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2023-01-01

『ゴリラ』読書会 11号~15号を読む 〔後篇〕

『ゴリラ』読書会 11号~15号を読む 〔後篇〕


開催日時2022年5月4日 13時~16時半
出席者小川楓子 黒岩徳将 外山一機 中矢温 三世川浩司 横井来季

『ゴリラ』
11号 1988年10月30日発行
12号 1989年2月15日発行
13号 1989年5月30日発行
14号 1989年9月10日発行
15号 1989年12月25日発行


黒岩後半よろしくお願いします。時間が押してはいますが、「韻律」について扱いたいと思います。そもそも韻律が話題に上がったのは、この前回の読書会で韻律という語の定義について、また韻律をどれくらい重視するのかについて、それぞれ異なるのではということが見えてきたからです。今回中矢さんが「『ゴリラ』で気になる韻律」ということで、八句をピックアップしてくれているので、中矢さんに思っていることを話していただいて、そこから議論を始めるのはいかがでしょうか。


中矢よろしくお願いします。私は日本語について韻律論や音声論を勉強したことは全くないので、そこはどうかご承知おきください。

さて、八句選んだなかで最初に原満三寿の句を二句並べましたが、これは「原が韻律を意識して作ったのでは?」と思った二句を引っ張ってきたので、この二句が原満三寿の句のなかで、例えば完成度が高いか、例えば面白い句なのかと言われると自信はありません。

一句目の原満三寿の《去年今年ヒロヒトヒロシマ墓地勃起》は三つの音の対比が明白なことから、そこから句のメッセージ性も伝わりやすいかと思います。「去年」と「今年」、昭和天皇のことかと思うのですが「ヒロヒト」と「ヒロシマ」、「墓地」と「勃起」です。12号の編集室酔言で天皇についてのアイドル視への危惧の発言をしているのは、原ではなく谷佳紀なのですが、そこと合わせてこの句は読みました。

二句目の原満三寿の《老人性感情失禁ああああ笑う》は心地よい韻律ではなく、心地よいものを意識したうえで崩しているように思いました。「ああああ笑う」ではなく、「ああ笑う」の方が収まりはいいのですが、喃語のような意味を結ばない音とするためには「ああ」では駄目で「ああああ」だったのだろうと思います。

三句目の多賀芳子の《魚紋 ながすねひこのかちわたる》で私が言いたかったのは、漢字と平仮名で生まれる韻律の違いです。漢字で書けば「長髄彦の徒渡る」となって、読みやすくなると思います。平仮名に開くことで、「ながす……ね?」というように、読者が韻律に戸惑うことを期待しているように思いました。この戸惑いと句の内容がどれほど一致してくるかなどはあまり考えが至っていません。

四句目と五句目は同じカテゴリとしてとりました。上五に造語感とインパクトがあり、かつ全体は字足らずで、更に韻律が心地よいものです。鶴巻直子《マカロニ並列この夏の空っぽ》、鶴巻直子《曇天ヴギウギ蟹も来たり》です。この二句は共に四音の既存の言葉を、助詞なしで繋ぐことによる八音から始まっています。後半はさらっと終えてバランスを整えています。

六句目の鶴巻直子の《惜しみなく蝶に油の流れ》の「流れ」はどんな風に声に出すか、抑揚をつけるかで、動詞か名詞かが変わるなと思って取り上げました。例えば、同じ11号の同じ頁の山口蛙鬼の《ひょうひょうと雲吐き雲の流れ》だったら、「吐き」が動詞だろうから、「流れ」も動詞だろうと思うのですが、鶴巻のは確定はできない。まあ「惜しみなく」が副詞だから、それを受けるのは「流れ」で、動詞で読むのが素直だろうとは、今話しながら思いました。

七句目も鶴巻直子の《ひんやりと緋の非売品フラミンゴ》、これは「ひ」の頭韻が分かりやすいですね、しかも気持ちいい。最後下五は「ひ」ではなく、「ひ」の次の「ふ」にしていて、ちょっとテクニシャンな感じもします。まあこんな風に話すと、句の面白さを半減させてしまっているようにも思うのですが……。連作のタイトルはシンプルに「ZOO」です。動物園吟行は皆が似たような句になりがちななかで、音で面白い句を作れるのはすごいなと素直に思いました。

最後の八句目は在気呂の《赤い釘ゆらりと「誰か居ませんか」》です。これは鍵括弧をつけることで、韻律も変わるのではと思って持ってきました。またこういった口語体だと前半の「赤い釘ゆらりと」と「誰か居ませんか」は私のなかでは違う声色で再生されて、直接韻律とは関係ないかもしれませんが、そこも興味深かったです。

黒岩ありがとうございます。私から一番聞きたいことは、五七五の定型のリズムを共有している読者に対して、定型を崩したりはみ出したり短くしたりすることで、何かしらの違和感や面白みをアテンションさせようとするものということでしょうか。

中矢私はそう思っています。ただこの説明の仕方だと、定型があっての破調という議論からは、逃れられていないですね。私の理解だと、「やっぱり定型がないと新しいリズムの新しさが担保されないんですね」と言われると、厳しいところがあります。

黒岩中矢さんにとって「よい韻律」というのは、声に出したときの心地よさや面白さといった生理的なところが大きいでしょうか。

中矢このなかで一番好きな韻律でいうと、鶴巻直子の《マカロニ並列この夏の空っぽ》、《曇天ヴギウギ蟹も来たり》がぶっちぎりで一位です。「マカロニ」も分かるし、「並列」も分かる、それに「この夏の空っぽ」という夏の暑さのなかの寂しさも分かる、しかしこの三つが並ぶと途端に分からなくなって、韻律の面白さがこみあげてくる。曇天の方も同じような読後感がありました。マカロニが二つ並んでいるのは、理科の実験の並列つなぎのようで、実物を想像しようとするとシュールです。

黒岩私も鶴巻の韻律は面白いと思っています。余計なことを言うようですが、「曇天ブギウギ」は「東京ブギウギ」のもじりかと思います。

中矢「東京ブギウギ」を知りませんでした! 調べます。

黒岩私はそう思ったのですが、三世川さんどう思われますか。

三世川どうでしょう。にぎやかな様子を「ブギウギ」という言葉の音感を使って表現したように思います。

黒岩ありがとうございます。同じく鶴巻直子の《ひんやりと緋の非売品フラミンゴ》で気になったのは、ある程度以上俳句に慣れている人だったら、この句に対して絶対「ひ」の音と「ふ」の音の話をして回収してしまう鑑賞をしてしまうと思うんですよね。音に根拠があるからこそ、「緋の非売品」という意味の逸脱を、作者も読者も許容するように感じられる。意味と音の話は別別のようで、最後の調整・推敲の段階では、繋がってくると思っています。勿論「緋の非売品」を、フラミンゴは動物園で売ってはいないと捉えてもいいですが、「非売品」の「ひ」の音に読者の興味が惹かれることで、こういった読みを遠ざけることができるというか。

中矢この句でいうと意味のひっかかりは、「ひんやりと緋」にもあると思います。「緋」ってやっぱり熱いイメージがあるとは思うので。

黒岩ありがとうございます。色々な話題があったかと思うので、皆さん何か質問・話題等ありますでしょうか。

三世川話題にあがった鶴巻直子の《ひんやりと緋の非売品フラミンゴ》は、判りやすいというと語弊があるかもしれませんが、読んでいるうちに意味を追う訳ではなく、リズムに乗って読み進めることができると思います。言葉に乗って行って、「フラミンゴ」という着地点にたどり着く。意味的な側面は薄められているにもかかわらず、最後まで読み通せるということです。

中矢音として読むようリードされているが、実は意味としても面白い、読み通せるということですね。

外山意味とリズムの関係でいうと、鶴巻直子の《曇天ヴギウギ蟹も来たり》は最初に韻律がないと、言葉に音があるという前提がないと、このイメージの飛躍はあり得なかったと思う。例えば始まりの「曇天」は「ど」の音の強さと「ん」の繰り返しがあって、結構印象的な始まりです。そしてその濁音と繰り返しという要素から誘われるようにして、「ヴギウギ」という言葉が出てきたのではないか。それが結果として「曇天ヴギウギ」が出来上がる。最初から「曇天ヴギウギ」があったのではなく、「曇天」があって、「ヴギウギ」が続いている感じを受けました。

また、「曇天ヴギウギ」と「蟹も来たり」の間には、切れと言っていいのか、イメージの断絶があると思います。それは七七の韻律を前提として、自然とそう読んでしまうからで、俳句は五七五ですが、川柳なら七七はありうる形であって、そんなに違和感のあるリズムではないと思う。ここの後半は母音のaとiの形に繰り返しがある。

「曇天」と「ヴギウギ」の間の飛躍と、「蟹も」と「来たり」の間の飛躍を比較すると、やはり前半の方がインパクトは大きくて、後半は割と普通に読めてしまう。両者のイメージの飛躍の不自然な凸凹は何なのかというと、音先行で作っているからではないか。リズムや音から意味を引っ張ってくる感じがある。

同じく鶴巻直子の《ひんやりと緋の非売品フラミンゴ》にしても、何故「フラミンゴ」なのか、何故「非売品」なのかとこの句のイメージの奇妙なところを考えていると、やはり音とイメージの話は切り離せないのではないかと思いました。

中矢ありがとうございます。些細なことですが、ネットだと「ブギウギ」の表記を多く見かけました。「ヴギウギ」の方が「ウ」の対比がより見えるかもしれませんね。

三世川外山さんの話を受けて思ったのですが、「曇天ヴギウギ」の後ろに、呼応するような濁点の付く重たい言葉を持ってくるのはできないことはないんですね。でもそうすると前半部の面白味を、後半部との関係において意味性に引っ張ってしまう気がします。なので音量としても軽いものを持ってきて、ぽんと読者に放り投げて纏めることを選んだのだろうと思います。

黒岩車で喩えると、「一回アクセルを踏んだから、ハンドルを切って遅くはしたくない」という感じの思いが、「蟹も来たり」をつけるときの気持ちと似ているでしょうか。この句は馬鹿馬鹿しい楽しい句で、イメージをざっくり捉えてもいいかと思うのですが、今回のように真面目に議論して、細かく分析するのも面白いですね。

中矢楽しい句というのは確かにそうですね。曇天の下でブギウギが流れていて、猫も杓子も蟹も踊る感じでしょうか。また、外山さんと三世川さんのお話にあったように、前半と後半の感じの違いは、一見アンバランスさに見えるが、全体としての調和でもあるというところが面白かったです。

横井中矢さんが五七五定型を元にそこから崩して身体のリズムに乗せるというお話をされていたかと思います。しかし鶴巻直子《ひんやりと緋の非売品フラミンゴ》と韻を踏んだり、字余りや字足らずだったりという手法で、韻律が特徴的になるというのは、ある意味当たり前とも言えます。五七五定型で、分かりやすい韻も踏んでいないのに、迫ってくるような心地よい韻律があるものが、どこかにあるのではないか。そう思って、今回の読書会に向けて、『ゴリラ』の句を一句ずつ読んでいたのですが、自分は見つけられなかったんですね。五七五定型に自分の身体を当てはめて行く俳人が多いなかで、『ゴリラ』の人々はそこを外していく形が多かったからかもしれない。今回は見つけられなかったが、「五七五定型だが、そこにその俳人独自の呼吸・韻律がある俳句」を探したいと思っています。逆に質問ですが、こういう句は『ゴリラ』にありましたかね?

小川毛呂篤にはあるのではないでしょうか。比較的定型に近い人だと思います。

黒岩前半で話題になった毛呂篤の《突然に春のうずらと思いけり》とかどうでしょうか。

小川同じく、《鱧の皮提げて祭の中なりけり》とか……これは少し余っていますね。
毛呂篤や金子兜太は定型の意識が強かったと思います。一方で、阿部完市のような独自のリズムを持っている人もいて、そこは「海程」内でも分かれていました。

成功しているかどうかはともかく毛呂篤《古というは時雨のはじめかな》も定型ですね。

黒岩定型意識が強いのは確かにと思いつつ、自分の初読の段階では、毛呂篤についても、「韻律にチャンレンジしているな」という印象でした。音がはみ出しているとか、余っているとか、足りないとか、句跨りとかそういう意味で、チャレンジを感じました。

小川なるほど。ありがとうございます。話が戻ってしまうのですが、《マカロニ並列この夏の空っぽ》、《曇天ヴギウギ蟹も来たり》を見ながらつくづく思ったのは、むかしの「海程」の作家の作品を見るときに、そもそも五七五定型で読もうという意識があまりないということです。余っているとか、足りないという気持をそもそも抱かないという話を、この間、そういえば三世川さんとしたところです。

この二句には、〈海程定型〉とでも呼べばいいのか、その匂いを感じました。特に《マカロニ並列この夏の空っぽ》については、今でも作っている作家はいます。形や内容から宮崎斗士を思ったりします。「五七五から何音ずらして……」とかではなく、自然に〈海程定型〉のなかで書ける。

金子兜太がこの句をどのように読み上げるかと言えば、「曇天ヴギウギ」のあとにたっぷりと二呼吸を置いてから「蟹も来たり」と読むと思います。「マカロニ並列」についても、前後でぱっさーんと切って読むかと思います。

私は、定型を意識して作る時もありますが、普段、調子のいい日はとりあえず自分の体の感覚で作って、あまりに五七五から外れすぎないようにするために、指を折って後から調整するという感じです。そうしてみると、原満三寿はあまり〈海程定型〉っぽくはない。例えば《去年今年ヒロヒトヒロシマ墓地勃起》とか。

こういう乗りや作りはする人がいなくなると、詠み方だけでなく、読み方も失われるんだろうと思いました。「海程」らしさを一つ言語化するとすれば、「切れの強さ」はあるだろうと思います。鶴巻直子の《ひんやりと緋の非売品フラミンゴ》にしても、「ひんやりと緋の非売品」と「フラミンゴ」の間にはばっさりと切れを作って読み上げると思います。

黒岩質問よろしいでしょうか。先ほど「「海程」は切れが大きいのかもしれない」というお話でしたが、〈海程定型〉の句に出会ったとき、読者は「ここで切れたら読めるな」というのを意識的に探して読むのでしょうか。

小川習慣だと思います。「海程」に一定期間いると、無意識にそう読むようになるというか。

中矢「曇天」と「ヴギウギ」がくっつくことには何も抵抗はないというのが面白いです。

小川俳壇のなかでこういった読み方や詠み方がマイナーなのは自覚していて。こういった方法がどのような句にマッチするか、しないかは個別にあると思います。

三世川韻律効果を考えるには、事例を出さないといけないのですが。身も蓋もない言い方をしますと、ある時期に自分が共感したり惹かれた作品に影響を受け、書いていると思います。「海程」のなかでも定型派もいれば非定型派もいました。それは表現したいことへの意欲によって分かれる故と考えます。自己の表現を優先する作家は、定型を外れることが多いでしょう。しかし韻律は作句の基底にあり、内在律のなかで詳細に調整するように思います。つまり表現したいものがあり非定型になるからといって、韻律を手放すとは限らないということです。

黒岩それぞれに内在している韻律が、共有されているコミュニティであったというのは興味深いです。五七五が絶対視されている訳ではなく、コミュニティのなかの句会や披講で、互いの韻律が磨かれていったものであり、確かに継承は難しいと思います。個人的な興味ですが、〈海程定型〉を浴びまくって、句を作ってみたいです。さて、横井さんも韻律について考えてきてくださったので、そのお話をいただいてもよろしいでしょうか。

横井先ほど言ったこととあまり変わらないのですが、四ッ谷龍の句をいくつか手短に引用します。四ッ谷は定型意識のある作家だと思います。例えば《接吻のごとく木の鳴る》などがあり、定型が並びつつも、突然《シーツみたいな海だな鳥たちは死んでしまった》、《水ぬるくてくらがりのたくさんの家具の足》のような句が並び、また定型に戻る。その落差を考えている。連作単位で見える韻律もあります。

黒岩なるほど、ありがとうございます。『ゴリラ』も連作単位で掲載があって、今回は鶴巻直子がたくさん話題にあがりましたが、鶴巻以外にもたくさんのチャレンジがありました。ここで難しいのは、一人の読者としてそれらの作品を読むなかで、「成功」や「結晶化」という言葉では纏めづらかったということでした。

三世川五七五の定型という形式に限っていえば、定型には再生産が比較的容易だという特徴があり、時代の淘汰に残ってきた強度もあります。それ自体が規律であるから、作品の良否判断もし易いですしね。それに対して、非定型ですとその場で初めて出会い読んでみて、韻律をふくめ良否の判断をすることになります。さらに一つの作品ができるまでの手順は、より複雑でいて一回性が強いと思います。もちろん非定型のなかにも類型はあって、エピゴーネン的な向きもあるのは認識しています。

黒岩確かに非定型についての議論はあまり進んでおらず、定型の一人勝ちというところはありますよね。一回性を楽しむことが読者には要求されていて、言語化は難しそうですね。言語化は難しいけれどあると思いますし、定型の物差しを必ず必要とはしていないと思う。私が探したいと思っているのは、定型への慣れや生理的な気持ちよさに拠らない韻律を探すことです。

外山お話を伺っていて思い出したのですが、十年以上前に現代俳句協会で造形論について話す会がありました。そこで私も発表をしたのですが、『海程』を読んで発表準備をしていたときに、金子兜太が〈海程調〉という言葉を使っていることを知ったのを思い出しました。発表資料が残っていたので画面共有させてもらってもいいでしょうか。私も十年前と今では考え方は変わってはいるので、『海程』にこういう資料があったという引用箇所を見てもらえたらと思います。


何故こういうことが言われるようになったのか。当時の私はここで林田紀音夫を引用し、紀音夫のかつての句に見られたような第二次世界大戦後の貧しい体験を、もはや共有し得ない時代が来てしまったと述べています。

今から言うことがどれだけ理屈として成り立つかはわかりませんが、私がここで気になったのは、「海程」内で世代間のギャップがあるのだな、そして「海程」から俳句を始める世代・人が登場し始める時代になったのだなということです。先行作品もある程度量が蓄積された状態であり、金子兜太の俳句活動もあり、俳句を初めてする世代がそれらを吸収することで、「海程」独特の文体・韻律が出始めるのも肯えることだと思ったんです。

三世川さんと小川さんのお話より、随分前の時代の話でしたが、「読み方が身についているんです」というご発言と、重なるところもあるのではと思いました。

黒岩そもそも座の文芸や共同体で俳句をするなかで、どうやってアンラーンするか、つまり受けた同時代的影響を自覚し脱却しようとすることは、定型のなかでは一層難しいことだと思います。こういった結社独自の韻律が引き継がれるかどうかは、「海程」以外にも起こった議論かもしれませんが、「海程」でもそういった疑問や座談会のテーマとしてあったのでしょう。結果として「海程」の韻律は少数派として現代にも作り手が残っているということには、そこにどういった力が働いたのか、意識があったのか興味があります。

外山大石雄介や大沼正明の句集を読んだとき、異質なものを感じるのですが、彼らの作品がむしろ当然のものとして流通しているコミュニティがあることに違和感を覚えました。彼らへの違和感ほどではないにしろ、私が所属する「鬣TATEGAMI」で、「海程」に所属していた水野真由美の句を読んだとき、リズムに違和感を覚えることも時々ありました。

