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2022-06-05

西原天気【句集を読む】液体の肌理 木田智美『パーティは明日にして』の一句

【句集を読む】
液体の肌理
木田智美パーティは明日にして』の一句

西原天気


採血を終えてプールのような空  木田智美

プールの水面が静かなときは空が映る。水面を見れば、空が見えることになる。けれども、逆は成立しない。当然ながら、空に水面は映らない。この句は、空を見て、プールのようだと言っている。この直喩は、互いの反映に依るものではないから、水面に映る空、という古くから繰り返されてきた景色を持ち出す必要はないのかもしれないが、ある種の逆転の参照は、私たち読者によく馴染んだもののほうが、効果が確実、ということは言えそうです。想念の飛躍のための踏み板は、ふつうに地面に敷かれたもの(つまりそれ自体に飛躍がないもの)のほうがよかったりする。

前半の「採血」は、どうでしょうか。

後半の空と、因果や散文的な連続性はない。いわゆる二物衝撃的な造り。二物のあんばいを味わうには、肌理(きめ)を愉しむほうのがいい。この句の場合、とくにそんな気がします。

この句の肌理。いい感じに調整されていて、それはやはり、液体の肌理でつながっていることもあるでしょう。血が抜かれたこと(ってへんな言い方ですが)のちょっとした虚脱も、この空によく合っているように思いました。さらにいえば、イメージの作用として、全体の青(薄い青)一色の景色に、血の色が細くひとすじ加わる。ここも、視覚的に、なかなかの感興です。


木田智美句集『パーティは明日にして』2021年4月/書肆侃侃房



2021-01-17

木田智美 ひろく凍つ 10句


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木田智美 ひろく凍つ

ふゆかもめ出航式はオンライン

お歳暮の煎餅つつむ青海波

あかぎれに悲鳴ちいさく手を洗う

鳥かごにパーカーかぶせたらおやすみ

去年今年いちどやりたき天の声

雪いろの冬毛のじかんみじかいね

赤いひと赤いマスクを選びけり

操演の人形の距離ひろく凍つ

スリッパもこもこ踵の透けて黒タイツ

冬の星フルフェイス脱ぐ精米所


2018-07-15

〔写+俳〕木田智美

〔写+俳〕

ブローチの影が駆けだす梅雨晴間  木田智美


2017-03-26

10句作品 ウォーターゲーム 木田智美

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 ウォーターゲーム 木田智美

駄菓子屋の前のとまれに春の雪

錠剤のメッキの甘し雛納

北窓をひらきアイロン立てておく

ゆるやかにウォーターゲームの水温む

シーソーは錆びた水色ぎいばたん

風船のいくつかアトリエの天井

チューリップにやにや笑う星野源

ふとん屋の看板猫の名はさくら

千円の時計は確か遍路道

たんぽぽの綿のよくつく子ども服


2015-02-15

【石田波郷新人賞落選展を読む】 思慮深い 十二作品のための アクチュアルな十二章 〈第四章〉 田島健一

【石田波郷新人賞落選展を読む】
思慮深い十二作品のためのアクチュアルな十二章
〈第四章〉あたえられた自明な世界と、万能ではない眼をもつ私たち

田島健一




04.ひかりと水の感覚(木田智美)

ものを見る、とはどういうことだろう。日ごろ、いろいろなものに囲まれて生きている私たちにとって、そのような「いろいろ」は自明な世界として「見る」よりも前に、見えているし、知っている。けれども一方で、私たちが生きるために必要なあらゆる「感覚」は、私たちの眼が万能ではない、ということに一途に支えられている。

薔薇園にサスペンダーの見つかれり
  木田智美

サスペンダーが見つかったその場所は「薔薇園」だった。この「薔薇園に」は、そのような出来事が起きた場所を示していて、そこが「薔薇園」であることは、ひとつの場面設定としてこの句の世界のなかでもっとも先がけて明らかなことである。だから、この上五が「球場に」でも「空港に」でも「テヘランに」でも、書割の背景を入れ替えるように、この句の意味内容を満たすことができる。この「薔薇園に」はそのような考えられるさまざまな場面設定のひとつとして、作者の選択のもとに提示され、この句を彩る疑いのない前提となっている。

夢に水の感覚のあり夏休み

この「夢に」もまた、句の場面設定として機能しているが、ここでは句の主体が「夢」という空間に位置していることを示している。注目すべきは、この「水の感覚のあり」と共時的に存在する「夢」という空間に主体は位置しつつ、同時にそれは「夢」の外部の意識でその空間を「夢」と断定している。つまり主体はそれが「夢」だと知りつつ、「夢」のなかにいる。

自転車に引っかけ錆びてゆく日傘
雷に沿わせて指先のきれい
三角に折るバスの券夏つばめ
水星に憧れている金魚かな
河馬の背に乗りし河馬の子アマリリス
夏芝に入り演奏の止みしジャズ
夕焼けにぐらついている足元
樹に星の実って夏の終わりかな


これらの句の「~に」は、名詞や動詞の連体形に接続し、それによって世界を対象化する。対象化された「自転車」や「雷」は、その名詞が示すものとしてあからさまに全体像を提示し、その句の前提を司る。あたかも「夢」のなかにいながら、それが「夢」だと知っているように、主体は世界の側面を見つつ、世界の全体像を夢想する。

例えば、街のひとごみのなかで初恋の人のうしろ姿を見かけたとしよう。そのうしろ姿は、そのままひとごみに消えてしまい、それきり見えなくなったとする。
そのとき私は何を見たのか。

