【週俳11月の俳句を読む】
シンプルにしなやかに
月野ぽぽな
立体を平面にして秋の雲 中田美子
〈立体を平面にして〉とは、どんな状況だろう。実景をイメージしてみると、例えば家やビルなどの建物を更地に戻した景なのかもしれないし、ダンボールの箱を畳んだのかもしれないし、小さいものでは紙風船を仕舞うところなのかもしれない。
〈立体を平面にして〉というシンプルで省略の効いた措辞は、読み手の経験如何による想像力を刺激した後はじめて、「家」「ビル」などの言葉を使った場合から得られるであろう「感じ」を持たない、もう少し言うと「ノスタルジー的なもの」を持たない、つまり、変化を見た時かつてあった物事・状態に対する「懐かしむような感じ」を持たない、〈立体を平面にし〉た後のシンプルにあるままの「空間」「空」を立ち上がらせる。秋の爽やかなその空に雲が只シンプルに美しい。
ひおもてをくしやみの粒のながれゆく 大塚凱
言葉は人間から生まれ、個人の一生と比べたら気の遠くなるような長い時間をかけて、とても強固(に見える)な「言葉世界のルール」を構築してきている。
個人がその個人独特のやり方で、ある対象に向き合ってある表現を得る時、そしてそれが人間に共通の深部に触れている場合、知っている風景だけれど、そこに、日常の言葉つまり「言葉世界のルール」に沿った言葉では、到達しえなかった感触が新たに引き出されることがある。掲句の場合、中七の〈くしやみの粒〉。知っている言葉だけれど、普通くしゃみの形容には使われない〈粒〉。大げさにではない、しなやかなやり方で「言葉世界のルール」を破り、「くしゃみの飛沫の美しさ」という新しさを引き出している。
ほとんどがひらがなであることも、句に流れる時間をゆっくりとさせ、このくしゃみの一瞬を、まるでスローモーションの映像のように見せるのに貢献している。唯一の漢字〈粒〉は視覚に訴え、一つ一つの水滴、と言って良いか定かでないが、飛沫そのものをくっきりと顕現させている。そしてその一つ一つが冬の陽光を受けて輝きながら広がってゆくのだ。
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