2015-09-27

【週俳8月の俳句を読む】開かれてゆく世界の感触 小野裕三

【週俳8月の俳句を読む】
開かれてゆく世界の感触

小野裕三



がつかうのおほかたが夜扇風機   宮﨑玲奈

なんとも、この旧かなづかいが魅力的です。ひょっとすると作者も、内容より先にこのかなづかいに惹かれたのかも知れません。がつかうのおほかた。それはいったいどんな世界なんだろう、とその字面を見ているだけで頭がくらくらします。いや、もちろん字面だけでなく内容もこの句は面白いのです。広い建物の中で夜の扇風機がひたすら回っている光景はおかしみのような悲しみのような親しみのような、形容しがたい風情があります。でも、それもこのかなづかいによって冒頭から開かれてゆく世界の感触があったからこそ、という気がします。

知り合いもなくて夏祭りに二人  柴田麻美子

近所の夏祭りに出かけると、僕は必ず何人かの知り合いに出会います。それはもちろん家の近所だからそうなわけですが、けっこうそれは夏祭りというものの日常的な光景だと思います。近所を散歩すると知り合いに会うように、近所の夏祭りを歩くと知り合いに会うというのはある意味で当たり前。だとすると逆に、知り合いに出会わない夏祭りというのが不思議な存在感を持ってきますね。どこか知らない土地の夏祭り? あるいは、近所だけどたまたま知り合いに出会わなかっただけ? いずれにせよ、ぽかんとした寂寥感のようなものが漂います。祭りの喧騒の中で、その寂寥感が美しく響きます。

詰め寄るごとく花葛の正面に  藤井あかり

ひょっとすると、野に咲く花にあれほどの関心を寄せるのは、俳人たちと、あとはせいぜい植物学者くらいかも知れませんね(いや、ほんとはもう少し他にも花に関心のある人はいるのでしょうが)。じっと花を見る。じっと見つめる。おいおい、こんなに見つめているんだからなんかいい句を恵んでくれよ、とそこで言いたくなるのが俳人の性でしょう。だから、か細い花にもなんとなく詰め寄ってしまうのです。いずれにせよ、花に詰め寄る俳人の姿がいかにも微笑ましくて、どこかほっとする句です。

棒読みの防災無線南瓜切る
  江渡華子

世の中一般にアナウンスというのは、すごい流暢なものと、反対にすっごく棒読みなものと、その二極しかないような気がします。そして、防災無線は確かに棒読みグループにたいてい属します。その一帯の人々が、家庭が、それぞれに一瞬手を止めてその棒読みのアナウンスに聞き入るわけです。棒読みだから、決して聞いていて心地よいといったものでもないのでしょう。それでも例えば、南瓜を切っていた人が手を止めました。おそらくそれ以外にもその一帯の何十・何百という人がそれぞれに何かを中断してその声に聞き入るのです。そんな具合に、棒読みのアナウンスを中心に広がる時空の日常性をうまく捉えた、味わいのある句です。

何度いつたらわかるんだ、ぼくは御中虫じやない(好きだけど)  中山奈々

まあこういうのは、いわゆる正統的な俳句とは言われないですよね(僕は好きですが)。ところで、いかにも口語的な句ですけど、旧かなづかいなのです。旧かなづかいが口語的な言い回しや感情になぜか違和感なく馴染んでいるのが面白いところです。でもこういうニュアンスの旧かなづかいって、たまにありますよね(例えば「こびとづかん」みたいなやつです)。新かなづかいを飛び越して、旧かなづかいと現代的なユーモアがくるっと一周してつながったみたいな、そんな感じです。その意味で、新しい感覚で再構成される旧かなづかいの現代性みたいなものをうまく踏まえているのが、この作者の句の面白いところだと思います。

声変わりしてるしてない氷菓食う  中谷理紗子

声変わりするお年頃には、いろんなこともそれに合わせて変わるのだと思います。声だけでなく肉体すべても、そしてそれを取り巻く生活環境も、そしてそれに向き合う心の形も、少しずつ大人の世界に近づいていく。嬉しいような、でもちょっと淋しいような、人生の中の不思議な一時期だと思います。氷菓子は、たぶん子供の世界に近いものでしょう。でも、大人だって氷菓子は食べます。それは、子どもの頃のことをどこかで(体が)思い出しながら食べているのかも知れません。肉体的かつ時間的な端境の揺れようなものが、句の中で静かに行き来しているようです。




第432号 2015年8月2
宮﨑玲奈 からころ水 10句 ≫読む
第433号 2015年8月9
柴田麻美子 雌である 10句 ≫読む
第434号 2015年8月16
青本瑞季 光足りず 10句 ≫読む
第435号 2015年8月23
藤井あかり 黙秘 10句 ≫読む
大塚凱 ラジオと海流 10句 ≫読む
第436号 2015年8月30
江渡華子 目 10句 ≫読む
中山奈々 薬 20句 ≫読む
中谷理紗子 鼓舞するための 10句 ≫読む

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