私は、私の視線としてそのうしろ姿が初恋の人のものだと認めるけれども、仮にそこにテレビドラマのように、向こう側から私自身を含めたその瞬間をとらえた、もうひとつのカメラがあったとする。そのカメラには私が見たうしろ姿の持ち主が、私の初恋の人とは全く別の誰かであることが映されていたとしたらどうだろうか。そのとき私は何を見たと言えるのだろうか。

私にあたえられた万能ではない眼は、その視野の限界で世界を限られた空間としてとらえていて、それゆえに、そこに見えていない部分を信じ、それに期待し、それを感じる。

私たちはテレビドラマのように自分の眼とは異なるもうひとつのカメラを持っていない。それゆえに、私が見た初恋の人のうしろ姿は、それが初恋の人のものであるものとして、私を信じさせ、私を期待させ、私を喜ばせる。俳句におけることばの使命は、それが見間違いであったことを暴き立てることではなく、その〈幻想〉を維持しつつ、「見る」という行為が、「信じる」ことに支えられているということにつながっている。

俳句は暴力的と言ってもいいほどに、ことごとく世界を名詞化し対象化していくが、その対象のなかに私たちの視野を逃れ、かすかに私たちを信じさせるものたちが含まれている。

その私たちの視野を逃れたものたちが、「ものを見る」という行為とは別のかたちで、私たちの視野を満たし、感性をざわめかせ、万能ではない眼をもった私たちをわくわくさせるのだ。

さて、私たちはその万能ではない眼で世界を見つつ、そこで視野からあふれた世界のある側面と、すでに知っているはずの世界との差異において、いかにして世界をあたらしく知るのだろうか。すでに知っている世界が、俳句を通して改めて知られる、という様相は、どのような性質をもっているというのだろうか。

〈第五章〉へつづく

2014-12-07

2014石田波郷賞落選展 4 木田智美 ひかりと水の感覚

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週刊俳句 第398号 2014-12-07
2014石田波郷賞落選展 4 木田智美 ひかりと水の感覚
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2014石田波郷賞落選展 4 木田智美 ひかりと水の感覚 テキスト

ひかりと水の感覚 木田智美

夏始め道着脱ぎ捨てれば少女
鯉のぼりゆれる痛々しい夜は
薔薇園にサスペンダーの見つかれり
虹を撮る人の写っている写真
ひかり吸い込むため浮かぶ海月かな
自転車に引っかけ錆びてゆく日傘
雷に沿わせて指先のきれい
三角に折るバスの券夏つばめ
大阪の赤しアイスの溶けてゆく
水星に憧れている金魚かな
甘夏や膝に車椅子のタイヤ
河馬の背に乗りし河馬の子アマリリス
昼寝して父は達磨のようになる
飛魚や生えそろいたる親不知
夏芝に入り演奏の止みしジャズ
夕焼けにぐらついている足元
盲導犬の目やに凝り固まる炎暑
先輩の靴のエナメル月涼し
夢に水の感覚のあり夏休み
樹に星の実って夏の終わりかな

2014-04-27

木田智美 さくら、散策 10句

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週刊俳句 第366号 2014-4-27
木田智美 さくら、散策
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10句作品テキスト 木田智美 さくら、散策

木田智美 さくら、散策

神戸ゆくため真っ白のスニーカー

写真撮るときはのけぞる春の風

待ち合わせのマクドが如何せん多い

さくらさくら散りゆきサックスの中へ

カラオケの向かいにあたたかい水車

猫の子の夢ににおいのあるだろう

電球のかたちを濡らす春の雨

風車たばこ屋だった駄菓子屋だった

カナリアに横文字の名とアスパラガス

桜蕊降る風見鶏専門店



楽しいムーミン一家で楽しい俳句 木田智美

楽しいムーミン一家で楽しい俳句

木田智美


俳句は楽しいものだと思う。音楽を聴くこと、映画を観ること、買い物をすることと同じように私は俳句と遊んでいる。他に楽しいものといえば、楽しいムーミン一家である。私が生まれる少し前に放送されていたアニメだが、一昨年地方局で毎朝再放送があり、毎晩腹筋をしながら見ていた。絵本のような映像、突っ込みどころ満載の展開、夢のあるストーリー、可愛らしいキャラクターたちにすぐに魅了された。

ムーミンに嵌った一昨年、アニメ吟行をし、いくつか俳句を作った。その一部を紹介する。

  梅雨明けて魔女になりたき少女かな

  ハーモニカ吹く船上や青葡萄

  パンプキンスープいつの間にか家族

  ラディッシュが布団に潜り込んできた

  白樺は住民を皆知っている

そして、今回このエッセイを書くにあたり、もう一度アニメの特にすきな話3つを見て俳句を作ってみることにした。お時間のある方はお付き合いください。


13話 地球最後の龍

大雨が降った翌日、水たまりでムーミンは龍の子を捕まえる。ムーミンは龍の子と友だちになろうとするが、スナフキンにしか懐かない。そこでスナフキンが取った行動とは?

  コーヒーのホット秘密は瓶の龍

41話 ムーミン谷の怪事件

ムーミン谷では、毎日のように署長とミイの姉がデートをしている。あまりにも平和でクビになりそうな署長を救うため、ムーミンたちは犯罪を犯す!?

  クロッカス仕事なくなるほど平和

  犯罪がないなら犯せ春の谷

56話 旅に出たママ

毎日同じご飯で飽きてしまった家族たち。ムーミンママは食材を探す旅に出る、スナフキンと一緒に。

  エプロンをしたまま初夏の星の下

  冒険のあとのさくらんぼをパイに

こんな具合でいかがでしょうか。最後に春の季語「スナフキン来る」で一句。

  スナフキン来る甘き香引き連れて