2026-07-12

季語とは何か 岡田一実×吉川千早 〔後篇〕「俳句は祭りである」

季語とは何か

岡田一実×吉川千早


〔後篇〕「俳句は祭りである」


◆季語的な働き

吉川千早●言葉じゃない部分に含まれてる伝統ってあるじゃないですか。季語じゃない伝統のところに、その新しい言葉を乗せて運用してみて、いい感じだったら、じゃあこの先も壊さず使っていくか、みたいになるんじゃないかなと思って。だから無季から季語ができる可能性もありますよね。無季の中で使われてたこの言葉、ハイパーかっこいいみたいな。

無季ですって、その人が使っちゃえばダメですよ。でも無季ですとも何とも言わなくて、出されて、それに、なんか季節感を勝手に感じれば「じゃあ、これ俺たちの新しいお神輿にしちゃるで」みたいになるかもしれない。

岡田一実●西東三鬼の「広島や」っていう句があるでしょ。

吉川●広島や卵食ふ時口ひらく 西東三鬼〉

岡田●でも、あれは「広島」っていうのが言うなれば、お神輿の役割を持っていて。じゃあこの、広島じゃなくて、土地だったらお神輿になり得るのではないかっていう発想もあり得るんじゃないかな。

吉川●広島だと原爆忌になっちゃうから、そこの兼ね合い、ややこしくないですか?ちょっと。

岡田●えっと。筑紫磐井の句にね、〈来たことも見たこともなき宇都宮〉って。

吉川●笑。ウケちゃった。

岡田●それは「宇都宮」が、季語的な働きをしている。

吉川●地名が季語的な動きをするなら、この話で言うなら、その地名をお神輿として採用しないのはなぜだろうってところですよね。

岡田●そう、そう、それも、ありえるよねって話。だから、あの最初にジェンガみたいなという「家族類似性」について話しましたが、季語をお神輿としない、他のお神輿を担いでいる人たちも、やはり俳句っていうものに足をかけながら、作っているのではないかな、と。

吉川●私、J-POP聴くの趣味なんですけど。その中で、その曲を作ってる人の必殺技みたいなのが三つあって。まず「東京」。次が自分の生まれ年。あと一個忘れちゃった。とにかく東京と自分の生まれ年っていうのは二大強いカードなんだっていう話をしてた時に、すごい季語っぽいって思いました。

岡田●ああ。本当だね。

吉川●上京してきた人も、上京してないJ-POPの人も「東京」って歌作りがちですよ。そうそう、あのKing Gnuのデビュー曲は「東京」の歌でした。

岡田●なるほど。

吉川●それが季語っぽいって思った。多分、東京っていう地名自体の、その歌枕的な力。

岡田●歌枕じゃん、東京。

吉川●そう。歌枕なんですよね。そう。まさに歌の枕。

岡田●下京や雪つむ上の夜の雨 凡兆〉という句があって、これはまあ「雪」の句ではあるんだけども。でも、あの本歌取りする時は「下京」を採るんじゃないかね。ということはお神輿としての可能性は「雪つむ」よりは上五の方にお神輿性があると思う。

吉川●これは、お神輿は二つありますね。どう見ても。「雪」と「下京」っていうお神輿が二つが向かい合ってるっていうか、こうぶつかろうとしていて、そこに素敵が発生してますね。

岡田●お神輿二つありますね、あとね、〈柿くへば鐘がなるなり法隆寺 正岡子規〉っていうのもお神輿が二つ。

吉川●お神輿二つありますね。

岡田●うん。「取り合わせ」も、「神輿とお神輿」のやつと、「お神輿と写生」とかバリエーションがあるってことですよね。

「柿神輿」と「法隆寺神輿」

岡田●そうそう。あの、「柿くへば」の句は、「柿」っていう季語性があって、そこにまずお神輿が発生するでしょ。で、こう艶やかな、あの赤身を帯びた黄色の果物があって、食えば、っていうのは今度味が出てくる。食感が出てきて。で、順接の確定条件の「ば」。文法的に言えば、そのあと本当は「美味しい」とか「まずい」とか「甘い」とかに流れなければならないのに、なぜか鐘の音が聞こえてくるんですね。で、断定の助動詞「なり」の終止形でいったん文が切れて、法隆寺っていうものが最後に出てくることによって、でっかい歴史性と地理性が全部を包んで、柿も、鐘も、納得感を構成されるっ、ていう句だと思ってて。

吉川●これあれですね。つまんない脚本は突然忍者をだせばいい理論って知ってます?

岡田●え、なんですかそれ。

吉川●なんか映画の脚本とか書いてて、もう煮詰まったらもう忍者が乱入してきて大暴れしたで終わらせればいいっていうジョークがあるんですよ。もうそれで絶対面白くなくなるからって。その忍者ですね。「法隆寺」。

岡田●法隆寺が?笑

吉川●法隆寺が。もう最後バーンって出てきたらバーンって。で、全部を納得させてしまうっていう句だと思っていて。もっとかっこよく言えばギリシャ演劇の、あの最後に神でたらおしまいみたいな。

岡田●この句、ネットとかで見てても、本当に良さをみんなわかっているのだろうかっていう疑問が生じて。

吉川●有名すぎちゃいますからね。この句ね。

岡田●有名すぎ。だから本当はこの句の肝は順接の確定条件の「ば」なんだよね。

吉川●おお、確かに!

岡田●「くへば」ということによって構造化されて、「法隆寺」でさらに二つ目の構造化がなされている句だって。だからそれがつまり、吉川さんのいうところの、お神輿が二つ。吉川さんの論では「柿」と「法隆寺」とお神輿が二つあるんだけど、私の構造化論では「くへば」にある。

吉川●「柿神輿」と「法隆寺神輿」の間にある「ば」がこの場合すごい大事なんです。

岡田●「関節」がある、そこに。

吉川●ぶつかる瞬間がある。「だんじり」じゃん!

岡田●「だんじり」。そう。そこがね、この句の肝なのではないか、と。

吉川●確かに言われてみればそうですね。面白い句だなぁ。俳句も全然知らない頃に「子供なんとかかんとか」とかで読んで知ってる句だから「ふーん」って思った感想がずっと続いちゃう。それこそ今こういう話聞くと認識が更新されますね。

岡田●嬉しい。変な句だなって最近ずっと思ってて。だから構造化っていう言葉を使えば、この句は鑑賞可能っていうふうに思ってて。

吉川●新しい鑑賞欲しいですよね。だから。そう、私もあの、今回最終的に目指してるのはそこです。
この時評。あのそろそろまた次が発売になって、なりますので、皆様ぜひお読みください。

岡田●ぜひお読みください。私も、読みましょう! では、今日はありがとうございました!

吉川●はい、ではありがとうございました! 失礼します。

(了)

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