【週俳11月・12月・1月の俳句を読む】
些少なものへ
川島由紀子
冬めくは睫毛の軽さ低いビル 花島照子
冬めくものとして、睫毛の軽さと低いビルに注目している。全く違うものを二つ並べ、読者を思ってもいない軽さと低さへと誘っている。意外な発見だが、なぜか納得させられてしまう。些少なものへ目を向けることは、俳句の得意とするところ。詩の女神は、細部に宿るものだから。
ゆうぐれの焚火へ溜息のやわらか 同
ゆうぐれの焚火は郷愁を誘うもの。溜息さえも柔らかくなる。「ゆうぐれの」と「やわらか」のひらがな表記も効いていて、優しい世界観が表現されている。
いっぽんの冬木の窪のあなたかな 同
冬木の小さな窪が、大きな異世界へ通じているような不思議な印象を受ける。「いっぽんの」の措辞は、この冬木が多くの冬木の中の「とある一つの冬木である」ことを、表している。広い世界のたくさんある冬木のそのまた小さな窪をクローズアップしておいて、一気に、「広々としたあなた」へと通じる。そのギャップが、心地よい。
浮寝鳥ルーズリーフに穴一列 田邉大学
浮寝鳥とは、冬にシベリア辺りからやって来る水鳥。湖波にぷかぷか揺れながら首を羽に突っ込んで浮いている水鳥たちは、まるで、ルーズリーフの一列に並んだ穴のようだという。そんな浮寝鳥の映像が浮かんでくる。また、逆に、ルーズリーフの穴には、浮寝鳥からの連想で、憂きことが思われるが、それをバチンと閉じれば、吹っ切れるような気分にもなれそうだ。俳句を読むことは、言葉との対話であることを思い出させてくれる一句である。
雪もよひ公民館に湯を沸かす 岡田由季
公民館の一室ではワイワイガヤガヤ会議の最中だ。ひとり抜け出して、湯沸室でお茶の用意をしていると、ふっと窓の外に雪の降り始めそうな気配を感じる。大勢の人々の中にいても、時にふっと感じる孤独感を、雪の降る気配がそっと慰めてくれる。季語に支えられる人の心を思う。
夜の端海鼠の口がすこし吸ふ 同
海鼠の口は、夜の端をすこし吸うという。だいたい、あの海鼠に口があるなんて考えたこともなかった。しかも、夜の端を吸うなんて。感動とは本来、突然やって来て、はじめは訳が分からず戸惑うもの。そして、だんだん忘れられず、強い印象が残るものである。
眠らむとして動くはらわた霜の声 大室ゆらぎ
霜が降りた夜のこと、眠ろうとするとき、しんしんとした霜の声にこたえるように、我が身の芯、内臓あるいは心の奥底が疼くように動く。霜の声を聞けば、我が身の芯もふっと霜に同化してしまうのかもしれない。
買初のくるりとまはる試着室 野崎海芋
買初のワクワクする楽しさを、「くるりとまはる試着室」と表現している。試着しているのは、新しいスカートだろうか、それともセーター、いろいろ想像できて楽しい。
雪だよと送れば雪だねと返事 同
呼びかければ、応えてくれる人がいるうれしさ。雪という言葉が、二人の間を行ったり来たりして、心をつなぎ温めている。たわいのない会話のようだが、声に出して読めば、そんな言葉の力を実感できると思う。金子みすゞの詩「こだまでしょうか」も思い出される。
第765号 2021年12月19日 ■岡田由季 宴 10句 ≫読む
第769号 2022年1月16日 ■佐藤智子 背はピンク 10句 ≫読む
第770号 2022年1月23日 ■大室ゆらぎ 霜 10句 ≫読む
第771号 2022年1月30日 ■野崎海芋 三連符 10句 ≫読む
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