黒岩角川『俳句』では1962年にリズムに関する論が沸き立った時期で、前衛俳句が少しピークを越えたかな、造形論と草田男の論争のあとくらいなのですが、『俳句』で鳥海多佳男が、彼は髙柳重信の系統かと思うのですが、定型ってそんなに絶対視していいのかなということを書いています。リズムに対しての違和感やスタンダードが話された時期があって、70年代には、例えば大石雄介が「海程」から学んで句を作れる時代が来たのではと思いました。「海程」の韻律をご存じの方と一緒に、「海程」の韻律を考えて行くのは、とても面白そうだと思いました。

三世川最近の「海原」では定型に近い作品が多くなっていると思います。さっき名前が出た水野真由美はほぼ定型で、かつ内容は「海程」的に作れる作家です。

小川今「海原」でかつての「海程」の韻律で作っている人はほぼいないのじゃないかな。私が「海程」に所属していた後期でもどんどん減っていました。

三世川自分個人としては、そういった多寡は一切気にしていません。自己満足できる韻律があればよいという作り方です。定型からも五七五以外の定型からも、そしてその本意とか概念を重視する季語の一般的な使い方からも、結果としては離れることが多いです。また現代という時代のパラダイムをほとんど認識しておらず、我儘な独りよがりの作り方をしているので、他の方から見ればある種の異質性があるのかもしれませんね。

小川作り手が減ると読み方を知る人も減る気はします。

中矢割り込むようで、すみません。さっき三世川さんが仰っていた、非定型のなかのエピゴーネンというお話が面白かったです。非定型のなかで心地よい韻律を探すのは、五七五で作るよりよっぽどエネルギーがいることだと思っています。だから例えば鶴巻直子の《曇天ヴギウギ蟹も来たり》は鶴巻の韻律として扱われるべきだと思っていたのですが、これが鶴巻の生み出した韻律であるという保証もないし、この韻律で書くことは必ずしも「鶴巻の発見を横取りしている」という非難されることでもなく、寧ろ継承という意味を持つのだなというのが気づきでした。

話を変えてしまって恐縮なのですが、『ゴリラ』の14号の崎原風子論の最初に「前衛俳句の最右翼」とあるのですが、これはどういう立場を指すのだろうと思いました。

三世川厳密な定義は別として「前衛」という言葉の捉え方も、「海程」内でも様々であったと思います。先ほど名の上がった大石雄介が捉えていたであろう「前衛」は、「海程」が同人誌であったころも、特殊な俳句論であったと考えます。もっとも大石雄介自身は、「前衛」自体には早くから無関心だったようですね。ところで粗雑な論として「前衛」作品の傾向が非定型であるとするならば、宮崎大地の《直立す蝶も鮃も八月も》という定型だけど内容は突き抜けている作品を思い出さずにいられません。好き嫌いは別として、なんでこのような作家が俳壇から消えてしまったんだろう、という思いがあります。

黒岩
ありがとうございます。皆さん他に取り上げたい散文や評論はありますでしょうか。

外山
第15号の「第三イメージ論」に対する谷佳紀論は、手厳しいがなるほどと思える点もありました。何故赤尾兜子が最期の方に、微妙な句になってしまったのかというところ、書こうとしているところに耐え切れなくなったという指摘は、そうか……という思いになりました。谷佳紀は赤尾兜子を全面否定している訳では勿論ない。これは「海程」は昔と今で何でこんなに変わったんだろうという問いに繋がるのだろうと思います。

黒岩確かに手厳しいですよね。「方法論であるイメージ論を本質論と誤解した」など、痛いところを突いていると思いました。私は「笑いのなさ」による価値観の違いが一番面白かったです。毛呂篤の持っている句の笑いの世界とは全く違う。

三世川イメージが強いことを「前衛」と呼んでいいのかはわかりませんが、赤尾兜子作品がイメージの強さを持っていたとき、評論の題材として選ばれたのかもしれません。

黒岩赤尾兜子の《音楽漂う岸侵しゆく蛇の飢》、《広場に裂けた木塩のまわりに塩軋み》といった赤尾の代表句が韻律に支えられているということは、元々谷佳紀の言いたいところだったのかもしれませんね。

中矢さっき黒岩さんの仰った「笑い」の話は、例えば『ゴリラ』9号の「『ゴリラ』の人々」というなかの、谷佳紀から多賀芳子への評にも表れるんですよね。「面白い、あるいはあははと気楽には笑えない」と評していたり、谷佳紀が作品内で「笑う」という言葉を用いていたりするんですが、谷佳紀の「笑いがない」というのは、一体何を指しているんでしょうか。韻律論から離れてしまうのですが、私はずっとそこを掴みかねているように思います。「笑い」は、面白い、シニカル、にやり、俳諧味という色々なものを含んでいるので、難しいなと。

三世川谷佳紀のいう「笑いがない」は、理屈が先行しているということだろうと自分は思います。感情と理屈を対立軸としたときに、感情に「笑い」が対応しているんですね。赤尾兜子の作品に、方法論や理屈が先行して内在的な表現意欲や生理的な感情が希薄なものが見られることに、谷佳紀は批判的だったのではないでしょうか。

黒岩身体性は否定していなくて、赤尾にもあるかと思うのですが、「感情」という言葉は確かに当てはまりづらそう。「海程」の方たちが俳句を評するときに、「感情」という言葉を度々使用されるのが、私からするとカルチャーショックでした。

小川そうですね、私は使わないけれど、「感情」や「情感」という言葉はよく聞きますね。谷佳紀のいう「笑い」は「感情が動く」ということだろうと思います。一方で、金子兜太の《涙なし蝶かんかんと触れ合いて》に対して、谷佳紀は「あの句はお涙頂戴だよ」と少し否定的になるんですね。「感情」が動けばいいという訳ではない。

外山さん、髙柳重信系だと、「感情」はどんな風に取り扱われるか、あるいは話が戻りますが「切れの位置の共有」についてはいかがでしょうか。

外山重信系といっていいかはわかりませんがお答えすると、彼らも「感情」や「情感」を排除したところに何かが成り立つとは思っていないでしょうね。ものすごく個人的な体験から句を立ち上げる、あるいは「敗北の歌」と断じる、そういうところがあると思います。それだけ個人的なのに、一般性がある、読者が読みに堪えうるところが凄いと思います。最後の日本海軍なんて、重信の少年時代のごっこ遊びの情感ですよね、それで四行表記をするという。個人的な情感が表記にすら影響を及ぼす。

例えば林桂はルビ付きの作品を書くのですが、初期の作品で、重信の追悼句を詠んだのですが、ルビをふるときに「じふしん」と間違ってルビを振った。間違ったと後から気が付いたけれど、この表記が合っているように思ったと言って、そのまま句集にも採録してしまう。

こういった非常に個人的な思い入れに支えられているのが多行形式だと思います。

今でも例えば多行形式だと、酒巻英一郎がいますが、彼は何故書くことができるのか。それは金子兜太たちと感情の発露のさせ方が違うからだと思います。「典型美」とでもいえばいいでしょうか。金子兜太は「動物」だったり、「荒凡夫」だったり言うと思うのですが、その一方で「遺跡」ともいえるような典型的な先行する美が重信たちにはあって、それに奉仕するのが重信たちの作り方ではないでしょうか。先に理想とする俳句形式があって、そこに自分の感情を当てはめて行くこと、そこに快感を覚えるという、共感を得づらい感情です。重信たちは「自分たちは前衛俳句ではない」としきりに言いますが、それもそのはずで、すごく個人的ですごく保守的な美を求めるからです。

だから金子兜太は重信たちの感情の発露に対して、「お高くとまっているな」という気持はきっとあっただろうと思います。重信は「計量カップに水をいれていっぱいになったら俳句になる」というようなことも言っていた。即吟ができるのも、テクニックではなく、先行する形式があって、当て込んでいくことに躊躇がないからではないでしょうか。

小川句を読みあげるときの特徴はあったりしますか?

外山五七五をベースにしているとは思います。加藤郁乎はやや外れるかもしれませんが、定型感はある。

黒岩四行俳句だとどうなりますか?

外山例えば髙柳重信の《日が落ちて山脈といふ言葉かな》を改行の箇所で切って読むことはしない。五七五のリズムと切れのありどころが違うと思う。五七五では読み上げるが、理解するときのリズムが違う。書くことと、読むこと、それを受け取ることについて、彼らにとっては別々の美意識がある。自分としてはこのように解釈しています。

三世川先ほど名前を挙げた宮崎大地も、漢字正字体等表記へのこだわりがあったと、何かで読んだことがあります。

外山宮崎大地は髙柳重信ではなく、瀧春一の「暖流」があって、そこの門下の鈴木石夫を中心とする「歯車」という学生のための俳句雑誌という性格の俳誌がありました。学習雑誌の投句欄の優等生たちに声をかけていたといいます。夏石番矢も「歯車」に投句したことがあるそうです。宮崎大地はそのなかのスターで、他の俳句雑誌はあまり読まなかったと言います。それならどこからそういった表記への美意識・こだわりが出てきたかというと、福田恆存らがしていた「旧字体で書くべきだ」という主張への強い共感に拠るそうなんですね。旧字体を完璧に使いこなして、それで書くという、非常にストイックなものです。それは確かに髙柳重信らしさはあって、両者は古いものへの憧れという共通点がある。五十句競作の幻の入選者と言われる由縁です。

黒岩個人的な感情・動機で作っているにも関わらず、そこに共感が生まれ、人が集まってくる。それはそこに「遺跡」的な美があるからなのでしょうか。

外山弱い繋がりとも言えますよね。『俳句評論』も最後の方は大変だったと聞きます。そこにいた人たちは結局ばらばらである。一方「海程」はばらばらになっていない、金子兜太が亡くなって尚、大きな集団としてある。

小川でも、かつての「海程」の作品の影響より、表記重視の流れの方が、現代の若手に受け継がれているような気もする。

黒岩金子兜太の系譜と髙柳重信の系譜で、今の若手を語れるかというと少し難しいかもしれない。今から語るには少し長くなりそうですね。長時間になりましたが、ありがとうございました。

(了)

小笠原鳥類 フラミンゴとチャップリン(キーンのトム・チャップリンも)

フラミンゴとチャップリン(キーンのトム・チャップリンも)

小笠原鳥類


「週刊俳句」2022年12月25日の「『ゴリラ』読書会 11号~15号を読む 〔中篇〕」の「第三回 ゴリラ読書会 十句選」から選んで引用して、思ったことを書きます。


陽がどかんと懐へ仔牛の料理だ  鶴巻直子】

あの太陽を恐竜も見ているシーラカンスがテレビだ青い。あの青い動物が、パンダではないだろうと映画が想像しているチャップリンが、靴を、飴のように、食べる(飴はドロドロ食べます・そのような生きものだ)次に、小屋の中で、版画のようにチャップリンはニワトリになっただろうと思えたウズラが思う。私は思うウズラだ、缶詰の中でUFOが思う思うときに、スプーンを曲げるネッシーはドラえもんのようであるだろう骨がない。小さい板


ガラスを抜けた小鳥抜け殻がきれい  安藤波津子】

時計がまるいなあ金属が思っている。その壁でウニが動きはじめていると、なぜならドロドロであるような金属がウミウシだったフクロウ。ロボットでできた恐竜がゴジラであるなら、あの動物はガラスでできているように思えた魚……トンボ……いろいろなトンボを飲んでいるから、サメのようであると思われるし、言われる。思ったことを、言うだろう(黒い板であると思っていたから、実際にはテレビであったから料理はビックリした)塩味、鹿


兎の耳動きはじめて僕が近づく気配  久保田古丹】

この、ウサギと、僕のあいだに、途轍もなく遠い距離があれば、城の写真を撮影したつもりで、恐竜の首が長いと思える(ゾウがオルガンを弾きながら歌う)。そのゾウが、チーズを喜んで食べているテーブルであるから、テーブルに顔があって、笑顔だ、いつでも金属はハーモニカなんだ。ハーモニカは立ち上がって、ゆっくりアコーディオンに、なるだろう、その表面に描かれているような始祖鳥は、実は、写真なんです金色の。石は、豆腐なの


煙の中白色レグホンひるがえる  鶴巻直子】

三省堂の『世界鳥名事典』に、「ハンバーグ」がいるのは、ニワトリの品種なのだそうだ犬。犬ではない、たぬきが言っている(顔を出したペンギン)。ペンギンに舌があるとすれば、ハンバーグは「白色レグホーン種に押され、」お菓子が最も強いケーキなんです。土で、形を作っていると、幽霊映画でロクロの壺がグチャグチャになるのは、その壺が幽霊であるということだったりした(私は怪獣映画をいろいろ見ていた)サメ映画はたくさんある


青葉木菟遠く縫針行くごとし  在気呂】

遠い場所にニュージーランドアオバズクがいて、モアポークと鳴くからMoreporkという英語の名前であるという人間が鳴いた。犬がヤギになるから、ハトがニワトリだろう。オーストラリアアオバズクがワンワン鳴くとか、オーストラリア最大のフクロウであるオニアオバズクはコアラを食べるとか、いろいろなことが文一総合出版の『世界のフクロウがわかる本』に書いてあったから、これではペンギンはわからない(のだろうか? 本当にそう?)


惜しみなく蝶に油の流れ  鶴巻直子】

油絵でペンギンを描いたアコーディオンの、虫のような足。それからツバメを見て、コウモリであると言ってみたいグルグルのキャンディー。私はここで、キャラメリゼという歩いていた。ヌルヌルの動物が来るから、あれはナマケモノの一種ではないかとも想像した、思ったのだが(ネッシーがいろいろなことを思う)写真を見ていて、あの雪男はアザラシなんだろうなと、漫画を読みすぎているパンダ。コアラ、イグアナはパイナップルに似ている


ひんやりと緋の非売品フラミンゴ  鶴巻直子】

オーデュボンの『アメリカの鳥類』は、非常に小さく印刷されたものを安く買ったので、フラミンゴも小さいだろう。大きな大きなオーデュボンの図鑑を、ペリーが黒船で持ってきた(他の目的はなかったという)。フラミンゴの絵の上の空(本の外、窓の外だ)には、淡い鉛筆のような線で(先日、鉛筆を削りました)、フラミンゴの足とか、クチバシとかが、描かれているだろうショック。少しフラミンゴのような鳥たちが、フラミンゴの前に、緑

(了)

2022-12-25

『ゴリラ』読書会 11号~15号を読む〔中篇〕

『ゴリラ』読書会 11号~15号を読む 〔中篇〕


開催日時2022年5月4日 13時~16時半
出席者小川楓子 黒岩徳将 外山一機 中矢温 三世川浩司 横井来季

『ゴリラ』
11号 1988年10月30日発行
12号 1989年2月15日発行
13号 1989年5月30日発行
14号 1989年9月10日発行
15号 1989年12月25日発行

黒岩では、11号から15号の、「ゴリラ」の皆さんの句について、話して行こうと思います。


小川私は今回すんなりと入ってくる句を選びました。ちょっと感傷的な感じだったかも。女性の句が全体として他の回より惹かれるものがありました。安藤波津子の《乱雑な部屋にぽあーんと私空気》とか。ちょっと壁を抜けたなって感じがして。〈私空気〉って、空気を空虚な感じと読めなくはないけど、ぽあーんとむしろ明るい印象。それも清潔で整然とした部屋じゃなくて、散らかって賑やかな感じ。あ、私空気だわという発見。あとは、《ガラスを抜けた小鳥抜け殻がきれい》こういうふうに書く人は他にもいるかもしれないけれど、彼女の今までの作品と比べると変化があって。室内っぽさを安藤の作品には感じるんだけど、その室内から、心が動いて外へ向かうような。次のステップが見える気がしました。谷の句では《君も同年なめくじの先と皮膚と肉》。なめくじって、どこが先なんだろうみたいな不思議さがあって。角のところかしらみたいな。ぬめぬめした皮膚と肉というのが、普通喜ばしいものではないんだけど、自分と同い年ぐらいかなと思ったりする、そんなはずはないんだけども、そう思ったりする。親しみみたいなのが生き生きとしていいなと思いました。早瀬もそうですね。〈紫木蓮〉もいいんですけど、《満月や腹透きとおるまで画鋲うつ》は、満月との呼応があって。腹透きとおるまで画鋲打つっていうのがどういう感じなんだろうと思いつつも、なんか熱心にやっていて、思考が無になっていくような感じ。それで、満月の夜だから心地よい気持ちなのかしらと思って。

黒岩■確かに軽やかというか外界に抜けてゆく感じを感じます。韻律の話はまた後で話したいのでまたそこも教えてください。では、外山さんお願いします。

外山■はい。そうですね。いくつか言うと、谷さんの《焼鳥の微光受信の母国語よ》っていうのは、すごく自分の中ではすごくわかりやすかったというか。結構意味に寄っているのかなって。あ、こういうのもあるんだと思いましたね。すごく単純に捉えると、焼き鳥を食べているのか焼いているのか、焼き鳥屋か飲み屋かなんかですけど、そこに光が差していて、そういう状況、そういう世界を受け止める、そういう言葉として母国語がある。この母国語っていうのは、おそらく日本語をさすと思うんですが、ここでなんで日本語って言ってないんだろうと今ふと気になったんですけど、でも考えたら、パウル・ツェランの詩のことを谷さんが確か書いてますよね。今回の五冊のどこかで書いていたと思うんです。パウル・ツェランっていうのは、それこそ、母語とか母国語との間ですごく苦しんだ詩人だし、飯島耕一のそれこそ「母国語」って詩の中に、パウル・ツェランが出てきて、そこに対する共感を飯島耕一も書いてたし、そういう意味では、「日本語」という言葉では単純に置きかえられないような意味で「母国語」というものを使っているのかなと思います。そう考えると、言語観というのかな、言語とか、母国語と詩との関係っていうのを、情緒的っていうか、俗っぽいと感じもしますけど、見せている、そんな句かなと思って。だから、こういうのもあるんだという感じの句でした。それから安藤の《こけし売り泡立つ海を後手に》っていうのは、ちょっと捻った見方をすれば、こけしっていうものが、いろんな解釈があるじゃないですか。子を消すでこけしなんだとか。そういうものを売っているこけし売りと、その後ろに、不穏な、何か訴えかけるような海を捉えつつ、それをわかっているんだけども、見ないようにしているのか、あるいは背負っているのか。何か、自分の行い、例えば、こけし売りっていうものが象徴する、ある種不穏な行いっていうものに対する背徳感というか罪悪感みたいなものが、泡立っているっていう、その意識っていうのかな。そういったものを背景にしながら、自分の宿命的な生業を行なっているというか、そういう人間みたいなものが書かれているのかなって思って。これは、今回の中で一番いいなって思いましたね。あと、《メガネ置きひとりのことを消せずいる》っていう山口のやつですけど、一人のことっていうのがなんのことなのかというのは、いろいろ解釈があると思うんです。この一人を恋人とか好きな人にしちゃうとすごい歌謡曲っぽい雰囲気の句になりますが、単純にこの一人っていうのは自分のことで、自分が一人ここにあるっていうことがメガネ置きがあるってことによって毎回毎回自分に確認されてしまう悲しみなのかなって思いました。林田紀音夫のかなり最後の方の作品に、メガネを置いて明日も同じような感じだ、みたいな句があります。明日も今日と同じようにやはり来てしまって、そのことをどうしても毎回毎回確認させられるっていう。林田紀音夫の方はもうちょっと生活者としての悲しみが描かれていると思いますけど、山口の方はそういう生活感はない感じ。自分の存在ってものの悲しみに向き合った感じがしました。もう一個だけあげると、《青葉木菟遠く縫針行くごとし》っていうのがありましたけど、これは、なんですかね、すごく単純に比喩だとすると、青葉木菟の声が針が行くように遠くへ聞こえていくんだっていうのか、あるいは遠ざかっていくのか、時間をおいて聞こえてゆくっていう様を言っているふうに読めなくはないんですけど。ただ、そういう状況の描写ではないような気がしますね。小川さんさっき言ってくれた、画鋲の句がありましたね。《満月や腹透きとおるまで画鋲うつ》と迷ったんですけど。自分はこれとすごく似ているものを感じるっていうのかな。針っていうものと、夜の間の自分の心境ってものを捉えた句なのかなって。それを仲介するように青葉木菟があるのかなと思いましたね。そんな感じです。

