【週俳10月11月の俳句を読む】
塔の先の橋を渡って溶ける
八上桐子
両の壁と五十の塔、そしてそのかなしき王たち 垂水文弥
白い壁に挟まれて、墓石のように白っぽい塔が五十立ち並んでいる。それぞれの王は、日々のあれこれをSNSでつぶやいている。人生は、いつの間にか劇場になってしまったから。
春着でもつて包丁投げ合つて笑ふ
踊りけりあなたの彗星となつて
何にあこがれ少年はきつねをころす
たのしいは、むなしい。
雨すてふ町より来しと云ひをどる
休暇明スパムスパムと三人来
冬がくるおほきな顎をたづさへて
やって来るのは、望まないものばかり。
あぢさゐととても謝りつつ思ふ
ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……、あぢさゐになってゆく、赤いあざ、青いあざ。
これは恋シャワーの中のまるごとが
水を浴びせてあぢさゐをよろこばせる。あぢさゐがよろこべば、わたしはうつくしくなる。
煙草てふさびしき塔を持ちあるく
塔を出ても塔を捨てられない。塔は問う。からっぽがからっぽを問う。
アルバムの七曲目くらゐの雪が
雪はまだ止みそうにない。視界から色が消えてゆく。私のあぢさゐもうすらいでしまう。
抱きしめに来いよ水仙のくせしてなんだよ
そして産声
われらみなしごすすめ誰が忌かもわからず
むなしさが私を生みつづける。また私が生まれ、塔が一つ建つ。
おや、壁の向こうにも塔らしきもの……。
橋 関灯之介
橋を渡って、王の世界を抜ける。
われらの夢を集めし塔のうすけむり
夢の塔より貝殻を盗みきし
幻想? いや、けむりや貝殻のそこに確かに塔はある。正確には塔を感知することができる。
玻璃窓に我その奥の窓にも我
停電の夜の鏡へ顔を寄す
冬薔薇鏡の中の遠き部屋
窓の奥の窓。暗闇の奥の鏡。鏡の中の部屋。いまここに重なっている、無数のレイヤー。現実のレイヤーも、時空を超えたレイヤーもあって、それぞれに無数の私が存在する。
橋よわれはゆるされずして写真に笑む
ゆるされないままの私が、写真のなかに微笑む。一枚の写真も、橋も、レイヤーの一つとして意識下に保存される。
溶けたあと 三宅桃子
ピンボケは涙のようで豊の秋
父斜めに写りて犬の墓を指す
ここにも、写真。
ピンボケに涙をおもうのも、父の傾きに目がいくのも今の心情。なにを見ても、たださみしい。
くつしたの裏を表にする花野
靴下の裏を表にしているだけなのに、花野まで裏返されたように感じられるのは、先のさみしさに触れたせいだろう。花柄が横糸ばかりになるように、花野が枯野となっている。
三角に響いておりしふゆの星
読んだ瞬間に、犬の耳と思った。犬の名を呼べば、三角の星がちいさく瞬く。
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