【週俳8月の俳句を読む】
冷蔵庫は眠る場所
山下彩乃
咽がからから紅薔薇のアーチかな 谷口魔耶
薔薇のアーチって結構くどいよね。
うすい色の小さなばらならかわいいけど、立派で深紅の薔薇は威圧感がある。茎や葉も深緑で色味が濃くてさ。
長さにもよるけど、アーチは、瞬間ではなくてくぐる時間が存在する。外の世界との断絶の時間。それがアーチをくぐるときのワクワクするいいところなんだけど、少しこわいところでもある。進んだら終わるまで引き返せないじゃん。
薔薇のアーチと咽がからからって、一見、遠いようで、妙に納得する。
苦痛と美しさってのは、通じるところがあるかもしれない。
冷蔵庫深部にごまだれが眠る 福田若之
ごまだれが起きている時間っていつだろう。豚しゃぶにかけられている時がごまだれのハイライトに違いない。
全然関係ないんだけど、私はTwitterをしていて「どら、お前ん家の冷蔵庫の味噌みたいにひっそりと眠るとするか」ってつぶやいたことがあったの。やっぱり冷蔵庫は眠る場所だよね。
〈冷蔵庫深部〉って漢字の塊で(深部って言い方スパイが潜入する最新精密工場みたいだ)、句の最初は堅い印象だからごまだれのおかしみが際立つね。
父かと思う花火中止の放送を 同
親って理不尽だ。天気みたいに。最近はそうでもないように感じるけど。
精神分析みたことを書きたくなるから、やめる。
夜の汗日付が変わっても今日だ 同
12時を過ぎて、「あ、もう明日になってるじゃん」ということがたまにあるんだけど、そのとき自分の所在はどこにあるのか、昨日なのかな。人は眠って朝をむかえないと今日を認識できないと思うのだけど、その考え方も妙なもので、実際には今日という今しかない。
今日からは逃げられない、時間からは逃げられない、という現実。汗がつらいわあ。
夏帽や勝ち逃げされしゴルフのこと 前北かおる
ゴルフのこと。酒の席のこと。好物のこと。家のこと。座っていた椅子のこと。夏のこと。笑いのこと。自分のこと。すべてが記憶のスイッチなのか。
いやその人が、すべての記憶のスイッチなんだ。
車窓は夏いきなりに街立ち上がる 村越 敦
新幹線だね。新幹線だいすき。街から山から街から田園へ。速すぎて現実感がないんだ。〈立ち上がる〉っていう即席のハリボテ感がいい。
新幹線に乗って高いとこから見てると、街があることはわかるし、確かに人が生きているんでしょう。けど人間ひとりの知覚なんてたかが知れているから、本当の意味で人が生きているのかわからない。
その街を歩いて洗濯物が干されているのを見たりして、人が住んでいる実感が沸くんだ。
見たことのない世界の不確かを自分のなかに気づくのは、毎日を繰り返しているだけでは得られない。
バレエ教室日焼の腕さしのばす 押野 裕
バレエ教室というワードは、みなで一斉に脚を曲げたり手を伸ばしたりするのを想像してしまうのだけど。日焼けに注目すると、生徒一人ひとりに日常があって、夏休みがあって、家族があって、悩みがあって、宿題とかアイスとか哲学があるのね。
常夏や機体に太きアラブ文字 松本てふこ
日本人が感じるアラブ文字の不思議さってなんなんだろう。外国人が漢字のTシャツを、クールだぜ!って着てるのがそれなんだろうけどさ。デカデカと「佃煮」と書かれたTシャツとか堂々と着るもんね。
文字は模様ではなくて、その文字がどんな意味かわからなくても、意味をもつことを私たちは知っているから、肌の色より生活習慣より、文字に違和を感じるのかもしれない。違和って嫌悪されるし魅力でもあるな。
向日葵を蟻降りてくる怒つてゐる 石原 明
虫の感情なんてわかんないよ。
蜂とかはブンブンいって怒っているようにみえたりするし、蝶は女に例えられるし、蟻はよく働くから日本人に例えられたりするね。けど、感情があるかどうか考えたら駄目なんだろうな。
蟻が怒っているように見えるんじゃなくて、怒っているんだ。その断定が一番重要でいいところ。
鳴く砂のまつさらさらさら朝焼ける 同
まつさらさらさら。連続する音による働き、一見したときの文字の働きをきちんと語るのはとても頭がいいやつにしかできないよ。擬音語は意味のある言葉なんかよりずっと神聖でさ、わたしはどうしようもなく惹かれてしまうのだけど。しかし意味のある言葉との取り合わせが上手くがなければ力が発揮できないから、ほんとにくいやつだ。にくいやつめ。
句会の評のようにやろうかと考えたのだけど、今回はなれなれしく話しかけてみました。
■谷口摩耶 蜥蜴 10句 ≫読む
■福田若之 さよなら、二十世紀。さよなら。 30句
≫読む ≫テキスト版(+2句)
■前北かおる 深悼 津垣武男 10句 ≫読む
■村越 敦 いきなりに 10句 ≫読む
■押野 裕 爽やかに 10句 ≫読む
■松本てふこ 帰社セズ 25句 ≫読む
■石原 明 人類忌 10句 ≫読む
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山下彩乃