黒岩こけし、確かにかわいいというより怖い感じがしましたね。異色作ということで凄く気になりました。メガネは結構、洗濯機とか、山口の生活者モチーフの句が並んだ後にこの句がきて、僕は生活の中の一句だと思ったんですけど、おっしゃる通り、存在ってことにフォーカスをして、いるとも言えると思っていて、日常詠っぽくないところも面白かったです。

中矢後で韻律を話す時間があるかと思うので、ここでは前半二句だけ話題に挙げさせていただきます。外山さんの取られていた谷佳紀の《焼鳥の微光受信の母国語よ》の、「母国語」と「母語」の違いは改めて話したいと思いました。「母国語」というのは、生まれた国で使用されている言語で、日本だとわかりやすいので例にしますと、日本の国語は日本語ですね。ですが「母語」は人によって異なり、英語ではマザートングです。家庭内の言語であって、更には両親の話している言語が違うこともあると思います。この句での「母国語」は日本語という読みでいいんでしょうね。この句は日本語で書かれているということと、焼き鳥っていうモチーフから、居酒屋みたいなものを思うからだろうと思います。上手く言語化できないのですが、面白い句だと思いました。

久保田古丹の、「黄色風船」のなかにある《緑園にくらげが来ているパラソル》は、やっぱり金子兜太の《梅咲いて庭中に青鮫が来ている》から来ているんですかね。青鮫じゃなく海月が来ていて、梅でなく夏のイメージなので、句の構造なども勿論違うのですけれど、両者共に幻想のような幻覚のような、でも明るさが押し寄せてくる感じを受けました。

次の句は猪鼻治男の句で、《手のひらの砂ふりつづく家を買う》です。「つづく」は、連体形と終止形が同一で、だから読みが面白くなるよねという話をしたくて選びました。「ふりつづく」を連体形で解釈すれば、砂がずっと降り続いてしまうような家を買うということになるし、ここの「ふりつづく」で一旦切れば、手のひらの砂が、一握の砂的な、ずっと続いていて、それはそうとして、家を買ったよという別の事象との二句一章になる訳です。一つ目の句は、金子兜太のものを思ったというところで、二つ目の句は単純に好きなイメージだったのでいただきました。

黒岩まったくその通り。手のひらの砂の句はダブルイメージがあって、私もすごく注目しました。三世川さんお願いします。

三世川前置きになりますが。十一号から十五号は、1988年10月から1989年12月までの約一年間の発行なんですね。自分がいただくにあたってこのスパンで見ると、特徴的なのは久保田古丹の作品がよく目についたことです。韻律ということも合わせていただいていて、とても心惹かれたものが多かったです。それに引き換え谷佳紀の作品については、もしかしたら自分が谷作品に慣れすぎたせいかもしれませんが、何かイメージや意味性の強いものが多く、なおかつ韻律という観点からしてもあまり興味をひくものがありませんでした。そんなことで韻律も含めて、三作品いただきました。ただ韻律と言っても根本的なことになると色々難しい問題がありますので、わかりやすい意味で目につく韻律という観点から顕著な作品を採りました。で、一つ目が《鳥騒やひとりカルタひとり花骨牌》という多賀芳子の作品でして。ところで自分は季語に疎いもので、これは「とりさわ」ではなく「ちょうそう」でよろしいのでしょうか?。

黒岩これはですね、この字で、あおば「ざい」とか……

三世川ありますよね。「とりざい」なのかな。

小川「ちょうさい」と読むのかな。わからない。

三世川そうですね。囀りとかそういうことだと思いました。賑やかに鳴き交わす囀りとは没交渉に、骨牌で一人遊びしているのでしょう。なにか物憂いというか、やるせない心持ちが染み込んでくる感じがします。ところで花骨牌なのか花の骨牌なのか、あるいは花札なのかも判らないのですけど。それはともかく「鳥騒や」以外はいわゆる複合名詞、他に何も含まない複合名詞のリフレインだけなので、ゆえに一人遊びの映像がクローズアップされていると思います。そういう風に目についた韻律でした。それから次が《遊女に夕陽は異教のブランコ》で、作者は久保田古丹ですか。なにかこう、異教のブランコという言葉に引きずられているのでしょう、アインデンティティ不在の虚無感漂う映像が見えます。そしてそれと呼応するように、情感や思い入れの深入りを断ち切るかのようなブランコという体言止めの四音が、大袈裟な言い方をしますと、実存的な悲しみを誘うようでそれでいただきました。これも体言止めの四音が、韻律として目につきました。最後が《皿運ばれてゆく晩秋という部屋》でして、これもやはり久保田古丹作品です。とても淡々とした内容を負わない映像と、五七五とは異質な抑揚のない韻律によって、晩秋のもつ鎮静した空気感とか情感というものを、無自覚にしかし明確に感覚させられます。ある意味こう、まぁ前衛的というのは抽象的な言い方ですが、前衛的な文体に近いのかなとも思いました。

黒岩そうですね。久保田さんに注目がいって、谷さんには韻律面でも内容面でもっていうのが面白かったです。

三世川すみません。久保田古丹はどのような作家だったのか、手短に教えてもらえますか。

小川アルゼンチン移民の方じゃなかったかな。崎原風子が書いてたような気がする。

中矢井尻香代子先生の『アルゼンチンに渡った俳句』という本に久保田古丹は出てきてます。

三世川伝統的な俳句からは、スタンスの遠い作家だったのでしょうか。

小川「海程」の人じゃないのかな。

中矢小樽出身の方で、生まれたのは1906年で、没年は96年の方で、俳句は、

黒岩あ、プロフィールもありましたよ。ゴリラ六号に。これ、崎原風子が書いてる。

小川どこに所属とかは書いてない。

三世川今回の選においてたくさんいただいたので、急に久保田古丹という人物であり作家に興味が沸き、質問させてもらいました。

小川崎原風子の俳句の師、そして仲間であると書いてますね。

三世川あー、やっぱりそうなんですね。

中矢芸術家だった感じが。

黒岩絵描きでもある。

中矢写真機とバイオリンと共にアルゼンチンにやってきたとあります。

黒岩すごい。

中矢1936年にアルゼンチン美術展に初入選したとありますね。画家としての活動の他、漆芸家としても名声を得て、アルゼンチンの指導に携わっていたが、やがて俳人として俳句の普及活動を開始したそうです。最後、スペイン語での俳句グループを作ったことは知っています。ただ、訳者の井尻先生曰く、井尻先生はスペイン語の辞書を編纂されるような凄い先生なのですが、その方が読んでもあんまりよくわからなかったとのことでした。この記述から、古丹のスペイン語能力といった問題ではなく、私としては、日本語でその句を表現したとしても、日本の俳人たちにとっても解釈が難しかった、意味内容をストレートに伝える俳句は日本語でもスペイン語でも書こうとしてはいなかったと考えるのが、この感じだと妥当なのではないでしょうか。

黒岩僕は結構、久保田の作品は今回凸凹としているなという印象が、ちょっと観念とか、分かりやすい陥穽に嵌っている句もあったかなと思うんですよ。三世川さんがあげた句単体で見ると、そうかそういう、空白感みたいなものを読み取れる句があって、なるほどと思いました。戻ります。では、では横井さんお願いします。

横井そうですね。今回、意識したわけではないんですけど、小川さん同様女の人の句が面白いのが多かったのかなって思って。気づいたら十句中九句が女の人の句になりましたね。多賀芳子の俳句は、九号では、谷に気楽に笑えないと言われていて、十三号のやつでも、別に談林を目指していないと言っていましたけど、僕は真面目さは好きなんですね。理屈っぽくあっては、それは駄目ですけれど、完全に無意味であると、一体何処に行くんだろうという感じがしまして、その点で多賀さんの句は取れますね。結構、《砂漠立つ胃の腑のような映画館》は、すごく「立つ」っていうのはおかしいんですけど、砂漠の殺風景な印象の中に、映画館のなかに放り込まれて、その中で、胃の腑のように映画館が丸まっている、そしてその中で詠者も、胃の腑のように丸まっている映像が見えてきて、面白いと感じましたね。渇きに似た苦痛を感じました。次に、《乱雑な部屋にぽあーんと私空気》小川さんもとっていたと思うんですけど、この句は、「ぽあーんと私空気」が、これもまた十三号で、多賀が安藤に言っていたんですけどね、「傷を舐めながら時に明るく吠えながら檻の外に出ようとしない」と書いていたんですけど、割となんだろう。傷を舐めながらって言いようは、違うような気がするんですけれども、すごく楽しそうに檻の中にいる、と僕は思います。で、普通に好きな句を挙げると、《水匂う 見渡す限り積木の部屋》っていうのがいいと思います。積木って別に水の匂いはしないと思うので、この水の匂いは印象的なものと思うんですけど、積木というものがあって、狭いけれど広大な部屋に散らばっていると。子供のときの記憶が……水、そうですね生命には必要不可欠なもので、原初とも言えるものですけど、生命の原初を思わせる部屋だったんですね。子供のときの記憶を、そのまま俳句にしたようで、普通に好きな句で取らせていただきました。以上です。

黒岩毛呂の句は、楽しいみたいなことを仰っていましたが、選句基準として気になったところはありますか。

横井普通に気に入った句をとった感じですね。女性を多く取ろうとした訳でもなく、別にユーモアを排除している訳でもない。意味を否定すると、ユーモア・アイロニー・感覚の方によると思うんですけど、別にそこを排除した訳でもなく、気に入った句をとった感じです。

黒岩方向性としてあんまり上がってない句だけ話したいと思います。鶴巻《ピルシャナ佛の足元の風いただきます》。これは韻律感とか、流れとか、風のそよぎみたいなものが言葉にのっているのがいいなという感じで、選んできた感じがありました。いただきますが、遠くにポーンと聞こえてくる感じが快いと思います。妹尾健太郎のが上がってて《かちっ閉じ波頭香りのジッポ来た》。ちょっとこう、分かりやすいというか情景が浮かびやすく、別に「ゴリラ」に載っていなくても、他でも載っているかもしれないなって句だったんですが、なんか、「かちっと閉じ」って言わずに、「かちっ閉じ」ってのが妙に気に入っちゃって。この書き振りが、香りを連れてくる、ジッポの炎が発せられる香りが、あるのかなっていう風に思ったりもして。あの、軽やかに書ききった句かなという感じがして。谷の即興の二句。たまたまいいなと思った句を最後十句に絞ったら、即興の二句が残ったって感じなんですけど、谷さんの俳句の作り方の中で、即興っていう指針が一つはあるのかなと思って、拘っているのが、前回の読書会で話題になった、自分を更新しながら書くみたいなイメージを持っている評論でした。だから即興っていうのか、その場で出逢って書くという事に、別に即吟が全てじゃないですよ、即興性という事にはかなり意識的だったのかなとは思いました。《虚空人即人の突っ立つ死》っていうのは、どう頑張っても読み取れないんですが、私には。多賀さんにはそう評していて、ややシニカルというか、マイナスな感じも、取られていたんじゃないかと思うんですが、うまく言えないんですけど、襲いかかってくる気持ち悪さというのがちょっと感じまして。ああ、「谷独自の言葉に対する自慰的奔放さ認められよう」「意外性が感じられない」。なかなか、多賀さん非常に理知的に分析的に書かれているなって思ったところが結構、言葉に拘っている感じがして、多賀さんの評は、すごい分かりやすいんですが、それでも興味があるというのは、虚空人即即興人というのが、プレーンな感じ。まぁ、暗いんだけど、あまりのっぺらぼう感があるというか、そこがゾッとして、俳句として神経を揺さぶってる感じがしました。原さんの句も二句とったんですけど、これちょっと原さんって前からずっと、初回の読書会でも、外山さんが、怯えながら、俳句ってどういうものかなって距離を測りながら書いているんじゃないかって指摘があって、今でもそうと思っていて、やや性的というかセクシュアルなモチーフを、俳句に活かそうとする句がやや多すぎるんじゃないかと私はちょっと思ったんですね。ただ、《夫婦はぁー皮袋からぱっくり生れ》っていうのは、なんかこう、夫婦の夫婦感とか、あんまりないなって思って、これもさっきのぽあーんと空気と近いんですけど、「ぱああんとまんさく」も一緒なんですけど、やっぱりその外界へ抜けようとする潔さみたいなものが、原さんも他の作家に「ゴリラ」の中で影響を受けながら書いているんじゃないかとはちょっと思いました。だからやっぱり原さんの本領的なではないところが面白いというのが率直なところです。そんなところです。

三世川皆さんの選んだ十句選が、誰も重ならないところが面白いですね。

黒岩そうなんですよ。結構、重ならなくて、それは僕は魅力的な句や勢いというか、のって書いている作家が多かったんじゃないかな、毛呂さんの追悼の十一号以降、ちょっと十号までの流れと、それこそ韻律的な感覚が、ちょっと変わってきた、いい方に変わってきて、私としては、かなり今回が一番楽しく読めた感じがします。

(つづく)

第三回 ゴリラ読書会 十句選

第三回 ゴリラ読書会 十句選

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小川楓子選

苔の羊歯の踏み心地なりノーヴェンバー  鶴巻直子

陽がどかんと懐へ仔牛の料理だ  鶴巻直子

乱雑な部屋にぽあーんと私空気  安藤波津子

紫木蓮円周率の自我すっくと  早瀬恵子

ガラスを抜けた小鳥抜け殻がきれい  安藤波津子

夜雨しきり部屋中にぬれた樹木が  猪鼻治男

君も同年なめくじの先の皮膚と肉  谷佳紀

満月や腹透きとおるまで画鋲うつ  早瀬恵子

パチと干すおしめ釈迦より明るいな  在気呂

兎の耳動きはじめて僕が近づく気配  久保田古丹


外山一機選

煙の中白色レグホンひるがえる  鶴巻直子

焼鳥の微光受信の母国語よ  谷佳紀

はればれと尻わかれゆく渚かな  原満三寿

こけし売り泡立つ海を後手に  安藤波津子

とある夜の空気しばしば左折する  荻原久美子

空家に帽子を濡している青空  久保田古丹

メガネ置きひとりのことを消せずいる  山口蛙鬼

石仏と海原いっしょに走り出す  早瀬恵子

青葉木菟遠く縫針行くごとし  在気呂

砂時計の刻絶え影につかまる兎  谷佳紀


中矢温選

緑園にくらげが来ているパラソル  久保田古丹

手のひらの砂ふりつづく家を買う  猪鼻治男

【韻律が気になる】

去年今年ヒロヒトヒロシマ墓地勃起  原満三寿

老人性感情失禁ああああ笑う  原満三寿

魚紋 ながすねひこのかちわたる  多賀芳子

マカロニ並列この夏の空っぽ  鶴巻直子

曇天ヴギウギ蟹も来たり  鶴巻直子

惜しみなく蝶に油の流れ  鶴巻直子

ひんやりと緋の非売品フラミンゴ  鶴巻直子

赤い釘ゆらりと「誰か居ませんか」  在気呂


三世川浩司選

鳥騒やひとりカルタひとり花骨牌  多賀芳子

偏西風にのって肉桂を嚙んで  中北綾子

遊女に夕陽は異教のブランコ  久保田古丹

白菖蒲あなたが咲いている九月の闇  久保田古丹

冬恍と河馬の脊中に縫目なし  鶴巻直子

走りすぎタイムトンネルの美のおかあさん  谷佳紀

夜はしずくで昼は椿に溶ける骨  谷佳紀

皿運ばれてゆく晩秋という部屋  久保田古丹

瓶に詰められた寒灯鳩の愛語  久保田古丹

マルコポーロの足踏何ぞ梨透けて  兼近久子


横井来季選

カナダの便りコスモスはくもる水  多賀芳子

砂漠立つ胃の腑のような映画館  多賀芳子

隣室に亡父がたまる弥生尽  多賀芳子

電球消して天体めく部屋のさすらい  山口蛙鬼

卵割る刹那北半球赤し  鶴巻直子

乱雑な部屋にぽあーんと私空気  安藤波津子

水匂う 見渡す限り積木の部屋  萩原久美子

笑顔ではないのだ蘭の花で埋めるな  多賀芳子

ピアノすでに脱水症状 怒ったよ  鶴巻直子

おとぎ話の左手は優しいはずだ  萩原久美子

2022-12-18

『ゴリラ』読書会 11号~15号を読む〔前篇〕

『ゴリラ』読書会・第2回 11号~15号を読む 〔前篇〕


開催日時2022年5月4日 13時~16時半
出席者小川楓子 黒岩徳将 外山一機 中矢温 三世川浩司 横井来季

『ゴリラ』
11号 1988年10月30日発行
12号 1989年2月15日発行
13号 1989年5月30日発行
14号 1989年9月10日発行
15号 1989年12月25日発行


黒岩今回は同人諸氏の句とは別に毛呂篤(もろあつし)追悼号(第11号)から毛呂篤五句選をいただいております。一人ずつ、五句選を見ながらお話をしていけばと思います。


黒岩では、小川さんから始まってますので、ご感想お願いします。

小川芭蕉忌や遊んで遊び足りないと思う》は、毛呂篤と言えば、という一句です。《粒もかんぴょうもひかりの穴だ鑑真》も代表句です。一句目は、谷から聞いている毛呂篤という人らしい奔放さを感じます。二句目は、盲目の鑑真と同じく視覚ではなく、ほかの感覚で見つめる、ってことかなと。見えない粒子みたいなものが光っている空気感を捉えているなと思います。毛呂篤は眼の病がありましたから、自身の実感であるのかもしれない。《鯉が笑えば比良山系も俺もゆらり》は、豪快ではっはっはと笑うような諧謔があって、すごく毛呂さんらしいなあって思います。あと《春なれや一村ぶらんとして水なり》ですが「一村ぶらんとして水なり」っていうのが、村自体がぶらーんとした豊穣な乳房のような印象があって好きですね。あと、晩年の句で《白盲の海よ一私人として泡か》って、最初理屈っぽいかなとか、堅いかなと思ってはいたんですけど、やっぱりこれは外せないかなと。ほかの四句みたいな作品を私は、毛呂篤として捉えていたので、この句には最初すこし違和感を覚えました。でも、これがもしかしたら毛呂の素顔なのかもしれないと思いなおして。あと「白盲」ってどういうことなんだろう。「白盲」が読み解けないっていうのが最後まである。でも「白」って空白のように何も無いってことでもある。意外と毛呂っていうのはこういう率直な人だったのかもしれないなあ。今まで諧謔みたいなところで書いてきたんだけど、最後はこういうところにたどり着いたのかっていう。きりっとした居住いの正しさがある感じがして、外せない句かなって思いました。

