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2026-02-22

VRC吟行句会 輝きの向こう側へ! きりばらい

VRC吟行句会
輝きの向こう側へ!

きりばらい


2023年2月から、VRChatで俳句の吟行・句会をしています。

VRChatは、VRプラットフォームです。ユーザはヘッドマウントディスプレイ(HMD)という装置を被り、VR空間を探索したり、世界中の人々と会話したり、ゲームしたりしています。VRChatではユーザ主導で音楽イベント、占い、ラジオ体操、スポーツなど様々なイベントが行われています。

VRChat内の空間のことを“world”といい、数多くのworldが世界中の人々によって作られてアップロードされています。「VRC吟行句会」では皆でworldを歩き回って俳句を詠んだ後、互選による句会を開きます。句会もVRChatで実施しています。


VR空間を吟行するというアイデアは、YouTube企画「ゲームさんぽ」の『俳人と行くゲーム吟行』から着想を得ています。「ゲームさんぽ」では句会を行ってはいませんが、漫画『ほしとんで』の句会描写に興味を持ち、実施することにしました。

VRChatには春夏秋冬それぞれをイメージしたworldがあります。当句会では開催時期の季節感に合ったworldを選定して吟行しており、配置された季節の事物を詠み込むことで実際の吟行と同じように作句しています。また、大きく現実離れした世界観や演出をもつworldでは、VRでの吟行ならではの作品も生まれています。

VRChatのユーザは、私がそうであるように、ゲームやアニメ・漫画を趣味とした人が多く集まっています。VRC吟行句会はそうした人たちが俳句に触れる初めての場にもなっています。

初めてVRChatで吟行したとき、参加者の誰も句作の経験がありませんでした。もちろん句会も参加したことがなく、指導者も経験者もいない漫画やWebページを参考にした見様見真似の句会でした。今でも句会の進行や運用に大きな変化はありませんが、句会を盛り上げるために、メンバが外部の句会に参加したり、俳人を講師に招いての特別句会を実施したりしています。特に、北大路翼さんとりぼん句会には様々なところでお世話になっています。

VRC吟行句会は、いつでもご参加をお待ちしています。隔週火曜日の21:30~24:00で行っています。VRChatはHMDを装着してのプレイを推奨しますが、HMDを持っていなくてもWindows PCがあればプレイは可能です。スマートフォンからも参加できる回も設けています。吟行句会の様子はYouTubeチャンネル「VRC吟行句会」でライブ配信しており、YouTubeコメントからの参加も可能です。

また当句会では、一年間の活動記録・作品集として、毎年俳誌を発行しています。文学フリマなどで頒布していますので、是非お手に取っていただければと存じます。

それではまた、次の火曜日にお会いしましょう。

樋口由紀子さん追悼句会のお知らせ

樋口由紀子さん追悼句会のお知らせ



令和8年2月11日に、川柳作家の樋口由紀子さんが永眠されました。
由紀子さんへの感謝を込めて、追悼句会を行いたいと思います。
ジャンルの垣根を越えて、多くの方のご参加をお待ちしております。

 【投句】
未発表句、お一人様3句。
投句締め切り:令和8年3月3日(火)23:00
以下のフォームからご投句ください。
※お名前を変えての二重投句はご遠慮ください。
※本句会に投句された句は、発表句とみなし、SNS、同人誌等の媒体で取り上げることがあります。

 【選句】
投句された方には、句の一覧および選句フォームをメールでお送りします。
特選1句 並選6句 計7句の選をお願いします。
特選には選評もつけてください。
選句締め切り 令和8年3月11日(水)21:00 必着

お問い合わせ先:
広瀬ちえみ hirose-chie@jcom.home.ne.jp
宮本佳世乃 kayono@ktb.biglobe.ne.jp


2025-09-28

『音数で引く俳句歳時記』活用句会・顚末記 西原天気

『音数で引く俳句歳時記』活用句会・顚末記

西原天気

『What's』第8号(2025年5月)より転載

【筆者による解題】

『音数で引く俳句歳時記』(監修岸本尚毅)なる歳時記を四季4冊、2023年に制作。その歳時記を手に作句・選句・合評の句会をやりましょうと、販促も兼ねて(じつは私の個人的な愉しみ)、東京・荻窪で開催したり、関西を巡業をしたり。お招きがあれば、風呂敷包みに必要冊数を抱えて出向きますよ、と冗談半分に言っていたのか、考えているだけだったか、もう忘れましたが、あるとき、仙台の川柳作家・広瀬ちえみさんから、川柳誌『What's』主催の句会で、それ、やってみませんか? と、ありがたいお誘い。東京西郊のわが家から仙台までは意外に近い。時は11月の終わり。日帰りの句会→懇親会→二次会を楽しませていただきました。

以下は、記事タイトルのとおり、当該句会の顚末記。紙幅の制限もあって、句会の記録としては、読者にも関係者にも私にもやや物足りないところがありますが、「音数」という、俳句にとって川柳にとって幸か不幸か避けがたく、抜き差しならず身も蓋もなく、枝葉のようで根本的(ラディカル)な、指を折る人にも折らない人にもついてまわる事象について、軽く、あまりにも軽く触れた部分もありますので、ここに転載させていただくことにしました。


とある句会の、とある一句で、「右手」という語が話題にのぼりました。「なぜ左手ではなく右手なのか?」。私の見解は「3音だから」。ですが、世の中には意味の好きな人、句に意味を読み取ろうとする人が多いのでしょう。あまり賛同を得られませんでした。

意味は、ない、に越したことはない。はたまた、書いてもいない意味を追いかけても退屈。とはいえ、川柳にせよ俳句にせよ、ことばである以上、どうしたって意味は付いてきますから、非=意味、反=意味、無=意味は、なかなか実現しない夢想に過ぎない。にしても、希求はしていたい。そこで、音数です。

