2024-09-29

西原天気【句集を読む】土地との親和 佐藤文香『こゑは消えるのに』の一句

【句集を読む】
土地との親和
佐藤文香こゑは消えるのに』の一句

西原天気


アイダホの雲ほほゑみを返すなり  佐藤文香

アメリカ滞在中(2021年10月~2022年9月)につくられた俳句を集めた句集『こゑは消えるのに』に、地名の登場はそう多くない。アイダホは、作者が滞在したカリフォルニアから遠くもないが近くもない(日本基準でいえばじゅうぶんに遠い)。一種の旅吟といえる。その場所・その時間が、作者を受け入れる内容になっていて、読者もちょっとほっとするような一句。

季語はないが、気分は春。「Boise五句」中の一句で(ボイシはアイダホ州の州都)、そこには《春川を走る試し書きのごとく》もあるので、春の雲と思っていいのだろう。

「雲微笑む」「雲笑ふ」という季語はない。けれど、春の季語に、個人的に、一瞬だけ、加えてもいいような気がする。

《Youの単複 真白な浴室の小窓》など、海外っぽく、またポエティックな句もあれば、《にはとりのはぐれて一羽春の中》といった「和風」で俳句的な句もあり、海外詠の句集にありがちな「一定の気分」「一定の空気感」とは違って、句の趣向は幅広い。


佐藤文香句集『こゑは消えるのに』2023年12月/港の人

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