【週俳5月・6月の俳句を読む】
遠くから、聴くように
トオイダイスケ
木の樽は静かなLとRかな 野間幸恵
「LとR」とは、「左側と右側」を表す言葉だろうか。オーディオやPAにおいてステレオスピーカーの左側と右側から出る音量のバランスを調節するときにしばしば「LとR」の話をする。また、樽をスピーカーにしたものは実際存在する。樽でできた音を出していない状態のスピーカーを目にしてそのまま句にしたのかもしれない。スピーカーという音が出る、どちらかといえば騒がしいイメージがあるものにまつわるような言葉に「静かな」という形容が付いていること自体が私には面白かった。
しかしこの言葉の並びでは、”木の樽は、LとR(であって、静かであるなあ)”と言っているので、スピーカーにLとRがあるという意味の句というよりは、「木の樽」の対称な形、それが置かれてあることの揺るぎなさのような印象を句にしたのかもしれない。
「木の樽」は多分かなり昔から、主に酒や食物を発酵させたり貯蔵するために、多くの土地でたくさん作られ、繰り返し使われ、分解されてまた別の物体として再利用されてきただろう。樽という物体にいろいろな物事や出来事が纏わり付いているような気持ちになる。そんな人間の文化文明の歴史の積み重なりも思う。「静か」「LとR」の言葉によって、歴史上の膨大な数の、古今東西の人間たちの様々な振る舞いの数々を俯瞰的に遠くから――まるで聴くように――見ている心持になる。
「LとR」は聴覚にまつわることでもあるが、聴こえてくる場所を調節変化させるつまみで表されるため、視覚のことでもある。つまみをひねる運動やその触覚も伴う。つまみは円いし、樽も円く転がして運ぶこともある。こういった様々なイメージや情報をひっくるめてこの言葉の並びで句にしたことで、この句は具体的なことを何も伝えていないようでいて、多くの感覚を味わわせてくれる。
2016-07-03
【週俳5月・6月の俳句を読む】遠くから、聴くように トオイダイスケ
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