意味でも範疇でもなく、音数の順に並べたアブノーマルな歳時記には、その使用法として、作句の際の音数調整という身も蓋もなく実用的な側面がいちおうあるにはある。けれども編者たる私の願いは、意味からの離脱だったりします。音数に凭れかかることで、意味がどこかに行ってしまう。屈折する。崩壊する。そんな事故のような句、事件のような句に惹かれるあまりの音数歳時記。個人的な嗜好に過ぎないのですが、そう言っておくのがロマンチックです。

さて、そこで、この音数歳時記を実際に手にしながらの句会です。これまで東京で数回、大阪、京都、神戸、大津と関西巡業、そして今回はいよいよ仙台。しかも、俳句ではなく川柳を主成分とする句会にお招きいただいての句会でした。

席題は手持ちの文庫本を適当に開いて、一行目にあった語句から選び、はたまた音数歳時記を適当に開いたその見開きの立項を席題にするという変則的な趣向もまた、意図を避け事件を期待してのものでした。うまくいったかどうか心許なくはありますが。ともかく句会は進む。投句へ、清記へ、選句へ、合評へ。

やあ、君はへっつい猫かミケランジェロか 豆乃助》《虹蔵れて見えずお互いに鴉 省悟》などは、歳時記効果と言っていいと思います。「へっつい猫」「虹蔵れて見えず」なんて、他で出会うことはなかなかない。《童貞聖マリア無原罪の御孕りの祝日以来麩 潤々》もそう。くわえて「以来」という席題もこの句の成り立ちに貢献したようです。

はたして、この句会で、事故のような句、事件のような句は、どのくらい生まれたか。答えは人それぞれでしょうけれど、この日が、この句会が、みなさんにとって多少なりとも事故の様相・事件の気配を帯びたものであったとしたら、うれしいです。ありがとうございました。

( 了 )

音数で引く俳句歳時記 ≫amazon

2024-09-29

「音数歳時記」活用句会 in 荻窪 のご案内

【お知らせ】
「音数歳時記」活用句会 in 荻窪 のご案内



音数で引く俳句歳時記・秋』(岸本尚毅監修・西原天気編/草思社)を片手に、席題を作句する句会です(その後の選句・合評は通常の句会と同様)。

ゲスト:岸本尚毅

日時:2024年108日(火)19:00

場所:屋根裏バル 鱗 kokera https://twitter.com/kokera07839729

句会費:2,000円(カレー&烏龍茶付)

上記歳時記を持参されない方には、句会場にて、定価の約7割(学生さん5割)で頒布いたします。

申込は店主の茶鳥さんまで nomurakaori.ad@gmail.com

(西原天気)

≫『音数で引く俳句歳時記・秋』≫amazon



2024-09-15

■「音数歳時記」活用句会 in 大津のご案内

「音数歳時記」活用句会 in 大津のご案内


 『音数で引く俳句歳時記・秋』(岸本尚毅監修・西原天気編/草思社)を片手に、席題を作句する句会です。

2024年1013日(日)12:00-16:00

会場:義仲寺無名庵
https://otsu.or.jp/thingstodo/spot110
アクセス:JR膳所駅または京阪電車・膳所駅から徒歩7分
会場/ 境内は9:00~入場・拝観可。受付で「句会参加」とお伝えください。

席題による作句・投句。以降の選句・合評が通常の句会と同様。

上記書籍を持参されない方には、句会場にて、定価の約7割(学生さん5割)で頒布いたします。

句会費:500円  拝観料を含む

定員20名。

俳句初心者大歓迎/句会後の飲食からのご参加もオーケーです。

お申し込み・問い合わせは、久留島元さん(cqa21226@nifty.ne.jp)もしくは西原天気(tenki.saibara@gmail.com)まで。




2024-06-23

「音数歳時記・夏」活用句会 in 荻窪のご案内

「音数歳時記」活用句会 in 荻窪のご案内 

『音数で引く俳句歳時記・夏』(岸本尚毅監修・西原天気編/草思社)を片手に、席題を作句する句会です(その後の選句・合評は通常の句会と同様)。

日時:2024年73日(水)19:00

場所:
屋根裏バル 鱗kokera
 https://twitter.com/kokera07839729

句会費:1,500円(カレー&烏龍茶付)

上記歳時記を持参されない方には、句会場にて、定価の約7割(学生さん5割)で頒布いたします。

申込は店主の茶鳥さんまで nomurakaori.ad@gmail.com

≫『音数で引く俳句歳時記・夏』amazon



2024-05-12

■「音数歳時記」活用句会 in 神戸のご案内

「音数歳時記」活用句会 in 神戸のご案内


『音数で引く俳句歳時記・夏』(岸本尚毅監修・西原天気編/草思社)を片手に、席題を作句する句会です。

2024年713日(土)13:00-17:00

会場:神戸市中央区文化センター 会議室1003(受付10階)
 〒650-0031 神戸市中央区東町115番地
 ※三宮駅から徒歩6分

席題による作句・投句。以降の選句・合評は通常の句会と同様。

上記書籍を持参されない方には、句会場にて、定価の約7割(学生さん5割)で頒布いたします。

句会費:200円
定員22名。

句会後の飲食からのご参加もオーケーです。

お申し込み・問い合わせは、川田果樹さん(kaju.kaju.ju10@gmail.com)もしくは西原天気(tenki.saibara@gmail.com)まで。


 ≫amazon


2024-03-03

「音数歳時記」活用句会 in 荻窪のご案内

「音数歳時記」活用句会 in 荻窪のご案内 


『音数で引く俳句歳時記・春』(岸本尚毅監修・西原天気編/草思社)を片手に、席題を作句する句会です(その後の選句・合評は通常の句会と同様)。はじめに簡単に本の紹介をします。

