【週俳1月~2月の俳句を読む】
玉手箱を開けたような
小久保佳世子
◆山口遼也 叡電
初鴉ゆく叡電とすぢかひに 山口遼也
中村草田男は、初鴉大虚鳥こそ光りあれ と大をそ鳥(大あわて者の鳥)などと蔑称される鴉を光り輝く希望の鳥のように詠んでいます。
初鴉という季語には、俗なるものを聖なるものに変えてゆく言葉の力があります。なのでこの句の叡電も神秘的な鞍馬や貴船口あたりの景色を想像したくなります。
水滴のやうに蠅をり日向ぼこ 山口遼也
水滴のような蠅とは現代アートのようです。それも残すことを目指さないすぐ消えるアート作品のような。透明感のある蠅は実在していないかもしれず、そこに見えるのは日向ぼこをしている人の姿だけ。
◆山岸由佳 おのづと
秒針や襖のしろき野のひかり 山岸由佳
襖絵に差すひかりは過去のものか、或いは未来からのひかりかもしれず。いずれにしても明るい静けさのどこかで今を刻む秒針の音が聞こえてきます。
階段を上る恋猫時間のやう 山岸由佳
「時間のやう」という言葉に一瞬時間が止まります。はて?と。そして、時間は直ぐにまた動きだしふと見るとその時間の階段を猫が上ってゆくのです。とても早くととととっと。
◆佐々木紺 声と暴力
逃げてきてまたあやとりの果ての川 佐々木紺
子供のころから最もよく見る夢は追いかけられて逃げる夢です。目が覚めて逃亡の夢は終わりほっとするようながっかりするような。「あやとりの果ての川」とは色々なあやとりをしてきて最後にシンプルな4本線のあの川のかたちの糸が手に残ったということでしょうか。やっぱり逃亡劇もある複雑な夢見の後のように思えます。
陽炎や老人になる息子たち 佐々木紺
浦島太郎が玉手箱を開けたときのようです。どこか明るくて老いを肯定しているとも読めます。春は案外老いや死を思わせる季節なのかもしれません。
◆藤井万里 青空
天井がもっとも眩し雛の家 藤井万里
日本家屋の暗さが見えてきて、庭の池面を反射する日の光りが天井をちらちら照らす、そんなイメージです。その天井を「眩し」と言う時、雛を飾るという風習の陰翳に富んだ側面が感光されるようです。
初桜日はぽつかりと海にあり 藤井万里
手あかが付いた「日はぽつかり」という表現、しかも初桜。何も新しいところが無さそうでどこか初々しい清潔な精神性を感じてしまうのは何故でしょうか。
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