【週俳3月の俳句を読む】
ノーモーションで
箱森裕美
大空や犬繋がるる梅三分 浅川芳直
どこまでも広がり開放感のある空と、繋がれてどこにも行けない地上の犬が対比的に描かれている。
梅の木はその中間地点に位置している。まだ梅は三分咲きで、これからが期待される様子。
膨らんできた蕾が青い空にくっきりと映え、本格的な春の訪れを予感させる。
福耳のやをら田螺へ串を刺す 同
「やをら」が作中主体の驚きも感じて思わず笑ってしまう。確かにノーモーションで田螺に串を刺されたらひるむだろう。
「福耳」という言葉から想像させられる感触と、串に刺される田螺のそれがどことなく共通点があるところも面白い。
煮し三葉載せし三葉や玉子丼 若林哲哉
『三国志演義』のエピソード、「豆を煮るに豆殻を燃く」を思い出させる一句。
載せられた三つ葉は飾りとして使用されるのだろう。おそらく生である。
煮られたものと生のものとでは食感こそ異なるが、胃袋の中に入れば結局同じものだ。
もともとは同じ三つ葉であるのに、異なる役割を与えられるおかしみがある。
白蓮や吾が跫に鳩の飛び 同
繁華街などの鳩は警戒心が薄く、近くを人が通ったとしても意に介さない。
句中の鳩はおそらく人間慣れしていない鳩なのだろう。作中主体が近づいた気配を敏感に感じ取って飛び去った。
咲き満ちる白蓮に紛れて見えなくなる鳩。季語と響き合い、もしかしたら鳩は、白鳩だったのではないかと想像もさせられる。
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