2011-05-01

「俳句の外部」と「俳句の内部」 藤田哲史さんからの投げかけに応えて 小野裕三

「俳句の外部」と「俳句の内部」 
藤田哲史さんからの投げかけに応えて


小野裕三



藤田哲史様

207号に掲載されました文章を拝読いたしました。とても刺激的で論旨もまとまっていて、いい内容のものと感じました。まずは拙文「<俳句想望俳句>の時代」についてとりあげていただいたことに御礼申し上げるとともに、それにも触発されて思ったことをいささかコメントさせていただきます。

まず、私自身がもともと長く強く思っていることとして、「俳句史を前に進める」ということがあります。俳句史を振り返ると、そこには20~30年周期くらいで革新運動が繰り返し起こってきました。おおまかに、新傾向俳句、新興俳句、前衛俳句、と続いて以後、俳句史はよく指摘されるように「無風状態」に陥っているように見えます。本来、周期的に行けば1980~90年代くらいに「ポストモダン俳句運動」とでも呼ばれるべき俳句革新運動が来てもよかったのですが、なぜかそれは来ないまま、俳句の革新運動は「一回お休み」の状態で今の時代を迎えています。

とは言え、前衛俳句運動以来、俳句革新運動が途絶えていることにも理由があると思います。新興俳句の前哨とでも言うべき「戦火想望俳句」が典型的なのですが、そこには近代戦争という「俳句にとって明らかに新しい外部」(新しい空間やイメージ)があったのです。前衛俳句にとっての「社会性俳句」も、おそらく似たような関係にあるのでしょう。そのようなことが、俳句革新運動の実質を後押ししたのです。しかし、その時代以降、「俳句にとって明らかに新しい外部」は、私の見る限り、存在しないように思えます。「無風状態」の背後には、そのような理由もあるはずです。

原理的に考えれば、そのような「明らかに新しい外部」とは、文明の発達や社会の変革がそれを準備することが多いはずです。今の時代で言えば、おそらく「インターネット」がそれに当たってもおかしくありません。ところが、インターネットの難点は、造形的な空間イメージを伴いにくい、という点です。つまり、インターネットを「題材」として、俳句革新運動を起こす、ということはかなり難しいような気がします(註1)

「俳句にとっての外部」を掘っていく。その行為を、もしくはその勇気や可能性を、私は否定したくはありません。私自身の俳句の師は、前衛俳句を主導した金子兜太氏です。その弟子である私の中にも、俳句にとっての新しい外部を求めたいという血は脈々と漲っています。しかし、実際問題として、今の時代においてそのような外部にアプローチすることは、かえって「猛烈な既視感」を伴うという、実作者にとっては実に残酷な逆説があります。既にさまざまな実験が行われてきた中で、あらゆる実験は「もう既に行われている」ように見え、時に「アナクロニズム」とも捉えられかねない気配すらまといます。この点は、ポストモダン論的な文脈とも繋がるかも知れませんね(註2)

しかし一方で、「俳句の内部」を掘り進むことにも勿論、危険があります。ご指摘のとおり、自閉という問題です。そしてそもそも、俳句という形式は自閉に繋がりやすい部分を確かに持っていると私は思います(註3)

つまりここで私たちは、「強烈な既視感に陥りかねない」「俳句の外部」か、「じわじわと自閉しかねない」「俳句の内部」か、という難しい選択を迫られることになります。そして私自身はこの選択肢を前にして、「今の時代に俳句の革新があるとすると、それは意外に俳句の外部から来るのではなく、俳句の内部から来るのではないか?」ということを感じたのです。それが現時点での、私の主張なのです。しかし、それはあくまで私の感じたことにすぎません。この選択について、さまざまな人がさまざまな意見を持っていてよいと思いますし、むしろそうあるべきです。藤田さんだけでなく、以前に福田若之さんという方も、「俳句想望俳句」について論評いただきました。そんな若い世代の方々が、本当に俳句にとって「明らかに新しい外部」を見つけ出し、そこから俳句革新運動を起こしてくれたとしたら、仮にそれがリンク「俳句想望俳句」に対する反発からであったとしても、私としては逆に本望と言うべきものです。

ただ、ひとつだけ付言しておきますと、拙文「<俳句想望俳句>の時代」の内容が仮に反発され否定されたとして、それで「俳句想望俳句」の問題は終わり、ということではないと私は思っています。というのは、私がその文章を書いた理由は、私が『新撰21』でぽろっと比喩的に書いてしまった「俳句想望俳句」という言葉が不思議に多くの俳人に受けて独り歩きした(決して「支持」されたということだけではないようにも思いますが)という事実がまずあり、まずその事実に対してとても驚いた私自身が、その言葉が受けたという事実自体に次の時代の俳句を示唆する何かがあるように感じ、そのための自解の仮説として書いたのが、「<俳句想望俳句>の時代」という文章なのです。したがって、仮にその私の自解の文章が否定されたとすると、逆にむしろ「では、なぜ<俳句想望俳句>という言葉が、少なからぬ俳人たちに受けたのか?」という問いは、あいかわらず残ることになります。その問いは、やはり誰かがいずれ解かなくてはならないものかも知れません。

ともあれ、私たちの前には「俳句の外部」と「俳句の内部」という難しい選択があります。私自身も、その両方の可能性を否定したくはありません。ただ、今の私は「俳句の内部」の方に可能性を感じる、というだけの話です。そして、そのどちらの方向に行くのであれ、藤田さんたちの世代の若い才能が長らく続いた「無風状態」を終わらせて「俳句史を前に進める」ことを、私は心の中で期待もしています。

長文になりました。投げかけていただいた内容に充分に応えきれていない部分もあると思いますが、私も「俳句想望俳句」という言葉をぽろりと言ってしまった張本人として、感じていることをまずは率直に書きました。参考にしていだたければ幸いです。


(註1)それゆえに、「インターネット」のもたらす可能性を「題材」としてではなく「生態系」に求めたのは、既に拙文に書いたとおりで、それを私は「俳句2.0」と呼んでいます。ただし、藤田さんがご指摘のようにインターネットがもたらす俳句変革の可能性は、まだまだ検討されるべき余地が多くあり、今後の議論や実作の深まりを待つべきと思います。

(註2)やや余談ですが、藤田さんの文章にあるように、「俳句想望俳句」を、まさに「一回お休み」の後に「一周遅れ」で来た「ポストモダン俳句運動」と捉える視点も、意外に面白い気もしています。それからもっと余談ですが、「俳句想望俳句」と「昭和三十年世代」の近接も、意外にこの「一回お休み」という歴史的事実が関係しているのかも知れませんね。

(註3)この自閉傾向のことについては、以前に「はっきり言いますが、世の中的には<前衛>は死語です。」の3項目めにも書きました。

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