天皇の白髪
安田中彦
遠い距離の言葉の取り合わせでもないし、難解な語が用いられているわけでもない。それでも目にするたびに何とも腑に落ちない気持ちにさせられる有名句がある。作者本人が自分の代表句の一つとしている。
天皇の白髪にこそ夏の月 宇多喜代子
天皇と夏という語から、俳人ならかの戦争を想起するだろう、私は疑いもなくそう思っていたのだが、然にあらず、だった。私見を述べる前に、検索して現れた3つの評を紹介する。
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高山れおな
「皇太子としての長い待機を終え、ようやく自らの時代を迎えた今上天皇の抱負に思いをいたす、単純にエールをおくるのとも違う、やや複雑な気分が働いていると読める。なにしろ、満五十五歳という普通であればリタイヤが近い年齢での践祚なのだ。」
http://shiika.sakura.ne.jp/daily_poem/2011-05-02-424.html
坪内稔典
「天皇の白髪にこそ夏の月がふさわしい、という俳句であろう。季語の本意を示した平井照敏の『新歳時記』(河出文庫)によると、夏の月の本意は「暑さのあとの涼味」。この句も天皇の白髪と夏の月の取り合わせが涼味を放っている、と言ってよいだろう。ささやかな天皇賛歌だ。」
http://sendan.kaisya.co.jp/ikkubak_0601.html
櫂未知子
「青年期をとうに過ぎた〈天皇〉のしろがねの髪、そして涼やかな月。この句はいろいろな解釈や評価をされていますが、まずは視覚的な面に目を向け、そして天皇という立場の人を考えてみる、それが大切ではないかと思われます。」
http://www.izbooks.co.jp/tukiP431.html
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高山氏は「今上天皇か昭和天皇のどちらかだろうが、句そのものの味わいからしても、また制作年と作者の生年という傍証からしても、前者とするのがより適切と考える」。句の味わいとは「より個人的なインティメイトを示しているように思われる点を指す」のだという。その「インティメイト」と併せて、宇多氏が今上天皇(現在の上皇)と同年代であり、平成初頭に作成されたことから、エールを送っているとする(+複雑な気分)。「個人的なインティメイト」について私は是認も否認もできない。傍証は宇多氏と句の作成時期についての知識がある鑑賞者のみに有効だ。
坪内氏はこの天皇を昭和天皇と推測している。涼味を放っていて、「ささやかな天皇賛歌だ」とする。因みにだが私は天皇に共感も親近感も抱いたことがない。天皇参賀に集まって日の丸の小旗を振る人々が異星人のように見える。
そのことは別にしても、文芸が天皇賛歌をするのだとしたら首を傾げざるを得ない。社会の高い地位にいる者を賛美するのが文芸なのだろうか。それなら東條英機や安倍晋三を賛美してもいいことになるが(もちろんそうしたい人はそうすればいい)、何の批評性も持たずに文芸と呼べるのだろうか、という疑問が湧く。
櫂氏の評だと、天皇は現上皇と読めなくもないが、明確ではない。氏はまず視覚的な面に目を向けよと言う。なるほど。しかしそれに続く文は意味が分からない。「天皇という立場の人を考えてみる」とは何のことだろう。それは象徴天皇? 「神聖ニシテ侵スヘカラス」の天皇? 明治より以前の天皇? どの立場の天皇を指すのか? そこは読み手がご自由に、ということだろうか。
確認しよう。
高山氏「天皇へのエール」、坪内氏「天皇賛歌」。現上皇と昭和天皇の違いはあれ、両者の捉え方は近い。しかし、もしそうであるならこの句は普遍性を持ち得ない。天皇に思い入れのない人間には無効だからだ。櫂氏は「視覚的な面」がこの句の魅力だと捉えているようだ。確かにそうだろう。天皇の白髪と夏の月、印象は極めて鮮明だ。取り合わせとしてもユニーク。俳句で使いにくい天皇という語が無理なく着地している。
それでも私がこの句を見るたびに覚える違和感(北海道弁でいうならイズイ感じ)は何だろう。特に「こそ」の存在。なぜ天皇の白髪が強調されるのだろう。何かがとりたてて強調されるのは、それと対比される別な何かが存在すると考えるのが妥当ではないだろうか。
天皇と夏の組み合わせから、私はかの戦争を想起した、と書いた。だからもちろん天皇とは昭和天皇だ。満州事変から敗戦までのいわゆる15年戦争、天皇の年齢は30歳から44歳。敗戦から年月が経ち、天皇の髪もすっかり白髪になった。では、それと対比されるものは何か。それは歳を取らなかった者たちである。言い換えるなら、歳を取ることができなかった者たち。永遠に歳をとらない者、それは死者である。生者と対比されるもの、それは死者である。生者である天皇と、戦時に命を落とした多数の者たち。日中戦争以降の戦争による死没者は日本人だけでも310万人とされる。戦地に駆り出された兵士たちの60%は餓死だったという。いかに杜撰な計画によって戦争が遂行されたかがわかる(ここで私は天皇の戦争責任という話をしたいわけではないのでそこはご注意を)。
「こそ」という強調の助詞が行っているのは、現在と過去、生者と死者、老いと若さという対比である。さらにそこに身分を含めてもいいかもしれない。さらに支配者と被支配者という対比も。
私はこんな想像をする。平和な世の中になって歳老いた天皇の白髪に涼やかな夏の月光が注いでいる。一方、時間を遡れば、日本から遠く離れた南方のジャングルで病と飢餓のために死に瀕している若者が月を仰いでいる。帰還のかなわない故郷で同じように月を仰いでいたのを思い出しながら。感傷的に過ぎる想像かもしれないが、「こそ」の背後にある、「こそ」によって対比されているのはそうしたものではないだろうか。上野の地下道で死んでいった多くの「浮浪児」たちを思い浮かべてもいいかもしれない。
掲句の鑑賞は櫂氏の「視覚的な面」から捉えるのが妥当なようだ。視覚的に明瞭な像を私たちに与えてくれるのは確かだ。そしてそれまでになかった取り合わせ。
少なくとも「天皇陛下、おいたわしや」や「天皇賛歌」の類ではないだろう。それは俗情との結託でしかない。それはつまるところ文芸の放棄にほかならない。
2020-05-17
天皇の白髪 安田中彦
2010-11-07
【週俳10月の俳句を読む】櫂未知子 季語と定型という「二大浄化装置」
【週俳10月の俳句を読む】
櫂 未知子
季語と定型という「二大浄化装置」
弾痕あり風はガラスの外を吹く 村田 篠(第180号)
甲板に石炭匂ふ銀河かな 村越敦 (同)
タイトルから、村田篠はメキシコ、村越敦は北欧での作品だと知れる。たまたま海外詠の10句がこの号には並んだ。
村田篠の句は「メキシコ」と聞けば、「なるほど、いかにもありそうだ」と納得する。と同時に、「では、その『いかにもありそうだ』を越えてゆけるのか」という不安も残る。それはおそらく、この句がカッコよすぎるからだ。それはあたかも乾ききった映画のごとく。
村越敦の一連については、正直言って作品そのものよりも前書の方が面白かったような気がした。たとえばこの句には、「豪華客船の船底の部屋、ウオツカ嫌いのロシア男と同室に」とある。作品よりもこの前書の方がドラマを秘めているようで興味深かった。
優雅な船の最も安い部屋を取った者同士が相部屋になり、なかなか通じない言葉を以て何とか意思疎通をはかる。おそらく、どちらも若い。豪華客船の安い部屋というと、ディカプリオが演じた「タイタニック」を当然思い出す。あの映画の人物設定が俳句における「前書」だとするのなら、その後の展開=俳句作品は、当然、その設定をはるかに超えるものでなければならない。
ここに挙げた句は「銀河」の甘さを超えた即物性があり、古きよき時代の味もあり、悪くないが、一連全体にもう一歩踏み込んだヤバさがあってもいいように思われた。
ゴミ箱の底を叩いて野分中 清水哲男(第181号)
およそ色気のない句である。しかし、そこがいい。「ゴミ箱」のゴミをあけ、それでもなおかつ、「底を叩いて」徹底的にすっきりさせようという試み――これはおそらく誰もが経験していることで、しかし、誰でも句にしているわけではない。俳句において大切なことの一つに、いかにも綺麗な景をいかにも綺麗に作品にすることではなく、誰もが見捨てるようなものを拾い上げることがある。これは季語と並んで、他ジャンルの人になかなか理解されないことの一つでもある。俳句は季語と定型という「二大浄化装置」により、呆れるほど卑俗な内容を詩に昇華させるおそろしい文芸である。
アイロンの鼻先進む枯野かな 石井浩美(第182号)
まるで「枯野」にアイロンをかけているようで、可愛い。それも、こどもこどもした可愛らしさではなく、ちゃんとした大人の文体で詠まれている可愛らしさがある。スチームでかけているのか、当て布をしているのかはわからないけれど、「枯野」の皺をずんずん伸ばそうとする作者の意志が面白いといえようか。
うどん屋の湯呑みですから箸ですから くんじろう(第183号)
一連を読んだ時に「あ」と思った。「これは、俳句とは違う」と思ったため。季語の有無ではない、切れの有無ともちょっと違う。川柳作家だと知ってなるほどと思った。
この句を読者としてしっかり把握せよといわれたなら、いろいろな解釈が噴出するだろう。基本的に深読みをしたがらない有季定型俳句と異なり、現代の川柳は、深読みで成り立っているといってもいい部分がある。川柳は句を生み出すのに才能を必要とし、読解するにも才能を要求する。いつも崖っぷちに立っている詩型だといってもよい。
体育の日の鳥影を仰ぎけり 杉山久子(同号)
屍のポーズにて聴く秋の雷
先般出された句集は実に楽しく読ませて貰った。地味すぎずふざけず、読んでいて幸福な気分になれたのである。ここに挙げた二句もなかなかのもの。どちらも俳人に共通の約束としての季語の働きをうまく生かしている。それも、一句の中で季語を活用しすぎた嫌味を持たず、そしてまた、離れすぎず。一句目の「体育の日」などは、今まで詠まれたことのない内容ではなかろうか。
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これは蛇足かもしれないが、無季俳句についてひとこと(『俳句』11月号の角川俳句賞関連の作品も含めて感じたことである)。
季語をろくすっぽ知らないうちに無季の句を作りたがる人が意外と多くて、私はしょっちゅうびっくりしている。「何が何でも有季で」と押しつけるつもりは毛頭ない。しかし、季語を遥かに超えたものを有した作品=本当の意味での無季作品をつくりたいのならば、相当な勉強が必要なのではありませんか、ということ。
かつて三橋敏雄は、無季俳句には手本がないから、一人で荒野を行くようなものですと言った。その覚悟が、若い俳人達にははたしてあるのだろうか。
■村田 篠 棘 メキシコ雑詠 10句 ≫読む
■村越 敦 ムーミンは 北欧雑詠 10句 ≫読む
■清水哲男 引 退 10句 ≫読む
■石井浩美 ポスター 10句 ≫読む
■くんじろう ちょいとそこまで 10句 ≫読む
■杉山久子 露の玉 10句 ≫読む
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