ラベル 吉川わる の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 吉川わる の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2023-12-10

吉川わる【週俳10月の俳句を読む】見えている景

【週俳10月の俳句を読む】
見えている景

吉川わる


見えている景が独特な句を選んでみた。なお、作中主体を仮に作者として鑑賞していることをお断りしておく。


どろどろと盆の土産を嗅ぐ姉ら  竹岡一郎

兄弟とは、特に下の子から見れば、自分の知らない自分を知っていて、どちらかが死ぬまで付き合わなければならず、程度の差こそあれ利益の相反する者である。掲句は「どろどろと」から始まるものの、リズムよく下五へ流れるが、句末の「ら」という平仮名が目に飛び込んでくる。「姉ら」は子どもの頃から魔女のような存在であったのかもしれず、連作に出てくる「花街」、「新地」、「妓・楼」、「刑場」、「獄」といったものとともに、作者にとっての故郷の象徴のように思える。

白無垢の裡なる紅葉且つ散りぬ  同

白無垢は身に付けるものすべてを白に統一する婚礼衣装であるが、裏地や襟、袖などに赤が入った赤ふきの白無垢というものがあり、邪気を払うほか、嫁ぎ先の血に染まる、生まれ変わるという意味もあるそうだ。しかしながら掲句は「裡なる紅葉」と内面的なことを凝視しているのであり、それが「且つ散りぬ」というと結婚前の思いを捨ててというようにも解釈できる。おめでたい席で、花嫁と作者だけの秘め事を詠っているといえば飛躍しすぎであろうか。「紅葉且つ散りぬ」が句跨がりになって、「且つ散りぬ」の前のためが効果的である。


犬と眠る家なき人を吾はただ  中矢温

作者は週俳に「ブラジル俳句留学記」を連載しており、同じサブタイトルの回に掲句の景が描かれている。「犬と眠る家なき人」は「木陰の詩」を傍らに置いているホームレスであり、その前段に「ホームレスの人と目を合わさないで歩くことが、どんどん上手くなっている自分に気がつく」という記述がある。
掲句はもっとうまく綺麗に作ることも可能だったであろうが、「吾はただ」という今の気持ちにうそをつかなかったのであり、その気持ちがいつか一句に昇華することを願いたい。


すさまじや革に触れゐて革の聲  内野義悠

「革」とあるので生ではないが、触れるとすさまじい「革の聲」が聞こえるという。筆者のランドセルはクラリーノで型崩れもしなかったが、友だちのものは使い込むほどしわしわになり、確かに何か言いそうであった。何を、どんな声で言ったのか、すさまじさが分かるとさらに想像が広がるように思うが十七音では難しいかもしれない。


半島に砂嘴のさゝくれ冬支度  古田 秀

岬から見下ろしているのだろうか、言われてみれば、砂嘴はささくれの様に見える。風の吹き曝す半島では冬仕度が始まる頃であり、それはささくれの季節でもある。「砂嘴のさゝくれ」という「さ」音の連続も美しい。見立ての句であるが、雄大な景が見えて、理屈っぽさを感じさせない。


■竹岡一郎 敬虔の穹 42句 ≫読む  第858号 2023年10月1日

■中矢温 木蔭の詩 10句  ≫読む  第859号 2023年10月8日

■内野義悠 こゑのある 10句 ≫読む  第861号 2023年10月22日

■古田 秀 ささくれ 10句 ≫読む  第862号 2023年10月29日

2021-06-13

〔今週号の表紙〕第738号 紫陽花と蟷螂 吉川わる

〔今週号の表紙〕
第738号 紫陽花と蟷螂

吉川わる



紫陽花に小さな蟷螂を見つけました。生まれたばかりなのか、弱そうです。蜘蛛もよく
紫陽花に潜んでいますが、ごちそうを待っているのでしょうか。詠めば季重なりになる
と思い、写真に収めました。

●

週刊俳句ではトップ写真を募集しています。詳細は≫こちら

2021-02-14

【週俳12月・1月の俳句を読む】選と論 吉川わる

【週俳12月・1月の俳句を読む】

選と論

吉川わる


水鳥へメガネケースのかぱと鳴る  藤田俊

硬質のメガネケースなのでしょう、筆者も使っていますが、電車で閉じると向かいの人が反応します。持ち主の意に反してメガネケースは鳴ってしまうのです。掲句も「鳴らす」ではなく、「鳴る」という自動詞になっていますから、メガネケースが勝手にやったことだということになります。遠く日本に渡ってきた水鳥へ暗号を送ったのだとすれば、密かに何かが進行しているに違いありません。


