2025-02-16

瀬戸正洋【週俳1月の俳句を読む】サングラスと珈琲Ⅷ

【週俳1月の俳句を読む】
サングラスと珈琲Ⅷ

瀬戸正洋


寒林に肩甲骨をほどき合ふ  西生ゆかり

寒林と対峙している。肩甲骨は固く結ばれている。束縛されることは疲れる。ほどき合ってみる。精神と肉体。筋肉、関節、血液などのバランスが整いはじめる。

寒林を抜けて演技の小部屋まで  西生ゆかり

小部屋での演技。寒林を抜けなくてはならない。見物人のまえで芝居をする。演技とはくらしのなかで自分を見せることである。

枯葉踏む三角形の音立てて  西生ゆかり

三つの冬木の根元に直線を引く。三角形になる。三角形の枯葉を踏む。めぐりめぐって三角形の音になる。

小指もて冬のまぶたにすつと銀  西生ゆかり

まぶたとは眼球を覆う器官である。眼球の保護、光量の調整などをおこなう。そこへ小指の先ですつと銀の線をいれる。

踊り子の臍に光るや冬の星  西生ゆかり

踊る。臍を出している。通りにはひとであふれている。空気は澄んでいる。さえざえとした満天の星空である。

一月の舞台に汗と投げテープ  西生ゆかり

汗は確信。投げテープは称賛。一月の舞台は歓声。自己満足だけで十分なのである。他にはなにもいらない。

花は山茶花まなざしは眼をあふれ  西生ゆかり

目だけにとどまらない。山茶花だけにとどまらない。あふれることははじまりの一歩である。あふれることは幸いである。

山茶花は散る君だけが君を抱く  西生ゆかり

よくあることである。理由を考えてみる。山茶花とは君のことである。山茶花の散る季節である。

喉奥に未遂の咳や終電車  西生ゆかり

犯罪への着手。外的な障害により未完成だった。意志により犯罪を止めることにした。これを未遂という。対義語は既遂である。咳のはなしにしては大げさである。終電車は未遂の温床であるのかも知れない。

凍空や口を逃れし煙の香  西生ゆかり

煙の香を捕まえることはできなかった。不快である。あまりに寒かった。口をおおきく開くことができなかった。

カメラロールのほぼ花ふぶきあとはあなた  知念ひなた

あなたのことしか考えない。花ふぶきのなかにあなたがいる。あなたがいるから花ふぶきが存在している。あなたがいるから私が存在している。

逆光の卒業写真落花踏む  知念ひなた

何十回もシャツターを押す。そのなかからいちまいを選ぶ。逆光でしか撮るチャンスがなかった。承知でシャツターを押した。花ふぶきのなかの卒業である。

あおぞらにまみれたがって風車  知念ひなた

風車がまわっているのは風が吹いているからではない。風車がまわっているのはあおぞらにまみれたがったからではない。

タイムマシンのない町に風車からから  知念ひなた

タイムマシンは現存する。雑踏の中には未来人であふれている。タイムマシンのない町といっているのは現代人だけである。からからと風車はまわっている。

夜の海は少し光るよ風車  知念ひなた

海は光っている。反射して光っていることもある。夜の海が少しひかっているのは風車がまわっているからである。

アザレアのしなびるパドックを見てた  知念ひなた

生気は衰えた。みずみずしさは消えた。枯れたアザレアである。パドックとは小さな放牧場のことである。

ばあちゃんのコップ花柄夏はじまる  知念ひなた

遠い過去の思い出である。夏がやってくる。季節の変わり目である。ばあちゃんのコップは花柄である。

自転車に轢かれたひまわりがきれい  知念ひなた

ひまわりは道端に落ちていた。自転車で轢いた。そのまま行ってしまった。花束のなかのひまわりが気になる。

さざなみにプールの壁が剥がれて浮く  知念ひなた

プールは何十年も存在していた。さざなみがプールの側面を剥がす。こころにちいさな動揺がうまれる。

檸檬水くちびるが皮膚めいて来る  知念ひなた

檸檬水にはビタミンCやクエン酸などの栄養素がふくまれている。知識が檸檬水を飲んだ時そんな気にさせた。

フードコート海の見えない席につく  知念ひなた

海の見える開放的な席は不可。壁を前にしたうす暗い席は可。食べるすがたは誰にも見られたくない。

ゆうぐれが都市に馴染んで暑い社旗  知念ひなた

サントリーオールドの「夜が来る」のコマーシャルを思い出す。カラオケで唄っていたころのことを思い出す。軽いはなしではない。「暑い社旗」なのである。もっともっと働かなくてはならない。