黒岩ありがとうございます。小川さんは第一回の読書会の時も、《白盲の海よ一私人として泡か》のことや、白の連作とか、ちょっとテイストが違うんじゃないか。力が弱くなっているんじゃない? ってことをおっしゃっていて、それでも捉え直しとして、泡の句を良いと思われるというのに、共感しました。確かに全然最後の静けさというのは、作家としてどういう風に締めくくるのかというところを、考えていらっしゃったのかなということが、見え隠れしました。遊ぶということ、諧謔、笑うということっていうのは、一人ずつ大きなテーマになっていると思うんです。その時に芭蕉を出してくるのは、すごくわかりやすい歴史的な構図でいうと、談林風から蕉風にという理解を、教科書的に私は知っているんですが、芭蕉に、遊んで遊び足りないというのは、面白おかしくする遊びだけではなく、やはり風狂的な、世の中のアウトサイダー的なという風狂精神の方を読んでいくと、遊びとか笑っていうのが、面白おかしいだけじゃない、もっと深いところや、寂しい感じとかも、読み取れるんじゃないかなって。芭蕉忌の句。あと、《鯉が笑えば比良山系も俺もゆらり》の句も、比良山系は、すごい穏やかで、琵琶湖の奥にした山並みなので、心が落ち着くような心持ちも、この句から感じられるような気がしたんですよ。パワーや面白おかしさの奥に、鎮静化された魅力というのを強く感じました。外山さんいかがですか。

外山まず、毛呂の最初の句ですかね。《スカート巨大ならば南無三落下の鴉》とかありますけど、これは毛呂の、「ゴリラ」の二十句選の中では結構異質な方になるのかなぁっていう気がしましたけど、気になったので選んだということですね。「ゴリラ」の11号から15号まで今回読んだわけですけど、その中でフェミニズムの視点から、「ゴリラ」の句を読むという評論もあったと思います。その中で、こういう句もあったので、ちょっと気になるという感じだったんですね。例えば、これですけど、はっきり言って、女性に対する恐怖なのか嫌悪なのか、そういうものを感じる。この1980年代の終わりくらいに確か、上野千鶴子が、『スカートの下の劇場』でしたっけ、確か出されたと思います。あれは、女性と、女性の下着に対する男性の眼差しとを、一つフックにして、女性と男性の眼差しっていうものの違いみたいなものを読み解いてるみたいなものだったと思うんですけど、この句の場合はスカートの中とか下ではなくて、その大きさに慄いているというような感じ。それに対して、敗北っていうのもちょっと違う気がするんですけど、なんというかな、私なんかはミソジニーを感じますけど。そういうものを描いている感じがあります。敗北しているように見えて、そうではなくて、そこに恐れて近づかないというか、そんな感じ。そういう、女性に対する嫌悪感なのか恐れという表現なのかなと思いました。

あとは、二つ目の句に関しては、毛呂の今回の句を読んでいて思ったのは、対象物というか、存在みたいなものをポンと思うみたいな、そういう書き方の句が結構あるのかなって気がしたんですね。例えば《蛤一個中心にして淡しや》とか、世界の中に何か一つの存在があって、それについて何か思うっていうそういう書き方。《突然に春のうずらと思いけり》っていうのも、そういう書き方がそのまま出ている。だからこの春のうずらは単体というか、一羽なんだろうなって思うんですけど。そういう世界の切り取り方というか、念じ方というんですかね、そういうのが出ていると思いました。あと、三句目をパッと読むと、語彙的には阿部完市の《この野の上白い化粧のみんないる》を思い出すんです。ただ、化粧とみんなっていう言葉を使っているんですけど、全然違う世界観が描かれている。阿部完市の《この野の上白い化粧のみんないる》っていうのは、ある種ゾッとする光景と見えるし、メルヘンチックなものにも見えるんですけど、そういう恐ろしさとは違う、恐ろしさっていうのかな。《みんな化粧のとりに迎えられ恐わし》っていうのは、鳥自体が化粧をしているってことなんですかね。この野の上の句だと、もうちょっと人間と異世界がスムーズにつながって、裏表の世界がスムーズに移行するんですけど、これはそういう感じじゃなくて、もっとくっきりと、化粧をしている側とそうじゃない側との世界の軸が分かれているのかなっていうところが、決定的に違うと思ってそこが面白いと思いました。四句目が、《榛の木へ止れ蝗よ暗いから》。これは、二句目ともちょっと似ているんですけど、何か広い世界の中の小さなものに焦点を絞って書いていくというパターン。もうちょっと情緒的というか、ヒューマニスティックな感じがあるなって思ったんですね。こういうのって他にもあった。《野ねずみのすかんぽにいて涼しそう》なんてのは、そういう風景として読めなくはないですけど、そういう風景があって書いたというよりかは、広い野のなかから野ねずみというものを見つけて、そこに涼しそうっていうふうに感情を移入していくっていうやり方と思うんですよね。あと最後の《春なれや一村ぶらんとして水なり》っていうのは、これもまた阿部完市との対比になっちゃいますけれど、《他国見る絵本の空にぶらさがり》ってのがありますね。なんかあれはメルヘンチックで、阿部完市の初期の手癖みたいなものも出ているんですけど、《春なれや一村ぶらんとして水なり》っていうのは、そういうものとは違うところから出ているような気がします。例えば、この村は、なぜ一つじゃなきゃいけないのか。先ほどの「広い世界の中の一つの対象物を見つけてそこに感情移入していくことで書く」という書き方をするときに、その「一つ」が、「村」っていう一つの空間や共同体にまで広がり得るんだなっていう。だから無理なく書いてる感じがする。すごくオリジナルな感じもするし、無理なく書いてる感じもして、すごく、これは面白かったですね。「春なれや」とか「水なり」とか、同じような言い方の繰り返しもあるんですけど、すごく自然な感じです。

黒岩三句目は鳥ではなくて烏では……?

外山あ、ごめんなさい。それで、一句目の鴉と、そことの比較しても面白いんじゃないですかね。

黒岩ありがとうございます。小川さんと三世川さん、スカート巨大の句があったので、「海程」の森田緑郎の句についても何か類似性というか差異点を語ってもらうことってできますか。

三世川森田緑郎の作品は《巨大なスカート拡げ家中見え》でしょうか。

小川私はオマージュなのかなって。森田の句の方がだいぶ前なので、もちろん毛呂は知っていたと思うんですけど《巨大なスカート拡げ家中みえ》っていうと、オブジェクト、物体がボンボンって見える。家中みえっていうのは、女性的なもの、母親的なものが、家の中を取り仕切っているみたいにも読める句だなとは思うんです。でも、そう深読みをしないほうが面白い。物としての存在で充分だと思います。毛呂は《スカート巨大ならば南無三落下の鴉》でさらに巨大なスカートに何も託さないよって態度に思えたんですけど。あと、今見えているものは、本当に存在しているのか、違うかもしれないよということかなと思いました。

三世川自分も小川さんの言われたように、スカート巨大という言葉というか捉え方はやはり森田緑郎作品を、あるいはスカート巨大という言葉の持っている風合いのようなものを意識していると思います。それに対して南無三落下の鴉には、ちょっと仏教的なまたは説話的な世界観があるんですね。実際、猫が屋根から落ちるとき南無三宝!と言ってしまった説話があると思うのですが。そういうなんらかの気分が毛呂篤のなかにあって、それを表現するにあたり従来の俳句手法ではなく、こういう言葉が持っている新しい可能性でひとつの世界を作り上げたのかと。現実的な可視性はないかもしれませんが、イメージの世界……イメージともちょっと違う、なにかそういった雰囲気というかファジーな世界の中で、毛呂篤がそのときに抱いていたひとつの気分を表現したのだと思います。

黒岩ありがとうございます。象徴的に一句を読むこともできそうですし、逆にそう読まない魅力もあって、非常に多義的だなと思うのは、言葉と言葉の繋がりが突飛だったりとか、そこで鴉出てくるんだとか、落ちにけりじゃなくて落下っていうんだとか、音派って言葉も第二回の時に出ましたが、どう転んでも、お任せしますという感じが作者としてあったんじゃないかなって感じがして、面白いですね。俳句の広さを感じる句群だなと思います。では、中矢さんお願いします。

中矢私は十一号の、それぞれ六名の方の二十句の中から選ぶようにしました。一句目の《鱧の皮提げて祭の中なりけり》は、内藤豊の選のものです。あ、できるだけゴリラ作家の名前は敬称略で統一して話します。で、私は毛呂篤が京都の方だったかな、関西にお住まいだったというのは今回知ったのですが、毛呂のなかには何か特定の風景の祭りがあるのかなと思いました。「鱧の皮」というと上品な懐石料理のイメージがあるのですが、「祭の中なりけり」と言われると、一匹の鱧の皮を鷲掴みにして祭りの雑踏に立っている、あるいは歩いているという、異様で面白いイメージが浮かびました。「提げて」と書いてあるので、鱧の皮の料理を持ち帰っていると読んでもいいかもしれません。祭りの雑踏の中の静かな異物のような感じがあり、印象的でした。

二句目も内藤豊の選の句です。《大釜の水張って国ありというか》の「大釜の水」は、炊事の煮炊きに使う水、大家族の食事の用意に用いられるような水のイメージが浮かびました。それと同時に「大釜」は、お風呂の他、地獄の刑罰を思わせる言葉でもあるというのが面白いと思いました。また、「張って」という表現から、水面張力が耐えられるぎりぎりまで満ちた水を思いました。そういう限界状態の「大釜」というわけですね。この句がそこからどう転じるかというと、こんな状態で国は成立するのかみたいなところを、「国ありというか」という表現で書く訳です。この「国ありというか」をどう解釈するかですが、私は「国がこれからも存在するだなんていうんですか(否、ない)」という風に捉えました。「大釜」は象徴的な意味を持っていると思います。

次の三句目は、多分横井くんも選ばれているのですが、《あるぷす溢れだして老人は花とよ》です。このアルプスは、実際のアルプス山脈というよりは、アルプス一万尺の手遊びのような、言葉としてイメージとして、「アルプス」って言ってみたよというような感じを受けました。で、「老人は花」と言われると、個人的には花咲爺さんを思い出しました。どうなんですかね、この句の「老人」が毛呂かどうか、そしてそれがこの句にとって重要かどうかに自信はないのですが、幻想的で好きな句でした。「花」を桜と捉えてもいいのかもしれませんが、私は一般名詞としての花で、任意の花として捉えました。

で、四句目ですね。《1749799の銃番号は肺である》。えっとそうですね、私は「ひゃくななじゅうよんまん……」とは読まずに、「いちななよん……」と一つずつの数字として読みました。この数字は例えばまあ今でいうとマイナンバーとか、受刑者番号とか、スパイの番号みたいな、人間に対して割り当てられた、「それ自体には意味がないのに、個人と結びついている数字」かなと思いました。あるいは例えば戦地などで渡された銃に降られた番号なのかなと思いました。この句が最後に「肺である」に着地することで、さっきまでの「妙に意味ありげな番号」について読者が考察しようとすることを放棄させるのが、面白いと思いました。この数字の羅列は、どういう根拠を持っている数字かは分かりませんが、如何とも動かないという感じがしました。何ででしょうね、やっぱり末尾の9という数字は、ひとつ次に進むと、桁が変わってしまうというところが、ぎりぎりというか切実に私には映ったのかな。

次の《白盲の海よ一私人として泡か》に対して、小川さんが硬いっていうふうに表現されていて、私にはない読み方だったなと思いました。特に小川さんの五句選は、四句目までは、割と、なんていうのかな、熟語が少ないというか、平仮名が多いってのかな、あるいはゆらりとかぶらんといった擬音語の句が多いから、余計にこの句が際立ってくるのかなと思いました。硬いつまり硬質な句という点に自分も納得しています。私はこの句を音として聞いたとき、「しじん」をpoetの方の「詩人」かと思っていたんですけど、「私の人」というところで、poetだったらなんとか読めそうな気がしていたのが、あっさり崩れました。何でしょうね、「一私人」というところで、肩書きはなく、丸裸の一人の人間として泡を思うっていうことでしょうか。人魚姫とかで、朝日だったかを浴びると泡になるという絵本を読んだことがありますけれど、儚げなイメージをこの句に抱きました。

で、そうですね、私の前にお話くださったお二方の読みが大変勉強になりました。外山さんのさっきの話も面白くて、上野千鶴子氏の本『スカートの下の劇場』は、1989年8月の出版だそうで、この「ゴリラ」11号は88年の10月末の発行なので、毛呂が詠んだのは上野氏より前のはずで、上野氏の本の話題性よりも先にできてるものなんですけれど、「スカート」という語の把握が両者では全然違う。そうでありながら、俳句と散文、社会の問いかけって形で同じスカートって言葉が共有されていたっていうのが興味深く感じました。

黒岩鱧の皮は、この後ろに、原さんは大阪とも親しみがありそうだったので、天神祭かなっていう想像もできるかなと思いました。確かに祭りの中の静けさを感じます。「とよ」とか「か」とか下五の「や」とか、ちょっと最後こう捻って、自分の思いみたいなものを表すみたいな。結構今、中矢さんが選ばれていたところの手癖、みたいなところが面白いかなと思います。他皆さん聞いてみたいところあります?

三世川そうですね。好き嫌いとは無関係に、《鱧の皮提げて祭の中なりけり》には、いかにも上方が持っているひとつの、町衆の旦那の懐の深さと可笑しみみたいなものも感じました。

黒岩ちょっと毛呂さんの作家性とかオリジナリティのドストライクというよりかは、町衆の雰囲気を醸し出す方にふったかなっていう。ちょっと思った。

三世川またあとで話が出ると思いますが、第一句集の『悪尉』だとか『灰毒散』のころは、このような文体の作品が多かったと思います。全部記憶しているわけではありませんけど、そういったシリーズの、安易な言い方をしますと「上方シリーズ」の文体で、その時に感じている抱いている気分を表現している気がしました。

黒岩谷さんの「意味の美、意味の真」っていう評論の中にも、少しその話題が出ていますね。

中矢すみません、一つ話し忘れたことがありました。《白盲の海よ一私人として泡か》の句をとられているのが、私と三世川さんと、黒岩さんと、小川さんです。この句は高橋たねをと、安藤波津子が選んでたんですけれど、高橋二十句選では一句目に持ってきていて、安藤選では最後の二十句目に持ってきているのが、対照的で面白いなと思いました。こういった風に誰かが亡くなって、その人を悼む特集を編むとなって、二十句を選んで欲しいと言われたときに、高橋にとっては最初に置きたい句であって、安藤にとっては最後に締める句であった。まあ、並べるのって結構気を遣う難しいことですよね。作った順がしっくり来る訳ではないし、季節順というのも毛呂俳句には相応しくないでしょうし。そういう季語というところから、縛られずに作った人の作品ってのは、さてどのような順に並べるかってなったら、六人による二十句選の選出というのが、一人の俳人あるいは友人の死に対して、思い思いに句を思い出したり、表記を調べたりして、並べたような気がします。なので、こう高橋たねをにとっては、二十句選の一句目だったし、安藤波津子にとっては、それが二十句目だったのかなみたいなことを思いました。以上です。

黒岩やっぱり高橋が一句目に置いているっていうところがすごく意味ありげというか、何か読者に感じて欲しいところとか、選んだところの力点が明らかにあったと思います。

中矢確かにさっきの小川さんのお話だと、この句は晩年の句ということでしたので、意図というか高橋の思いが入っていそうですね。

三世川直接的な答えになっていないのですが。高橋たねをは、実は大好きな作家でして、当時の「海程」の中で間違いなくフロントランナー的な存在だったと思います。おそらく「海程」内部でも、同様に認識されていたかと。そういった作家だからこそ、さきほど言った「上方シリーズ」的な作品よりも白盲作品を重要視したため、作成順ではなく一番最初に置いたのだと思います。

黒岩面白いですね。高橋さんの作品もちょっと気になるなという感じですね。キリストの句が……?

三世川基督よりあざやかなおれは木場に》とか、あとは……。

小川その句はまさに高橋たねを、って感じの句ですよね。毛呂の作品について「意味の美、意味の真」の評論で白盲の作品の一連を「精神が透きとおるように輝いている言葉の艶のとてつもない力からは、「無意味と意味」の新しい関係が生まれているのではないか」とか。「痛々しいほど自然な佇ずまいでありすぎる作品かもしれない」とか。あと、「芝居を見ているような大げさな身振り手振りに思わず酔ってしまう」とか。見得を切るような感じで句を作ってきたと。だけど「白盲の海」死の前の一年間の作品は、「独特の言葉使いでありながら自己主張は背後に消え、静かに佇んでいる」と。「意識下の精神が溶け込んでいる美しさのように思える」みたいなことを言っている。高橋たねをも何か、谷と同じような点を感じ取った。毛呂篤が、最後の到達点にたどり着いたって気持ちがあったから、一句目にあげているのかな、って思いました。

横井う〜ん。僕は結構毛呂の句は楽しい人の楽しい句と思って、毛呂の二十句選を読んでいたんです。五選もそれで選んでいたんですが、白盲の句なんかは違うのかなと。晩年の句だから、ちょっと、この前小川さんが言ったように、疲れてたのかな、それと、感傷的になっていたのかなって感じです。

黒岩「達成」という評価についてはどう思います?