咽がからから紅薔薇のアーチかな 谷口魔耶
薔薇のアーチって結構くどいよね。
うすい色の小さなばらならかわいいけど、立派で深紅の薔薇は威圧感がある。茎や葉も深緑で色味が濃くてさ。
長さにもよるけど、アーチは、瞬間ではなくてくぐる時間が存在する。外の世界との断絶の時間。それがアーチをくぐるときのワクワクするいいところなんだけど、少しこわいところでもある。進んだら終わるまで引き返せないじゃん。
薔薇のアーチと咽がからからって、一見、遠いようで、妙に納得する。
苦痛と美しさってのは、通じるところがあるかもしれない。
冷蔵庫深部にごまだれが眠る 福田若之
ごまだれが起きている時間っていつだろう。豚しゃぶにかけられている時がごまだれのハイライトに違いない。
全然関係ないんだけど、私はTwitterをしていて「どら、お前ん家の冷蔵庫の味噌みたいにひっそりと眠るとするか」ってつぶやいたことがあったの。やっぱり冷蔵庫は眠る場所だよね。
〈冷蔵庫深部〉って漢字の塊で(深部って言い方スパイが潜入する最新精密工場みたいだ)、句の最初は堅い印象だからごまだれのおかしみが際立つね。
父かと思う花火中止の放送を 同
親って理不尽だ。天気みたいに。最近はそうでもないように感じるけど。
精神分析みたことを書きたくなるから、やめる。
夜の汗日付が変わっても今日だ 同
12時を過ぎて、「あ、もう明日になってるじゃん」ということがたまにあるんだけど、そのとき自分の所在はどこにあるのか、昨日なのかな。人は眠って朝をむかえないと今日を認識できないと思うのだけど、その考え方も妙なもので、実際には今日という今しかない。
今日からは逃げられない、時間からは逃げられない、という現実。汗がつらいわあ。
夏帽や勝ち逃げされしゴルフのこと 前北かおる
ゴルフのこと。酒の席のこと。好物のこと。家のこと。座っていた椅子のこと。夏のこと。笑いのこと。自分のこと。すべてが記憶のスイッチなのか。
いやその人が、すべての記憶のスイッチなんだ。
車窓は夏いきなりに街立ち上がる 村越 敦
新幹線だね。新幹線だいすき。街から山から街から田園へ。速すぎて現実感がないんだ。〈立ち上がる〉っていう即席のハリボテ感がいい。
新幹線に乗って高いとこから見てると、街があることはわかるし、確かに人が生きているんでしょう。けど人間ひとりの知覚なんてたかが知れているから、本当の意味で人が生きているのかわからない。
その街を歩いて洗濯物が干されているのを見たりして、人が住んでいる実感が沸くんだ。
見たことのない世界の不確かを自分のなかに気づくのは、毎日を繰り返しているだけでは得られない。
バレエ教室日焼の腕さしのばす 押野 裕
バレエ教室というワードは、みなで一斉に脚を曲げたり手を伸ばしたりするのを想像してしまうのだけど。日焼けに注目すると、生徒一人ひとりに日常があって、夏休みがあって、家族があって、悩みがあって、宿題とかアイスとか哲学があるのね。
常夏や機体に太きアラブ文字 松本てふこ
日本人が感じるアラブ文字の不思議さってなんなんだろう。外国人が漢字のTシャツを、クールだぜ!って着てるのがそれなんだろうけどさ。デカデカと「佃煮」と書かれたTシャツとか堂々と着るもんね。
文字は模様ではなくて、その文字がどんな意味かわからなくても、意味をもつことを私たちは知っているから、肌の色より生活習慣より、文字に違和を感じるのかもしれない。違和って嫌悪されるし魅力でもあるな。
向日葵を蟻降りてくる怒つてゐる 石原 明
虫の感情なんてわかんないよ。
蜂とかはブンブンいって怒っているようにみえたりするし、蝶は女に例えられるし、蟻はよく働くから日本人に例えられたりするね。けど、感情があるかどうか考えたら駄目なんだろうな。
蟻が怒っているように見えるんじゃなくて、怒っているんだ。その断定が一番重要でいいところ。
鳴く砂のまつさらさらさら朝焼ける 同
まつさらさらさら。連続する音による働き、一見したときの文字の働きをきちんと語るのはとても頭がいいやつにしかできないよ。擬音語は意味のある言葉なんかよりずっと神聖でさ、わたしはどうしようもなく惹かれてしまうのだけど。しかし意味のある言葉との取り合わせが上手くがなければ力が発揮できないから、ほんとにくいやつだ。にくいやつめ。
句会の評のようにやろうかと考えたのだけど、今回はなれなれしく話しかけてみました。
■谷口摩耶 蜥蜴 10句 ≫読む
■福田若之 さよなら、二十世紀。さよなら。 30句
≫読む ≫テキスト版(+2句)
■前北かおる 深悼 津垣武男 10句 ≫読む
■村越 敦 いきなりに 10句 ≫読む
■押野 裕 爽やかに 10句 ≫読む
■松本てふこ 帰社セズ 25句 ≫読む
■石原 明 人類忌 10句 ≫読む
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