2018-10-07

【週俳9月の俳句を読む】懐かしさに誘われて 中村遥

【週俳9月の俳句を読む】
懐かしさに誘われて

中村 遥

懐かしい季語に誘われた作品群であった。今の私の日常ではやすやすと出会えないものであり、子供の頃の思い出が懐かしく思い出された。句材は懐かしさが匂うものの眼前に見えたそのものは生き生きと新鮮に迫ってきた「嫌がって」であった。


同じだけ傷ついてゐる柘榴かな   対中いずみ

柘榴は私にとっては懐かしい果物である。子供の頃によく食べたからという懐かしさではない。食べなかったという懐かしさと言う方が正しいような。私の家の前には三反ほどの田圃が広がっていた。その中に溜池があってそのほとりに柘榴の木があり毎年毎年割と大きな柘榴が実りやがてそれはざっくりと裂けて中の小さな粒つぶの実がルビー色に輝いてそれはきれいなものだった。柘榴の実は眺めるのがいい。食べても決して美味しい物ではない。あの酸っぱさは子供には受付けられなかったし実は種ばかりで食べる果肉はほとんどないのだから。

柘榴の実は裂けた状態を「柘榴笑む」などと俳句に詠まれるが、何故か柘榴は傷が似合うように思う。実をつつんだ固い皮はどれも所々黒ずんでいつも傷を負っているようだ。

さてこの句、同じだけ傷ついているのは誰と誰だろう。作者と誰か、誰かと誰か、それは問題ではない。

〈傷ついてゐる〉と連体形であるけど決して〈柘榴〉には係らなくて、そこに小さな切れが生じ、「かな」の俳句独特の表現である。傷ついている人と柘榴はよく響きあう。

この句、私には詠めない世界だからよけいに惹かれる。


水遊びする子の父は祖父となり    同

作者を拝見すればどうしても「ゆう」を主宰されていた田中裕明を思ってしまう。そして掲句を読めば田中裕明の

水遊びする子に先生からの手紙

を思う。何か月か前、田中裕明の句の水遊びしていた子が無事に出産されたと聞いた。水遊びしていた子の父、田中裕明は当然祖父となったのだ。作者の第3句集『水瓶』に

水遊びする子の父ははにかんで

の句も拝見したが、掲句同様、師の俳句のフレーズをこのようにして詠まれる事を羨ましく思う。

田中裕明の句は、句の中の一語一語は決して難しくはないけれどそれらが繫がって十七韻の一句となった時それは決して易しくはなくなる句がある。

たはぶれに美僧をつれて雪解野は
真白なる箱をおもへり法師蝉

などのように下五のフレーズによって読み手の予想はがらりと違った世界へ流される。裏切られると言えば少々オーバーだろうか。その奥に何かがあるのか、いや何もないのか、素直にただそれだけなのか。うまく説明できない難しさがあり説明できない世界がある。だから惹かれる世界でもある。


菱の実の打ちあげられて石の上   同

夏、緑の絨緞に覆われたような池を見かけることがある。菱である。「菱筵」などと俳句に詠まれることがある。白い花を咲かせ鋭い角のある実をつけ真っ黒に熟す。子供の頃、近くの溜池で実が入る頃の青い菱の実を採って遊んだことがあるが食べた事は無い。私の故郷淡路島には23000もの溜池があるという。あの島の面積にしてこの数には驚くが、私の実家の敷地に2つの溜池があったことを想えば納得する。

菱の実が打ち上げられている。食用などではなく野趣に富んだ棘の鋭い自然に熟して自然に茎から離れて浪に打ち上げられた真っ黒な菱の実だ。そしてそれが今石の上にあると言うのだ。私の育った地の溜池などでは決してない大いなる湖の石の上なのである。

ちなみに小学生の頃、淡路島を逆さにすればすっぽりと入る所がありそれは琵琶湖という湖だと教えられ、その時琵琶湖という名を知りこの難しい漢字を学んだ。


白くらげ蕾のやうな芯もてる   同 

この句の季語は「水母、海月、水月」だろうか。

〈白くらげ〉って?。くらげにアカクラゲ、エチゼンクラゲ、ミズクラゲなどがあるように〈白くらげ〉という名の生きたくらげだろうか。ひょっとして違うのかも知れないという思いも少し抱きつつも生きたくらげとして読ませて頂く。

私の子供の頃は、夏になると日が落ちるまで存分に海で泳いだものだ。オゾン層破壊などニュースにもならなかった時代。そこは瀬戸内の海、時にくらげが浮く中泳いだこともあった。くらげを逆さまにしてその傘を掌にのせてその手触りを楽しんだり、まじまじと眺めて透き通った臓を観察したりもした。傘の下には毒を持つ触手があってそこはよく心得て遊んだものだが、時に誤って触れるとビリビリと電気が走ったこともあった。

さてこの句、くらげの腔腸部分を芯と表現しさらに蕾のようと比喩している。生きているくらげの傘の中心部分はまさに花びらのようなものが見える。この比喩がこの句の眼目だ。


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