横井逆だろうなって思います。二十句選を感じ。僕は、結構、《帝王学はジャムだよジャムの木に座れ》だとか《天才はギクシャクとして菊の前》とか、そういう方が、毛呂さんと思う。ある種の演技をしているのが。それが衰えて、もしくは死を目前にして感傷的になって、演技ができなくなった結果、白盲になるということかなと。

三世川前回いただいた《へんぽんと植物と毛のたのしさ》と《白盲の海よ一私人として泡か》は、重複するので省略させてもらいます。まず《芭蕉忌や遊んで遊びたりないとおもう》ですが、芭蕉忌という忌日に人間芭蕉へ懐かしく思いを馳せているのですね。しかし芭蕉忌とは脈絡なく、いわゆるホモ・ルーデンスであることの意味を実感したんだと思います。それをとことん享受しようと嘯いている、愚直なまでのエキュプリアンぶりが、なんとも言えず愉快であり痛快です。そんなことでいただきました。それから《鯉が笑えば比良山系も俺もゆらり》ですけど。こう、水面に揺らぐ映像の写生に止まらずに、鯉が笑うとふくよかに把握した、懐深いようないささかふてぶてしいような心意に惹かれてやみません。そして《粒もかんぴょうもひかりの穴だ鑑真》です。小川さんのお話にありましたように、毛呂篤自身にも視覚に難があったのですね。それゆえに粒であろうとかんぴょうであろうと、光の波長が吸収されたり反射されていることに過ぎない、というふうに認識したんだと思います。それはかなり哲学的な奥深い命題であると思うのですが、にもかかわらず飄逸で人間臭い主観的な捉え方にとても惹かれます。そして、戒律を通じて仏法を体現した偉人としてではなく、確かにその時に生きた一個人としての鑑真に寄せたシンパシーが、とても好ましいです。

黒岩鑑真の句、話題に結構なってますが、私はこの句初めて知った時、結構ショックというか、全然自分の知らない俳句がここにあったんだって感じで、驚かされました。俳句観が拡張した経験をしたんですね。やはり今小川さんや三世川さんの言ったように、鑑真が日本に渡るとか、そういう意味的な歴史的な背景を背負ってもいるし、それだけでなくても、ひかりの穴だ鑑真って言い切ってしまうことの大胆さとか度胸さ。韻律の話とかはまだ出てないですけど、この畳み掛ける風呂敷を大きく広げるような、あと粒とかんぴょうが並んでいるけど、そのつぶって一体?みたいな、でもなんとなく納得してしまうみたいな、驚異みたいなものをずっと感じていて、だいぶこの句には立ち止まっている感じです。三世川さんもどうでしょう?最後の句と、他の句としてはだいぶ毛色が違う、変化があったと思うんですけど。

三世川そうですね、白盲はどの辺だろう。かなり晩年の作品ですから、先ほど「上方シリーズ」と言いましたけど、そこでの意欲とか思考とかは、やはりだいぶ変わってきていたんだろうなと思います。もっとも、それが衰えと直接的に結びつくとは思いません。しかしながら一連の「上方シリーズ」にはあまりにも強烈なインパクトがありますから、それに比べると毛色が違っているというのは間違いなく言えると思います。

黒岩ある意味器用な方というか、俳句として認識している書けるものの広さを感じる人でしょう。細かなテクニックが優れているっていう話だけでなく、見ている景色が変わっていった。変わっていった作家っていうのは俳句史で多くいたと思うんですけど、その中でも特異な変遷のあったかたなのかなとは、「意味の美・意味の新」でも感じます。

三世川変遷というと、阿部完市でも『無帽』や『証』を経て、それから変わっていきましたからね。テーマやモチーフ、あるいは文体自体も変わっていくのは当然だと思います。

黒岩変わってゆく中で貫いている軸みたいなものは何なのかっていうものも、省みたいと思います。一つ「遊んで遊び足りないと思う」っいうのは結構一つあったのかなって。もちろん白盲の句は、毛色は違うけれど、遊んで遊び足りないと思うって言っている人間が、この句を書くってだけで詩情があると私は思います。

横井草の中の浅利芽ぶくも春の皺》ってのは、何だろう。親近感を覚えました。僕は自分の俳句の中では、それなりに好きな作品が多いんですが、ちょっとその好きなものと似ているような感じがして、親近感があってとったというのはありますね。浅利芽吹くも春の皺っていうのは、僕もやりそうな感じがします。浅利っていう草の中では異質なものに、春っていう正常なものが覆いかぶさるのだけど、それによって皺という異常が春に起こるような感じです。《あるぷす溢れだして老人は花とよ》中矢さんが言ったように、アルプス一万尺を思い出しますよね。口当たりの良さでワードのよさが流れているような、本当に溢れだしているような感じがします。老人が花っていうのは、どうなんでしょう、多分男の華とかそういう意味での花ではないとはわかるんですけれど。結構読んでいて楽しい句ではあった、それは意味を考えるのと音を楽しむという上で楽しい句と思います。で、三句目から五句目もこれも楽しい句なのかなと思います。遊んで遊び足りないと思うっていうのは、現実でする遊びだけではなくて、空想の中でも遊ぶ人だったのかなとは思って。例えば、想像の中で。あの人は花に喩えたらどんな花だろうみたいな。そんな感じの空想、そういう遊びの三句なのかなと思ってとらせていただきましたね。《ほしや純粋喉から雨が降るように》。確か追悼集のエッセイで、毛呂は食べることが好きだったと書かれていましたが、だからなのかはわからないですけど、「喉から雨が降るように」っていうのは、きっと「胃酸」になり代わって詠んでいるんでしょう。胃酸に成り代わって、喉から雨が降ってくるような、様子を想像していたのかなと思いました。「ほしや純粋」っていうのはなんろるなってのはちょっと思ったですけど、胃酸たちは喉ちんこのことを星って呼んでいるのかもしれないなって思って。それを純粋と言っているんですから、滑稽味というのを感じさせます。楽しい句なのかなと思います。《暗くなるまでまてない少女は苔科》っていうのは、もうさっき言ったような感じですね。暗くなるまで待てない少女を喩えたらどんな植物だろうなっていう。暗くなるまで待てない少女って聞くと、アクティブに思えますけど、「苔」かって感じで。そう喩えるんだと思ってとった感じです。《ハチュウルイであったであろう鳥の泡たち》っていうのは、歴史に対する空想の遊びなのかなと思います。多分化石のことだと思うんですけど、そういう楽しい想像をした、歴史に対して楽しい想像をした句なのかなって。進化ではないですけど、泡から鳥になる過程で、爬虫類だった時もあったのかなぁみたいな想像をしている壮大だけど楽しい句と思います。

黒岩結構メタモルフォーゼというか、比喩というか、何かが何かに切り替わることの面白さを空想というふうに捉えられているところが興味深いと思いました。老人は花もそうかな。〈ほしや純粋〉は、starではなく、欲しいなっていう思いな気もしますね。純粋というものが欲しいなっていうふうに。そんなこと言ってる毛呂の態度が純粋感があって、私はこの句好きでした。真実はわかりません。

三世川自分も「上方シリーズ」の文体からして、「ほしや」というのはstarではなくwantの方だと思いました。そうすると「喉から雨が降るように」がわりとリンクしますので、ほしいというふうに読みました。それで突然思い出したのですが、さっき出てこなかった高橋たねをの作品は《棟梁鬼やんまぼうぼうと燃える》です。

黒岩ありがとうございます。これも、阿部完一に、《十一月いまぽーぽーと燃え終え》があるので、やっぱり微妙に使っている語彙が被っている面白さがあって、それでも読み味が違うっていう話、さっき外山さんがおしゃっていましたけど、興味深かったです。私は、皆さんの話に挟んでお話したんであまりいうことがないですけど、強いていうなら《へんぽんと植物と毛のたのしさ》の「へんぽん」が最後までわからないことの興味深さと、韻律の宿題の話でいうと、字が足りなくてけつまずく感が何度読んでも楽しいなと。鯉の句の「俺」とか、少し「海程」の昔の書き方みたいなものが共有されている。でも、「俺」もゆらりっていうのは、山と一体化しているというか。気分を同一にするシンクロが非常に心地良くて本当に好きな句でした。

小川毛呂篤の《芭蕉忌や遊んで遊び足りないと思う》と金子兜太の《よく眠る夢の枯野が青むまで》。どちらが先かわからないんですけど、金子兜太が、芭蕉もいいよねって枯れた雰囲気になってゆくのと、いや、俺は違う方向だぜっていう。少なくとも、金子はかなり戦略を変えてきた中で、いや、俺はやっぱり遊んで遊び足りないぜみたいな、そういう対比があるのかなと思いました。

中矢芭蕉忌や遊んで遊び足りないと思う》は御三方とられていたと思うんですけれど、芭蕉って世界で一番知られている日本人というか、俳聖というか、ビッグネームですよね。毛呂篤のこの句の「遊ぶ」というのは、子ども時代の無邪気な遊びがずっと続くような、生き方の至高の姿としての「遊び」だと私は捉えていました。芭蕉が遊んでたかというと分からないのですが、旅のことを「遊び」と言い換えているのでしょうか。芭蕉のように自分ももっともっと遊びたいと思うし遊んでいるつもりだけど足りないということなのか、芭蕉の旅は過酷で遊びが足りていなかったと思うし、自分も物足りないと思っているという感じなのか。忌日俳句というのは、その人を偲んで詠むのが忌日俳句のオーソドックスだと思うのですけれど、どうなんでしょうね。金子兜太の本歌取り的な句を見てみると、小川さんのいうように、素直な芭蕉忌の句として、毛呂篤の句を詠んでいいのかは少し自信がありません。同人誌から結社誌に変わることへの抵抗としての「ゴリラ」ですもんね。

黒岩乗り越えるとか、一作家としてって意識はあったと思いますね。面白いと思います。芭蕉は遊び足りなかった。俺も遊び足りないからもっと遊ぶぜって感覚もこの句から感じます。自分で句碑にすることが、認めたっていうところ。この句の思い入れは相当なもの。だから、どうしてもこれが目指し方の方針ですみたいな読み方を読者としてはしちゃう。他の句に関わっちゃう。そこはもう逃れられないかなと。

小川ところで、横井さんが〈白盲の海〉の句がちょっとっていうのは私もわからないわけじゃなくて。理屈っぽく見えるし、一私人と大上段に構えているところとか、最後泡で泡オチにするのかというところとか。作りとしては、プラス上方系できて、遊びできたところに、突然絶唱みたいなものが来るのでちょっとびっくりする。でも、本当の毛呂の姿はそこにあってたんだと思う。谷が評論で意味を超えてと言っているけれど、この句については、意味は超えてないような。毛呂の素顔が見えたような。

外山そうですね。白盲の句でいうと、老人は花っていう、そういうのもあるじゃないですか。すごく達者な書き方ができる人なんじゃないかって話がありましたけど、そういう技術的にはもっと普通にうまい書き方ができるような人だったんじゃないかなっていうのを前提にして、そこからもうちょっと身軽になるっていうのかな、そういう感じで書いている感じがしましたけどね。例えば森澄雄の句集じゃないですけど、「花眼」っていう言い方があるじゃないですか。《あるぷす溢れだして老人は花とよ》っていうのは、その花眼ともちょっと違いますよね。目がぼんやりしていくことを花眼っていうことで老いを捉えるんじゃなくて、自分自身が、あるいは老いていく人のありようを花っていうふうに言っていくっていう、そういう存在の捉え方。存在そのものが全体として淡くなっていくってのを、物事の変質のあり方として捉えていくっていうか。物事の変質をそういうふうに捉えている感じがして。だから、「老人は花とよ」っていうのはあまり悲しげには見えない感じがして、むしろ生命感溢れるような感じにも見える。《白盲の海よ一私人として泡か》っていうのも、そういう感じとどこかつながっているんじゃないかなっていう気がしました。で、それがあまり悲しげじゃない感じもします。「白盲の海よ」ってのはむしろ回帰していく感覚、変化のなかでも、回帰していく感じなのかな。だからあまり悲しげに見えない。あとは自分の選んだ句を踏まえていうと、やっぱり何か対象物とか空間を世界の全体の中から引っ張り出して思いを寄せてゆくっていう書き方が、最後の方になると、世界の中の自分自身を見つけ出していくっていう方向になるのかなと思います。世界の中から何か小さい、ささやかな対象を救い上げるようにして詠んでいくっていう書き方が、最後は世界の中の自分を掬い上げていくような書き方になる。その様が最後に世界全体と溶け合って、最後には海に帰っていく感じ。そういうふうに読めましたけどね。

小川そうですね。やっぱり白盲の海は悲しい感じがするんですよね。一私人として泡かっていうところに最後の力を使ったような感じがして、そこで淡くなって消えてゆく。

黒岩ぼくは悲しいとは思いつつ、回帰していくとか溶け合っていくっていうのはなるほどなぁと。

小川ついに、一私人としての泡かって感じだったのかなあ。でも一私人と言うキリッとした音で立っている。

(つづく)


〔過去記事リンク〕2011年6月26日

毛呂篤五句選 第三回ゴリラ読書会

第三回 ゴリラ読書会
毛呂篤五句選
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小川楓子選

芭蕉忌や遊んで遊び足りないと思う

鯉が笑えば比良山系も俺もゆらり

粒もかんぴょうもひかりの穴だ鑑真

春なれや一村ぶらんとして春なり

白盲の海よ一私人として泡か  


外山一機選

スカート巨大ならば南無三落下の鴉

突然に春のうずらと思いけり

みんな化粧の烏に迎えられ恐わし

榛の木へ止れ蝗よ暗いから

春なれや一村ぶらんとして水なり


中矢温選

鱧の皮提げて祭の中なりけり

大釜の水張って国ありというか

あるぷす溢れだして老人は花とよ

1749799の銃番号は肺である

白盲の海よ一私人として泡か


三世川浩司選

へんぽんと植物と毛のたのしさ

芭蕉忌や遊んで遊びたりないと思う

鯉が笑えば比良山系も俺もゆらり

粒もかんぴょうもひかりの穴だ鑑真

白盲の海よ一私人として泡か


横井来季選

草の中の浅蜊芽ぶくも春の皺

あるぷす溢れだして老人は花とよ

ほしや純粋喉から雨が降るように

暗くなるまでまてない少女は苔科

ハチュウルイであつただろう鳥の泡たち

宿題 シーツみたいな海だな鳥たちは死んでしまった、四ツ谷龍『セレクション俳人 四ツ谷龍集』

2022-12-04

西原天気【俳誌を読む】脱臼・逸脱・パンク・誤作動その他の愉しみ 『Picnic』第7号を読んだ

【俳誌を読む】
脱臼・逸脱・パンク・誤作動その他の愉しみ
『Picnic』第7号を読んだ

西原天気


147mm×147mmの正方形の判型。雑誌では見たことがない。おまけにリングバインダー綴じ。これも見たことがない。おまけに、横組です。ほとんど見たことがない。


このように、ブツ(ハードウェア)としてユニークきわまる『Picnic』第7号(2022年11月1日/野間幸恵編集)を読んでみようと思うのですが、どんな雑誌かというと、本トビラ、つまり表紙をめくった最初には「5・7・5作品集」とあり、俳句とも川柳とも書いていない。同人諸氏の顔ぶれには、存じ上げているお名前もあり、それからすると、成員は俳人と柳人の混合。だから「5・7・5」なのですね。

13人の作家の「5・7・5作品」が20句ずつ並んでいます。

さあ、読んでまいりましょう。

最初の作品、大下真理子「あげく」の、まずは第1句目。

かつかつと大夕焼のはじまり来  大下真理子

具体音と〈大夕焼〉の対照が感興を誘います。夕焼が在るというだけでなく、「はじまる」という設えは、動きがあって、アタマの擬音とよく合います。

〈はじまり来〉の〈来〉でちょっと立ち止まりましょうか。するっと流すなら「はじまりぬ」あたりか。でも、、〈来〉で。(悪い意味ではない)不自然さ。不思議な感触が残ります。

ほか、

木槿白ハンカチの白通り過ぐ  同

では、切る場所を変えてみる(木槿白/ハンカチの白通り過ぐ、木槿/白ハンカチの白通り過ぐ)、後者の〈白ハンカチの白〉も捨てがたい。

海蛇のさみしい尾かな葉月とは  同

は、倒置、それから尾にさみしさを見出す視点。コクがあります。

次の作品に行きましょう。もっとゆっくりでもいいのですが、日が暮れます。今年が終わります。

岡村知昭は、句集『然るべく』(2016年11月)を愛読。これまで一定頻度で作品に触れてきました。私にとっては、一定水位を保つ作家。それはいいのか悪いのかは知りません。

今回の「駱駝です」20句も、ほぼ、私が知っている岡村知昭、でした。

どうおもしろいのかを説明するのがとても難しい作家で(それは美点・特質と断言できます)、

団栗を呑まずに治るにきびかな  岡村知昭

とかに端的な「奇妙な捩れ方」は、もう、どんどん読んで、どんどんわからないままでいるのがよくて、この人は、いつも、そういう作家あのですよ、私には。

ちょっと言うと、捩れてるのに、世界とこの人のあいだに軋みのようなものを感じない。悲壮感皆無。そこが不思議です。奇妙さの中に安住していらっしゃるというか、非常識にポジティヴというか。

読者としては考える間もなく立ち止まらずにどんどん読む。そういうやり方がオススメです。

(句会向きじゃない。選んだり選ばなかったり、合評したりしてもムダです。ヘンな言い方だけど)

次は梶真久「鯨の日」20句。

鯨。

個人的に好きなんですよね、鯨。

この20句には鯨が二度登場するんですが、掉尾の句、

鯨より淋しい色の皿である  梶真久

〈皿〉への展開、帰着、いいですね。

その前の句、

編みかけのセーター途中に古い井戸  同

〈途中〉で時空が歪んで、この物語には「民俗」を感じたりもしました。

次。

叶裕「Portrait of Godoy」は、全20句に〈ゴドイ〉という固有名詞が入っています。寡聞にして、ゴドイさん(?)を存じ上げず、葛飾、堀切菖蒲園、野毛と経巡っても、彼が見当たらない。

目玉いまゴドイの水に映り込む  叶裕

次。

木村オサム「円錐ロンド」。こんどは〈円錐〉句が20句並びます。季語と円錐の出会いという意味で、俳句的な作品です。

星月夜円錐浮かぶ顔の中  木村オサム

全体に飄逸、おかしみ成分が多く、そんななか、この〈顔〉は、なかなかに可笑しい。

次です。

榊陽子「大切に」

性と性愛のモチーフ、反道徳、凶々しさ。そのあたりの要素が、まずもって外観を構成する。これは、暗示的な言い回しが目立つ点も含めて、パンクと言っていいかもしれない。

と思いつつ読んでいると、最後のあたりで、

口をひらけば建物が出る バラード  榊陽子
 
非社会でうまれた歌を見てほしい  同

房として雇われているお猿さん  同

うん、パンキッシュ。

で、それとは肌合いの違う錯乱、作者の錯乱に付き合うのも愉快でして、

この餃子は本です ドッジボールの  同

なに、言ってるんだ? この人は、とあきれながら微笑んでしまう句が、好きなんですよね。申し訳ないけど。

ああ、自分でもわかってるんだけど、申し訳ない。世間に申し訳ない。

次です。

鈴木茂雄「秋 Majira ya majani kupukutika(スワヒリ語)」

「Majira~」がでたらめだったら、それも一興なのですが、調べてみると、ほんとに「秋」って意味なのですね。

(ただ、スワヒリ語という説明は、読者に親切すぎるかも。わざわざことわる効果もあるにはあっるけれど)

それでね、「秋」というタイトルなんだけれど、20句には秋以外の句も多い(タイトルに騙されてはいけないという仕掛け?)。

設えや発想は全体的に落ち着いて伝統的。俳句的とも言える。その最右翼が、

豆腐屋といふ片陰のやうなもの  鈴木茂雄

あたり。

次は、妹尾凛「colors」

川柳に、ブツ属とコトバ属があるとしたら、この20句は、双方がバランスよく配置された感。情景的で描写的なブツ属の句と、表記/能記が先走るコトバ属の句。例えば、

固まっていく三日月の発射場  妹尾凛

は前者。

鶺鴒はずいぶん途切れなく漢字  同

は後者。

次は月波与生「Out of Blue」

十月のとんぼは地平線のやがて  月波与生

あめふらし黄色ばかりを捨てなさい  同

コンテクストの脱臼、語の誤作動。突発的に事件するそれら。

次です。

中村美津江「狐のカミソリ」。

橙色の花をつけるキツネノカミソリは秋の季語。俳人が好みそうなタイトルだが、

過去未来いま透きとおる金魚玉  中村美津江

のような、季語含みで俳句的と言っていいような句の次には、

えいえんは雨の日のだんだん畑  同

といった、無季でポエティックな句が来る、といった具合。季語への遠近感を大きく変えながら、20句が並ぶ。作者としての一つの試行かもしれません。

次です。

松井康子「るる」は、無季句を多く配しながらも、全体に、季語の作用を(切れとの関係を含め)強く意識するような句が多い。

井戸深く空が落ち込むあきあかね  松井康子

崑崙に干したシーツに月の匂い  同

切れの有無はあっても、どちらも俳句的、というより季語を軸にしたアプローチ。

次。ラス前です。

あみこうへい「補:みしゑひもせすん」

筆名も平仮名ばかりなら、20句も平仮名ばかり。通常の漢字・平仮名混じりよりも可読性が低くなり、つまり、すっと素早く読めず、語を句をたどるように読むことになる。それがいいのか(効果あり)、そうでないのか、自分にはよくわからないけれど、

