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2019-11-24

第163回現代俳句協会青年部勉強会「柿本多映俳句集成を読む」

第163回現代俳句協会青年部勉強会
「柿本多映俳句集成を読む」

現代俳句協会青年部で、今年上梓された「柿本多映俳句集成」を読み合います。
※テキストは持参いただかなくても参加可能です。

URL: http://gendaihaikukyokai-seinenbu.blogspot.com/2019/10/163.html

日時:12月7日(土)
   13時30分ー16時30分
   (受付13時〜)

場所:荻窪セミナールーム
  (JR・地下鉄荻窪駅改札徒歩5分)
  東京都杉並区荻窪5-15-7白凰ビル 
  4階 401
※参加予約いただいた方に会場アクセスのご連絡いたします。

基調報告
加藤絵里子(「山河」) 柳元佑太(「澤」)

司会
野口る理(現代俳句協会青年部)

テキスト
『柿本多映俳句集成(深夜叢書社)』

お二人の基調報告と100句選をもとに、
参加者の皆さんと読み合うことができればと思います。どなたでもご参加ください。

参加費
一般 1000円
学生 500円

参加申し込み
genhai.seinenbu@gmail.com 
までお願いいたします。

皆様のご参加をお待ちしております。

2013-12-15

柿本多映 尿せむ 10句

画像をクリックすると大きくなります。
週刊俳句 第347号 2013-12-15
柿本多映 尿せむ
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第347号の表紙に戻る

10句作品テキスト 柿本多映 尿せむ

柿本多映 尿せむ

水は音楽たとへば油零しけり
豚に背広斜塔には枯向日葵
鵙高音ためらひ傷を見せてやろ
落椿夜は首を持ちあげて
蛇の目に鏡は眩し過ぎないか
怪盗王関の辺りで引き返す
霜の夜はでんでん虫を考へる
サイコロの目の出る方に雪ばんば
葉牡丹は瞬くことを知らざりき
やよ狐大斎原(おほゆのはら)に尿せむ




2013-12-08

コマ落としのように 柿本多映第一句集『夢谷』の一句 西原天気

コマ落としのように
柿本多映第一句集『夢谷』の一句

西原天気


描くことなく、それを現前せしむる、言い換えれば、生きたまま(というのは、いきいきと)読む者に届ける、という不思議なことを、いくつかの俳句は実現します。

巻き尺を巻きもどしゐる昼の火事  柿本多映(以下同)

この句の場合、私たちに届くのは、「昼の火事」。

この句、昼の火事を「描く」ことはしない。ところがその鮮烈なイメージが読者に届く。

それは、意味の断裂(いわゆる「切れ」)がもたらす効果であって、「巻き尺を巻きもどす」行為が、ここでは「昼の火事」を描かずして読者に届けるというためだけに、ある。これは俳句では当然のこととはいえ、日常や、あるいは散文的思考においては、とうてい考えられません。

勝手な連想が許されるなら、巻き尺のその動きは、映画のフィルムのように、鮮烈に昼の火事を映し出します。意味上の断裂が深く横たわるなか、私たしは、イメージ上の糸口を(それなりに)見つけることで、この句をしっかりと受け取るのです。

以上、くだくだしく書いたことは、「俳句」という二文字をパラフレーズしたに過ぎません。ただ、そうであるにせよ、やはり、ときどきは、俳句的悦楽について、いまさらのように確かめることもムダ骨でもない(と信じているのですよ)。



第一句集『夢谷』の冒頭ページには、

眼底をよぎる人あり冬花火

立春の夢に刃物の林立す


の2句。作者のキャリアがこの2句でスタートしたことに、読者として驚きと喜びを禁じえません。掲句(昼の火事)で「鮮烈」の語を用いましたが、句集全体に鮮烈なイメージの佳句、多数。どなたにもオススメしたい句集です。