すそ広のズボン両手でもつミカン  藤田俊

掲句は中七の途中で切れて、対句になっています。上の句(適切な表現ではないかも知れませんが)はすそが広がるので拡散、下の句はミカンを両手で包むので凝縮です。だから何なのかという言われると困るのですが、五七五の定型に放り込むと両者が宇宙の成り立ちに関係しているようで不思議です。


螺子工場歯車工場石蕗の花  箱森裕美

音数からいって「こうば」と読むのでしょう。「歯車の一つ」といったら肯定的な意味になりませんが、螺子工場と歯車工場が隣り合っていて、昼休みになると工場対抗バドミントン大会などやっていそうです。工場と工場の間には黄色い石蕗の花。

実際に作者が見たのは人気のない建物と古びた看板なのかも知れませんが。


毛布くるまり海底となるこころ  箱森裕美

鮃は斑な砂の色に変わって海底に擬態し、小魚の来るのをじっと待ちます。掲句も毛布にくるまって海底に擬態しているのですが、見つけてくれてもいいんだよと言っているようにも思えます。


雪いろの冬毛のじかんみじかいね  木田智美

地域差はあるものの、夏毛と冬毛の期間はそんなに違わない訳ですから、「みじかい」のは「雪いろ」をしている「じかん」ということになります。では、作者はそれをどう思っているのでしょうか。雪の上の足跡が途切れてしまったようで、後には謎が残ります。


鑑賞は、作者の言葉に耳を澄ませて、作者の見たものを再生する行為だと考えます。といっても十七音の言葉に過ぎませんから、作者と同じものが見えてくるとは限りませんし、他の鑑賞者とも一致しないでしょう。むしろ、言うことがみな同じだったら、つまらないと思います。

句会では、選句が終ったら講評に備えて選んだ理由を整理しますが、説明に窮する句が現れたりしないでしょうか。そこで思うのは、選と鑑賞は別なのではないかということです。時間の限られている選句ではほぼ直感で○を付けているのであり、理由という論理的なものは後から付け加えられているのです。

では、鑑賞という行為が無駄なのかというとそんなことはありません。優れた鑑賞を読んだり、書いたりすれば、作句の上達に繋がりますし、選句にも何らかの影響を与えるでしょう。ただ、新しい俳句は論を超えたところから生まれてくるのではないか、そんなことを漠然と考えています。


■藤田俊 はく 10句 ≫読む
第713号 2020年12月20日
■箱森裕美 天から手 10句 ≫読む
■木田智美 ひろく凍つ 10句 ≫読む

2021-01-09

〔今週号の表紙〕第716号 ユンボ戦隊重レンジャー 吉川わる

〔今週号の表紙〕
第716号 ユンボ戦隊重レンジャー

吉川わる


日本列島を襲った一昨年の台風19号。その復旧工事の仕上げなのでしょう、多摩川中
流域では大規模な護岸工事があちこちで行われています(上流域、下流域でも行われて
いるかも知れませんが)。写真は正月に撮ったもの。いつもは作業地点に放置して帰る
のでしょうけど、仕事納めに決めのポーズをさせたようです。

●

週刊俳句ではトップ写真を募集しています。詳細は≫こちら

2020-09-13

吉川わる 泣けよ 10句

画像をクリックすると大きくなります


泣けよ 吉川わる

「泣けよ」とふ本屋のポップ夏の月

天牛のがりがら滑る洗面器

膨らみの足らぬパン生地沙羅の花

ぽつりぽつり背中に話すカヌーかな

七夕や盗み見てゐる物理の書

月代の濠は四角く流れけり

廃校の白きカーテン鳥渡る

蟷螂の棚田背負ひて威嚇せり

何となく寄つて来る鯉秋半ば

秋霖や車内流るる文字の列

2020-01-26

「俳句」アンケートに見る“自分” 吉川わる

『俳句』アンケートに見る“自分”

吉川わる

『都市』2019年6月号から加筆のうえ転載

『俳句』(角川学芸出版)は「俳句とは○○○○○○○○○〇のようなものである」というアンケートを実施し、平成31年3月号に俳人1,200人の回答を掲載しているが、その背景や結果の集約はない。そこで、この稿ではアンケートから見えてくるものを紐解いてみたい。

