〔週俳10月の俳句を読む〕
菊田一平 蠅の心臓ってどんな
齋藤朝比古 あたらしき夜
標本のやうに秋刀魚の食はれけり
先生の服のをかしき運動会
みなと町で生まれたので、こどものころ朝昼晩、朝昼晩とサンマを食わされ、もうサンマの顔なんか見たくもないと思っていた時期がありました。戦中に育った先輩たちが毎日カボチャを食わされ、カボチャと聞くだけで不快な顔をするのと同じ心境です。けれどもなんの因果なのでしょうか、サンマの水揚げが報じられるとサンマサンマサンマ、サンマサンマサンマと「私の脳内メーカー」がサンマ一色になってしまいます。
「標本のように……」。いいなあ、このように食われたらサンマも本望でしょう。「先生の服のをかしき……」いいなあ「をかしき服」。このトリビアルとも違う朝比古さんの視点に好感を持ちます。
振り子 遺品
郵便に微熱あり鳥渡りけり
彼方といふ喇叭の遺品ありにけり
偶然にも◎を付けていただいた二句は「微熱あり」「遺品あり」と「あり」つながりでした。そこに「ある」から俳句に詠むわけで、「あり」は省略すべしと初心の頃に教わりましたが、掲句の「あり」は違和感なく入ってきます。それ以上に「郵便に微熱ありけり」「彼方といふ喇叭の遺品」の、「微熱」「彼方」というおおよそ唐突とも思える言葉の選択に魅かれました。本来「唐突さ」は「乱暴さ」に通じるはずなのですが、この選択の計算された繊細さはまさに目から鱗でした。
五十嵐秀彦 魂の鱗
鉛筆の尻噛む音のして無月
皇国のブリキ装甲車に芒
なつかしいなあ。わたしもよく鉛筆の尻噛んだから鉛筆は歯型だらけ。消しゴムの付いたやつは消しゴムが取れて金具に歯型が残っていました。筆箱は赤胴鈴之助の絵のプラスチック製。新しいのが欲しかったのに蓋が二つに折れてしまったら線香で穴を開けて母がかがってくれました。五十嵐さんの「魂の鱗」はタイトルが示すように力の入った句が多いのですがそんななかで「鉛筆の尻」、さらには攝津さんを思わせる「皇国の」は魅力的な句でした。
大畑 等 ねじ式(マリア頌)
心臓を乱用したり秋の蝿
ねじ式で卵うみたる秋のマリア
「心臓を乱用したり……」なるほどね。「秋の蠅」のちょっとおどおどした質感が伝わってきて笑ってしまいました。ところで蠅の心臓ってどんな形しているんでしょうね。早鐘のようにどきどき脈打つんでしょうか?関係ないけど蠅に触られるとなんかこう気味の悪いねっとり感が残りますよね。思い出すだけでもあの感覚嫌だなあ。でも大畑さんのこのコミカルな発想好きだなあ。いいですね。「ねじ式」の句もよくはわからないけれど面白い。
岩淵喜代子 迢空忌
なにもなし萩のトンネルくぐりても
大叔母や末枯れてゐる杏の木
大先輩にこんなこというのは失礼なんですが10句を読んで「あっ!岩淵さん抜けたな」と思いました。この静謐さにたどりつきたくて日々俳句を詠んでいるのですが遠いなあと思うばかり。エッシャーの「だまし絵」のような「なにもなし」のこの連続性、好きです。「枯れ萩」の向うの青い空が見えてきます。「大叔母や」の入り方もいいですね。目線を転じて見上げた「杏の木」の「末枯れ」を見た時に作者の心のなかにどっと湧き上がってくる大叔母への想いが重く伝わってきます。
柿本多映 いつより
ははきぐさ雨戸を閉める途中なり
焦げくさき空ではないか不如帰
努力とか勉強が嫌いなわたしは本当不勉強で柿本多映さんの句をまとめてじっくり読ませていただいたのは今回が初めてです。うまくは言えませんが「雨戸を閉める途中なり」なんてあっけらかんとした表現にはまいったなあと思いました。「焦げくさき空ではないか」の句も同様です。いくぶん背を反らしながら腰に手を当てて「なあきみい!」と従者にしゃべっているような措辞もなかなか……。勉強します。
津川絵里子 ねぐら
霧の中灯ともして家目覚めけり
雀らのねぐらにぎやか秋曇
10句並べると作者がどのくらい俳句をきちんと詠もうとしているかがわかります。言葉を替えていうと作者の俳句への取り組む姿勢が見えて来るのです。ちょっと極端な言い方になりますが途中に破綻があっても着地がきれいに決まると句が締まるのです。津川さんの句の下五の納まり方にはとても安定感があります。「椅子を足す」「蓼の花」「秋灯」「舌のうへ」「音のこる」「はこばるる」「かみごたへ」「目覚めけり」「緋連雀」「秋曇」。ピッチャーに例えるとコントロールのいいひとなんだと思いました。
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2007-11-04
菊田一平 蠅の心臓ってどんな
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1 comments:
こんばんわ。
「わからないけどおもしろい」といういいかたが、あったんだな、
私も、なにかいいたかったのですが、そういいたかったんだな、と気がつきました。
ねじ式で卵うみたる秋のマリア 大畑等
と貴下の名鑑賞に脱帽。
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