『ゴリラ』読書会 11号~15号を読む 〔後篇〕
黒岩■後半よろしくお願いします。時間が押してはいますが、「韻律」について扱いたいと思います。そもそも韻律が話題に上がったのは、この前回の読書会で韻律という語の定義について、また韻律をどれくらい重視するのかについて、それぞれ異なるのではということが見えてきたからです。今回中矢さんが「『ゴリラ』で気になる韻律」ということで、八句をピックアップしてくれているので、中矢さんに思っていることを話していただいて、そこから議論を始めるのはいかがでしょうか。
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『ゴリラ』読書会 11号~15号を読む 〔後篇〕
黒岩■後半よろしくお願いします。時間が押してはいますが、「韻律」について扱いたいと思います。そもそも韻律が話題に上がったのは、この前回の読書会で韻律という語の定義について、また韻律をどれくらい重視するのかについて、それぞれ異なるのではということが見えてきたからです。今回中矢さんが「『ゴリラ』で気になる韻律」ということで、八句をピックアップしてくれているので、中矢さんに思っていることを話していただいて、そこから議論を始めるのはいかがでしょうか。
『ゴリラ』読書会 11号~15号を読む 〔中篇〕
第三回 ゴリラ読書会 十句選
小川楓子選
苔の羊歯の踏み心地なりノーヴェンバー 鶴巻直子
陽がどかんと懐へ仔牛の料理だ 鶴巻直子
乱雑な部屋にぽあーんと私空気 安藤波津子
紫木蓮円周率の自我すっくと 早瀬恵子
ガラスを抜けた小鳥抜け殻がきれい 安藤波津子
夜雨しきり部屋中にぬれた樹木が 猪鼻治男
君も同年なめくじの先の皮膚と肉 谷佳紀
満月や腹透きとおるまで画鋲うつ 早瀬恵子
パチと干すおしめ釈迦より明るいな 在気呂
兎の耳動きはじめて僕が近づく気配 久保田古丹
外山一機選
煙の中白色レグホンひるがえる 鶴巻直子
焼鳥の微光受信の母国語よ 谷佳紀
はればれと尻わかれゆく渚かな 原満三寿
こけし売り泡立つ海を後手に 安藤波津子
とある夜の空気しばしば左折する 荻原久美子
空家に帽子を濡している青空 久保田古丹
メガネ置きひとりのことを消せずいる 山口蛙鬼
石仏と海原いっしょに走り出す 早瀬恵子
青葉木菟遠く縫針行くごとし 在気呂
砂時計の刻絶え影につかまる兎 谷佳紀
中矢温選
緑園にくらげが来ているパラソル 久保田古丹
手のひらの砂ふりつづく家を買う 猪鼻治男
【韻律が気になる】
去年今年ヒロヒトヒロシマ墓地勃起 原満三寿
老人性感情失禁ああああ笑う 原満三寿
魚紋 ながすねひこのかちわたる 多賀芳子
マカロニ並列この夏の空っぽ 鶴巻直子
曇天ヴギウギ蟹も来たり 鶴巻直子
惜しみなく蝶に油の流れ 鶴巻直子
ひんやりと緋の非売品フラミンゴ 鶴巻直子
赤い釘ゆらりと「誰か居ませんか」 在気呂
三世川浩司選
鳥騒やひとりカルタひとり花骨牌 多賀芳子
偏西風にのって肉桂を嚙んで 中北綾子
遊女に夕陽は異教のブランコ 久保田古丹
白菖蒲あなたが咲いている九月の闇 久保田古丹
冬恍と河馬の脊中に縫目なし 鶴巻直子
走りすぎタイムトンネルの美のおかあさん 谷佳紀
夜はしずくで昼は椿に溶ける骨 谷佳紀
皿運ばれてゆく晩秋という部屋 久保田古丹
瓶に詰められた寒灯鳩の愛語 久保田古丹
マルコポーロの足踏何ぞ梨透けて 兼近久子
横井来季選
カナダの便りコスモスはくもる水 多賀芳子
砂漠立つ胃の腑のような映画館 多賀芳子
隣室に亡父がたまる弥生尽 多賀芳子
電球消して天体めく部屋のさすらい 山口蛙鬼
卵割る刹那北半球赤し 鶴巻直子
乱雑な部屋にぽあーんと私空気 安藤波津子
水匂う 見渡す限り積木の部屋 萩原久美子
笑顔ではないのだ蘭の花で埋めるな 多賀芳子
ピアノすでに脱水症状 怒ったよ 鶴巻直子
おとぎ話の左手は優しいはずだ 萩原久美子
小川楓子選
芭蕉忌や遊んで遊び足りないと思う
鯉が笑えば比良山系も俺もゆらり
