【週俳6月7月の俳句を読む】
うまい具合に宙吊りに
小野裕三
香水の香を分け合へる男女かな 津髙里永子
遠雷に寝つく夜明けの天邪鬼 同
成熟した男女関係を、生き生きと俳句で描くのって、けっこう難しいような気がしています。ここは見解が分かれるのかも知れませんが、少なくとも僕の個人的な見解ではそうです。でも、この連作はそんなちょっと厄介な領域に挑んでかなり成功していると思いました。
一句目なんて、ちょっとアンニュイな雰囲気もあって、どきどきしますよね。枕元には、二人の腕時計も寄り添うように置かれていたりして。そんなディテールを想像させる喚起力がこの句にはあります。二句目の天邪鬼は、これはいろんな解釈がありそうですね。でもどんな解釈であっても、この遠雷と夜明けの関係には、どこか艶めいた感じがあります。寝つくまでの長い時間と、そしてこれから始まる一日の長い時間の、それぞれを思って、うまい具合に宙吊りにされるような感覚があります。
棕櫚咲いて菜食の人小さき声 森賀まり
裸子の髪の根ふかく梳かしやる 同
端正な空間を一貫して描き切った連作だと思いました。しかも、端正なのに微妙に遠近感が歪んだみたいなところがあって、端正さが本質的に持つ不均衡みたいなものを句のデザインとして際立たせている印象があります。
ここに挙げた二句もそんな感じで、空間としてはいかにも秩序立っているのですが、そこに向ける視線がどこかしらデフォルメされているところがあって、微妙な居心地の悪さを感じながら、その居心地の悪さがどこか快感にもなる、という、そんな仕組みです。しかもそのデフォルメに作者の感情みたいなものがちゃんと乗っているので、読み手もいつの間にか共感しちゃったりするわけです。
蠅の如沸き起こり来るバイクかな 杉原祐之
開発に取り残さるる日向水 同
実は僕はいまだにフィリピンには行ったことがありません。でも東南アジア全般は昔々バックパッカーでうろうろしたことがあるので、たぶん雰囲気は似ているのでしょう。わっと来るバイクやらトゥクトゥクやら自転車やら。交通法規も今ひとつあいまい。よくもわるくもわりとなんでもありの社会。そこには混沌とした熱気があって、その混沌ぶりがなんとも刺激的だったりするわけです。
そんなわけなので、いわゆる日本的な情緒の季語がうまくはまらない情景もその地にはたぶん多いと思うのですが、その意味では季語をきちんと選ぶことでこの混沌をうまく掴んでいます。東南アジアの混沌の匂いがむっとするような熱気とともに伝わります。
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