【句集を読む】
暮れそで暮れない黄昏時
瀬戸正洋『亀の失踪』を読む
小林苑を
粕汁や四人掛けの席に五人 瀬戸正洋
だからなんなんのよ! であるが、わざとなんだから知らんぷりしたくもある。こんな句をつぎつぎ繰り出す瀬戸正洋の第六句集『亀の失踪』が届く。封を切るなり受取人である同居人は「平野甲賀じゃないか!」と叫んだ。果たしてその通り。まず装幀で盛り上がり、『亀の失踪』だなんてと盛り上がるのである。
※ちなみに第五句集のタイトルは『へらへらと生まれ胃薬風邪薬』です。
もう少しすれば粕汁の美味しい季節がやってくる。粕汁はもやもやと喉につまりそうで苦手な人もいるだろうし、これでもかの粕どろどろが堪らんと言う人もいる。素朴だけれど独特な食べ物というか飲み物というか、身体がポカポカ温まる。
場所は居酒屋かな。もともとゆったりなんかしてない「四人掛けの席に」は7音のはずが9音でギュウギュウ感溢れたところに「五人」でそうかとストンと得心する仕掛け。ギュウギュウはポカポカに通ずで、無理矢理一人詰め込んで身体寄せ合って粕汁を啜り、勿論酒も飲むだろう。テーブルだってゴチャゴチャする。よきかな、よきかな。いまなら「密」とか言われて嫌われる奴だけど、だからこそ掲句。ゆったりと比べてギュウギュウ・ゴチャゴチャはちと貧乏臭くて、冬の夜はこうでなくっちゃ。
句集には「後記」と「寄稿」と「解説」が付いている。どれも瀬戸正洋は照れ屋で糞真面目だって書いてある、と私は思う。そんなこと書いてないよと思うなら、そう思えばいいのだし。こういう人は「男根と弾痕大根は亀戸だと思ふ」とかしょうもないことを詠みたがる。「やや寒や人に嫌われようと思ふ」とか一見投げ遣りな句を作りたがる。だけど今回、真面目分量が増えた気がする。「にんげんの分際で何ができる晩夏」「COVID-19十一月の黒いくれよん」、いずれも帯に掲載されていて、人生も最終局面だぜと言ってるような気もする。五歳年下、だいぶこっちに近づいてきたね。仲間だね。暮れそで暮れない黄昏時も悪くないぜ。
クスクスしながら、だからなんなのよ!と呟きたくなる。正洋節は健在なり。
鰯も人も塩を振つたり振られたり 瀬戸正洋(以下同)
鯖の缶詰雑煮の前に置きにけり
夕立や映画の中の樹木希林
八月のあんどうなつの油かな
居酒屋にトイレはふたつ半夏生
瀬戸正洋句集『亀の失踪』2020年9月/新潮社 ≫amazon
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