粒もかんぴょうもひかりの穴だ鑑真
春なれや一村ぶらんとして春なり
白盲の海よ一私人として泡か
外山一機選
スカート巨大ならば南無三落下の鴉
突然に春のうずらと思いけり
みんな化粧の烏に迎えられ恐わし
榛の木へ止れ蝗よ暗いから
春なれや一村ぶらんとして水なり
中矢温選
鱧の皮提げて祭の中なりけり
大釜の水張って国ありというか
あるぷす溢れだして老人は花とよ
1749799の銃番号は肺である
白盲の海よ一私人として泡か
三世川浩司選
へんぽんと植物と毛のたのしさ
芭蕉忌や遊んで遊びたりないと思う
鯉が笑えば比良山系も俺もゆらり
粒もかんぴょうもひかりの穴だ鑑真
白盲の海よ一私人として泡か
横井来季選
草の中の浅蜊芽ぶくも春の皺
あるぷす溢れだして老人は花とよ
ほしや純粋喉から雨が降るように
暗くなるまでまてない少女は苔科
ハチュウルイであつただろう鳥の泡たち
宿題 シーツみたいな海だな鳥たちは死んでしまった、四ツ谷龍『セレクション俳人 四ツ谷龍集』
Picnic編集 鈴木茂雄 ss.suzuki.suzuki@nifty.com
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『俳句』アンケートに見る“自分”
吉川わる
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【俳誌を読む】
「第二芸術論、第二芸術論とうるさく言ってしまいました」
『俳句』2019年6月号を読む
山口優夢
角川俳句6月号を読んだらいろいろ面白かったので、書き留めておきたいと思う。
◎「大特集・推薦! 令和の新鋭」
39歳以下の俳人24人を紹介する若手俳人特集。1人が見開き1ページを使い、所属結社・顔写真・新作20句・略歴・結社の主宰の推薦のことば・旧作25句(主宰選)という構成からなっている。
24人は、俳句結社の主宰が1人ずつ「推薦」したものだ。24の結社の中には「船団」など結社と名乗っていないものも入っているようであるが、対馬康子による総論で「この二十四名は主宰から結社の若手代表として選ばれ、見開き写真付き大特集に作品発表をする貴重な機会を得た」とあるので、少なくとも編集部としては24の「結社」の「主宰」が選んだ、という認識のもと企画しているようだ。
なぜ若手俳人を特集するにあたり、結社の推薦という形をとったのだろうか。企画の趣旨はどこにも書かれていない。対馬康子による総論を見てみよう。「俳句の将来を担う若手が徐々に力を蓄え、かつての「戦後派」のように、たくましく「若いかたまり」となってきていることを実感している」と若手に対する期待感を語り、結社については「要は、主宰が句会などの神聖な人間同士の修業を通して、「物と心の新しい関係性」を、直接人として伝え合い鍛え合う場である」と定義している。この結社で鍛えられた24人をご覧いただこう、というわけだ。
しかし、対馬自身が認める通り、今の時代には「結社に属さないで俳句を作る人も増えて来た」のであり、その状況で結社ご推薦の若手のみで大特集を行うことの意義は何なのか、やはり疑問が残る。結社に属している方が鍛えられる、という主張ならばなおさら、結社所属の若手とそうでない若手を並べて見せればいいのに。逆に言えば、やや話は脱線してしまうが、6月2日号の週刊俳句で上田信治がして見せたような分析も、結社所属でない若手を同じ条件で企画に登場させていないために比較・検証ができず、不十分な論にしかならない、ということだ。そもそもこうした企画に意味があるのは、結社というくくりで若手を全て語れるという前提があってこそではないだろうか。
その上で結社の主宰が推薦した若手の俳句を並べるということの事実上の意義を考えるならば、それは「読者に読んでもらうため」ではなかろうか。「●●さんの結社の若手なのか、なるほど●●さんがそう薦めるなら、ちょっと(話の種に)読んでみるかな」という消費のされ方をあからさまに想定している企画と見える。所属結社名を俳人そのものの名前より目立つ字体・場所に置き、主宰俳人の「推薦のことば」がないと、若手の俳句など誰も読まないと、編集部はそう思っているのではないだろうか。