にんげんのあさをかなしむかんでんち  あみこうへい

この平仮名は、乾電池のいんふぁんとでいのせんとなかんじが出ていて、ちょっとキュンとなりました。

いよいよラストです。

野間幸恵「どうしてもサスペンダー」

因習的な文脈から、慣習としての叙情からの逸脱・逃走は、革新として正統。つまり刷新の王道を行くような作り。

まあ、それは、この『Picnic』全体にもだいたいのところ言えることなんだけれど、

ふきげんな匣かもしれぬ永遠  野間幸恵

妙に説得される。

間に合わぬ華氏を見ている摂氏かな  同

ガブリエル・ファーレンハイト(1686年~1736年)とアンデルス・セルシウス(1701年~1744年)が現実に出会った可能性がないとは言えず、この句、ひょっとして実景? と奇妙な感興を抱いてしまった。

萍にログインしては KaA-と鳴く  同

ただただ外観的に〈KaA-〉の箇所が目立って引っかかる。カとアを英文字に置き換えて、こういう大文字と小文字の並びになったに過ぎないのかもしれないが、句のなかにある種の「異様」が生じていること、それってかなり重要なことだと思うんですよね。


というわけで、『Picnic』第7号。いわゆるよくあるかんじの句は少なく、カジュアルに申せばチャレンジングな句、倒れるにも前のめりに倒れようとする意志が感じられた1冊でした。



『Picnic』第7号にご興味のある方、閲覧希望の方は、次のメールアドレスまで。

Picnic編集 鈴木茂雄 ss.suzuki.suzuki@nifty.com


2020-01-26

「俳句」アンケートに見る“自分” 吉川わる

『俳句』アンケートに見る“自分”

吉川わる

『都市』2019年6月号から加筆のうえ転載

『俳句』(角川学芸出版)は「俳句とは○○○○○○○○○〇のようなものである」というアンケートを実施し、平成31年3月号に俳人1,200人の回答を掲載しているが、その背景や結果の集約はない。そこで、この稿ではアンケートから見えてくるものを紐解いてみたい。

まず、すべての回答をエクセルに入力し、頻出の言葉(検索ワード)を含む回答を抽出、さらにその中に気になる言葉があれば、すべての回答からまた抽出するということを繰り返した。例えば、“鏡”で抽出した回答の中に“自分”という言葉が出てくれば、“自分”を含む回答を抽出してみる。その結果をまとめたのが次の表であり、括弧書きは同じ意味の言葉とみなして抽出数に加えたものである。


回答は「鏡」(複数回答。表記はママ、以下同じ)のみという場合もあれば、「自分を映す鏡」(複数回答)のようにセンテンスのこともある。ランキング上位の“自分”、“心”、“自然”、“人生”、“命”、“生きる”といった言葉は主にセンテンスの頭に使われており、これは主体が誰なのかということを表している。すなわち、鏡に映るのは、自分なのか、自然なのかということだ。

表を見ると“自分”を含む回答が最も多いのだが、2位の“心”も「心を写す鏡」(複数回答)のように主に自分の心という意味で使われており、“生きる”も「生きる証」(複数回答)というような回答が半数近くを占めることから自分のことと言えよう。また、“人生”には普遍的な意味合いもあるが、そこには当然、自分も含まれることになる。それに対して、“命”はすべての生命のことであり、“自然”は無生物をも含む大きな存在であるが、“自然”を含む回答の半数近くが「自然と人間の共生の詩」(有馬朗人。敬称略、以下同じ)、「自然との共感装置」(奥坂まや)というように“と(の)”で繋がるセンテンスになっており、後者については“自分と”が省略されていると考えられることから、意図しているのは自然と自分との関係ということになる。つまり、これらの回答に共通しているのは俳句に自分が存在しているということであるが、センテンスのお尻にくる言葉からみると、自分というものの位置付けは一様とは言えない。

6位の“鏡”については、“自分”を含む回答が16、“心”を含む回答が5(“自分”との重複を除く)あり、「鏡」(前掲)のみの10を除けば、映るのはほぼ自分ということになる。また、“映(写)す”は14あるのに対し、“写る”は一つしかなく、自分を映すことに能動的だ。筆者は、俳句は自分を詠むものではないが結果として滲み出ることはあるというように考えているのだが、それとは異なる意識を読み取ることができる。ただ、鏡とは必ずしも自分が思っているようには映らないものであり、“影”、“自分探し”のように、俳句にもう一人の自分、未知なる自分を見るという感覚があるのだろう。これと対照的なのが“自分史”であり、句集を想定しているのかも知れないが、散文のそれは人に見せる前提で主観的に書かれるイメージが強く、脚色されることはあっても未知の自分は存在しない。一方、“日記”は日々の記録ということであるが、見せる前提のものではなく、もう一人の自分がいてもおかしくない。

さらに検索ワードを見ていこう。4位の“詩”については、「有季定型自然を詠む詩」(稲畑汀子)から「念いの丈を述べる詩」(疋田芳一)まで幅が広いが、いずれも俳句は詩であるという共通認識がある。26位の“文学”にも同じことが言えよう。

9位の“友”は詠まれた内容ではなく、「大切な友達」(星野高士)というように俳句が自分の支えだということである。“薬”、“ご飯”、“杖”、“水”もこれに類するものであり、“力”も「生きる力」(複数回答)というように使われている。なお、“薬”に“麻薬”(複数回答)が含まれているのは意味深長だ。

11位の“言葉”は、「言葉による錬金術」(山地春眠子)、「言葉の組体操」(小野あらた)というように、言葉そのものの組み立てを楽しんでいる回答であり、何を詠むかではなく、詠むことそのものに興味を持っている人たちと言えよう。22位の“遊び”にも「粘土遊び」(矢野玲奈)というように同じニュアンスがある。

14位の“季節・季語”は順当にランクインしたわけであるが、25というのは意外に少ない。“季語”、“季題”、“有季”に絞れば11であり、同じく俳句の重要な要素である“切れ・切れ字”に至ってはゼロだ。もちろん、お題の「のようなもの」に“切れ字”はなじまないのであるが、「有季定型自然を詠む詩」(前掲)のように「のようなもの」はけっこう無視されており、「俳句は切れ字」という回答があってもよかった。

17位の“風”には、“風景”や“風船”などの熟語を含むため、いわゆる気象用語としての“風”は11ということになる。18位の“旅”とともに、芭蕉、そしてその憧れである西行のイメージがあるだろうか。同じく18位の“つぶやき”も俳句のイメージとして納得できるものである。

22位の“日常”と“宇宙”は正反対のもので興味深いが、後者には「十七音の言葉の宇宙」(丸田信宏)というように“小宇宙”という意味の回答も含まれる。前者は「日常生活の句読点」(田中貞雄)というように“日記”に近いだろうか。

さて、これまで分析らしきことをしてきたわけだが、検索ワードを含む回答は重複を除いて全体の五割強に過ぎない。他に「鳥の重さ」(井越芳子)、「百目簞笥」(土肥あき子)など魅力的な回答もあったが、オリジナルなものは分析のしようがない。取り上げた言葉にしても、回答がすべて同じニュアンスに使われているわけでもない。しかしながら、何かしら共通するものがあるからこそ、同じ言葉を使っているのであり、全体の傾向として的外れとは言えないだろう。最後に筆者の感想を述べれば、俳人がこんなにも“自分”というものを意識しているとは思っていなかったのだが、どう感じただろうか。

2019-06-16

【角川俳句6月号を読む】 「第二芸術論、第二芸術論とうるさく言ってしまいました」 山口優夢

【俳誌を読む】
 「第二芸術論、第二芸術論とうるさく言ってしまいました」
『俳句』2019年6月号を読む

山口優夢


角川俳句6月号を読んだらいろいろ面白かったので、書き留めておきたいと思う。

◎「大特集・推薦! 令和の新鋭」


39歳以下の俳人24人を紹介する若手俳人特集。1人が見開き1ページを使い、所属結社・顔写真・新作20句・略歴・結社の主宰の推薦のことば・旧作25句(主宰選)という構成からなっている。

24人は、俳句結社の主宰が1人ずつ「推薦」したものだ。24の結社の中には「船団」など結社と名乗っていないものも入っているようであるが、対馬康子による総論で「この二十四名は主宰から結社の若手代表として選ばれ、見開き写真付き大特集に作品発表をする貴重な機会を得た」とあるので、少なくとも編集部としては24の「結社」の「主宰」が選んだ、という認識のもと企画しているようだ。

なぜ若手俳人を特集するにあたり、結社の推薦という形をとったのだろうか。企画の趣旨はどこにも書かれていない。対馬康子による総論を見てみよう。「俳句の将来を担う若手が徐々に力を蓄え、かつての「戦後派」のように、たくましく「若いかたまり」となってきていることを実感している」と若手に対する期待感を語り、結社については「要は、主宰が句会などの神聖な人間同士の修業を通して、「物と心の新しい関係性」を、直接人として伝え合い鍛え合う場である」と定義している。この結社で鍛えられた24人をご覧いただこう、というわけだ。

しかし、対馬自身が認める通り、今の時代には「結社に属さないで俳句を作る人も増えて来た」のであり、その状況で結社ご推薦の若手のみで大特集を行うことの意義は何なのか、やはり疑問が残る。結社に属している方が鍛えられる、という主張ならばなおさら、結社所属の若手とそうでない若手を並べて見せればいいのに。逆に言えば、やや話は脱線してしまうが、6月2日号の週刊俳句で上田信治がして見せたような分析も、結社所属でない若手を同じ条件で企画に登場させていないために比較・検証ができず、不十分な論にしかならない、ということだ。そもそもこうした企画に意味があるのは、結社というくくりで若手を全て語れるという前提があってこそではないだろうか。

その上で結社の主宰が推薦した若手の俳句を並べるということの事実上の意義を考えるならば、それは「読者に読んでもらうため」ではなかろうか。「●●さんの結社の若手なのか、なるほど●●さんがそう薦めるなら、ちょっと(話の種に)読んでみるかな」という消費のされ方をあからさまに想定している企画と見える。所属結社名を俳人そのものの名前より目立つ字体・場所に置き、主宰俳人の「推薦のことば」がないと、若手の俳句など誰も読まないと、編集部はそう思っているのではないだろうか。

高山れおなが「俳句など誰も読んではいない」というテーゼを打ち出し、週刊で俳句批評を掲載するwebサイト「―俳句空間―豈weekly」を創刊したのは2008年のことだ(すでに終刊)。その問題意識の対象には、入門特集に終始し批評の場を形成することのない俳句総合誌への批判も当然入っていただろう。確かに今回の6月号は入門特集ではない。鉄板の入門特集を1回お休みして(7月号は「夏の季語入門」)、現在の若手の俳句作家にフィーチャーし俳句界の現在と未来を見通そうという心意気はすばらしい。たぶんその分、「ただ若手の作品を並べるだけじゃ読まれない」という冷静な計算もあったのだろう。「せめて中堅からベテランの俳人が持つ権威に紐付けないと、何処の馬の骨かも分からない俳句なんて誰も読みはしない」と。

もしも俳句総合誌がつまらないとしたら、それは俳句総合誌だけのせいではない。それが多くの俳人の求めているものを反映した姿である以上、その責めもまた、俳人が負うべきものだ。つまり、我々は1946年に発表された桑原武夫の「第二芸術論」による批判を一歩も乗り越えていない。「ある俳句1句を読んだだけではその句が大家のものか素人のものか判別ができず、それを決定づけるのは弟子の人数といった世俗的な権威に過ぎない」といった趣旨のことを桑原はその論で述べているが、まさにこうした結社の主宰という「権威」を経由しないと若手の俳句をきちんと読むことができない我々の態度こそが、大いに反省すべきものではないかと考える。

長い前置きになったが、以上の問題意識から、やはり1句1句きちんと彼らの俳句を「読む」ことから始めないといけない。それは大げさに言えば、第二芸術論の超克のためにも。というわけで、24人の新作20句の中で、興味を覚えた俳句を以下で鑑賞する。

屑籠の倒れしままや春夕焼 浅川芳直

本来立っているべきゴミ箱が倒れっぱなしになっている。丸めたティッシュやビニール袋などが口から少しこぼれているだろう。「春夕焼」という季語が、雑然とした部屋をさびしくしずかに統一しているが、それは夕暮れ時の一瞬のことなのだ。あえてゴミ箱を直そうともしない無気力感も含めて好感を持った。

遊園地うごかす電気桜咲く 遠藤容代

遊園地にいて、それを動かす電気を思っている作者の浮遊感。全くない発想ではないかもしれないし、家にいてもいろんなものが電気で動いているのだけれど、やはり遊園地の華やかな幻想を支えている電気の流れにこそ目が向くというのはとても面白い。桜が咲いているということはディズニーランドではないだろうな。花やしきか?夜だろうな。電気の通らない桜の幻想性だけが実は現実なのであるという倒錯した味わい。

エスカレーター駆けて子供や春めける
 川原風人

どこのエスカレーターでもいいのだけれど、屋上に通じるエスカレーターだとなお気持ち良いなあと思った。子供、そして春めくという言葉を入れながら陳腐すぎないのは、エスカレーターを駆けるという地に足の付いた場面設定のチョイスからだろう。

電車から見る春のリビング誰もゐず
 川原風人

あ、と思う間にそのリビングは視界の後方に飛んでいく。線路際の清潔なマンション、そうきっとアパートではなくマンションだろう。「リビング」という言葉の響きがそう思わせる。高架を通る電車に乗っているとき、時折私もそんな風景を見たはずだ。からっぽの部屋には春の昼の光がよく通る。モデルルームのようなどこかうつろな春の昼だった。

献花よりつぎの献花へ虻飛びぬ
 川原風人

「献花より献花へ」でも句の意味は通る。供えられたある花から別の花へ、と飛んでいると捉えられるが、「つぎの」という一語が入ることで次に並んでいる人が献花をしている動作を見せることに成功している。そこには沈鬱な雰囲気が漂っているだろう。ああ、そういうときでもこの虻は関係なく飛び回るのだ、それが生命の営みだから!

ぶらんこの子が真夜中を待つてゐる 西生ゆかり

新世紀エヴァンゲリオンでも、主人公シンジの幼い頃の記憶に、誰もいない夕方のぶらんこがひとりでに揺れている。夕方から夜にかけてのぶらんこほど、胸をえぐられる幼年期のさびしさはない。なのにこの子は真夜中を待っているのだ。何か人ならざるものを見てしまったようなぎくっとした印象を抱く。この子の心が純粋に真夜中を心待ちにしていればいるほど、母親や父親のことなど心になければないほど、そらおそろしい気分になる。

髪洗ふときも喋つてゐる姉妹 杉田菜穂

普通の家の風呂場にはシャワーは一つしかない(と思う)。姉妹を第三者の視点から見ていることからしても、この句は温泉か銭湯で並んでシャワーを浴びる女性2人を目にしたものだろう。旅先の高揚感か、銭湯通いの気楽さか。互いに視界は髪洗う手で阻まれていても楽しげにおしゃべりする様子は、それを目撃した人の心もほっこりさせたことだろう。姉妹が小学生くらいでも、ハイティーンでも、20代でも、子供を持つくらいの年代でも、いずれも味わい深いが、すでに夫が退職したのちにのんびり温泉に浸かりに来た老女2人という設定はどうだろう。何十年も前からこうして髪を洗うときも喋ってきた姉妹、それを思えば時間を超えていく不思議な感覚をすら覚える。

誰も見ず観潮船の大鏡 涼野海音

2階建て、3階建ての大きめの船には、確かに階段の踊り場などに大きな姿見がある。観潮船だから、そこにある鏡の前は誰も素通りして潮の流れを見に行く。実は誰も書き留めなければ意識もされなかったことで、世界は満ちている。

囀や翠ときをり紅に 柳元佑太

夏も深くなった頃の葉っぱの緑色だとこういうことはない。春、あるいは新緑の明るく薄い葉っぱの緑は光線の具合で確かにどこか赤く見えることがある。補色だからか、その仕組みはちょっと知らないが、みどりやくれないという色彩を書いているようで実はこの句の主役は光だ。極度に単純化した図式の中に、自然の不思議、それを視覚で認識する自分の不思議を思う句だ。

また、次の句については一言言いたい。

神待ちの少女ネオンの路地の裏
 山本たくや

神待ちの少女、つまり「神を待っている」少女だが、これは「信仰深い」少女ではなく、「家出して行くところがないため今晩泊めてくれるところとご飯を提供してくれる「神」のような成人男性を待っている」少女のことだ。当然、それなりの対価を差し出すことが期待されている。対価!彼女たちに体以外差し出せるものがあろうか。つまりはネット上のスラングであり、社会問題化している売買春の新しい形態の一つだ。

彼女の行き場のなさ、誰も救いの手をさしのべないまま滑り落ちてしまった社会の暗部、それに俳句で手を出そうという心意気はすばらしい。しかし、「ネオンの路地の裏」ではダメだと思う。そうなんでしょうね、という固定観念から外に出ない。そして、彼女に寄り添っていない。

私は、俳句の素材は広げるべきだと考えている。これまで俳句の領域に入らなかった言葉も積極的に入れるべきだと考えている。しかし、問題はそれを自分の中でどう消化するか、ではないか。その格闘が必要だ。神待ちの少女を俳句に詠んでほしい、その言葉は「俳句になじまない」とは絶対に言わない、でも人のやらないことをやるならば、もっともっと格闘しないといけない。これは、自戒も込めて。

以上の俳句たちから、若手の何が見えてくるだろうか。それは上田の言うとおり「通俗性」だろうか。新しい傾向や、あるいは逆に多様性が見えるだろうか。ひとかたまりになって上の世代の権威を脅かす何かが表れてきているだろうか。

うーん、困ったときは総論に立ち返ってみる。対馬はこう書く。「二十四名の作品は、生き生きとしたエネルギーの表現に実感がこもっている。老いや死がまだ観念と諦念の先にあることが眩しい。有季定型を恩寵としながら、今のわれをいかに表現するか。若い感性が現代の孤独を、内面の具象性豊かに、写生的あるいは造型的に映し出している」と評している。老いが感じられないはまあ当然として、他の評語はどこまであてはまるだろうか。

個人的には、作者が世界に主体的に関わっている作品よりは、作者自身は傍観して冷めた心持ちでいる作品の方に面白いものが多いように感じた。上に挙げた句はほとんどがそうであるし、その限界が「神待ちの少女」の句に見えているということなのかもしれない。それを結社と関連づけるか、世代論として捉えるか、書き手である山口のバイアスがかかっているのかは分からない。願わくば、総論で対馬が言及するようなパッションにあふれた俳句に、これからどこかのタイミングで出会えればうれしいと思った。