まず、すべての回答をエクセルに入力し、頻出の言葉(検索ワード)を含む回答を抽出、さらにその中に気になる言葉があれば、すべての回答からまた抽出するということを繰り返した。例えば、“鏡”で抽出した回答の中に“自分”という言葉が出てくれば、“自分”を含む回答を抽出してみる。その結果をまとめたのが次の表であり、括弧書きは同じ意味の言葉とみなして抽出数に加えたものである。


回答は「鏡」(複数回答。表記はママ、以下同じ)のみという場合もあれば、「自分を映す鏡」(複数回答)のようにセンテンスのこともある。ランキング上位の“自分”、“心”、“自然”、“人生”、“命”、“生きる”といった言葉は主にセンテンスの頭に使われており、これは主体が誰なのかということを表している。すなわち、鏡に映るのは、自分なのか、自然なのかということだ。

表を見ると“自分”を含む回答が最も多いのだが、2位の“心”も「心を写す鏡」(複数回答)のように主に自分の心という意味で使われており、“生きる”も「生きる証」(複数回答)というような回答が半数近くを占めることから自分のことと言えよう。また、“人生”には普遍的な意味合いもあるが、そこには当然、自分も含まれることになる。それに対して、“命”はすべての生命のことであり、“自然”は無生物をも含む大きな存在であるが、“自然”を含む回答の半数近くが「自然と人間の共生の詩」(有馬朗人。敬称略、以下同じ)、「自然との共感装置」(奥坂まや)というように“と(の)”で繋がるセンテンスになっており、後者については“自分と”が省略されていると考えられることから、意図しているのは自然と自分との関係ということになる。つまり、これらの回答に共通しているのは俳句に自分が存在しているということであるが、センテンスのお尻にくる言葉からみると、自分というものの位置付けは一様とは言えない。

6位の“鏡”については、“自分”を含む回答が16、“心”を含む回答が5(“自分”との重複を除く)あり、「鏡」(前掲)のみの10を除けば、映るのはほぼ自分ということになる。また、“映(写)す”は14あるのに対し、“写る”は一つしかなく、自分を映すことに能動的だ。筆者は、俳句は自分を詠むものではないが結果として滲み出ることはあるというように考えているのだが、それとは異なる意識を読み取ることができる。ただ、鏡とは必ずしも自分が思っているようには映らないものであり、“影”、“自分探し”のように、俳句にもう一人の自分、未知なる自分を見るという感覚があるのだろう。これと対照的なのが“自分史”であり、句集を想定しているのかも知れないが、散文のそれは人に見せる前提で主観的に書かれるイメージが強く、脚色されることはあっても未知の自分は存在しない。一方、“日記”は日々の記録ということであるが、見せる前提のものではなく、もう一人の自分がいてもおかしくない。

さらに検索ワードを見ていこう。4位の“詩”については、「有季定型自然を詠む詩」(稲畑汀子)から「念いの丈を述べる詩」(疋田芳一)まで幅が広いが、いずれも俳句は詩であるという共通認識がある。26位の“文学”にも同じことが言えよう。

9位の“友”は詠まれた内容ではなく、「大切な友達」(星野高士)というように俳句が自分の支えだということである。“薬”、“ご飯”、“杖”、“水”もこれに類するものであり、“力”も「生きる力」(複数回答)というように使われている。なお、“薬”に“麻薬”(複数回答)が含まれているのは意味深長だ。

11位の“言葉”は、「言葉による錬金術」(山地春眠子)、「言葉の組体操」(小野あらた)というように、言葉そのものの組み立てを楽しんでいる回答であり、何を詠むかではなく、詠むことそのものに興味を持っている人たちと言えよう。22位の“遊び”にも「粘土遊び」(矢野玲奈)というように同じニュアンスがある。

14位の“季節・季語”は順当にランクインしたわけであるが、25というのは意外に少ない。“季語”、“季題”、“有季”に絞れば11であり、同じく俳句の重要な要素である“切れ・切れ字”に至ってはゼロだ。もちろん、お題の「のようなもの」に“切れ字”はなじまないのであるが、「有季定型自然を詠む詩」(前掲)のように「のようなもの」はけっこう無視されており、「俳句は切れ字」という回答があってもよかった。

