2025-02-02

八上桐子【週俳10月11月の俳句を読む】塔の先の橋を渡って溶ける

【週俳10月11月の俳句を読む】
塔の先の橋を渡って溶ける

八上桐子


両の壁と五十の塔、そしてそのかなしき王たち 垂水文弥

白い壁に挟まれて、墓石のように白っぽい塔が五十立ち並んでいる。それぞれの王は、日々のあれこれをSNSでつぶやいている。人生は、いつの間にか劇場になってしまったから。

春着でもつて包丁投げ合つて笑ふ  
踊りけりあなたの彗星となつて
何にあこがれ少年はきつねをころす

たのしいは、むなしい。

雨すてふ町より来しと云ひをどる
休暇明スパムスパムと三人来
冬がくるおほきな顎をたづさへて

やって来るのは、望まないものばかり。

あぢさゐととても謝りつつ思ふ

ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……、あぢさゐになってゆく、赤いあざ、青いあざ。

これは恋シャワーの中のまるごとが

水を浴びせてあぢさゐをよろこばせる。あぢさゐがよろこべば、わたしはうつくしくなる。

煙草てふさびしき塔を持ちあるく

塔を出ても塔を捨てられない。塔は問う。からっぽがからっぽを問う。

アルバムの七曲目くらゐの雪が

雪はまだ止みそうにない。視界から色が消えてゆく。私のあぢさゐもうすらいでしまう。

抱きしめに来いよ水仙のくせしてなんだよ
  そして産声
われらみなしごすすめ誰が忌かもわからず

むなしさが私を生みつづける。また私が生まれ、塔が一つ建つ。
おや、壁の向こうにも塔らしきもの……。

橋 関灯之介

橋を渡って、王の世界を抜ける。

われらの夢を集めし塔のうすけむり
夢の塔より貝殻を盗みきし

幻想? いや、けむりや貝殻のそこに確かに塔はある。正確には塔を感知することができる。

玻璃窓に我その奥の窓にも我
停電の夜の鏡へ顔を寄す
冬薔薇鏡の中の遠き部屋

窓の奥の窓。暗闇の奥の鏡。鏡の中の部屋。いまここに重なっている、無数のレイヤー。現実のレイヤーも、時空を超えたレイヤーもあって、それぞれに無数の私が存在する。

橋よわれはゆるされずして写真に笑む

ゆるされないままの私が、写真のなかに微笑む。一枚の写真も、橋も、レイヤーの一つとして意識下に保存される。

溶けたあと 三宅桃子

ピンボケは涙のようで豊の秋
父斜めに写りて犬の墓を指す

ここにも、写真。
ピンボケに涙をおもうのも、父の傾きに目がいくのも今の心情。なにを見ても、たださみしい。

くつしたの裏を表にする花野

靴下の裏を表にしているだけなのに、花野まで裏返されたように感じられるのは、先のさみしさに触れたせいだろう。花柄が横糸ばかりになるように、花野が枯野となっている。

三角に響いておりしふゆの星

読んだ瞬間に、犬の耳と思った。犬の名を呼べば、三角の星がちいさく瞬く。


垂水文弥 両の壁と五十の塔、そしてそのかなしき王たち 52 読む 912

関灯之介 橋 30 読む 914

三宅桃子 溶けたあと 10 読む 915

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