【週俳10月の俳句を読む】
見えている景
吉川わる
見えている景が独特な句を選んでみた。なお、作中主体を仮に作者として鑑賞していることをお断りしておく。
どろどろと盆の土産を嗅ぐ姉ら 竹岡一郎
兄弟とは、特に下の子から見れば、自分の知らない自分を知っていて、どちらかが死ぬまで付き合わなければならず、程度の差こそあれ利益の相反する者である。掲句は「どろどろと」から始まるものの、リズムよく下五へ流れるが、句末の「ら」という平仮名が目に飛び込んでくる。「姉ら」は子どもの頃から魔女のような存在であったのかもしれず、連作に出てくる「花街」、「新地」、「妓・楼」、「刑場」、「獄」といったものとともに、作者にとっての故郷の象徴のように思える。
白無垢の裡なる紅葉且つ散りぬ 同
白無垢は身に付けるものすべてを白に統一する婚礼衣装であるが、裏地や襟、袖などに赤が入った赤ふきの白無垢というものがあり、邪気を払うほか、嫁ぎ先の血に染まる、生まれ変わるという意味もあるそうだ。しかしながら掲句は「裡なる紅葉」と内面的なことを凝視しているのであり、それが「且つ散りぬ」というと結婚前の思いを捨ててというようにも解釈できる。おめでたい席で、花嫁と作者だけの秘め事を詠っているといえば飛躍しすぎであろうか。「紅葉且つ散りぬ」が句跨がりになって、「且つ散りぬ」の前のためが効果的である。
犬と眠る家なき人を吾はただ 中矢温
作者は週俳に「ブラジル俳句留学記」を連載しており、同じサブタイトルの回に掲句の景が描かれている。「犬と眠る家なき人」は「木陰の詩」を傍らに置いているホームレスであり、その前段に「ホームレスの人と目を合わさないで歩くことが、どんどん上手くなっている自分に気がつく」という記述がある。
掲句はもっとうまく綺麗に作ることも可能だったであろうが、「吾はただ」という今の気持ちにうそをつかなかったのであり、その気持ちがいつか一句に昇華することを願いたい。
すさまじや革に触れゐて革の聲 内野義悠
「革」とあるので生ではないが、触れるとすさまじい「革の聲」が聞こえるという。筆者のランドセルはクラリーノで型崩れもしなかったが、友だちのものは使い込むほどしわしわになり、確かに何か言いそうであった。何を、どんな声で言ったのか、すさまじさが分かるとさらに想像が広がるように思うが十七音では難しいかもしれない。
半島に砂嘴のさゝくれ冬支度 古田 秀
岬から見下ろしているのだろうか、言われてみれば、砂嘴はささくれの様に見える。風の吹き曝す半島では冬仕度が始まる頃であり、それはささくれの季節でもある。「砂嘴のさゝくれ」という「さ」音の連続も美しい。見立ての句であるが、雄大な景が見えて、理屈っぽさを感じさせない。
■中矢温 木蔭の詩 10句 ≫読む 第859号 2023年10月8日
■内野義悠 こゑのある 10句 ≫読む 第861号 2023年10月22日
■古田 秀 ささくれ 10句 ≫読む 第862号 2023年10月29日
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