【週俳12月の俳句を読む】
読まれなかった俳句のために
牟礼 鯨
堡塁に深き砲眼ふゆかもめ 花谷 清
海防のために築かれた、昭和初期の堡塁だろう。砲眼の「深さ」とは堡塁が築かれてから過ぎ去った年月の長さであり、その年月は鷗の飛び交う冬空の澄み切った青のように思い出として純化された。「堡塁」「砲眼」のいかつさから童心にも似て開かれた「ふゆかもめ」への落差がその純度を示す。
綿コート革のコートの列横切る 花谷 清
「革のコート」が高級感やいかつさだとすると「綿コート」は庶民感や油断だろう。綿コートの人が人気店にできた革のコートのライダーたちの列を横切り、地元の人にひっそりと愛されている店へ入る、そんな冬のあたたかさ。
火の恋し石包丁に孔ふたつ 花谷清
暖房のあまり効かない市立郷土資料館。弥生時代の過酷な越冬を想像しつつ、現代の冬へどう挑もうか、考える現代人。中七から「火恋し」の像が変容する仕掛けがやや弥生じみているけれど現代でも興を起こすだろう。
どんどん増える清潔な靴 樋口由紀子
清潔さとは高級さのこと、足は増えないのに靴は増える。存在しない前句の主題は百足かもしれない。
セダンに乗って南へ向かう 樋口由紀子
時代によって読みが変わるだろう短句。セダンは今や不人気車種だ。そんな中古車で南の海を目指す、目的地は南仏でもいい。寄る辺はないけれど、明るい旅。
どこまで摂津どこから播磨 樋口由紀子
西への旅。存在しない前句の主題は蝸牛だったと思う。
太陽は細り細りて冬もみぢ 浅沼 璞
中七の「て」を経ることで太陽の光が細る冬と、太陽の色をなお湛えつつ葉先を細らせる冬紅葉、という二つの意が同時に含まれている。リフレインによる形容は語意に反して冬に喪われゆくものへの希求。
伸びてゆく飛行機雲に布団干す 浅沼 璞
「に」の切れが心地よく前後の主題を映発させている。同じことの繰り返しのような生活と頭上にあるどこか別の大陸へ繋がっている冬の空と。開放感への鮮やかな希望は、物干しや欄干のように直線の飛行機雲が像として消失してからこそ浮かび上がる。
枯草を踏めば火の音ありにけり 相子智恵
枯草は踏むと死の音を立てそうだが、火の音がするという愉快。火葬とも読めるけれど火は生命感にも通じており、死の裏側としての生の音と捉えた。靴裏へ抗う生。
サンタクロース衣裳に深き畳み皺 相子智恵
よく訓練されたサンタクロースではなく即席サンタであることが、「衣装に深き畳み皺」により、あげつらうのではなく愛情をもって表現されている。
第608号 2018年12月16日
■花谷 清 おとぎ話 10句 ≫読む
第609号 2018年12月23日
■樋口由紀子 清潔な靴 10句 ≫読む
■浅沼 璞 冬天十韻 10句 ≫読む
■相子智恵 短 日 10句 ≫読む
2019-01-20
【週俳12月の俳句を読む】読まれなかった俳句のために 牟礼鯨
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