日時:2024年329日(金)19:00

場所:
屋根裏バル 鱗kokera
 https://twitter.com/kokera07839729

句会費:1,500円(カレー&烏龍茶付)

上記歳時記を持参されない方には、句会場にて、定価の約7割(学生さん5割)で頒布いたします。

申込は店主の茶鳥さんまで nomurakaori.ad@gmail.com

≫『音数で引く俳句歳時記・春』≫amazon

2024-02-18

■「音数歳時記」活用句会 in 京都のご案内

「音数歳時記」活用句会 in 京都のご案内 


『音数で引く俳句歳時記・春』(岸本尚毅監修・西原天気編/草思社)を片手に、席題を作句する句会です。

2024年316日(土)13:00-17:00

会場:ウィングス京都(京都市中京区東洞院通六角下る)会議室2

席題による作句・投句。以降の選句・合評が通常の句会と同様。

上記書籍を持参されない方には、句会場にて、定価の約7割(学生さん5割)で頒布いたします。

句会費:200円
定員22名。

俳句初心者大歓迎/句会後の飲食からのご参加もオーケーです。

お申し込み・問い合わせは、仲田陽子さん(yoko831nkt@gmail.com)もしくは天気(tenki.saibara@gmail.com)まで。


2020-09-13

柳俳合同誌上句会〔2020年9月〕選句結果

柳俳合同誌上句会〔2020年9月選句結果

10名様参加。5句選(特選1句・並選4句)。≫投句一覧

参加者

〔柳人〕
樋口由紀子
竹井紫乙
瀧村小奈生
川合大祐
柳本々々
〔俳人〕
岡野泰輔
こしのゆみこ
竹内宗一郎
生駒大祐
岡嶋真紀

※選外の句にも随意にてコメントいただいています。

【紙】

脱色してヤンキーになってる紙  竹井紫乙
◯竹内宗一郎
■感光して色の変った紙だろうか、ヤンキーの喩えが面白い。(竹内宗一郎)
■ヤンキーは金髪になるが、この紙は何色?日晒しで反りかえった紙か?(岡野泰輔)
■脱色するとヤンキーになるのか…よくわからないけれどそうかもしれないと思わせられてしまう。(瀧村小奈生)
■「なってる」と句自体がヤンキー化しているところが興味深いです。(川合大祐)

猪に勝つて紙面の小見出しに  竹内宗一郎
■じゃあ、大見出しは何だったのか。「猪突猛進にうっちゃり!」が大見出しで、「イノシシから金星の田中さん」が小見出し・写真付きみたいな妄想をしてしまった。(瀧村小奈生)

〈     〉を〈紙にプリントするように〉  川合大祐
◎岡嶋真紀
■私は『〈     〉』を「空白」と読み取りました。何もない全くの空白を印刷機で出力してしまったとき、印刷機から出てきた白紙は何かプリントされているような、特別な何かに感じられます。それに加えて「〈紙にプリントするように〉」の柔らかくも念押しのようなフレーズが続いていて、どこか神託のような雰囲気があって面白いと思いました。(岡嶋真紀)
■何か面白そうなのに、手にとりきれないもどかしさを感じる。(瀧村小奈生)

鏡台のうしろに落ちた秋の紙  樋口由紀子
◯生駒大祐
■なんでもない内容なんですが、「秋の紙」という静かなふざけかたがいいですね。(生駒大祐)
■「秋の紙」は何なのだろう、鏡台の後ろに落ちたら拾うのだろうか、そのままになってしまうのだろうかなどと彷徨っている。(瀧村小奈生)

ユニコーンの匂いは紙に似ている  柳本々々
◎竹井紫乙◯岡野泰輔◯瀧村小奈生◯樋口由紀子◯こしのゆみこ
■誰も嗅いだことのないユニコーンの匂いについて勝手に断定しているわけですが、このパターンは川柳ではよくあります。この句は取り合わせが美しい。ユニコーンは白馬のような姿だったり、白っぽい薄い水色で描かれた姿がポピュラーです。そこに「紙」の取り合わせがとてもクール。ユニコーンは実在しない。紙に書かれたことも本当のこととは限らない。幻の匂いは紙の匂いかもしれない。(竹井紫乙)
■一角獣だし、獣の匂い、性的、宗教的な暗喩も呼びやすいが紙の匂いはそのすべての問を外している。穿った解釈を寄せつけないとりつく島のなさがおしゃれ。長編詩や小説の語り出しみたい。(岡野泰輔)
■ユニコーンはその姿に目を奪われ、匂いまで思いが及ばなかった。紙のような匂いがするのか。その断定に納得。(樋口由紀子)
■本当は紙じゃなくてもいい気がする。紙よりもっといい匂いというわけでもない、もっと特別なものがいいです。でもこの措辞はとても素敵でした。(こしのゆみこ)
■ユニコーンの匂いと言われてもよくわからないのだが、匂いがなさそうなところが紙と似ているのかもしれない。「匂い」という言葉で、ユニコーンも紙もなまめかしく感じられておもしろい。(瀧村小奈生)
■紙がユニコーンの匂いに似ている、ではないところが凄いです。ユニコーンの匂いが確かに存在すると、疑わないことが前提の世界観。(川合大祐)
■どことなく粉っぽくて、ほんのり甘い匂いなんでしょうか。存在しない生物のユニコーンを、紙にぶつけたことによって変な説得力をもたせたのが面白いと思いました。(岡嶋真紀)