高山れおなが「俳句など誰も読んではいない」というテーゼを打ち出し、週刊で俳句批評を掲載するwebサイト「―俳句空間―豈weekly」を創刊したのは2008年のことだ(すでに終刊)。その問題意識の対象には、入門特集に終始し批評の場を形成することのない俳句総合誌への批判も当然入っていただろう。確かに今回の6月号は入門特集ではない。鉄板の入門特集を1回お休みして(7月号は「夏の季語入門」)、現在の若手の俳句作家にフィーチャーし俳句界の現在と未来を見通そうという心意気はすばらしい。たぶんその分、「ただ若手の作品を並べるだけじゃ読まれない」という冷静な計算もあったのだろう。「せめて中堅からベテランの俳人が持つ権威に紐付けないと、何処の馬の骨かも分からない俳句なんて誰も読みはしない」と。
もしも俳句総合誌がつまらないとしたら、それは俳句総合誌だけのせいではない。それが多くの俳人の求めているものを反映した姿である以上、その責めもまた、俳人が負うべきものだ。つまり、我々は1946年に発表された桑原武夫の「第二芸術論」による批判を一歩も乗り越えていない。「ある俳句1句を読んだだけではその句が大家のものか素人のものか判別ができず、それを決定づけるのは弟子の人数といった世俗的な権威に過ぎない」といった趣旨のことを桑原はその論で述べているが、まさにこうした結社の主宰という「権威」を経由しないと若手の俳句をきちんと読むことができない我々の態度こそが、大いに反省すべきものではないかと考える。
長い前置きになったが、以上の問題意識から、やはり1句1句きちんと彼らの俳句を「読む」ことから始めないといけない。それは大げさに言えば、第二芸術論の超克のためにも。というわけで、24人の新作20句の中で、興味を覚えた俳句を以下で鑑賞する。
屑籠の倒れしままや春夕焼 浅川芳直
本来立っているべきゴミ箱が倒れっぱなしになっている。丸めたティッシュやビニール袋などが口から少しこぼれているだろう。「春夕焼」という季語が、雑然とした部屋をさびしくしずかに統一しているが、それは夕暮れ時の一瞬のことなのだ。あえてゴミ箱を直そうともしない無気力感も含めて好感を持った。
遊園地うごかす電気桜咲く 遠藤容代
遊園地にいて、それを動かす電気を思っている作者の浮遊感。全くない発想ではないかもしれないし、家にいてもいろんなものが電気で動いているのだけれど、やはり遊園地の華やかな幻想を支えている電気の流れにこそ目が向くというのはとても面白い。桜が咲いているということはディズニーランドではないだろうな。花やしきか?夜だろうな。電気の通らない桜の幻想性だけが実は現実なのであるという倒錯した味わい。
エスカレーター駆けて子供や春めける 川原風人
どこのエスカレーターでもいいのだけれど、屋上に通じるエスカレーターだとなお気持ち良いなあと思った。子供、そして春めくという言葉を入れながら陳腐すぎないのは、エスカレーターを駆けるという地に足の付いた場面設定のチョイスからだろう。
電車から見る春のリビング誰もゐず 川原風人
あ、と思う間にそのリビングは視界の後方に飛んでいく。線路際の清潔なマンション、そうきっとアパートではなくマンションだろう。「リビング」という言葉の響きがそう思わせる。高架を通る電車に乗っているとき、時折私もそんな風景を見たはずだ。からっぽの部屋には春の昼の光がよく通る。モデルルームのようなどこかうつろな春の昼だった。
献花よりつぎの献花へ虻飛びぬ 川原風人
「献花より献花へ」でも句の意味は通る。供えられたある花から別の花へ、と飛んでいると捉えられるが、「つぎの」という一語が入ることで次に並んでいる人が献花をしている動作を見せることに成功している。そこには沈鬱な雰囲気が漂っているだろう。ああ、そういうときでもこの虻は関係なく飛び回るのだ、それが生命の営みだから!
