2023-12-17

柴田千晶【週俳10月の俳句を読む】どろどろの悦び

【週俳10月の俳句を読む】
どろどろの悦び

柴田千晶


どろどろと盆の土産を嗅ぐ姉ら  竹岡一郎

どろどろと嗅ぐ、とはどんな感じなのか。どろどろは、物が溶けたり、汚れたり、人と人の感情がもつれたり、幽霊が登場するときの鳴物、どろどろどろどろ……などに使われるが、それらのどろどろとは違う。どろどろと嗅ぐ、には格別の悦びがあるように感じる。盆の土産が何かはわからない。人目を憚らず無心に盆の土産を嗅ぐ姉らの姿は妖しい。ただどろどろの悦びにひたっている姉たちは、すでにこの世の人ではないのかもしれない。


鬼灯や妓の吐く唾が楼を焼く  竹岡一郎

妓楼は女郎屋。妓は遊女。遊女が世間に唾を吐いて、みんな焼けてしまえと思ったのか。でも思っただけで、火事は起こらない。楼から出ることもできない。鬼灯を鳴らしながら遊女が見た幻の火事。あるいは馴染み客が見た幻なのかもしれない。


血泥より醒めればいつも虫時雨  竹岡一郎

竹岡一郎の句を読むと、フラッシュバックのような映像が浮かぶ。過去に自分が見た光景であるはずがないのに、自分の記憶のようなだれかの記憶が一瞬浮かぶ。人がもし生まれ変わりを繰り返しているのだとしたら、それは何回か前の自分の記憶なのかもしれない。血泥に倒れているのは農民か、足抜きした遊女か。夢から醒めればいつも虫時雨の中。血泥のようなぬかるみをくぐり抜けて、人はどろどろの悦びに塗れてゆく。


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