紙でつくる東京のうへ鰯雲  岡野泰輔
◯川合大祐
■「東京」を紙でつくっているのか、更にはその「うへ」の「鰯雲」をつくっているのか、広がりを持つ句でした。(川合大祐)
■紙をしわくちゃにしてちぎってばらまけば、うまく出来上がるかな。深読みすれば政治的な句ともとれるけれど、そういう読み方はむしろつまらないような気がしました。(竹井紫乙)
■「鰯雲」とか「紙でつくる東京」の頼りなさとか素材が魅力的。(瀧村小奈生)

紙蓋のサイズの違う秋夕焼  こしのゆみこ
◯瀧村小奈生
■紙蓋は紙の落し蓋のことでよいのだろうか。落し蓋のサイズの合わないのは、まあいいんだけれども哀しさと違和感が残る。秋夕焼けは、そういう心の屈託を帳消しにしてくれる美しさを持っていると納得した。(瀧村小奈生)
■紙蓋にも硬いものと柔らかいものがありますが、サイズが違う気持ち悪さがあまりぐずぐず感じられないのは秋夕焼のせいなのでしょう。(竹井紫乙)
■何に蓋をするのか、そもそも何を入れようとしたのか、「秋夕焼」と言う季語の無限星が勉強になります。(川合大祐)

筆洗や月へ及べる紙の冷  生駒大祐
◯瀧村小奈生◯樋口由紀子
■「月へ及べる」とはなんと素敵な言葉だろうか。紙のひんやりした感触が伝わってきそうだ。ていねいに表現している。(樋口由紀子)
■書道にはまったく無縁なので、この句はどこをとってもかっこよく思える。月の光と紙の冷、しんとした秋の夜が気持ちよく感じられた。(瀧村小奈生)

鞄には他人になる紙星月夜  岡嶋真紀
■一読、離婚の句なのかと思ったのですけど。でも鞄の中に紙はいつまでも入ったままなのかもしれないし、自分の鞄ではないのかもしれない。自分が別人になる紙なのかもしれず、どうとでも読もうとすれば読める。鞄はブラックホールですね。(竹井紫乙)
■鞄の中に入っている紙に意識をとられながら星月夜を歩いている感覚に共感する。「他人になる紙」の不思議さに惹かれながら、離婚届だったらどうしようと躊躇してしまった。何でもないただの紙だったらいいのになあ。(瀧村小奈生)
■普通に考えれば離婚届なんですが、偽造身分証明書ととらえても「星月夜」のシステム感の前の無力さが出ていると思いました。(川合大祐)

紙コップ立つ秋の日のコカ・コーラ  瀧村小奈生
◎柳本々々
■紙コップが立つしゅんかんってたしかにきもちいいんだよなあと思う。そうそうあれあれ、と思った。とくにそれが秋の日でコカ・コーラならさわやかの嵐でいい。(柳本々々)
■あの赤い蓋を回した時に鳴る音が高らかに響いてくるような。秋の痛快な気持ちいい日に、痛快な飲み物を飲むワクワクを「紙コップ立つ」から伝わってきました。(岡嶋真紀)

【魚】

たなびきし楽市楽座魚座どち  こしのゆみこ
■たなびいていたのは楽市楽座の幟旗?そんなお店もあったような。「座」だけでつながる魚座も楽しい。(瀧村小奈生)

てのひらの魚の熱をどうしよう  樋口由紀子
◎岡野泰輔◯竹井紫乙◯柳本々々◯岡嶋真紀◯生駒大祐
■どうしよう! 変温動物らしいから死んじゃうよ。手のひらに載る小さな魚の熱を気にして戸惑っているのが、ばかばかしくも、すごくいい。小さなもの、柔らかなもの、弱いものへの無垢で残酷な視線がスタイリッシュ。(岡野泰輔)
■魚の熱は作者自身の熱なのだと読んだ。どうしようもないよね。どうしようもないことをどうしようもなく書いているところが良いと思いました。(竹井紫乙)
■マジでどうしてくれようか。この魚は生きてるんでしょうか。だからここまで取り乱したのかな。低いはずの魚の体温を、たしかな熱として感じ取れるところが凄いと思いました。生き物に慣れていない不器用さ、優しさ、そして怯えとが詰まっていて、そこが魅力だと思います。(岡嶋真紀)
■どうしようと迷い始めているのがよかった。とくに終わりに。迷って終わる。これからどうなるかわからない。魚の熱とての熱がゆきかっている。すこし命もすれちがってる。でも短詩だからそこで終わる。それがよかった。(柳本々々)
■「魚の熱」という意味領域でのわかりにくさからの「どうしよう」の不安な感じに繋げる感じ、いいですね。(生駒大祐)
■てのひらにある魚のとりつく島のなさ…まさに「どうしよう」かと。てのひらの熱のどうしようもなさでもあると思う。(瀧村小奈生)
■「死」って言うことを、直接には言ってないのですが、死/生を一番感じた句です。(川合大祐)

よく晴れて広場に魚の降る時間  岡野泰輔
◎竹内宗一郎◎瀧村小奈生◯竹井紫乙◯樋口由紀子◯生駒大祐
■「魚の降る時間」なんでないのですが、あってもいいような気がして不思議。よく晴れた日の広場なら、まるで祝祭のようだ。(瀧村小奈生)
■空から魚が降ってくる、そんなニュースがあった。鳥の仕業かなどと。晴れた日の広場という設定もよい。(竹内宗一郎)
■水族館で魚の群れを眺めていると、スピードが速くてきらきらしていて眠たくなります。ぼんやり眠い、いい時間。それを晴れた広場に持ってくるとさらに幸福感が増す感じ。(竹井紫乙)
■「『空から何かが降る』ということには、歌人をそそるなんらかの要素があるらしい」(『青じゃ青じゃ』(高柳蕗子著)。俳句でも川柳でもそうかもしれない。映画のラストシーンのようで、降ってくる魚はきっとぴちぴちと跳ねている。(樋口由紀子)
■最初に明るさを見せることで降ってくる魚のきらめきが見えてきます。陽気な句。(生駒大祐)
■「広場」にせよ「時間」にせよ、区切られていて、だからこそ「降る」と言う言葉に説得力があるのかもしれません。(川合大祐)

