぶことができます。たくさん学んで書くと、たくさんのことが可能になってきて、おもしろいです。騒がしい破壊のロックというよりは、たくさん音楽を聴いている人がしっかり音を並べて作っているロック。ただし私はほとんどライヴに行きませんので、ナマで聴いたら騒がしい人たちかもしれないですが。

憲武●ライブと複製品と、ほぼ同じのような気もします。複製品の音に忠実に、ライブをやる人たちもいます。

鳥類●録音されたものは変化しないようですが、ライヴは、録音と同じことをやったとしても、違うことをやるんじゃないかという不安と期待がその場にずっとあるのは、違いではあります。で、ヴィレジャーズの1枚目「Becoming a Jackal」(2010)から聴いてきて、音量を小さくして聴いているからでもあるでしょうけど、ずいぶん静かで、ややもすれば消えちゃうんじゃないかと不安もありました。5枚目のアルバム「The Art of Pretending to Swim」(2018)も、ジャケがなんとも懐かしさもある、黒とカラフルでシンプルな図形との組み合わせで、ここまで寂しい音楽になっていいのかとも思いました。ペット・サウンズのあとの数年間のビーチ・ボーイズみたいで、きれいだからこそ不安。でも6枚目を出してくれて、よかった。私も2001年の時点ですでに「まだいるのね」「5年後には消える」、もっともっとヒドいことも、言われまくっていましたので、でも、そのころよりもたくさん仕事をいただいていますし、危ないな大丈夫かなという不安を持続させつつ、スリリングな仕事を続けていければいいです。こまどり姉妹さんの「浅草姉妹」、いいですね。


(最終回まで、あと695夜)

0 comments: