2009-06-07

〔週俳5月の俳句を読む〕山田露結 あまりに健康的な

〔週俳5月の俳句を読む〕
山田 露結
あまりに健康的な


週刊俳句第107号は、俳句集団「いつき組」によるまるごとプロデュース号。
「俳句はエンターテイメントだ!」という夏井いつき組長の宣言でスタートしたこの企画。
俳句がエンターテイメントかどうかは措くとして、いつき組の人たちが楽しみながら、まさに「部活」ノリで和気あいあいと、そしてかなりの情熱を持って俳句の可能性に取り組んでいる空気が伝わってくる。「俳句クレイジー集団」という印象である。
さて、そこからどんな句が生まれてくるのか、大変興味深いところでもある。



炊飯ジャーのしゃべる日本語目借時  
夏井いつき
おいどんは山です山は笑います
周恩来みたいな春祭の神主

冒頭の三句。まずここまで読んではっきりと好みが分かれるような気がした。

一句目、炊飯ジャーがしゃべるのが日本語なのは当たり前という気もする。
ジャーやポットなどの家電製品がしゃべったりトラックが「バックします」などと言うことに俳味を感じるかどうか、というところではあるが…。

二句目、「おいどん」というと西郷隆盛のイメージか。
山が擬人化され「ガハハハ」と今にも豪快に笑い出しそうではあるが…。
そもそも「山笑ふ」という季語自体が山を擬人化しているわけだが、そのことを敢えてコミカルに言ったということだろうか。
このコミカルさは筆者にはちょっと健康的過ぎて、まるでNHK「のど自慢」で踊りながら興奮して熱唱している純粋そうな地方の高校生を見ているような、妙な気恥ずかしさを感じてしまった。

三句目、神主が周恩来に似ているという事実。
春祭りの最中、そのことに気づいているのは自分だけ。他人にはわからない、祭りとは無関係な小さな発見をしたことにちょっとワクワクしてる感じ。
しかし、これもかなりビミョーな俳味と言うか、変な喩えで申し訳ないが、筆者が子供の頃にテレビの歌番組によく出ていたぴんから兄弟の兄の方(弟の宮史郎の後ろでギターを弾いている振りをして立っているだけの役目)とか、前川清の後ろでコーラスを入れるクールファイブのメンバー(ときどき「ワワワワー」とやる以外は体を揺らしてリズムを取っているだけの役目)を見ながら「いい味出してるなー」と自分だけで密かに思っている感覚に近いような気もする。
「もののあはれ」と言えば言えなくもないが。


桜さく百済はるけき波がしら

「波がしら」から「百済」までの時間的な距離を思う。
『6時間耐久ラブワゴン』(http://weekly-haiku.blogspot.com/2009/05/02.html)で「百」の席題から生まれたこの句、たとえば「壱岐にて」とか「対馬にて」と前書をつけたら吟行句のようにも読める。波頭を見ながら遥かな歴史に思いを馳せている作者。机上でこういう句が出来上がってしまうのは、今回のような試みの面白いところかもしれない。

さて、「仏陀の目」と題されたいつき組長の30句。
「桜さく~」の句以外にも「マルクスは拒否して目高など飼って」、「夜の百合をこんなに責めていてよいか」など好きな句はあったのだが正直、30句という句数を揃える上で即吟ということの難しさを感じてしまったのだが、どうだろうか。


青ぶだう食めば泣けてもくるだらう  
十亀わら
威嚇かも知れずリラの束が胸

一句目、泣くのをこらえるとき、のどの奥に妙な痛みを感じる。
こらえればこらえるほど痛みは増してくる。
青ぶどうを口に含んだ瞬間、その酸味が痛みを突き破るのと同時に一気に涙があふれ出してくる。初々しさを感じる一句。

二句目、「威嚇かも知れず」が面白い。
リラは花束にするような花なのだろうか。筆者は知らない。もし花束にしたなら結婚式のブーケのような大げさなものになるだろうか。
だから、その香りとともに「威嚇かも知れず」と警戒している。



磯巾着見てゐる変な気分かな  
渡部州麻子
春月つめたし人形に生殖器

一句目、磯巾着の形状からあらぬことを考えているのだろう。ようするに性的な連想をしてモンモンとしてしまっているのである。春めいてあたたかくなって来るとそんなこともあるだろう。
ただ、「変な気分かな」という曖昧な言い方が少し気がかり。
そう言ってしまえば上五に何が来てもそれなりの意味が発生してしまわないだろうか。

二句目、オチンチンが付いている赤ちゃんの人形だろうか。子供が遊ぶためのものではなくて救急用に実習で使うような人形なのかもしれない。
まさか、女性の体を模したいかがわしい人形ではないだろう。いや、もしかしたらそうかも知れない。
「春月つめたし」の措辞によってリアルでグロテスクな人形の姿を思い浮かべる。



惜春の指間に薄き膜生まる  
加根兼光
鉛ぽたぽた鉱石ラジオは夏へぴー

一句目、そういえば漫画「ドカベン」で殿馬くんがピアノを続けるために指と指の間の水かきを切って指を長くしたという話を思い出した。
掲出句は「薄き膜生まる」だから、指を閉じているときにはわからなかった水かきが、手を広げることによって現れるということなのだろう。
「惜春」だから「待って!」と手を伸ばして春を引き止めているのかもしれない。
薄桃色の水かきが見えて、ちょっぴりロマンチックでキュートな一句。

二句目、おそらくはんだごてを手にラジオを組み立てているのだろう。
夏休みの工作という感じで、「鉛ぽたぽた」は「汗ぽたぽた」にもつながる。
「ぴー」はラジオの音と思われるが、前出のいつき組長の句にも通じるこの健康的なコミカルさをどう受け止めるかは意見の分かれるところではないだろうか。


※ずいぶん失礼な内容になってしまったかも知れませんが、あくまでも句会へ参加して発言しているつもりになって書いています。今回の「いつき組」まるごとプロデュース号を読んで、まず「俳句は楽しいのだ」ということ。そして、もしかしたらこのようなの取り組みがあるからこそ、その中から今まで誰も見たことのないような珠玉の一句が誕生する可能性があるのかもしれないと感じたことを追記しておきます。




下村志津子 メトロ 10句  ≫読む
星野高士 鳥の巣 10句  ≫読む
夏井いつき 仏陀の目 30句 ≫読む
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