【週俳11月・12月・1月の俳句を読む】
神様は寛大
青木ともじ
声冴える模型の肺を開くとき 花島照子
トルソーとかでしょうか、肺単体の模型でしょうか。最近は医療学習用の皮膚の模型なんかもあるみたいですね、リアルな質感の。
本物であれば開くはずのないその肺を開くときのどきどきは、人の好奇心の根源に近いものを感じます。模型の人工的なひんやりした質感だけでなく、「声」に目を向けたところがこの句の新鮮な部分でもあります。
麦の芽を何度も風のやりなほす 田邉大学
こちらは「やりなほす」がいいですね。吹かれては戻り、吹かれては戻りを繰り返す芽。稲穂とかでも同じような詠み方ができるかなとも思いましたが、稲穂よりも弾力があり、稲穂よりも密やかな小さな存在をじっと見つめるまなざしはまた異なる良さがあると感じました。
「やりなほす」からにはどこかに「正しい」風の吹き方があって、それにぴったり合うのを待っているような期待も感じます。
階段の巻き付くホテル冬の虫 岡田由季
「階段の巻き付く」という捉え方がまず面白い。どこか蔦を思わせますよね。螺旋階段なのか、建物全体をまわるように階段があるのか、すごく構造の気になる句です。この建造物にはちょっと薄気味悪い感じもしますね。
季語が冬の虫なので、もしかしたら階段の隅にこの虫がいるのかもしれません。故に、最初の印象はこのホテルを外から眺めている感じでしたが、最後まで読むと、いままさにこの巻き付く階段を登っているような感じがして、建物へ吸い込まれてゆくような気もする魅力的な句です。
雪もよひ公民館に湯を沸かす 同
なんてことのない景ですが、敢えてこの素材を見つけてくることは難しい。手練れた感じがします。公民館の会議室、それこそ句会とかかもしれませんが、給湯室とかに電気ポットと簡単なお茶セットが用意されていることはありますよね。
うまく言葉にはできませんが、「他」な場所にあるささやかな安心感みたいなものがこの湯沸かし行為にはあるのだと思います。公民館の匂い、スリッパのつめたさ、お湯を沸かしている自分の遠くでざわついている会話の音、いろいろなものが想像されてくる句です。
ほほ笑んで一夜飾りを許される 佐藤智子
この句は誰かに許される句というよりは、自分で自分を許してあげるような、ま、いっか!という感じに思えます。慌ただしい感じもしないし、この人なりに前向きな気持ちで飾っているようにも見えるので、OKじゃん、と思わせる句です。
因みに一夜飾りの縁起が悪い理由には諸説あるらしいですが、「歳神様は31日の早朝に家に来るからそれまでに」というのがあるらしく、すでに到着した歳神様に向かって「まだ飾ってないの、ふふ」という感じで許してもらっている画を想像してもなかなか面白いかもしれません。神様は寛大です。
軽トラの荷台で運ぶ獅子頭 同
獅子舞には中の人がいるので、元から形あるものは実は頭だけなのですね。その事実への気付き、そして頭だけが軽トラに乗って目の前を通りすぎてゆくシュールさ。そっけない詠みぶりですが、かなり好きな句です。
霜土手を見知らぬ人の速さかな 大室ゆらぎ
「見知らぬ人の速さ」という表現に意外性があり面白いです。土手を走っている人かなと思いました。そこら辺を歩いている人の九割以上はみんな見知らぬ人だろう!と突っ込みたくなりますが、それを敢えて言っているところ、走るなどと説明的なことも言わず、速いなぁ~と即物的にしか見ていないところ、捉え方が絶妙に面白い句です。
サイドミラーに細きつららや落ちずゆく 野崎海芋
エンジンをかけたときにはすでにこのつららには気付いていたのでしょう、落とすでもなく、大切にするでもなく、視界の隅にあるつららを運転しながらのんとなく見守っている感じが日常らしくてよいです。
第765号 2021年12月19日 ■岡田由季 宴 10句 ≫読む
第769号 2022年1月16日 ■佐藤智子 背はピンク 10句 ≫読む
第770号 2022年1月23日 ■大室ゆらぎ 霜 10句 ≫読む
第771号 2022年1月30日 ■野崎海芋 三連符 10句 ≫読む
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