ずぶ濡れの犬がいっぴき花木槿  知念ひなた

木槿は庭木や生垣として植えられている。すぶ濡れの犬とはのら犬のことなのかも知れない。最近、のら犬は見かけない。世のなかがよくなったのか悪くなったのかはわからない。

踏んだものはたぶん花火の屑だった  知念ひなた

急いでいた。よけることができなかった。振り向いて確認すればよかった。それもしなかった。屑だからではない。とにもかくにも急いでいた。

瓶詰めの果肉きよらか秋の声  知念ひなた

瓶詰の果肉はどろどろしている。どろどろしたものもまとわりついている。物音がさやかに聞こえる季節である。果肉も驚いたにちがいない。

生命しんどい冬のはじめの風車  知念ひなた

季節の変わり目である。こころもからだも乱れる。寒くなる季節はとくに乱れる。風車もしんどいに違いない。それでも風車はまわっている。

湯たんぽが湯たんぽ型の痣になる  知念ひなた

湯たんぽに湯を入れてねむる。肌にゆたんぽ型のあざができていた。それを「湯たんぽが湯たんぽ型の痣になる」としてみた。

憂国忌クリームパンが生ぬるい  知念ひなた

生ぬるいとは中途半端のことである。熱いクリームパンよりも、冷たいクリームパンよりも生あたたかいクリームパンの方が旨い。それがジレンマなのである。憂国忌とは三島由紀夫の忌日である。

記憶より明るい書店日記買う  知念ひなた

薄暗いのは古書店。明るいのは書店。夏の終わりのころ。書店には来年の手帳、日記が並びはじめる。

ぼたん雪ロボットに支配されたい  知念ひなた

支配されたい。頭のバネが外れる。思わず言ってしまった。ぼたん雪が降っている。 

日替わりで家族の顔が点滅す  暮田真名

父を相手にする。母を相手にする。誰を相手にするのかその日に決める。顔の点滅で決める。点滅しないことを願っている。必ず誰かが点滅している。

隠された上履きだから言えること  暮田真名

上履きを隠された。好きだからなのかも知れない。嫌いだからなのかも知れない。どちらにしても上履きがなくては困る。

重箱に意中の人がいないんだ  暮田真名

そんなものである。重箱に限らず意中の人がいることの方が珍しい。すこしでもましなものを選択していくことになる。

モテ期かどうか相撲で決める  暮田真名

こんなこと決めてもしかたのないのである。何で決めようとどうでもいいことである。相撲で決める。あまり興味がなかったということなのかも知れない。

白衣では伝わることも伝わらない  暮田真名

白衣とは制服である。制服とは仮面をつけることである。仮面をつけることとは演じることである。演じるとは伝えることである。演じるとは自己を隠すことである。

悪意があればチュウしたものを  暮田真名

善意によるチュウなどないのかも知れない。悪意によるチュウは世のなかにあふれている。悪意によるチュウは有用である。

濡れた手で就業規則さわっちゃった  暮田真名

引っ張り出して確認する。社労士に聞いてみる。弁護士にも聞いてみる。濡れた手でさわったことを咎められている。

物陰で前撮りしたよなつかしい  暮田真名

なつかしさについてはよくわからない。写される側は承知していない。ひさびさの出会いである。気取りのない表情を撮りたかった。二度と会うことはない。

子猫ちゃんたち地鳴りはやめて  暮田真名

地面の振動は空気に伝わり音となる。地鳴りである。数匹の子猫がじゃれ合っている。その状況をおおげさに描写してみたのである。

ネーミングセンス光って、帰らなきゃ  暮田真名

特性や魅力を的確に捉える。創造的で印象的な名称を考える。満足したから帰るのである。


西生ゆかり 室内楽 10 読む 第926号 2025年1月19

知念ひなた 風の街を住む 20 読む 第926号 2025年1月19

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