他に何句か。

鳥曇り少女一人の鉄砲店

鶴折るやうしろの山に雪が降る

青蚊帳を泳ぐ昭和の日暮かな

降る雨のあやめ殺しとなりにけり




なお『夢谷』は1984年刊。現在ではやや入手困難。古書サイトで見つかるのは2013年12月4日現在、1点のみ。6000円の値がついています

今回、東京四季出版より俳句四季文庫として2013年8月に刊行。文庫サイズ・160頁・定価1142円。読者にうれしい刊行です。おかげさまで、私も今回、読むことができました。ところが、2013年12月4日現在、こちらもamazonでは「この本は現在お取り扱いできません」状態。せっかくの文庫化なのですから、せめて1年間、あるいは半年間くらいは、購入可能な状態が続いてほしいものです。


2013-11-10

【句集を読む】他者の到来 柿本多映『仮生』の一句 西原天気

【句集を読む】
他者の到来
柿本多映『仮生』の一句

西原天気


やってくる。私たち人間とは別のもの、他者の到来。

  人の世へ君は尾鰭をひるがへし  柿本多映

句集『仮生』の冒頭ページ左、すなわち集中2句目にあたるこの句。二人称「君」がカジュアルな「キミ」ではなく、尊称(君/公)のように思えてくるのは、いったいどうしたことだろう。

それは「世」の語がもつ規模からかもしれないし、「尾鰭」という私たち人間が持ち得ないものをもつ他者を「君」と呼ぶときに生じる作用かもしれない。ここではそれはどんな生き物かがわからないことも影響しているだろう。

いずれにせよ、この「君」には、外来王のような圧倒、巨大、神々しさが備わっている。(私には)どうしたって金魚には思えない。その(私には巨大としか想像できない)尾鰭によって「人の世」を揺り動かす。

「人の世」が、世界が、堅固ではなく、静的なありようでもなく、ふとした拍子にぐらっと揺れて、別の相を見せる。そうしたドラマチックで不思議な瞬間は、この句だけではなく、句集のいたるところに生起する。

なにしろこの句の前、句集冒頭が《天無辺海市の揺れが止まらない》なのだ。この揺れが句集を読み終えるまで読者のなかで、まさに止まらない。

幽霊に胸板のある昼下がり》は〈あの世・この世〉が手を取り合って踊るかのような玄妙な飄逸。《鏡から尺取虫が出て戻る》《忽然とこの世に戻る一夜茸》は別の世界との往還。《地虫出づ草間彌生の如く出づ》では、草間彌生が地底深い冥界の住人のようなおもむき。《理髪師が来る夕虹をしたたらし》のあやしさ。《二枚貝恍惚として紐がある》は、昇天寸前の官能だ。

ところで、《尾鰭》の句の30ページ近く後ろには、こんな句がある。

  水平に水平に満月の鯨  同

ああ、あれは鯨だったのか、と。

〔もちろんこれはあくまで読者たる私がただ思うことであって、作者の意図を想像/推測するといったたぐいのことでは、けっしてない。どこに快楽を見つけるか。それは誰にも(作者にさえ)邪魔されることのない読者の特権である。〕

さて、この鯨。満月の夜空を行く鯨。外来王を乗せたカーゴ船のおもむきだ。

他者の到来は、しばしば私たちを大きく揺るがす。〈我〉や〈我々〉のアイデンティティとかいった退屈で歪な構造物を、いともたやすく、気持ちよく全壊してくれたりするのだ。



柿本多映句集『仮生』2013年9月1日・現代俳句協会

なお、書店、ネットショップ等では入手しにくい模様。現代俳句協会への問い合わせるのがよいようだ(≫参考ウェブサイト

2007-10-21

柿本多映  いつより

柿本多映  いつより




触 れ な ば や 天 の 川 か ら 水 零 れ

後 頭 に 虚 空 ひ ろ が り 蓼 の 花

野 に 穴 を 想 へ ば 月 の 欠 け は じ む

上 七 軒 昼 顔 昼 の か ほ を し て
は は き ぐ さ 雨 戸 を 閉 め る 途 中 な り

焦 く さ き 空 で は な い か 不 如 帰

階 下 で は 煮 込 ん で ゐ ま す 鵙 の 贄

鶏 頭 の 殺 気 ス ペ イ ン ま で 行 く か

舌 を 出 す 倣 ひ 通 草 は 宙 に 熟 れ

無 花 果 の 枯 れ て い つ よ り 罪 と 罰