ぶらんこの子が真夜中を待つてゐる 西生ゆかり
新世紀エヴァンゲリオンでも、主人公シンジの幼い頃の記憶に、誰もいない夕方のぶらんこがひとりでに揺れている。夕方から夜にかけてのぶらんこほど、胸をえぐられる幼年期のさびしさはない。なのにこの子は真夜中を待っているのだ。何か人ならざるものを見てしまったようなぎくっとした印象を抱く。この子の心が純粋に真夜中を心待ちにしていればいるほど、母親や父親のことなど心になければないほど、そらおそろしい気分になる。
髪洗ふときも喋つてゐる姉妹 杉田菜穂
普通の家の風呂場にはシャワーは一つしかない(と思う)。姉妹を第三者の視点から見ていることからしても、この句は温泉か銭湯で並んでシャワーを浴びる女性2人を目にしたものだろう。旅先の高揚感か、銭湯通いの気楽さか。互いに視界は髪洗う手で阻まれていても楽しげにおしゃべりする様子は、それを目撃した人の心もほっこりさせたことだろう。姉妹が小学生くらいでも、ハイティーンでも、20代でも、子供を持つくらいの年代でも、いずれも味わい深いが、すでに夫が退職したのちにのんびり温泉に浸かりに来た老女2人という設定はどうだろう。何十年も前からこうして髪を洗うときも喋ってきた姉妹、それを思えば時間を超えていく不思議な感覚をすら覚える。
誰も見ず観潮船の大鏡 涼野海音
2階建て、3階建ての大きめの船には、確かに階段の踊り場などに大きな姿見がある。観潮船だから、そこにある鏡の前は誰も素通りして潮の流れを見に行く。実は誰も書き留めなければ意識もされなかったことで、世界は満ちている。
囀や翠ときをり紅に 柳元佑太
夏も深くなった頃の葉っぱの緑色だとこういうことはない。春、あるいは新緑の明るく薄い葉っぱの緑は光線の具合で確かにどこか赤く見えることがある。補色だからか、その仕組みはちょっと知らないが、みどりやくれないという色彩を書いているようで実はこの句の主役は光だ。極度に単純化した図式の中に、自然の不思議、それを視覚で認識する自分の不思議を思う句だ。
また、次の句については一言言いたい。
神待ちの少女ネオンの路地の裏 山本たくや
神待ちの少女、つまり「神を待っている」少女だが、これは「信仰深い」少女ではなく、「家出して行くところがないため今晩泊めてくれるところとご飯を提供してくれる「神」のような成人男性を待っている」少女のことだ。当然、それなりの対価を差し出すことが期待されている。対価!彼女たちに体以外差し出せるものがあろうか。つまりはネット上のスラングであり、社会問題化している売買春の新しい形態の一つだ。
彼女の行き場のなさ、誰も救いの手をさしのべないまま滑り落ちてしまった社会の暗部、それに俳句で手を出そうという心意気はすばらしい。しかし、「ネオンの路地の裏」ではダメだと思う。そうなんでしょうね、という固定観念から外に出ない。そして、彼女に寄り添っていない。
私は、俳句の素材は広げるべきだと考えている。これまで俳句の領域に入らなかった言葉も積極的に入れるべきだと考えている。しかし、問題はそれを自分の中でどう消化するか、ではないか。その格闘が必要だ。神待ちの少女を俳句に詠んでほしい、その言葉は「俳句になじまない」とは絶対に言わない、でも人のやらないことをやるならば、もっともっと格闘しないといけない。これは、自戒も込めて。
以上の俳句たちから、若手の何が見えてくるだろうか。それは上田の言うとおり「通俗性」だろうか。新しい傾向や、あるいは逆に多様性が見えるだろうか。ひとかたまりになって上の世代の権威を脅かす何かが表れてきているだろうか。
うーん、困ったときは総論に立ち返ってみる。対馬はこう書く。「二十四名の作品は、生き生きとしたエネルギーの表現に実感がこもっている。老いや死がまだ観念と諦念の先にあることが眩しい。有季定型を恩寵としながら、今のわれをいかに表現するか。若い感性が現代の孤独を、内面の具象性豊かに、写生的あるいは造型的に映し出している」と評している。老いが感じられないはまあ当然として、他の評語はどこまであてはまるだろうか。
個人的には、作者が世界に主体的に関わっている作品よりは、作者自身は傍観して冷めた心持ちでいる作品の方に面白いものが多いように感じた。上に挙げた句はほとんどがそうであるし、その限界が「神待ちの少女」の句に見えているということなのかもしれない。それを結社と関連づけるか、世代論として捉えるか、書き手である山口のバイアスがかかっているのかは分からない。願わくば、総論で対馬が言及するようなパッションにあふれた俳句に、これからどこかのタイミングで出会えればうれしいと思った。
