2020-10-25

【句集を読む】暮れそで暮れない黄昏時 瀬戸正洋『亀の失踪』を読む 小林苑を

【句集を読む】

暮れそで暮れない黄昏時
瀬戸正洋亀の失踪』を読む

小林苑を


粕汁や四人掛けの席に五人  瀬戸正洋

だからなんなんのよ! であるが、わざとなんだから知らんぷりしたくもある。こんな句をつぎつぎ繰り出す瀬戸正洋の第六句集『亀の失踪』が届く。封を切るなり受取人である同居人は「平野甲賀じゃないか!」と叫んだ。果たしてその通り。まず装幀で盛り上がり、『亀の失踪』だなんてと盛り上がるのである。
※ちなみに第五句集のタイトルは『へらへらと生まれ胃薬風邪薬』です。

もう少しすれば粕汁の美味しい季節がやってくる。粕汁はもやもやと喉につまりそうで苦手な人もいるだろうし、これでもかの粕どろどろが堪らんと言う人もいる。素朴だけれど独特な食べ物というか飲み物というか、身体がポカポカ温まる。

場所は居酒屋かな。もともとゆったりなんかしてない「四人掛けの席に」は7音のはずが9音でギュウギュウ感溢れたところに「五人」でそうかとストンと得心する仕掛け。ギュウギュウはポカポカに通ずで、無理矢理一人詰め込んで身体寄せ合って粕汁を啜り、勿論酒も飲むだろう。テーブルだってゴチャゴチャする。よきかな、よきかな。いまなら「密」とか言われて嫌われる奴だけど、だからこそ掲句。ゆったりと比べてギュウギュウ・ゴチャゴチャはちと貧乏臭くて、冬の夜はこうでなくっちゃ。

句集には「後記」と「寄稿」と「解説」が付いている。どれも瀬戸正洋は照れ屋で糞真面目だって書いてある、と私は思う。そんなこと書いてないよと思うなら、そう思えばいいのだし。こういう人は「男根と弾痕大根は亀戸だと思ふ」とかしょうもないことを詠みたがる。「やや寒や人に嫌われようと思ふ」とか一見投げ遣りな句を作りたがる。だけど今回、真面目分量が増えた気がする。「にんげんの分際で何ができる晩夏」「COVID-19十一月の黒いくれよん」、いずれも帯に掲載されていて、人生も最終局面だぜと言ってるような気もする。五歳年下、だいぶこっちに近づいてきたね。仲間だね。暮れそで暮れない黄昏時も悪くないぜ。

クスクスしながら、だからなんなのよ!と呟きたくなる。正洋節は健在なり。

鰯も人も塩を振つたり振られたり  瀬戸正洋(以下同)

鯖の缶詰雑煮の前に置きにけり

夕立や映画の中の樹木希林

八月のあんどうなつの油かな

居酒屋にトイレはふたつ半夏生


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