2018-11-18

【週俳10月の俳句を読む】いい記憶 鴇田智哉

【週俳10月の俳句を読む】
いい記憶

鴇田智哉


虫時雨この横顔で会いに行く  なつはづき

この、と言っているから、割とくっきりと見えているのだろう。
自分が切り絵の中の人物になったかのような。
あるいは影絵劇の配役になったかのような。
会いに行く、ということを、物語めいて感じ始めているのか。
虫の声の響きの中にあって自分は、くっきりとして、進んでいく。



明洞てふカラオケ喫茶ゑのこ草  市川綿帽子

遊廓の跡にたばこ屋小鳥来る  同

ここはどこで、いつなのか、という思いは、
秋の日がざらついた壁にはりついたようなときにも、
起こるのではないだろうか。昼の狗尾草がわびしい。
影を追いながら、別の場所にいる気になったり、
小鳥に気づいて、ふと我に返ったり。



稲の穂の擦れあふ音のかすかなる  今井豊

稲は、その花もそうだが、どことなくかそけきものである。
黄金色まぶしく、大きくひろがっている稔りの田であるが、
その中にあって、ひっそりと擦れ合っている稲穂は、
あたたかく、懐かしい。



蓑虫にひびいてきたるハーモニカ  中岡毅雄

蓑虫にある、かすれ感、は
ハーモニカの響きに通じるところがあるかもしれない。
ひびいてきたる、とは、頭の中で響いてきた、ということではないか。
銀色と、ひんやりとした手触りのなつかしさもまた、
蓑虫の重なったのではないだろうか。



記憶とは松茸ほどに匂ふもの  馬場龍吉

松茸ほどに匂ふ、と言われても、どのくらいなのか、
よくわからないけれど。ともかく
いい感じで匂う、ということなのだろう。
この、記憶、はいいものでないといけない。


なつはづき 自転車で来る 10 読む
市川綿帽子 横浜 10 読む
今井  いぶかしき秋 10句 読む
中岡毅雄 底 紅 10句 読む
ウラハイ  馬場龍吉 豊の秋 読む

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