◎「第53回蛇笏賞決定」
大牧広氏の句集「朝の森」が受賞したとのこと。正直、これまで大牧氏の俳句をきちんと読んだことはなかったが、50句の抄出を興味深く拝見した。
開戦日が来るぞ渋谷の若い人
金銀を売らぬかといふ初電話
敗戦の年に案山子は立つてゐたか
「有季定型を恩寵としながら、今のわれをいかに表現するか。若い感性が現代の孤独を、内面の具象性豊かに、写生的あるいは造型的に映し出している」という前掲の対馬の評語が当てはまるのは、むしろ大牧のこれらの俳句ではないかと感じた。もちろん、「若い感性」という部分も含めて。ちゃんと「朝の森」を読みたいと思った。
◎「私の俳句クロニクル 深見けん二〈前編〉」
今号からの新企画だそうだが、やはり企画の趣旨説明がないので、どういう意図からの企画かよく分からない。タイトルの「クロニクル」と「取材・構成」という文字から、俳人が昔を振り返るインタビューということは分かるが、なぜこのタイミングか、なぜ深見けん二か、登場する俳人はどういう枠組みで選んでいるのか、何の狙いがあるのかが分からない。
ただ、インタビュー中、昭和34年2月の玉藻の研究座談会で虚子から「次回は風雅について話そう」と提案があったものの4月1日に倒れてそのまま亡くなった、というのが何とはなしに心に残った。風雅か、と思って。語ろうとして語られなかった、失われた虚子の言葉に思いをはせてみたいと思った。
◎「現代俳句時評6 ミューズすらいない世界で 俳句とジェンダー(上) 神野紗希」
こちらもインターネットで言及されることの多い論考。ジェンダーについてはみんな思うところがあるということか。前半部分の短歌におけるミューズの話題は紹介のみなのでいいとして、後半部の次の2点の妥当性について論議が集中したようだ。
①小澤實の近著「名句の所以」に関連して「俳句αあるふぁ」2019春号に掲載された小澤と堀本裕樹の対談に触れ、2人が名句として選んだ10句の作者の男女比が不均衡であることを例にとり、「名句中の名句を男性の句にしか見いだせないのは」「近現代俳句を語る上で偏っていると思われても仕方ないだろう」と述べている点。
②小川軽舟が2016年、主宰誌である「鷹」に発表した「子にもらふならば芋煮てくるる嫁」を例示し、家庭における旧来の役割を女性に押しつける保守的な思想をそのまま表出した俳句への違和感、彼女自身が女性として感じる「真綿で首を絞められたような窮屈さ」に言及した点。
僕も言いたいことがあるのでこの論考に触れてみたわけなので、それぞれちょっと考えてみたい。
①これは小澤と堀本の対談を例にとること自体があまり適切ではなかったように感じた。論考の中には神野自身が2人の発言を抄出しているが、小澤が女性や若手の句を選ばず堀本が選んだことに対して「その辺の配慮が足りませんでした」と述べているのに対して、堀本は「いや、それはもう句だけでいいと思います」と返している。
まさにこの堀本の「句だけでいい」という発言に論点は集約されていないだろうか。僕はこのやりとりを読んで、堀本の発言が、小澤から俳句以外の要素にも目配りをして選んだと思われるなんてむしろ心外だ、という言外のニュアンスを含んでいるのではないかと、それはかすかなものながら、感じた。
いや、待ってくれ、もちろん、さきさんの言いたいことは分かる。「たまたま選んだ名句が男性の俳句だけだった」――そのこと自体が意識的に男女を差別しているのだと言っているわけではなく、そうしたことがなぜ起こるのかを考えたとき、その無意識的な女性排除は、これまでの先人の選句の積み重ねの結果生まれた俳句史の記述の帰結ではないか、と神野は言いたいのだろう。つまり、「女性俳人は、近現代の俳句史の傍流に位置づけられてきた」という形で作られた俳句史を前提に「名句」として男性の俳句だけを抽出することは、それ自体が女性に対する差別を強化するという趣旨であろう。
しかしその視点を有効なものを見なすには、女性俳人が不当に俳句史の傍流に位置づけられてきたことをまずは論証すべきではないか。星野立子は、三橋鷹女は、池田澄子は、西村和子は、櫂未知子は、神野紗希は、現在俳句史で位置づけられている位置がおかしい、一句一句の作品を見たとき、男性の俳句作者よりむしろ時代を切り開き、優れた作品を作って俳壇をリードしたにも関わらず、その評価が正当に与えられていない、それは女性だからだ――そうした前提がないと、先の名句の選句についても、「10句の中に関西出身の俳人がいない」「10句の中に子供の句がない」「10句の中に専業俳人の句しかない」と言った他の無数のカテゴライズでも同様の批判を許す結果になりはしないか。
