【週俳3月の俳句を読む】
読みすぎてしまう
中山奈々
線香の黒く光るや寒戻り 須藤光
我が家の線香は百均のものだ。百均といえど、一箱にどっさり入っているので一回に三本(一本では先祖を寂しがらせて、二本は先祖との別れを示唆するので三本がいいと高野山で聞いた)焚いても、まあ一ヶ月は持つ。定番のラベンダーと白檀ではなく、お茶と桜の匂いのをそれぞれ買ってくる。他意はない。単にこの二つの在庫が多いのであろう。
さて、掲句。黒く光るなんてめちゃくちゃいい線香である。この線香は一本差しだろう。一本がじっくり燃えていく。燃えていくところは光りであるが、まだ燃えていないところは闇だ。春の寒い寒い闇になかにすっと立ち、燃えることで光る。それも束の間。すぐに灰となり、溢れる。寒い寒い闇の中に。線香も練られる前は粉だったでしょ。最初の形に戻っただけよ。と低く笑う声がした。
雨恋し恋しと落椿腐る 近恵
雨が恋しいのだから、晴れた日なのだろう。晴れた日ならば、落椿の傷みは緩やかであるはず。晴れていたほうがよくないかい。と思うのだが、違うんだ。雨で一気に腐って、いやもう腐る以上に亡きものとなりたい。雨よ。花を育ててくれた雨よ。死して転がるこの身を一気に消しさってくれないか。落椿が綺麗なんて、どの口が言っているんだ。この醜態をはやく。はやく。と焦る感じと、ロバータ・フラック「やさしく歌って」のように優しさに包まれて死を望む感じとがある。どっちだろう。後者の方が艶があるのかな。
掃く人の椿壊してしまひけり 中西亮太
これも落椿。落椿とは書いていないけれど。そのままぽとんと落ちた椿を壊す、箒。竹かな。竹がいいな。「しまひけり」とあるから、本当は壊すつもりはなく、むしろ避けていたのに、壊してしまった。崩すでもなく、壊す。椿の花は結構肉厚だけれど、こう書かれると、あれ、案外繊細だったのかもしれない。ともう一度落椿を覗きに込みたくなる。あ、壊されていない落椿を。
いやいや、落椿と書いてないんだから、ちゃんと椿で読んでよ、という方用に。えーと。掃きながら椿の垣根に当たって、椿を落としてしまった。ふざけていた訳でなく、よろけたのであろう。と読めるけれど、最初の方で読んだほうが椿がいきるんじゃないかな。
服を縫ふ指にんにくを分解す 篠崎央子
服を縫うのもにんにくを分解するのも指である。にんにくの分解はさらに皮むきを含めたら相当大変。にんにくを分解すると、三回ぐらい洗わないと取れない匂いがつく。だから順番は服を縫い終わってからでないといけないのだが、そんなこと言っていられない状況ってある。服を縫うのが仕事で、常に指は縫うために存在している。でも指の主人はもれなくニンゲンで、時間がくるとお腹が空く。だから料理を作るわけだが、作って、食べて、また服を縫う。もちろんにんにくの匂いを指からきれいに取り除いて。そんなとき縫うのが先、にんにくがあとなんてことはなく、どちらも生きるのに不可欠な作業なのだ。全然違う作業だけど。縫うのは布を繋いでいくこと。分解と反対。そのどちらも出来る指。指すげえ。
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