【週俳3月の俳句を読む】
モノクロームの春
八上桐子
米屋には亭主が一人春の雨 須藤 光
米屋、亭主という措辞が昔ながらの米屋を思わせる。一歩入れば米糠の匂う、ひんやりうす暗い店屋。その暗さと匂いを増幅させている、春の雨。重い米袋と糠を扱うせいか、がっちりしていながらしっとり白い亭主の手が米を掬う。白い米粒と透明の雨粒が交差して、ふっと消えてしまいそうだ。
山葵摺る夜や探査機の着陸す 篠崎央子
おろし金に「の」の字を描くように山葵を摺る。真っ青な香りがツーンと鼻の奥を突き抜ける。探査機は遠い星に降り立ったらしい。送られてきた衛生画像のでこぼこの地表が、まあるく摺りおろした山葵の肌理にオーバーラップする。突き抜け感が宇宙にまで到達して痛快。
永き日や黒鍵白鍵より軽く 中西亮太
日が長くなるにつれ、心身も幾分軽くなってくる。黒鍵のタッチが白鍵より軽いことに思い至るのも、からだが春をよろこんでいるからだろう。鍵盤楽器の白鍵と黒鍵の組み合わせの、すきっとしたあかるさ。永き日やのあと、転調のようにコッケンハッケンと弾むのもたのしい。
木蓮が光って海をひとが来る 近 恵
この木蓮は白。あの純白に反射する光は、こころを無防備にする。むき出しになったこころが、素直に人を恋う。「人」ではなく「ひと」として、「ひと」を思っている。海を来るのは、生者とは限らない。会いたいひとに会えるまぶしさが、木蓮と海を一層かがやかせている。
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