神野の論考では、その前提を論証していないことに不満を感じた。個人的な見解を述べれば、女性俳人を傍流に押し込める先入観は、俳人の中に実際にあると思う。ただし、直感に過ぎない。あるいは、作品本意ではなく弟子を何人育てたかによって俳人が権威づけられることと、有名結社の主宰に女性が多くないこととの関連があるのかもしれない(第二芸術論再び!)。ぜひ、その点に関する神野の論考を期待したい。
②小川の句は「あえて書いているもの」という鑑賞もネットではいくつか見かけた。つまり、「息子の嫁にはお芋を煮てくれるような人が欲しいなあ」という保守的な意識が存在する、ということを記述しただけで、自分の考えとは別だろう、と。果たしてそうか。
そういう通俗性をあえて自分と切り離し批判的に見せる方法論は小川ならいくらでも持ち合わせているはずだ。たとえば、一番簡単なのは、句全体を「」で囲んでしまうことだろう。
「子にもらふならば芋煮てくるる嫁」
一句全体が誰かの発言であるかのようにしてしまえば、句の内容は句を作る主体とは切り放され、切り放すという行為そのものに批評性も生まれるだろう。しかし元の句の状態でそのような批評性があると見るのはやはり無理筋のように思う。
このことに関連して、むしろ僕が問いたいのは、俳句で何が書けるのか、俳句の限界論とでも言うべき視点だ。ざっくりした論になるのは承知で話してみるが、俳句という短い言葉が作品として成り立つ背景には、日本人という同質な民族の文化があると考えている。その代表が季語である。ある季語を入れたとき、そこから思い浮かべる情景や風情にある程度の共通理解があるからこそ、短い言葉を作品として成立させることができる。「秋風」はさびしい、「桜」ははかない、など。その凝り固まった概念を打破するために正岡子規が写生を提唱し、それは今も息づいていると思うが、それは季語の象徴性を全く否定しさるものではなく、むしろ強化する側面もあったのではないかと思う。
共通理解、といったときに出てくるのは季語だけではない。
玉音を理解せし者前に出よ 渡辺白泉
春は曙そろそろ帰つてくれないか 櫂未知子
牛乳飲む片手は腰に日本人 山本紫黄
これらの俳句は「終戦時の玉音放送は大変聞き取りづらかった」という歴史的事実や、「春はあけぼの、とは枕草子の一節で、それをきぬぎぬの別れに転化している」という教養や、「銭湯で牛乳を飲むときは片手を腰にあてるという一場面が懐かしさを誘う」という情緒を前提としている。そういうものがないと分からないのが俳句の弱さだ、とは言わない。それも含めて俳句であるという事実に対して、プラスの評価もマイナスの評価も個人的にはない。
ただ、俳句はすでにある価値観やある程度広まっている共通の過去にしかコミットできないというところに限界があるのではないかと考えている。これはつまり、俳句から新しい価値観を作り出すことはできないのか、という問いだ。小川が旧弊な価値観を引き写した句を書いていることと、これは無関係ではない。先に述べたかぎかっこをつける、という提案は、この問いに対しては答えになり得ない。渡辺の「玉音」の句だって、玉音やそれにまつわる日本の天皇制に対するアンチテーゼとして機能しているのは明らかだが、それは肯定か否定かの違いであって、過去のすでにある価値観に対するリアクションであることには変わりはない。
ジェンダーフリー、LGBT、これらの「新しい」価値観を俳句に盛り込むことはできるだろう(ことさら新しいというほどの話ではないが)。しかしそれらは新しいとは言ってもすでにこの世にある価値観だ。五七五から全く新しい価値観を生み出すことはできるのか、そもそもそんなことを考える必要があるのか、それができなければひょっとして俳句はやっぱり第二芸術なのではないか……元の神野の論考とはだいぶ離れた話になってしまったが、そんなことを考えた。
とにかく、見逃してはいけないのはこの神野の論考は「(上)」だということだ。「(中)」「(下)」を座して待ちたいと思う。
◎「合評鼎談」
西村和子、佐藤郁良、鴇田智哉の3人の俳人が角川俳句4月号の俳句作品を合評するコーナーだが、内容では、片山由美子の海外詠を受けての西村の次の発言が気になった。
海外詠って、慣れていない人だとカタカナが多くなってしまうけれど、この方は必然的なカタカナしか使っていないですね。(中略)私も海外詠ではこのようにありたいといつも思っています。そうかー、カタカナ、いいと思うけどな。