雑木紅葉水の育ちを魚に問ふ  生駒大祐
■美しい紅葉をもたらす水の氏素性を魚に尋ねてみたくなったのだろうか。きっと育ちのよい水だと思う。(瀧村小奈生)

秋澄みてシーラカンスの魚拓かな  岡嶋真紀
■枯れている。そして澄んでいる。魚拓とか化石とかドライなものが恋しくなる不思議。(竹井紫乙)
■秋の清澄な空気の中でシーラカンスの魚拓を見る。どこまでも潔く気持ちのよい句だ。(瀧村小奈生)
■季語のことはよくわからないのですが、せっかくの秋が澄んだ日に、わざわざシーラカンスの魚拓を取るところが無意味でよかったです。もしかしたら、魚拓は過去に取ったもので、ずっとそこにあったものかもしれませんね。「澄み」=「墨」なのかとも思ったり。(川合大祐)

太刀魚のひかりをするするとしまう  瀧村小奈生
◎樋口由紀子◎生駒大祐◎こしのゆみこ◯川合大祐◯岡嶋真紀
■太刀だから光はつきものなのだけれど、そして太刀だからしまうものだけれど、しまうときの「するする」がぞくぞくするほど魚ぽい。太刀魚っぽい。やさしいことばの腑に落ち具合がここちよい。(こしのゆみこ)
■新鮮な太刀魚は銀色に光っていて、まばゆいくらいだ。その光を仕舞うという。するすると瞬間にだろう。そのさまがいい。「太刀魚」の漢字が映える。光と影の絶妙のコントラスト。(樋口由紀子)
■「太刀魚のひかり」までは常套なんですが、するすると仕舞われてしまって光を失ってゆく太刀魚を想像するとコクがあります。中七下五の句またがりも効いていると思います。(生駒大祐)
■ひかりをしまう、だけじゃなくて「するすると」が入っているところが凄いです。doの「する」と読むのは読みすぎでしょうか。(川合大祐)
■魚に慣れている人の句。「太刀魚のひかり」にこだわりを感じました。あんなに長くて平たくて銀色の綺麗な魚を、手妻のように鮮やかに簡単にしまってみせたんでしょうね。(岡嶋真紀)
■太刀魚のベールとかショールがあれば便利だろうなあ。するする。(竹井紫乙)
■太刀魚自身の動きをこう言ったのか? 海中で見たことないが、きれいかも。(岡野泰輔)

痛風やじつとしてゐる熱帯魚  竹内宗一郎
◯川合大祐
■熱帯魚の静止、と「痛風」という病気の「動き」が対比されていて、面白かったです。(川合大祐)
■痛風は作者とみるのが妥当だが、熱帯魚だとすると餌を変えた方がよい。(岡野泰輔)
■痛風と熱帯魚がこんなふうに結びつくとは!痛風を患っているのは作中主体なのだろうが、熱帯魚との境界線が曖昧になる感じがおもしろい。(瀧村小奈生)

肺の辺に付ける魚卵製造機  竹井紫乙
■なぜ肺の辺りに? なぜ魚卵製造機? ちょっと怖い感じも。(瀧村小奈生)
■肺の辺りってところが面白いです。この魚卵、孵ったら肺呼吸するのでしょうか。(川合大祐)

父親は痩せていたのか魚竜釣り  川合大祐
■魚竜の存在を始めて知った。「父親は痩せていたのか」という問いとの距離感がおもしろい。(瀧村小奈生)
■「魚竜釣り」のインパクトが凄い。父親が実は痩せていたことに気づくのが、魚竜釣りの時という不条理なおかしさと衝撃。ドリフのコントみたいなセンスですね。(岡嶋真紀)

問100で魚と星とまぜられている  柳本々々
◯岡野泰輔◯川合大祐
■では問99まではどうだったのか、101問目からはどんな試験が展開されるのか、そもそもこれは試験なのか、いろいろと妄想できる句です。(川合大祐)
■問100まで真面目につき合ってきたのにひどい出題者だ。出題者側組織の悪意を感じるカフカ的世界。魚と星がまぜられた問題が中空にきらきらしてそれは壮観だろう。(岡野泰輔)
■根性のない私は問100まで持ちこたえられそうにもない。もう魚と星がまぜられていても気づかないにちがいない。(瀧村小奈生)

【聴覚関連】

うどん屋で振り向いたのはオペラ歌手  樋口由紀子
◯柳本々々
■うどんとオペラが一緒の場にいられたことを発見できたらもうこれはこれとしてなにもいうことなくいいんじゃないか。(柳本々々)
■オペラ歌手は振り向いたときに揺れる空気がもうすでにオペラなのかも。それがたとえうどん屋であっても。大胆な力技に脱帽。(瀧村小奈生)

コアラ以前のキャーッコアラ以後のキャーッ  柳本々々
◯竹井紫乙
■有袋類のコアラなので親離れの句と読みました。コアラのマーチを初めて食べる前の幼児と、食べてみた後の幼児、と読んでもいいのかもしれない。コアラの鳴き声ってわりとびっくりする。幼児のキャーッも、どきどきする。(竹井紫乙)
■分かってしまうことにいたたまれないけれど、以前と以降にはたしかに大きな違いがありますね。(岡嶋真紀)
■何かの以前と以後では「キャーッ」という叫び声すらまったく違ったものに聞こえるのだろう。時節柄、「コアラ」はコロナの聞き間違いかと思ってしまう。キャーッ(瀧村小奈生)

