2018-10-21

日曜のサンデー 饗宴 中嶋憲武

日曜のサンデー
饗宴

中嶋憲武


アルバイトから戻ると、ヒノコさんはまだ部屋にいた。この場合「いてくれた」と言った方が、ぼくの心情に添うだろう。連休前日の夜にふらりとやって来て、それから二日。三日めの今日の連休明けには、きっと帰っているだろうと思っていた。だから表通りのマンションとマンションとの間の隙間にようやく見える、ぼくの部屋の窓に、橙色の灯りを見たときは「おおっ」と心の中で小さく快哉を挙げた。

部屋へ入ると、ヒノコさんはDVDを見ていた。ジョン・フォードの「わが谷は緑なりき」だ。ヒノコさんがロディ・マクドウォールのファンであることを、ぼくは知っていた。それ、もう何回見てるの?うーんと四、五回かな。ねえ携帯忘れてったでしょ?あっ、そうだった。ぼくは携帯を持って行かなかった。携帯電話というものに、このところ無頓着を装っていたのだ。携帯電話に纏わる一切が煩わしかったし、捕まえられている感覚が嫌だった。そういう訳で、ぼくは携帯をなるべく持ち歩きたくはない。しかし必要なときは必要だ。困ったものだ。こうして便利になると、それはそれで世の中に困ることが増える。困ったものだ。

アルバイトから戻った時間が、いつもより少し遅かったので、ヒノコさんに何か食べたかと聞くと、カスタード・プディング食べたという返事だった。だけ?と聞くと明るく、そう!と答える。

「なんで、だけ、なんだよ」

ヒノコさんは、DVDを一時停止すると、ぼくの方へ向いた。

「だってーそのときはそれしか食べたくなかったんだもん」

「横着を決め込んだんだね」

「お腹空いたよう」

それでぼくは仕方なく、残っているもので何か作ろうと考えた。いつか作ろうと思って、買っておいたホットケーキミックスがあったので、取り敢えずそれを焼き、キャベツをざく切りにして、塩胡椒して炒め、ベーコンを厚切りにして軽く炒めた。フライパンにバターを敷き、ホットケーキを弱火で炒め、少しこんがりとさせてから、キャベツとベーコンを挟んだものを二セット作り、白い皿に載せて、ヒノコさんの座っているソファの前の小さな木のテーブルへ持っていった。

「ホットケーキサンドでございます」

「わあー」と喜んだヒノコさんは、長い黒髪をかき上げ、小さくいただきますと言うと一口食べ、目をつむって味わいながら甘露甘露と呟いた。

ぼくは立ってキッチンへ行き、大きめのコップへ自分用のミルクを注いでから、カフェオレボウルへヒノコさん用にダージリンのティーバッグで紅茶を淹れ、トレイに載せてリビングの小さな木のテーブルへ運んだ。映画などでは、物が室内を移動する時、事件が起こる。何か事件でも起こるだろうかと考えながら、帰路に見た美しい月を思い出した。美しい月夜の晩の殺人事件。とほい空でぴすとるが鳴ると書いた詩人は誰だったっけ。誰だったっけの部分が、小さな呟きになって口から出てしまったらしく、ヒノコさんが、え?なあにと聞いてきたので、急に恥ずかしくなり、いや、こういう時ひとは何でもないと言うけど、本当に何でもないんだ、ともごもご言った。途端、何でもない。別れてしまえば何でもない。という詩句が浮かんだ。これも、ぴすとるの一節の詩人と同じ作者であったかもしれない。

ヒノコさんは、DVDで好きな映画を見るとき、何かほかのことをしながら見るということはしない。一時停止の画面に泣顔のロディ・マクドウォールが、その輪郭を一部震わせながら、食事の間じゅうずっとこちらを見ていた。

「ちょっと塩胡椒しすぎたかな」

「いや、いいよ。ホットケーキの甘さと馴染んでいい感じ」

ぼくはそこまでの、食レポ的感想を求めてはいなかったが、素直に嬉しかった。

遅い簡単な食事を終えたぼくたちは、遅い散歩に出た。剃刀護岸の川の緩やかな蛇行に沿って歩いた。蛇行の先には闇を煮詰めたような、暗く沈んでいる木立があり、その上にぽっかりと丸い密蛇僧の月が出ている。あの木立の中の運動公園まで行って、戻って来るか。明日は土曜日という意識が、ぼくたちの心根を気安く暢気なものにしていた。

ダリオ・アルジェントの映画では、こうした美しい夜に惨劇が繰り広げられたりするが、そうした事柄には無縁であると思っていたい日常性を身につけてしまっている。困ったものだ。気安さと暢気の底の底の方には、ちらっと黒く過ってゆく小鳥の影のような不安がない訳ではなかった。

「いい夜。いつまでも歩いていたい。歌っちゃおっかなー」

ヒノコさんのそういう声を聞くと、徹底的に気安く暢気であっていいじゃないかという気になって来た。

「いつまでもって、いつ?」

「いつまでだろうね?急にわからなくなった」と言って微笑んだ。

「幾つになっても、わからないことはある」

「わたしたちの将来もわからない」飽くまでも屈託なく明るく言い放つヒノコさんであったが、ぼくは、きゅっと心臓を掴まれたような気持ちだった。その時、すぐそばの腰ほどの高さの、コンクリートブロックの上の生垣のなかで、「にゃあおううん、にゃあおううん」と如何にもな猫の鳴き声がした。おっ、猫とヒノコさんは、声のした方へ中腰になった。

「こら、ねこ、出て来い」ヒノコさんと並んで、ぼくも中腰になり、生垣の中を覗くと若い茶虎の猫が、大きな目をくりくりとさせて、こちらを見ていた。

かもんかもん。ヒノコさんは猫の方へ手を差し出す。どうやら人に懐いている猫のようだった。伸びをしながら、ちょっとお、眠いんだけどおと言うように、生垣を悠々と抜けて来る。

ぼくとヒノコさんは、猫を挟んでコンクリートブロックの上に腰かけ、猫の下顎や背中を撫で、気持ちよさそうにごろごろと喉を鳴らすのを聞いていた。余は満足じゃって顔してるね。猫はすっかり安心したように、ぼくとヒノコさんの間に長々と横になっている。猫がぼくに、お前ら、それでいいの?と問いかけているのを聞いたような気がした。いいんだよ。何、言ってるの?いや、猫がさ。猫が何?ぼくたちが泥舟にでも乗ってるようなことを言い出しそうだから。そんなこと言わないよねー。ヒノコさんが言うと、猫は尻尾をぱたぱたと振った。饗宴だな。饗宴だね。今夜は饗宴だ。

月は先刻よりも、やや高度を増し鳥の子色になって美しく輝いていた。

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