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【俳誌を読む】
北海道に「雪華」あり
「雪華」創刊四〇周年記念増大号
堀下翔
「雪華」は一九七八年一月に深谷雄大が旭川市で創刊した結社誌。師系は石原八束。一九八六年までは年四回刊で、以後月刊。二〇一六年からは橋本喜夫が主宰を継いでいる。先の八月に「創刊四〇周年記念増大号」と銘打った特別号が発行されたので読んだ。
結社誌の記念号の頁数が通常よりも増えるということはよくあるが、「雪華」記念号は二七七頁という大冊で、まして通常号がいつもだいたい六〇頁弱だから、この分厚さは文字通り通常ではない。どうしてこういう本になっているかといえば、公開座談会や記念大会の講演の文字起こしをおそらくはノーカットと思しい体裁で掲載していること、加えて「評論まつり」と称して会員の散文を八本も載せているほか、四〇周年の節目に関わる文章がいくつも草されていることによる。世の結社誌の記念号とは気合の現れ方が段違いで、吃驚して、せっかくなので紹介する次第である。いや、筆者が旭川出身だから、その贔屓目とかじゃなくて。
四〇周年記念特集を順繰りに見ていこう。
①雪華四〇周年を彩る巻頭四〇〇句供覧(大柄輝久江抄出)
②巻頭句を読む
①は平成二九年一二月号(通巻四一五号)までの巻頭句から抄出したもの。ちなみに通巻数と抄出句数が合致していないのは、一号から二句引いている場合があるのと、一九九七年以降何度か合併号を出しているという事情である。この資料に挙げられた句について言及しているのが②の節で、橋本が総論として「巻頭句からみた「雪華」四十年の歩み―郷土性と時代背景との関連―」を、そして橋本のほか九名の主要会員が鑑賞文を執筆している。橋本の総論が懇切で、会員の俳壇的慶事なども織り交ぜながら、時代を追って巻頭の趨勢を紹介しつつ、一誌を貫く特徴を、
「雪」、「氷塵」、「雪まんじ」、「氷像」、「黄連雀」などの旭川ならではの季語を使用した郷土色豊かな俳句と、(引用者中略)ネガティブな境涯を詠んだ俳句と、これからの超高齢化に先駆けた「老いの俳句」がほどよくミックスされて進化を遂げてきている。と結論する。
(中原中也記念館からの帰路――引用者註)そのまま銀座に帰ってきて鈴木真砂女の店に行って「おかあさんねぇ、あんたと中原中也どっちが年上だと思う?」って訊いたら「なぁに言ってんのよ、中也の方に決まってんじゃない」っていう返事がすぐに返ってきました。実はこれもタイムトリックでありまして、中也の方が真砂女より生きていればでありますが、若いです。
(主宰誌「銀化」創刊後も――引用者註)林翔先生が生きているうちは、同人を抜けないようにして、会費は納めてました。ね? 面白いでしょう? 続きは本誌で。
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【俳誌を読む】
金子兜太追悼特集・4誌比較 年譜の観点から
橋本直
『俳句四季』などを除いて総合誌の兜太追悼特集に一応目を通す。研究者目線で言うと、追悼号はその作家の同時代の評価、著作一覧やその抄出、年譜などが載っているので、著作物や全集以外では作家論に取りかかる時に第一に当たる資料になってくる重要なものだ。だから古書店で総合誌で俳人の追悼号を見つけるとなるべく買うようにしている。
兜太の場合、只今現在である分、同時代の評価をさらに踏み込んで個々の記事の筆者と兜太との関係性からの問も立ちあがるので、いましばらく寝かせておきたくなる。その観点で言えば、比較的いま重要になってくるのは、いつどこで何をしていたのかが記されている年譜。いずれは『金子兜太全集』なり新しい選集なりに詳細なものが出るとしても、ひとまずなるべく詳細な年譜があることは研究者にとってはかなりありがたいことだ。
そういう点で言わせてもらえば、今回別冊まで刷って物量で圧倒している『俳句』の年譜はわずか2ページしかなく、『俳句界』も同様に少ない。
一方、『俳句α』は年譜とは言わずに「金子兜太アルバム」と題し、1から4に分け、豊富な画像を入れつつ、合間合間に記事(執筆者は「「寒雷」時代の金子兜太」石寒太、「金子兜太に惹かれて」マブソン青眼、「これからの金子兜太」田中亜美)を挟む、20ページにもわたる内容となっている。これは新潮社の「文学アルバム」的な作り方と言っても良いだろう。年譜の執筆者の署名はないが、石寒太によるものか。