17位の“風”には、“風景”や“風船”などの熟語を含むため、いわゆる気象用語としての“風”は11ということになる。18位の“旅”とともに、芭蕉、そしてその憧れである西行のイメージがあるだろうか。同じく18位の“つぶやき”も俳句のイメージとして納得できるものである。

22位の“日常”と“宇宙”は正反対のもので興味深いが、後者には「十七音の言葉の宇宙」(丸田信宏)というように“小宇宙”という意味の回答も含まれる。前者は「日常生活の句読点」(田中貞雄)というように“日記”に近いだろうか。

さて、これまで分析らしきことをしてきたわけだが、検索ワードを含む回答は重複を除いて全体の五割強に過ぎない。他に「鳥の重さ」(井越芳子)、「百目簞笥」(土肥あき子)など魅力的な回答もあったが、オリジナルなものは分析のしようがない。取り上げた言葉にしても、回答がすべて同じニュアンスに使われているわけでもない。しかしながら、何かしら共通するものがあるからこそ、同じ言葉を使っているのであり、全体の傾向として的外れとは言えないだろう。最後に筆者の感想を述べれば、俳人がこんなにも“自分”というものを意識しているとは思っていなかったのだが、どう感じただろうか。

2015-11-01

2015角川俳句賞落選展 16 吉川わる  17 杉原祐之  18 すずきみのる 19 折勝家鴨  20 高梨 章 21 ハードエッジ 

画像をクリックすると大きくなります。


16 吉川わる 「アディオス」



17 杉原祐之 「日乗」*



18 すずきみのる 「初扇」



19 折勝家鴨
 「塔」*





20 高梨 章 「明るい部屋」


21 ハードエッジ 「ブルータス」


 

●


16 吉川わる 「アディオス」 ≫テキスト
17 杉原祐之 「日乗」* ≫テキスト
18 すずきみのる 「初扇」 ≫テキスト
 19 折勝家鴨 「塔」* ≫テキスト
20 高梨 章 「明るい部屋」 ≫テキスト
21 ハードエッジ 「ブルータス」 ≫テキスト

2015角川俳句賞落選展 16 吉川わる「アディオス」テキスト

16. 吉川わる 「アディオス」

看板の白く潰され春の風邪
初雲雀北半球に磁場乱し
声のみを聞きすれ違ふ春の山
プラタナスらせんとなりて芽吹きけり
通勤や流るるさくら来る桜
おとなしく傘たたまれて花の冷
父さんと母さんの留守雀の子
雨過ぎて離陸始むるさくらかな
饅頭(まんとう)のかたちほころび花水木
小さき花と思へば開き花水木
黄金週間鳥の喧嘩を止めにけり
少年は塀ふはり越え豆の花
図書館の本に色あり更衣ふ
枝々に四十雀の子隠れけり
グランドの四隅に内野夏つばめ
桑の実や紫に染む鳥の糞
黙黙と天ぷら食らふ夕立かな
空を飛ぶ子どもの写真夏の霧
滑空に憧れのあり秋立つ日
アディオスは別るることとつくつくし
不揃ひの楕円のタイル盆の月
長き夜や水兵リーベ僕の 船
鉄棒の匂ひ残るや曼珠沙華
言ひ訳をしてゐる秋の阿修羅像
一粒の地球みどりの葡萄かな
振り返り足の裏見む星月夜
まつすぐに猫失せてゆき虫の闇
地下足袋のコーラスの行く十三夜
秋の灯や風呂のものみな当たりよく
金属音纏ふ少年冬の鳥
裸木の大いなる輪を持ちにけり
網棚にねこのゐるらしクリスマス
数へ日や窓に貼られし物の影
耳の穴きれいに見えて春着かな
透きとほり溶けてゆくなり雪兎
太ももの外側ほぐし冬の虹
大寒にサムといふ名を付けにけり
だんご虫発見の報寒明けぬ
少年は本の名を知り梅の花
春風や解体工事始まりぬ
穴掘りの半身浮かぶ春野かな
三月や遠くテニスのラリー見ゆ
窓に残る指の形や春の雪
うつ伏せに寝る人とゐて鳥帰る
物思ふ翼ありけりつばくらめ
車両基地に照らされてゐる桜かな
一枝の花咲きおくれ散りおくれ
まだうまく回らぬ首や雀の子
手を振りし後春愁の残りけり
紅を放し蘂降る桜かな

●

■吉川わる  きっかわ・わる
1965年生まれ。「都市」所属。