【週俳2月5月の俳句を読む】
白のニュアンス
笹木くろえ
菓子箱に菓子の模様や冬椿 工藤 吹
渦巻き、半円、短冊形などが描かれた美しい紙箱。柔らかな和紙の手触り。見事な冬椿の咲く家の主に送られた品だろう。暖かな室内でのくつろぎの描写が、外の寒さを連想させる。
がつと掴んで牡蠣剥きぬ手のちから 工藤 吹
力強く無骨な感じをあらわすのに、破調が効果を上げている。牡蠣を摑むしっかりとした手、力を入れて白くなっている関節が目に浮かぶ。「がつと」の措辞で、動作の素早さも巧みに表現されている。
春雪や触れたることのなき手摺 阪西敦子
よく通る道にある手摺、古びて錆が浮いているようなもの。普段なら触ろうとも思わない手摺に注意が向いたのは、降ってはすぐ溶けてしまう春の雪の所為。雪の水っぽさや錆の匂いや、作者の心の中の逡巡が感じられる。
春雪を行き交ひ聴きとれぬ言葉 阪西敦子
全くわからない言語はただのノイズとして流れて行き、気にも留めないものだ。この言葉はよく聴けばわかる言葉なのだろう。声がくぐもっていて聴こえないのか、何か考え事をしていて街を流れる言葉を聴いていないのか。雪の街と同じ、濁った白のような気分の日。
白すぎて雲は浮かぶよ四月馬鹿 福田若之
白でも黒でも雲は浮かんでいるが、「白すぎて」浮くという詠みぶりに妙な説得力がある。無垢すぎて周りから浮いてしまう人物を思わせる。無邪気と思っていた季語に含まれる「馬鹿」という言葉の強さや悪意に気付かされ、はっとした。
春の夢か電子レンジのさざなみも 福田若之
あって当たり前の電化製品。そこから発せられるマイクロ波が部屋に満ちてきている。のんびりとした春の夢、自分の精神世界までもが、電子レンジにコントロールされているような薄ら寒い気持ちにさせられる。
しやぼん玉割れてあくびの涙ほど 山口優夢
夢の終焉の瞬間をスローモーションで見せてくれる。虹色の世界が一瞬にしてごく小さな水滴に変わる。その取るに足りない存在が最後に放つ儚く美しい輝き。
夜が手を見せて戦場から電話 山口優夢
暗闇からぬっと手が伸びてきて受話器を摑む画像が目に浮かんだ。希望が見えない状態で現れた手は敵か味方か。一つだけ確かなのは、電話がかかってきているということ。この繫がりを離さないようにという緊張が感じられる。
にんげんとおぼしき者らタヌキを囲む 山田耕司
タヌキは狸だが、にんげんのほうはどうだろう。おぼしき、等と書かれていてとても胡散臭い。一読、フィリップ・K・ディックの「パパそっくり」を思い出した。危うし、狸。
鍵束を見せペンギンにいとま乞ふ 山田耕司
今どき鍵束を持っているなんて、どんな人だろう。古い映画の看守と囚人のようだ。もしかしたらペンギンは鍵のコレクターで、「こんな珍しいものが入りました」と見せに行ったのかも知れない。ペンギンが囚われているというのは思い込みで、こちらは彼らの世界へお邪魔しただけなのだろう。鍵束の鈍い輝きとペンギンの白い腹と。またお会いしましょう。
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