◎「第53回蛇笏賞決定」


大牧広氏の句集「朝の森」が受賞したとのこと。正直、これまで大牧氏の俳句をきちんと読んだことはなかったが、50句の抄出を興味深く拝見した。

開戦日が来るぞ渋谷の若い人
金銀を売らぬかといふ初電話
敗戦の年に案山子は立つてゐたか


「有季定型を恩寵としながら、今のわれをいかに表現するか。若い感性が現代の孤独を、内面の具象性豊かに、写生的あるいは造型的に映し出している」という前掲の対馬の評語が当てはまるのは、むしろ大牧のこれらの俳句ではないかと感じた。もちろん、「若い感性」という部分も含めて。ちゃんと「朝の森」を読みたいと思った。

◎「私の俳句クロニクル 深見けん二〈前編〉」

今号からの新企画だそうだが、やはり企画の趣旨説明がないので、どういう意図からの企画かよく分からない。タイトルの「クロニクル」と「取材・構成」という文字から、俳人が昔を振り返るインタビューということは分かるが、なぜこのタイミングか、なぜ深見けん二か、登場する俳人はどういう枠組みで選んでいるのか、何の狙いがあるのかが分からない。

ただ、インタビュー中、昭和34年2月の玉藻の研究座談会で虚子から「次回は風雅について話そう」と提案があったものの4月1日に倒れてそのまま亡くなった、というのが何とはなしに心に残った。風雅か、と思って。語ろうとして語られなかった、失われた虚子の言葉に思いをはせてみたいと思った。

◎「現代俳句時評6 ミューズすらいない世界で 俳句とジェンダー(上) 神野紗希」


こちらもインターネットで言及されることの多い論考。ジェンダーについてはみんな思うところがあるということか。前半部分の短歌におけるミューズの話題は紹介のみなのでいいとして、後半部の次の2点の妥当性について論議が集中したようだ。

①小澤實の近著「名句の所以」に関連して「俳句αあるふぁ」2019春号に掲載された小澤と堀本裕樹の対談に触れ、2人が名句として選んだ10句の作者の男女比が不均衡であることを例にとり、「名句中の名句を男性の句にしか見いだせないのは」「近現代俳句を語る上で偏っていると思われても仕方ないだろう」と述べている点。

②小川軽舟が2016年、主宰誌である「鷹」に発表した「子にもらふならば芋煮てくるる嫁」を例示し、家庭における旧来の役割を女性に押しつける保守的な思想をそのまま表出した俳句への違和感、彼女自身が女性として感じる「真綿で首を絞められたような窮屈さ」に言及した点。

僕も言いたいことがあるのでこの論考に触れてみたわけなので、それぞれちょっと考えてみたい。

①これは小澤と堀本の対談を例にとること自体があまり適切ではなかったように感じた。論考の中には神野自身が2人の発言を抄出しているが、小澤が女性や若手の句を選ばず堀本が選んだことに対して「その辺の配慮が足りませんでした」と述べているのに対して、堀本は「いや、それはもう句だけでいいと思います」と返している。

まさにこの堀本の「句だけでいい」という発言に論点は集約されていないだろうか。僕はこのやりとりを読んで、堀本の発言が、小澤から俳句以外の要素にも目配りをして選んだと思われるなんてむしろ心外だ、という言外のニュアンスを含んでいるのではないかと、それはかすかなものながら、感じた。

いや、待ってくれ、もちろん、さきさんの言いたいことは分かる。「たまたま選んだ名句が男性の俳句だけだった」――そのこと自体が意識的に男女を差別しているのだと言っているわけではなく、そうしたことがなぜ起こるのかを考えたとき、その無意識的な女性排除は、これまでの先人の選句の積み重ねの結果生まれた俳句史の記述の帰結ではないか、と神野は言いたいのだろう。つまり、「女性俳人は、近現代の俳句史の傍流に位置づけられてきた」という形で作られた俳句史を前提に「名句」として男性の俳句だけを抽出することは、それ自体が女性に対する差別を強化するという趣旨であろう。

しかしその視点を有効なものを見なすには、女性俳人が不当に俳句史の傍流に位置づけられてきたことをまずは論証すべきではないか。星野立子は、三橋鷹女は、池田澄子は、西村和子は、櫂未知子は、神野紗希は、現在俳句史で位置づけられている位置がおかしい、一句一句の作品を見たとき、男性の俳句作者よりむしろ時代を切り開き、優れた作品を作って俳壇をリードしたにも関わらず、その評価が正当に与えられていない、それは女性だからだ――そうした前提がないと、先の名句の選句についても、「10句の中に関西出身の俳人がいない」「10句の中に子供の句がない」「10句の中に専業俳人の句しかない」と言った他の無数のカテゴライズでも同様の批判を許す結果になりはしないか。

神野の論考では、その前提を論証していないことに不満を感じた。個人的な見解を述べれば、女性俳人を傍流に押し込める先入観は、俳人の中に実際にあると思う。ただし、直感に過ぎない。あるいは、作品本意ではなく弟子を何人育てたかによって俳人が権威づけられることと、有名結社の主宰に女性が多くないこととの関連があるのかもしれない(第二芸術論再び!)。ぜひ、その点に関する神野の論考を期待したい。

②小川の句は「あえて書いているもの」という鑑賞もネットではいくつか見かけた。つまり、「息子の嫁にはお芋を煮てくれるような人が欲しいなあ」という保守的な意識が存在する、ということを記述しただけで、自分の考えとは別だろう、と。果たしてそうか。

そういう通俗性をあえて自分と切り離し批判的に見せる方法論は小川ならいくらでも持ち合わせているはずだ。たとえば、一番簡単なのは、句全体を「」で囲んでしまうことだろう。

「子にもらふならば芋煮てくるる嫁」

一句全体が誰かの発言であるかのようにしてしまえば、句の内容は句を作る主体とは切り放され、切り放すという行為そのものに批評性も生まれるだろう。しかし元の句の状態でそのような批評性があると見るのはやはり無理筋のように思う。

このことに関連して、むしろ僕が問いたいのは、俳句で何が書けるのか、俳句の限界論とでも言うべき視点だ。ざっくりした論になるのは承知で話してみるが、俳句という短い言葉が作品として成り立つ背景には、日本人という同質な民族の文化があると考えている。その代表が季語である。ある季語を入れたとき、そこから思い浮かべる情景や風情にある程度の共通理解があるからこそ、短い言葉を作品として成立させることができる。「秋風」はさびしい、「桜」ははかない、など。その凝り固まった概念を打破するために正岡子規が写生を提唱し、それは今も息づいていると思うが、それは季語の象徴性を全く否定しさるものではなく、むしろ強化する側面もあったのではないかと思う。

共通理解、といったときに出てくるのは季語だけではない。

玉音を理解せし者前に出よ
 渡辺白泉
春は曙そろそろ帰つてくれないか 櫂未知子
牛乳飲む片手は腰に日本人 山本紫黄

これらの俳句は「終戦時の玉音放送は大変聞き取りづらかった」という歴史的事実や、「春はあけぼの、とは枕草子の一節で、それをきぬぎぬの別れに転化している」という教養や、「銭湯で牛乳を飲むときは片手を腰にあてるという一場面が懐かしさを誘う」という情緒を前提としている。そういうものがないと分からないのが俳句の弱さだ、とは言わない。それも含めて俳句であるという事実に対して、プラスの評価もマイナスの評価も個人的にはない。

ただ、俳句はすでにある価値観やある程度広まっている共通の過去にしかコミットできないというところに限界があるのではないかと考えている。これはつまり、俳句から新しい価値観を作り出すことはできないのか、という問いだ。小川が旧弊な価値観を引き写した句を書いていることと、これは無関係ではない。先に述べたかぎかっこをつける、という提案は、この問いに対しては答えになり得ない。渡辺の「玉音」の句だって、玉音やそれにまつわる日本の天皇制に対するアンチテーゼとして機能しているのは明らかだが、それは肯定か否定かの違いであって、過去のすでにある価値観に対するリアクションであることには変わりはない。

ジェンダーフリー、LGBT、これらの「新しい」価値観を俳句に盛り込むことはできるだろう(ことさら新しいというほどの話ではないが)。しかしそれらは新しいとは言ってもすでにこの世にある価値観だ。五七五から全く新しい価値観を生み出すことはできるのか、そもそもそんなことを考える必要があるのか、それができなければひょっとして俳句はやっぱり第二芸術なのではないか……元の神野の論考とはだいぶ離れた話になってしまったが、そんなことを考えた。

とにかく、見逃してはいけないのはこの神野の論考は「(上)」だということだ。「(中)」「(下)」を座して待ちたいと思う。

◎「合評鼎談」


西村和子、佐藤郁良、鴇田智哉の3人の俳人が角川俳句4月号の俳句作品を合評するコーナーだが、内容では、片山由美子の海外詠を受けての西村の次の発言が気になった。

海外詠って、慣れていない人だとカタカナが多くなってしまうけれど、この方は必然的なカタカナしか使っていないですね。(中略)私も海外詠ではこのようにありたいといつも思っています。
そうかー、カタカナ、いいと思うけどな。

しかし一番気になったのは、コーナーの扉で3人が並んだ写真が掲載されているのだが、写真では3人が左から西村・鴇田・佐藤の順番で並んでいるのに、写真の上に書かれた3人の名前が左から西村・佐藤・鴇田の順になっていること(たぶん年齢順なのだろう)。写真の左下には小さな文字で「左から西村和子、鴇田智哉、佐藤郁良の各氏」と説明されているが、知らない人は写真中央の長髪男性が佐藤郁良だと思うだろう。

写真と合わせればいいのに…という、これは本当にただの一読者の感想でした。

2018-09-09

【俳誌を読む】北海道に「雪華」あり 「雪華」創刊四〇周年記念増大号 堀下翔

【俳誌を読む】
北海道に「雪華」あり
「雪華」創刊四〇周年記念増大号

堀下翔


「雪華」は一九七八年一月に深谷雄大が旭川市で創刊した結社誌。師系は石原八束。一九八六年までは年四回刊で、以後月刊。二〇一六年からは橋本喜夫が主宰を継いでいる。先の八月に「創刊四〇周年記念増大号」と銘打った特別号が発行されたので読んだ。

結社誌の記念号の頁数が通常よりも増えるということはよくあるが、「雪華」記念号は二七七頁という大冊で、まして通常号がいつもだいたい六〇頁弱だから、この分厚さは文字通り通常ではない。どうしてこういう本になっているかといえば、公開座談会や記念大会の講演の文字起こしをおそらくはノーカットと思しい体裁で掲載していること、加えて「評論まつり」と称して会員の散文を八本も載せているほか、四〇周年の節目に関わる文章がいくつも草されていることによる。世の結社誌の記念号とは気合の現れ方が段違いで、吃驚して、せっかくなので紹介する次第である。いや、筆者が旭川出身だから、その贔屓目とかじゃなくて。

四〇周年記念特集を順繰りに見ていこう。

雪華四〇周年を彩る巻頭四〇〇句供覧(大柄輝久江抄出)
巻頭句を読む

①は平成二九年一二月号(通巻四一五号)までの巻頭句から抄出したもの。ちなみに通巻数と抄出句数が合致していないのは、一号から二句引いている場合があるのと、一九九七年以降何度か合併号を出しているという事情である。この資料に挙げられた句について言及しているのが②の節で、橋本が総論として「巻頭句からみた「雪華」四十年の歩み―郷土性と時代背景との関連―」を、そして橋本のほか九名の主要会員が鑑賞文を執筆している。橋本の総論が懇切で、会員の俳壇的慶事なども織り交ぜながら、時代を追って巻頭の趨勢を紹介しつつ、一誌を貫く特徴を、

「雪」、「氷塵」、「雪まんじ」、「氷像」、「黄連雀」などの旭川ならではの季語を使用した郷土色豊かな俳句と、(引用者中略)ネガティブな境涯を詠んだ俳句と、これからの超高齢化に先駆けた「老いの俳句」がほどよくミックスされて進化を遂げてきている。
と結論する。

四〇〇句を通読してなかでも強く感じるのは郷土性で、これは特に、年四回刊行の時代の句に顕著なようである。

角曲がるたびの雪嶺訃の使ひ 天内雅枝(一九七八年、創刊号)
氷像展魚族のごとく通り過ぐ 松橋孔太(一九八〇年、通巻一〇号)
雪まんじ追はれ来し日を明日へ追ふ 畠山廣子(一九八六年、通巻三五号)

一九七〇年代後半以降という時期に、深谷雄大とその周りの作家たちが、北海道で郷土にこだわって作句していたのは記憶しておきたいことがらだろう。一般に郷土と俳句ということで言えば、八戸の村上しゆらが登場して「風土俳句」が云々される一九五〇年代が最初の盛り上がりで、以後、俳人たちの大きな関心となって浮上するのは、一九九一年から一九九四年にかけて角川書店が『ふるさと歳時記』シリーズを刊行するのを俟たねばならない。宮坂静生が「地貌」の概念を主唱し、知られるようになるのは二〇〇〇年前後である。

だが、この間隙の時期にも各地方で各作家が努力を続けていたわけであり、その一例が「雪の雄大」という二つ名もある深谷雄大率いる「雪華」だったということだ。尤も北海道にあって「雪華」のみがこの志を持っていたわけでは当然なかろう。塩野谷秋風『新選俳句季語集』(霧華発行所、一九四六)から木村敏男『北の歳時記』(にれ叢書、一九九三)に至るまで、道内の俳人が、北海道の風土に合致した歳時記を編むことに腐心した事実からもそれは推察できる。

深谷雄大の俳句を読む/附一〇〇句抄出(五十嵐秀彦)
橋本喜夫の俳句を読む/附五〇句抄出(籬朱子)

この二つの節は主宰二代の作品抄出と作家論である。抄出は論者が句集単位で抄いている。これは非常にありがたい。なにせ深谷雄大という作家は一四冊も句集を出しているし、逆に橋本は二〇〇五年に『白面』という第一句集を一冊出したきり。「雪華」の会員にも両主宰の句業を通覧したことがないという方がおられるのではないかと察する。いわんや誌外の読者をや。結社誌の記念号ではまさにこういうのが読みたいのですよ。僕なんて地元なのに雄大さんの句集は邑書林句集文庫に入っている『定本 裸天』(一九九八)しか読んだことないもん。

一点、欲を言えば、句集の書誌情報(版元、刊行年)は知りたかった。「評論まつり」を催す結社なればなおさらである。以下、本稿では適宜補って示す。

作家論は読者諸氏ご自身に確認していただくとして、筆者が好きな句。

ラムネのむ喉へ汽笛が殺到す 雄大『裸天』(思潮社、一九六八)
母の死の夜を坩堝なす雨氷音 同『日の川』(雪華社、一九八八)
荒星を消す天涯の死者の数 同『寒烈』(現代俳句協会、二〇一四)

現代詩から出発したという雄大。郷土という問題意識を抱えながら、それを抒情という自身の資質の中で消化していったと思しい。一句目は若書きの句。ラムネの気泡を「汽笛」に例えるモダニズムには懐かしさも覚える。

地球史に人類見つけがたく春 喜夫『白面』(文學の森、二〇〇五)
花過ぎのくすしにもある店終ひ 同『白面』
天上は善人ばかり蠅叩 同『白面』
俳諧よ半身相撲のしぶとさよ 同『白面』以後

「銀化」同人でもある橋本。作風は中原道夫の影響の方が強いようにも見える。三句目の季語の付け方とかそうでしょう。善人ばかりのとこに行っても退屈だよ、とか思いながら、蠅叩で殺生。

なお籬朱子による喜夫作品五〇抄出中にある〈昼の灯にとどめなき海霧霧多布〉(『白面』所収)は〈昼の灯にとめどなき海霧霧多布〉の誤りです(原典で確認済み)。

雪華四〇周年記念座談会「俳句の未来・俳句における評論の意義を語る」

当年三月三一日に札幌市内のかでる2・7において催された座談会の文字起こしである。外部からは堀本裕樹、月岡道晴、「雪華」内からは橋本(司会)、五十嵐秀彦、松王かをりが出演している。〈現在の俳句、将来の俳句を見据えて、現在ご自身が注目している俳句、あるいは、現在一番、愛唱している俳句〉(橋本発言)を五句ずつ提出するという形式で行われている。また短歌でもよいということになっており、これは月岡が歌人であるという事情によるものだろうが、結果的に座談会では五人がそれぞれ俳句と短歌を五点ずつ持ち寄っている。愛唱作も可という不思議な条件があるため、話題は拡散してしまっているようにも見えるが、やはりこの手の、一句ごとにこだわった話題は読んでいて楽しい。

月岡が柿本多映〈日の蝕や髪はいつより吹かれけむ〉というマイナーな作品を挙げており、なんでまたこの句を……などと思っていたら、〈「や」「かな」「けり」が使いやすいからこればかりを使うのだけれども、もっとバリエーションを日頃から多く実践してみてはいかがでしょうという、そんなおすすめをしてみたい〉とのことで、なるほどその通りだと得心した次第。ちなみにこの句は現代俳句協会のデータベースで検索して発見したらしい。

松王かをりはgAIの〈卒業のおほきな幹が濡れてゆく〉を挙げている。gAIとは大塚凱のおよそ五千句を学習した北大工学部の俳句AIである。この句に関わって座談会ではAIの俳句が話題になる。現状は発展途上という趣の俳句AIで、座談会でも「まだまだこれから」というムードになっているのだが、〈作者のいない文芸って何の意味があるのか〉(五十嵐)という問題提起があったのは興味深い。何の意味があるのかといえば、本来何の意味もないはずだ。単に日本語の言語処理をAIに組み込もうという工学研究の側のツールとして俳句が選ばれているだけだから。すでに旧聞に属する囲碁AIの開発過程にあっても、卓抜な性能を持った「AlphaGo」シリーズが人類の棋士を打ち負かしたさい、主導権が研究者側にあるために肝心の棋譜が囲碁界にわずかしか提供されなかったという話がある。

しかし純粋に囲碁のルールのみを学習し、棋譜は読んでいないという「AlphaGoZero」が一定の成果を上げるに至り、現役棋士たちはパラダイムシフトを強いられ、囲碁AIから人間が学習するという機運すら高まっているのである。いずれ俳句AIの研究が進んだ暁には、定型というルールと『図説俳句大歳時記』の解説と『日本国語大辞典』だけを学習して名句を吐くAIが登場する、ぐらいの想像力はいまのうちに持っておいたほうがいいと思うのだが。AIは道具なのか、疑似的な人権を持つのか、といった議論はあちこちでこまごまと進んでいる。その意味で堀本の〈AIが人間性を持ち得てきたときの俳句というのは、結構すごいんじゃないかなと思います〉という感想は一つの見識だろう。

座談会の後半は〈評論の意義とは〉がテーマで、ある意味ではお定まりの評論不在の話になっている。中上健次や山本健吉などの名前が挙がったあと、月岡が、穂村弘を広める一端を担った山田航の例を挙げているのだが、それに応じて橋本が〈俳句の方でもし期待するような人がいるのであれば、実名を挙げて……〉と問いかけるや、パネリスト一同、〈うーん…〉と沈黙。