『俳壇』は、田中亜美編によるほとんど画像を使わない、11ページにわたる三段組の年譜が載っている。ともにかなりの情報量がある。
過去に出たものを除き、当面この2冊の年譜をまずはアテにすることになるのだろう。
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【俳誌を読む】
野遊びの手
『鷹』2017年7月号+『椋』第76号
西原天気
野遊びのとき、手は、きほん、所在ない。足がだいじ。手は何かに触ったりもするけれど、目で見たり、耳で聴いたり、鼻で嗅いだりが主役。
野遊びのポケットの手を出しなさい 石田郷子〔*1〕
さびしがるてのひらと野に遊びけり 南十二国〔*2〕
メインではないだけに、手のことが気になったりもする。
〔*1〕『椋』第76号(2017年6月5日)
〔*2〕『鷹』2017年7月号
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俳句雑誌管見
破綻はあるけれど
堀下翔
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繋がり
堀下翔
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【俳誌を読む】
きらめくオノマトペ
『九集 年度まとめ創刊号』の一句
福田若之
ぴしぴしと硝子殴っている鼬 紗籠
先日刊行された『九集 年度まとめ創刊号』(平成九年度俳句会、2017年)所収の新作十句「抱擁とすれ違い」に収められた一句〔*〕。ぴしぴし、が印象的だ。硝子が割れるほどではない、けれど、それなりに強い力で、その決して長くはない前足を繰り出す鼬の姿が思い浮かぶ。
この新作十句を読むかぎり、この書き手の句の特色はオノマトペにあるようだ。ほかに、《枯庭にころころがりて缶コーラ》、《ふうわりともやをまといて雑炊よ》、《着ぶくれ上等もこもこの幸せ》といった句が並んでいる。まるみを帯びた、どこかやわらかい感じのするひらがなの質感が、その言葉遣いによって周囲の語と独特の関係をかたちづくりながら、いずれの句においてもよく生かされている。
同誌に掲載された旧作十句「猫愛日和」を見れば、そこには《死に魚の腹へしゅわりと散る火花》という一句があるのだから、オノマトペの質感を活かしたその独特の書きぶりは、きっと、いまに始まったものではないのだろう。
オノマトペというと僕はまず秋元不死男の名を思い浮かべるのだが、彼の《へろへろとワンタンすするクリスマス》や《鳥わたるこきこきこきと罐切れば》の句にみられるオノマトペがどこか薄暗い野暮ったさを抱えているように思われるのに対し(それがこれらの句の魅力なのだけれど)、紗籠の句にみられるオノマトペがもつ華やぎは、むしろ、松本たかしの《雪だるま星のおしやべりぺちやくちやと》や《チチポポと鼓打たうよ花月夜》に通じるものを感じさせる。たかしのこれらの句におけるオノマトペは、そこにあるもののありようを、語のきらめきによって肯定している。同様に、紗籠の「しゅわり」というオノマトペは、「死に魚の腹」に「火花」の輝きを導入するのだ。薄暗い不死男的なオノマトペに対して、それはきらめくオノマトペなのである。
硝子を殴っている鼬というモチーフを、「ぴしぴし」というオノマトペは、そのきらめきによって、やわらかく抱き込むようにして句のうちに迎え入れる。一句は、素朴なリアリズムが否定されて以来言葉と事物とを隔て続けている硝子越しに、この硝子を殴り続けている一匹の鼬を「抱擁」する。だが、それはまた、あくまでも硝子越しのきらめきによる錯覚である以上、同時に、一句と鼬との「すれ違い」でもあるだろう。こうして、言葉と事物との関係が「抱擁」と「すれ違い」とに引き裂かれるその境界にあって、その存在を絶対的に肯定されながら、鼬はなおも硝子を殴り続けている。ぴしぴしと。
〔*〕刊行物のタイトルの表記については、「年度まとめ創刊号」とあるが、『九集』の「年度まとめ創刊号」として扱うのがよいのか(その場合、『九集』の通巻第何号にあたるのか)、『九集 年度まとめ』の通巻第一号として扱うのがよいのか、それとも『九集 年度まとめ創刊号』という単行本として扱うのがよいのかがいまのところ定かではない。ここでは、ひとまず、同刊行物所収の上川拓真による巻頭言「反省とともに」での表記に基づき、『九集 年度まとめ創刊号』として扱うことにした。
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