ツクツクツクボーシと下り電車ゆく  瀧村小奈生
◯竹内宗一郎◯こしのゆみこ
■字数をそろえたのか「ツク」が多いのも楽しい。簡単そうだけど、こんな感じに自然に書き切るのは案外難しい。もうちょっとなにか情報を入れてリズムを狂わせるのがオチである。「上り」でも「下り」でも同じ感じがするけれど、「下り」の方が断然いい。「上り」はおつとめ、下りはレジャーなのである。最初、洋服かなんかに掴まったツクツクボーシと電車に乗ったのかと思ったが、「ツクツクボーシ」とのどかに伸ばしているのは外だ。などといろいろな風景を想像できるのもうれしい。(こしのゆみこ)
■下り電車だから都心から離れてゆく、ツクツクツクがそんな感じを佳く表出している。(竹内宗一郎)
■ツク=着くかもしれませんね。「下り」にしたところが見事だと思いました。(川合大祐)

稲妻やまださけびなきNASA動画  川合大祐
◯岡嶋真紀
■宇宙のBS特番に出るNASAのあの映像に、音がつくようになったらきっと「さけび」がつくだろうという確信に驚きました。稲妻程度の大きさでは済まないんでしょうね。とてつもないエネルギーから、いったいどんなものが聞こえるんでしょう。NASAの動画にいつか「さけび」がついたとき、果たして我々は正気を保てるんでしょうかね。(岡嶋真紀)
■「稲妻」は「さけび」を導き出す修辞なのだろうか。序詞的なおもしろさを感じた。(瀧村小奈生)

空耳をたよりに島の月もがな  岡野泰輔
◯こしのゆみこ
辞書には「もがな」はあればいいなあ、という意味とあるから空耳をたよりに島の月を探しているのだろうか。私は「もがな」は捥ごうとしている? 月を捥ぐ? 空耳の鳴る方にみちびかれて月を捥ぎに行くとよみたい。空耳も島の月も非現実的で実に美しい。どちらにしてもわくわくする。(こしのゆみこ)
■空耳アワー。を思い出すのはもはや少数派なのでしょうか。「もがな」は雅なような、ふざけているような、なぜか藤原道長を連想してしまうのでした。空耳をたよりにするのは危険ですね。(竹井紫乙)
■島の月があったらなあというつぶやきに好奇心をそそられて、空耳で何を聞いたのか知りたくなる。(瀧村小奈生)

山縦に伸びて鹿鳴くこと二日  生駒大祐
竹内宗一郎◯岡野泰輔◯樋口由紀子◯こしのゆみこ
■山はたしかに縦に伸びていく、その冗語法が鹿の鳴き声にも掛って哀切。古典的な深山と妻恋の鹿の構図を借りている。作者は家にいて聴いている「今宵は鳴かず寝ねにけらしも」みたいに、鳴くこと二日がその構図にはまる。(岡野泰輔)
■山が縦に伸びていくという感覚が新鮮。鹿が鳴いたのはほんの二日なのか、たっぷり二日なのか。二日間の心情も気になる。(樋口由紀子)
■「山縦に伸びて」は鹿の鳴き声の比喩なのだろうか、山が縦に伸びるなど地殻変動が起こったとしか思えない。いずれにしても鹿の哀切な声が二日続いているのである。胸が締め付けられるような句だ。こんな風に哀しみを描写出来ることがすごい。(こしのゆみこ)
■山が空へ伸びてゆく感じ、これは錯覚だろう。鹿の鳴き声はその錯覚を起こさせたトリガーか。(竹内宗一郎)
■山は折れ線グラフの山だろうかと思ったら基礎体温表になってしまった。それは困る。こんなゆかしい言葉が並んでいるのにそんな簡単な話では困る。(瀧村小奈生)
■時間と空間の「伸び」が「鹿鳴く」で結節されていて、なるほどと思いました。(川合大祐)

住宅街歩く房事やと思う  竹井紫乙
◯岡嶋真紀
■人気のない住宅街を歩くとき、気まずさやいたたまれなさを感じます。それを「房事」と表現したのが凄いと思いました。自転車・おもちゃ・洗濯物などと、住宅街の至る所で目に入るものから、住んでいる人々の情報が分かりますよね。どことなくその乱暴さには、房事と共通するどぎまぎする何かがあることに強く共感しました。(岡嶋真紀)
■歩くで切れて、聞こえてしまったという状況か。房事やのやは切字ではないよね。とすると関西弁か?昼間と思った方がおもしろい。(岡野泰輔)
■静まり返った住宅街を歩く。静かだが息づくものの気配のある人の世の夜なのだと了解する。(瀧村小奈生)

新しい歯ブラシの音鰯雲  岡嶋真紀
◯竹内宗一郎◯瀧村小奈生
■自分が歯ブラシをつかう音なら「新しい歯ブラシの音」は外からではなくて中から聞こえる音。それは聴覚だけではなくて、いろいろな感覚の総合として聞こえてくる音だ。だから「新しい」こともちゃんとわかるし、白くて美しい鰯雲にもつながっていく。(瀧村小奈生)
■自分にしかわからない新しい歯ブラシの満足感が巧く表現できていると思う。(竹内宗一郎)
■「新しい歯ブラシの音」と「鰯雲」のぶつけ方が、とても面白かったです。鰯雲と歯垢の視覚イメージを結びつける、以上のことがなされている気がします。(川合大祐)