健吉ほどの大評論家はいなくても、穂村弘を紹介した山田航に匹敵する論者であれば、没後すぐに金子兜太の詳細な年譜を書いてみせた田中亜美、月並宗匠から「オルガン」までを扱う青木亮人、現代俳句はなんでもござれの読み魔・関悦史、俳諧研究出身で最近は万太郎や龍太を読み進めている髙柳克弘、「俳句新空間」「俳句」に続いて今は「現代詩手帖」で時評を書いている外山一機などなど、目利きは何人もいる。「俳句」で井上弘美がもう二一回も連載している「弘美の名句発掘」などは、時評的機能を持った優れた同時代批評である。俳句史を見渡す包括的な視点を持った論者としては、河出書房新社の池澤夏樹編「日本文学全集」の『近現代詩歌』(二〇一六)で俳句の選と解説を担った小澤實にも注目したい。これらの作家の散文がすぐれた評論に値しないとは思えないのだが、どうなのだろうか。(ただし関については橋本が座談会中に〈評論はもう少しわかりやすく書くべきだと思いますが、凄いです〉と言及している)。

評論まつり

会員による長短さまざまな八本の評論が掲載されている。「形而上的俳句の名句化――河原枇杷男小論」(橋本喜夫)、「開かれた書物、堕胎された言語」(五十嵐秀彦)、「メディアにおける〈公界〉と〈無縁〉」(同)、「不在の死」(同)、「未来へのまなざし―「ぬべし」を視座としての「鶏頭」再考―」(松王かをり)、「龍之介句を読む―最後の講演旅行から絶筆へ―」(同)、「『おくのほそ道』永遠の旅人(The travellers of eternity)は誰?」(籬朱子)、「女性俳人はなぜ肉体感覚の表現が巧みなのか」(長谷川忠臣)の八本である。評論不在という情況に一石を投ずべく企画されたものなのだろう。一次資料を豊富に引用する松王の二作に惹かれた。

雪華四〇周年記念俳句大会・祝賀会

当年五月二六日に旭川市のアートホテル旭川で行われた結社大会の詳報で、坂野榮子による大会レポート(これがまた、大会の全発言が事細かに文字起こしされている)と、中原道夫による記念講演「能村登四郎・その人」の文字起こしからなる。雄大の結社に、現主宰のもう一人の先生が来ちゃうというのが自由でいいよな。

中原の講演は能村登四郎の生涯を裏話交じりに語った漫談。え、これ著者校通ったんですか? とこっちがひやひやしてしまうような話の連続で、演題が「その人と作品」ではなくて「その人」になっているのもむべなるかなである。

穏やかな話を少しだけ搔い摘みます。
(中原中也記念館からの帰路――引用者註)そのまま銀座に帰ってきて鈴木真砂女の店に行って「おかあさんねぇ、あんたと中原中也どっちが年上だと思う?」って訊いたら「なぁに言ってんのよ、中也の方に決まってんじゃない」っていう返事がすぐに返ってきました。実はこれもタイムトリックでありまして、中也の方が真砂女より生きていればでありますが、若いです。
(主宰誌「銀化」創刊後も――引用者註)林翔先生が生きているうちは、同人を抜けないようにして、会費は納めてました。
ね? 面白いでしょう? 続きは本誌で。

なお二〇八頁の〈東京柳句会〉は〈東京やなぎ句会〉が、二一〇頁の登四郎の句〈春ひとり槍投げて槍に歩みよる〉は〈春ひとり槍投げて槍に歩み寄る〉がそれぞれ正しい表記です。



以上、駆け足ながら特集パートを紹介してみた。ちなみに本稿表題の〈北海道に「雪華」あり〉は、橋本の「巻頭句からみた「雪華」の四十年の歩み」の末尾にある〈ゆくゆくは「北海道に雪華あり」と言われるような俳誌に育ててゆきたいと切望している〉という所信から採った。この一号で存在感は少なからず示しているのではないだろうか。

特集のボリュームだけではない。会員数も増加している。記念大会での橋本の挨拶によると、二〇一六年の主宰交替のタイミングで五〇人を切っていた投句者は、引き継ぎ後の現在では七五人になったという。講読会員を含めると六〇人の新会員を得たそうだ。雑詠欄を見る限り、その面々には橋本や五十嵐が関わる俳句集団【itak】の参加者が一定数いる。〈結社や経歴を超えて集まった集団〉(【itak】公式ブログ(itakhaiku.blogspot.com/ )のプロフィール欄、二〇一八年九月七日最終閲覧)を標榜する以上、人脈の重なりはやや気にならないことはないが、福井たんぽぽ、田島ハル、柊月子、三品吏紀ら、これまで句会の現場やインターネットをベースに活動してきた層の作家が、紙媒体である結社誌に定着したというのは興味深い。

最後に、通常の作品欄から、心に残った句。

臥す夫へ苺真つ赤につぶしゐる 三国眞澄
取り出せぬラムネの玉と炉心かな 青山酔鳴
流れくるメロンの薫り仏間より 澤谷泰枝

2018-05-27

【俳誌を読む】金子兜太追悼特集・4誌比較 年譜の観点から 橋本直

【俳誌を読む】
金子兜太追悼特集・4誌比較 年譜の観点から

橋本直


『俳句四季』などを除いて総合誌の兜太追悼特集に一応目を通す。研究者目線で言うと、追悼号はその作家の同時代の評価、著作一覧やその抄出、年譜などが載っているので、著作物や全集以外では作家論に取りかかる時に第一に当たる資料になってくる重要なものだ。だから古書店で総合誌で俳人の追悼号を見つけるとなるべく買うようにしている。

兜太の場合、只今現在である分、同時代の評価をさらに踏み込んで個々の記事の筆者と兜太との関係性からの問も立ちあがるので、いましばらく寝かせておきたくなる。その観点で言えば、比較的いま重要になってくるのは、いつどこで何をしていたのかが記されている年譜。いずれは『金子兜太全集』なり新しい選集なりに詳細なものが出るとしても、ひとまずなるべく詳細な年譜があることは研究者にとってはかなりありがたいことだ。

そういう点で言わせてもらえば、今回別冊まで刷って物量で圧倒している『俳句』の年譜はわずか2ページしかなく、『俳句界』も同様に少ない。

一方、『俳句α』は年譜とは言わずに「金子兜太アルバム」と題し、1から4に分け、豊富な画像を入れつつ、合間合間に記事(執筆者は「「寒雷」時代の金子兜太」石寒太、「金子兜太に惹かれて」マブソン青眼、「これからの金子兜太」田中亜美)を挟む、20ページにもわたる内容となっている。これは新潮社の「文学アルバム」的な作り方と言っても良いだろう。年譜の執筆者の署名はないが、石寒太によるものか。

『俳壇』は、田中亜美編によるほとんど画像を使わない、11ページにわたる三段組の年譜が載っている。ともにかなりの情報量がある。

過去に出たものを除き、当面この2冊の年譜をまずはアテにすることになるのだろう。


2017-06-25

【俳誌を読む】野遊びの手 『鷹』2017年7月号+『椋』第76号 西原天気

【俳誌を読む】
野遊びの手
『鷹』2017年7月号+『椋』第76号

西原天気


野遊びのとき、手は、きほん、所在ない。足がだいじ。手は何かに触ったりもするけれど、目で見たり、耳で聴いたり、鼻で嗅いだりが主役。

野遊びのポケットの手を出しなさい  石田郷子〔*1〕

さびしがるてのひらと野に遊びけり  南十二国〔*2〕

メインではないだけに、手のことが気になったりもする。


〔*1〕『椋』第76号(2017年6月5日)

〔*2〕『鷹』2017年7月号


2017-05-28

俳句雑誌管見 破綻はあるけれど 堀下翔

俳句雑誌管見
破綻はあるけれど

堀下翔

初出:「里」二〇一五年七月号(転載に当って加筆修正)
初出時タイトルは「破綻を無視する」

「鏡」二〇一五年七月号に掲載されている羽田野令「翳り」十四句が面白かったので今回はこれについて書いてみる。たとえば一連はこの句から始まる。

渡廊下は涅槃図を出てからのこと  羽田野令

涅槃図のなかにはいろんなのがいる。羅漢だとかの仏弟子をはじめ、心を持たない動物たちまでもが来て、釈迦の入滅を悲しみ、今生の縁を結ぼうとする。釈迦が涅槃に入ろうとすると空の色が変わるので、それで事態を察した世界中の者たちが押し寄せるのである。だから涅槃図というのを見るとだいたいものすごい混みようである。よく見ると象なんかがいてのたうちまわったりもしている。そしてみんながみんな号泣しているので涅槃というのはある種とんでもない騒ぎだったのだろうなと思うのである。

掲句はその涅槃図から誰かが抜け出てきたという。空想的なことを書いているようだが、文字通り受け取ってみる。渡廊下は涅槃図が掛けられている寺あたりのそれだろうか。涅槃図目当てに観光客が来ている寺でもいいが、やはり、寺らしい、粛然とした空間を想像したい。涅槃図の中の喧騒を想像するにつけ、この渡廊下のしいんとした感じは際立ってくる。

ところでこの句の形はちょっと変だ。「渡廊下」を主語にし、そこに区別の助詞「は」を使う。だからこの句が話題にしているのは「渡廊下」である。単に涅槃図から誰かが渡廊下に出てきたというだけではないニュアンスがある。涅槃図を出る前から、その先にあるのは渡廊下であるとこの人は知っていて、目指していた。あるいは、渡廊下を去った後、涅槃図から現在までのみちゆきで最も印象深かったのは渡廊下であると考えている。いまいち読み切れないうらみはあるが、「渡廊下は涅槃図を出てからのこと」という表現を見る限り、ともかくも主題化しているのはなぜか渡廊下であり、文脈が見えないことによる不可思議な読み心地が、この句の魅力になっているのだ。

「こと」というのもヘンだ。「渡廊下」は名詞なので、これを受けるとすればふつう「もの」になる。「こと」というのは、なかなか説明しづらい概念だが、たとえば、出来事を受ける言葉である。そうなるとこの渡廊下は、単なる場所ではなく、何かの出来事の換喩として、この人に認識されていることになる。「渡廊下(で起こる/起こったこと)は涅槃図を出てからのこと」だとか、「渡廊下(でわたしが行う/行ったこと)は涅槃図を出てからのこと」だとかの省略と説明すると分かりやすいか。

とはいえ、そこまで生真面目に言葉を補う必要はないだろう。何の断りもなく「こと」と書かれている以上、この人にとっての渡廊下は、「もの」ではなく、疑いなく「こと」だったのだ。この句にはそのような不思議な把握の仕方が内面化しており、それを追体験すべく、想像力を駆使することが、読者の愉楽なのだ。

さて、さらに言うと、「こと」のあと、述語に相当する部分が欠落しているのも掲句の特徴だ。掲句が読み切れなくなっている原因はここにある。「こと(だろう)」なのか「こと(だった)」なのか、あるいはほかの何かなのか、時制がはっきりしないがために、句意があいまいになっているのだ。このあいまいさは、この一句が空想の産物であることと、表裏一体をなしている、

「翳り」の句の多くは、このように、意味を伝達するには表現が破綻しており、具体的な像を結ばない。

蒲公英の葉をぎざぎざと遡行する  同

蒲公英の葉はぎざぎざで、だからあの葉を遡行するとなれば、たしかにその遡行の様子は、副詞でいえば「ぎざぎざと」になるだろう。「葉」を修飾する慣用的な表現が、さりげなくずらされ、「遡行する」を修飾する副詞になっている。

「遡行」とは何だろう。文字通り、遡ることだけれど、これは基本的には、水の流れに対して使う言葉である。川を遡行する、とか。SF小説で「時間遡行」などということもあるが、これもやはり、時間を水流に譬えているのである。だから「蒲公英の葉」を「遡行」するというのは、日常の言語感覚とはズレている。

掲句の主語は何だろう。というか、具体的にどういうことを言っているのだろう。考えるほどに頭がこんがらがってしまう。

小さな虫が葉をちょこまかと登っている、という読みがまずひとつありえる。虫を擬人化しているきらいがあって、少し幼いが、そういう自然詠として受け取ることができる。この場合、「虫が」という主語が省略されていることになる。

だが、日本語が省略する主語といったら、何を置いても、わたしだ。だからこの句はもうひとつ、人間が蒲公英の葉を指先でもてあそぶ景と読むことができる。葉先から茎の方へさわることか、あるいはその逆かを「遡行」と言っているのである。この場合は「遡行」という表現に破綻があるが、詩的な破綻のうちだろう。人間の指にはごく小さい蒲公英の葉に対して「遡行」という大げさな言葉を持ち出すことで、葉にさわっている時間の長さもわかる。

他、同句群中には「天頂の翳りへ蝶を追ひつめる」「おとうとにあぢさゐの息濃かりけり」といった句も見ることができる。日常の言語感覚の破綻を逆手に取ることで微妙な気分を再現する句群といえようか。

2017-01-29

俳句雑誌管見 繋がり 堀下翔

俳句雑誌管見
繋がり

堀下翔

初出:「里」二〇一五年六月号(転載に当って加筆修正)

一句の中であるものとあるものとがゆるやかに繋がる。

雲は空はなれて秋の金魚かな 太田うさぎ

浦を咲く梅ある犬の屍かな 生駒大祐

共に「豆の木」二〇一五年五月号

太田の句は第二十回二十句競作豆の木賞を受けた「Cloudy」の第一句。意味内容としては「雲は空はなれ」ることと「秋の金魚」との二つに分かれているが、それが接続助詞「て」によって繋がっている。

「雲は空はなれて」というのは、簡単な言葉で書かれているが、実は難しい。雲が空以外のところへ行ってしまうことはあるだろうか。あとで「金魚」が出てくるので、そのイメージを借りるとすれば、雲がまるで金魚のように自由気ままに泳ぎはじめ、空の外、たとえば宇宙などへ行ってしまう、というのはアリかもしれない。けれど、突飛だし、ちょっと幼稚。

もっとシンプルに想像しよう。「金魚」のイメージを借りたのは悪くなかっただろうか。金魚のように流れる雲。

ある雲をずっと見ている。雲は流れている。「はなれ」てゆく一部始終を目撃したからには、少し早い雲だろうか。「雲」はやがてある方へ流れてゆき、視界から消える。掲句においては「空」としか書かれていないが、ほんとうは自分の視界に入っている部分的な「空」なのではないか。

で、「秋の金魚」だ。金魚の泳いでいる水が、「空」と並べられることで、雲のなくなった高い空とダブる。前半部分と後半部分はもともと何もかかわりのないことがらであった筈だが、「て」で一つになっている。両者が共有している、さっぱりとして、そしてまじりっけのない気分は、繋がることでいっそう強くなった。

受賞二十句にはこの連用的な繋がりが多い。〈固き桃手にとり雨の降りさうな〉もそうだ。この句、もっとばっさりと言葉を切り捨てることだってできた筈だ。たとえば、「固き桃」とだけ書いて、そのあとに雨の予感を取り合わせたとしても、読者は桃と雨のイメージの重なりを受け取ることができただろう。しかし太田は、ことさらに「手にとり」と書き、「固き桃」のあとでぶっつりと切ることを避けた。断絶感を感じさせないゆるやかな繋がりが、魅力を生んでいる。

生駒の句は連用形ではなく連体形で繋がっている。

「浦を咲く梅ある」ことと「犬の屍」とはほんらい関係がない。それを連体形で一つにしてしまった。さっきの太田の句とは異なり、はっきりと「ある」が「屍」に掛かっている。修飾、被修飾の関係に見える。

連体的な繋がりによって、二つのことがらは切っても切れない関係になる。それは、梅の咲く浦に犬の死骸があるといった程度の表面的な位置関係にはとどまらない。「浦を咲く梅ある」という事実自体が、「屍」を修飾しているのである。「浦を咲く梅ある」という空間は、ここで犬の死と同質になっている。連体的な繋がりが混沌としたイメージを作りだしている。

余談だが、掲句は「浦に」ではないのもにくい。「浦を咲く」だ。この「を」は、格助詞の「を」である。といっても、目的格ではない。いちおう経路の「を」と取ることができるだろう。「吹雪を来る」「街道を行く」というときの「を」。移動の動詞が来ることが多いので「咲く」なんて言われるとどきっとする。「に」だと、ある一点を指し示してそれきりの感があるが、「浦を咲く」だと、浦のいくらかの距離が見えくる。景の大きさが違うのである。

2017-01-22

【俳誌を読む】 きらめくオノマトペ 『九集 年度まとめ創刊号』の一句 福田若之

【俳誌を読む】
きらめくオノマトペ
『九集 年度まとめ創刊号』の一句

福田若之


ぴしぴしと硝子殴っている鼬  紗籠

先日刊行された『九集 年度まとめ創刊号』(平成九年度俳句会、2017年)所収の新作十句「抱擁とすれ違い」に収められた一句〔*〕。ぴしぴし、が印象的だ。硝子が割れるほどではない、けれど、それなりに強い力で、その決して長くはない前足を繰り出す鼬の姿が思い浮かぶ。

この新作十句を読むかぎり、この書き手の句の特色はオノマトペにあるようだ。ほかに、《枯庭にころころがりて缶コーラ》、《ふうわりともやをまといて雑炊よ》、《着ぶくれ上等もこもこの幸せ》といった句が並んでいる。まるみを帯びた、どこかやわらかい感じのするひらがなの質感が、その言葉遣いによって周囲の語と独特の関係をかたちづくりながら、いずれの句においてもよく生かされている。

同誌に掲載された旧作十句「猫愛日和」を見れば、そこには《死に魚の腹へしゅわりと散る火花》という一句があるのだから、オノマトペの質感を活かしたその独特の書きぶりは、きっと、いまに始まったものではないのだろう。

オノマトペというと僕はまず秋元不死男の名を思い浮かべるのだが、彼の《へろへろとワンタンすするクリスマス》や《鳥わたるこきこきこきと罐切れば》の句にみられるオノマトペがどこか薄暗い野暮ったさを抱えているように思われるのに対し(それがこれらの句の魅力なのだけれど)、紗籠の句にみられるオノマトペがもつ華やぎは、むしろ、松本たかしの《雪だるま星のおしやべりぺちやくちやと》や《チチポポと鼓打たうよ花月夜》に通じるものを感じさせる。たかしのこれらの句におけるオノマトペは、そこにあるもののありようを、語のきらめきによって肯定している。同様に、紗籠の「しゅわり」というオノマトペは、「死に魚の腹」に「火花」の輝きを導入するのだ。薄暗い不死男的なオノマトペに対して、それはきらめくオノマトペなのである。

硝子を殴っている鼬というモチーフを、「ぴしぴし」というオノマトペは、そのきらめきによって、やわらかく抱き込むようにして句のうちに迎え入れる。一句は、素朴なリアリズムが否定されて以来言葉と事物とを隔て続けている硝子越しに、この硝子を殴り続けている一匹の鼬を「抱擁」する。だが、それはまた、あくまでも硝子越しのきらめきによる錯覚である以上、同時に、一句と鼬との「すれ違い」でもあるだろう。こうして、言葉と事物との関係が「抱擁」と「すれ違い」とに引き裂かれるその境界にあって、その存在を絶対的に肯定されながら、鼬はなおも硝子を殴り続けている。ぴしぴしと。



〔*〕刊行物のタイトルの表記については、「年度まとめ創刊号」とあるが、『九集』の「年度まとめ創刊号」として扱うのがよいのか(その場合、『九集』の通巻第何号にあたるのか)、『九集 年度まとめ』の通巻第一号として扱うのがよいのか、それとも『九集 年度まとめ創刊号』という単行本として扱うのがよいのかがいまのところ定かではない。ここでは、ひとまず、同刊行物所収の上川拓真による巻頭言「反省とともに」での表記に基づき、『九集 年度まとめ創刊号』として扱うことにした。