【週俳6月7月8月の俳句を読む】
滲みだすもの
三宅桃子
◆ミテイナリコ ミスター諦念退職andミセス胃癌退色
田の詩歌他の詩句無い蟹レール敷く ミテイナリコ
空と田んぼ、雲、畦道。それ以外はなにもない。人もいない。斜めに伸びる自分の影。聞こえるのは、自分の呼吸音だけ。言葉をとくに必要としない世界。これで充分と感じる反面、何もないことがおそろしくなる。蟹は横歩きをして、砂浜に棒を引きずったような線を描く。そんな蟹の足跡を目で追う私。この砂浜も、見渡す限り何もない。日々積み上げているもの、勝手に積み上がっていくもの。仕事、生活。先に進んでいるようで、進んでいない。いつか何かになるような気もするし、何にもならないまま終わる気もする。まるでこの句は人生そのものだ。楽しいともいえるし、楽しくないともいえる。
たのしいかたのしくないかにれーるしく。
草生える大草原不可避の歌碑 ミテイナリコ
不可避の歌碑がそびえ立っている。2001年宇宙の旅の黒い石板、モノリスのようで鳥肌がたつ。だだっ広い草原に、遮るものは何もない。目を逸らしたくても逸らせない、そんな歌碑。不可避の歌碑。見過ごすことのできない歌。ある意味強制的だ。まるでジャイアンの歌のようで、耳をふさいでも入ってくる。
くさはえるだいそうげんふかひのかひ。
サフランの卵管千切れ腐爛孵卵 ミテイナリコ
この句から連想するフランフランといえば、女の子達に人気のインテリア雑貨店だ。ラメやミラー仕様のパステルカラーの雑貨達。蛍光灯の明るい照明。そこに突然、卵管が千切れるという暴力的なイメージが投げ込まれる。まともにくらって頭がくらくらする。ふらんふらんが腐爛孵卵だなんて思いもしなかった。パステル調がけばけばした原色とネオンの世界に打ってかわり、華やかさや可愛さの裏に潜むどろっとした世界を想像せずにいられない。裁かずに直視する視線。どこまでも潜っていけそうな句の深さにはっとさせられる。
さふらんのらんかんちぎれふらんふらん。
尨犬の浮腫みて無口雪を欺く ミテイナリコ
浮腫むと漢字にするだけで、一種の痛々しさが伴う。単純に冬毛でムクムクしている犬と思えばそうではない。おしだまる長毛の犬だ。異様でただならぬ雰囲気がある。最大限にむくみ、膨らみ、おしだまる犬は雪の景色に同化するかのように静かだ。ただの物体と化し、生き物感を消し、雪さえも欺いてしまう。
むくいぬのむくみてむくちゆきをあざむく。
ことばあそびに留まらない重層的な世界。
句を反芻しながら、勝手なイメージを広げてしまいました。
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