【週俳1月の俳句を読む】
それも作者の意図
小野裕三
寒林を抜けて演技の小部屋まで 西生ゆかり
演技の小部屋。どんな部屋なのでしょう。それが無性に気になります。舞台の周りには、楽屋の部屋とか、演技の部屋とか、いろんな種類の部屋があるんでしょうか。だとしても、寒林からはそんな舞台や部屋まではだいぶ遠い位置関係と思えますし、とすれば、その移動には時間がかかりそうです。しかも、ただの部屋ではなく、小部屋。この小ささも気になって、折檻部屋みたいなとこかなあ、とか、妙なことも想像してしまいます。そもそも、いったいどんな人が、何の目的で、そこに? そして、その移動の過程でどんなことが起きるのか? などなど、まあ考え出すとミステリアスな要素が満載で、一句で何度も鑑賞を楽しめます。
記憶より明るい書店日記買う 知念ひなた
つい先日、外国の人が作った英語の俳句で似た趣向の句を見かけて、そこでは色を過去の記憶と比較してました。この句では色ではなくより漠然とした明るさが対象なので、空間全体というか、総合的な印象というか、そういう捉え方が強くなりますね。書店だから、いろんな本が並んで、色とりどりで雑多なはず。それに、文字がはっきり見えないと話にならないから、店内はかなり明るいでしょう。という、書店ならではの色彩や明度の条件と相まって、現在の視覚と記憶の視覚との比較がなんとも生々しい鮮度で迫ってきます。その生々しさが、どこか文字自体(書店にはいやというほど文字が詰まっているわけで)の持つ生々しさにも似て、さらにはここの季語の時間的に宙ぶらりんな感じにもマッチします。明るさという感覚をフックに、時間と空間をうまくコントロールして表現してます。
濡れた手で就業規則さわっちゃった 暮田真名
五七五にするなら、さわりけり、とか、さわるかな、とかやり方は簡単に見つかったはずですが、ここでは、さわっちゃった。破調かつ口語を貫いたわけですね。口語という以上に、かなり俗っぽい話し言葉に寄った言い方でもあります。でも、そうすることによって、話者の表情や声音やひょっとすると暮らしぶりや性格すらこの句からは見えてきますね。きっとそれが作者の意図でもあるのでしょう。と考えると、なぜだか手は濡れてるし、触る対象もよりにもよって就業規則だし、どこかただならぬシチュエーションなのです。だって、就業規則なんて、そんなに日常的に触るものじゃないですよね? そんなこんなで、なんだか絶妙にドキドキする句に仕上がっていて、それも作者の意図でしょうから、その意図は成功していると思います。
■西生ゆかり 室内楽 10句 ≫読む 第926号 2025年1月19日
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