夜の秋ことば少ないあそびせり  こしのゆみこ
◯岡野泰輔◯柳本々々
■聴覚が消えたなかでものこってゆく遊びの感覚。秋で、夜で、だれかがめのまえやとなりにいて、まだあそびができるじぶんもいて、ことばはいらなくて。いいんじゃないか。(柳本々々)
■「ことば少ないあそび」がひとつのことしか思い浮かばない頭になっています。房事でおしゃべりという方は少数でしょう。それにあれは言葉以前の声?夜の秋は実に適切、涼しくなってきたし、そろそろ。(岡野泰輔)
■「ことば少ないあそび」をする人の耳に何が聞こえているのかが気になる句である。(瀧村小奈生)
■「秋の夜」ではないところが面白いです。「ことば少ない」のは17音字の宿命ですが、「あそび」の限りを尽くしているところが、「夜の秋」に集約されているようで、考えされられました。(川合大祐)

肛門や祭太鼓に共鳴す  竹内宗一郎
◎川合大祐◯竹井紫乙◯柳本々々◯生駒大祐
■強烈な共鳴。体内からこの句自体が響いてくるようです。(川合大祐)
■耳から離れた肛門で音をうけるのがいい。しかも「肛門や」と肛門に切れ字がついて、肛門からくうかんがひろがってゆく。芭蕉の「閑さや」はもしかしたら肛門からも読み直せるんじゃないか。(柳本々々)
■あまり現実の身体感覚と直接的に結びつけずにナンセンスな句として読んだ方が面白いように感じます。良いバカバカしさ。(生駒大祐)
■なんといっても聴覚関連の句というのがお題ですから、この句が一番「音」を感じました。音は体全体で受けるものだと思うので。共鳴しました。(竹井紫乙)
■確かに祭り太鼓はびんびんとからだじゅうを震わせる。私はまだ自分の句に「肛門」という言葉を使ったことがない。(瀧村小奈生)
■太鼓のそばにいるときの、腹の下がムズムズする感覚をは確かに「共鳴」ですね。「肛門」としたところに思わず笑ってしまいました。(岡嶋真紀)

以上30句。

2017-03-12

ちょっと賢くなってから春意を見ると 平成二十九年二月ドラゴン句会録 吉田竜宇

ちょっと賢くなってから春意を見ると
平成二十九年二月ドラゴン句会録

吉田竜宇


ドラゴン句会は2015年より、京都市中で不定期に行われている、超結社の句会である。
ドラゴンとは、日本語における竜と翻訳上の対応関係にありながらも、その由来については、はっきりと境を異にしている。
しかし、にもかかわらず、今日では文化的に多様な習合を見せ、まったくひとつのイメージには収まらない。
西洋における邪なるもの、東洋における聖なるもの、このように巷間いわれることも多いが、実は西洋におけるドラゴンの神話的性質も一定ではなく、キリスト教以前には地母神や守護獣としての役割さえあるという。
アジアにおいても、インドの蛇神が中国仏典での竜王となり、我が国でまた天候神である蛇神と重なった。
さらには現代ファンタジーの隆盛により、ヒーローから悪役、超越者でありつつひとと交わる、およそ力持つものとして考えられるすべての解釈があるといっても過言ではない。
このような性質のドラゴンを、俳句において不思議な働きを見せるいくつかの事柄、つまり定型や季語、そして俳諧といったものの喩として見ることは、そもそもがこじつけでありながらも、なかなか示唆に富むのではないかと思われる。



さて、平成29年2月のドラゴン句会は、京都御所にほど近い、YMCAの所有するサマリア館で行われた。
日本では著名なヴォーリズの手になる建築で、元々は女子寮として使用されていたらしい。
玄関脇には、伊予柑だろうか、大形の柑橘の木が植わっており、果実を重そうにぶら下げて、手癖の悪いわたくしたちの品をためしている。
玄関を囲む白い格子も、緩い勾配の階段も、彼の住宅建築に多く見られる特徴で、かつて女の園として使われていたころ、手すりに凭れかかる彼女たちの姿をそこに見せている。
句会に借りた部屋は、玄関を入ってすぐにあった。
廊下に面した窓を、和装した白人たちが過ぎていく。
若い白人女性は痩せている限りみな美人に見える。廊下には政治を主張する無粋な横断幕が張られている。



ドラゴン句会は五句、席題兼題なし。当季に限らず、ただし有季定型。

2月の参加は次の通り。

大林桂:「鷹」「ふらここ」。ドイツ哲学専攻。 
以下、
久留島元:「船団の会」。文学博士。      
以下、
中山奈々:「百鳥」。「里」編集長。書店員。  
以下、奈々
吉岡太郎:歌人。訪問看護運営。        
以下、太朗
吉田竜宇:「翔臨」、竹中宏に師事。保育所経営。
以下、竜宇



霜白く畑を飾るなきねいり   選:竜宇

:畑で囲まれた家で、失恋か何か問題があった。駄々をこねるというか、不平苦情を申し立てながら門をばんばん叩く、そんな風景を畑が彩っている。俳句では奨励されないけれど、寺山修司的な物語性がすごく感じられて、密度が濃い。「霜白く」もさりげないようで、雰囲気がちゃんと伝わってきます。

竜宇:僕は実景ではなくて、「霜」に「なきねいり」という言葉がつく、その唐突な幻想性でいただきました。

:モンタージュとしての面白さですか?

竜宇:そうですね、もちろん全然違うところからくっついてきたわけじゃない。霜の荒涼としたうつくしさと、「なきねいり」という言葉が本来持つイメージの喚起力とが、どこかでリンクしている。かつ、それなりに、今まで見たことがなかった使い方でもある。

:幻想的というか、虚構性は強いですね、確かに。

奈々:「霜深く」ではなく霜が「白い」ということで、この霜の度合い、広さとかをあらわしているのかなと思って、そこはすごく好きでした。でも、「霜白く畑を飾る」というところまでは、物事をプラス面で捉えているのに、「なきねいり」というマイナスの感情を持ってくる、どちらの気持ちなのかなと、採りきれなかったです。

竜宇:「飾る」「なきねいり」という言葉は、感情面での対称というよりは、もっと一貫したイメージに支えられているのでは?

奈々:寺山修司というよりは、宮沢賢治?

竜宇:賢治やね。まあ、この句につっこむとしたら、いちいち言わなくても霜はそもそも白いだろってところが。そこが良いといえば良いし、甘いといえば甘い。 

作者名乗ル 吉岡太朗

:「なきねいり」の場所が、ぱっと読んだ時にはわからなかったんですよ。安井浩司的なものも感じられるんですが、そもそも泣き寝入りしている人と、「なきねいり」なるものと、広がる畑、その位置関係が、初見ではつかみ難い。

奈々:霜の降りた畑と、そこで泣いているひとという対比なら、うつくしいですよね。

竜宇:それだとあまりに土臭くてちょっと。霜害を嘆いていることにもなっちゃう。

:そのへん土臭くても違和感ないですけどね。

:あれですよね、寺山修司は実は青森の田舎の出ですよっていうこともあるし。

:それこそ「田園に死す」「家出のすすめ」の世界観で採っちゃった。

竜宇:あれも川の上流から雛壇が流れてくるような世界だしね。



合鍵を乞うて鍵来るまでの雪   選:竜宇

:これねえ、不思議な句で、「合鍵ちょうだい」って誰に言ったかが眼目。でも「今度行ったとき鍵ちょうだいね」って頼んでから、次に会うまで雪降り続けてるって結構な長さやろうし、なんか不思議な、でも極めてロマンティックな句です。

竜宇:単純に鍵屋に註文したと捉えられなくもないけど、やっぱり特殊な関係性を示唆している。男女関係かもしれないし、友人や師弟にしろ、秘密めいた間柄で、信頼しあっていないとできないことやろうし。うまいなと思ったのが「乞うて」かな。合鍵を絶対に渡してもらえるんであれば、それはとっても嬉しいことです。しかし合鍵を渡してもらえるかどうかは、句のなかでは決着がつかず、永遠に保留されている。つまりこの雪は永遠に降りつづくんですよ!

:このあいだ下宿の鍵が壊れて、外にほっぽり出されたという実体験があったので、あんまりロマンティックな雪とは感じなかったですね。

:「来るまでの」というのがつらいところで、雪を見ている余裕がある。楽しんでますよね、なんだかんだで。

竜宇:「乞うて」に含みがあるよね。ほんとに「ください」とは言わず、「そろそろあると便利では?」みたいに様子をうかがっているのかもしれない。でも、やっぱり渡すかどうかの決定権は向こうにあって、サスペンドされている関係性というのが見えるじゃない。雪はその緊張の象徴であって、同時にうつくしさも担保している。この「乞うて」は俳句的ではないよね?

:ない。

奈々:ない気がする。

:「乞うて~来るまで」だから時間的な広がりがある。

作者名乗ル 吉岡太朗

太朗:いやあ、合鍵屋を見て作ったんだけど。15分で作れるらしい。

奈々:合鍵屋なら、俳人ならどう作るかな

:まずやっぱり場所を指定するんじゃない? でもこの句、この作者と、合鍵を渡してくれるであろうひととの距離とか、場所とかが、はっきりとは書かれていないところが極めてロマンティックなんですよ。



燃えにくきものに木琴遠き火事   選:

:「遠き火事」がなー、なんかなー。「燃えにくきものに木琴」っていうのは、うまいこと作らはったな、手柄やなと。

:僕も上五中七は非常に巧みな表現だと。作者は音楽をやっているのかな、そういう固有性もある。下五も、自分と関係があるようなないような都市性を表していて、雰囲気としては伝わるんですけど、やはりつきすぎ。火事のなかに木琴があるようにも見えてしまう。

太郎:採ってないんですが、素材からは塚本邦雄の「ほほゑみに肖てはるかなれ霜月の火事の中なるピアノ一臺」を連想しますね。私も「燃えにくきものに木琴」までは面白いと思って、「も・も・も」の音や、木でできているのに実は燃え難いというのも目のつけどころが良い。つきすぎとも思わなかったけど、採らなかったのは一点「き」の音が連続するのが音としてきつかったので捨てました。

作者名乗ル 吉田竜宇

竜宇:下五は仕損じたなとは感づいてたんですよ。それこそはじめは、火事の中で木琴が燃え残ったという句だった、そのイメージを大切にしすぎた。火事は捨てても良かった。

奈々:「~というものに~がある+季語」という形は、どうなの?

竜宇:どうって、型でしょ。

:公式だから、うまくいく時と、「ああ公式で作りましたね」という時とがある。「~というものは~である」と俳句でいうのは、「俺は本質を見出したとぞ」というようないわゆるドヤ感が出てしまう。そこで、木琴が燃えにくいという発見は、自分としては面白かった。でもそれが火事の中でのことなら、「そりゃそやろ」となってしまう。



ビルの間の夜半の春意の換気扇   選:太朗竜宇

太朗:換気扇は外部と内部をつなぐもので、その排出される風に春を感じている。冬と春の移り変わりって、空気の微妙な違いによって分かるもので、実感があった。まだ寒いけど、空気は春の意思をもって、春であることを告げている。

竜宇:この句は採ったし、気に入ってもいるんだけど、どこか語り難いところがある。そもそも「春意」って春のうららかな様子をあらわすものなんだけど、この句では従来の季語とは違う使い方がされていて……。ビルの換気扇という都市的なものから、春意なる季語の精霊がひょいっと現れる。それはそれでありがちでもあるけれど、「夜半」という格好いい言葉もさらっと使っていて、実はすごい句なのかなと思わせられる。

:歳時記で「春意」の例句は、「窓の枝揺るるは春意動くなり」。

竜宇:風生やね。いかにもな季語的世界を操る、風生らしい句。しかしそもそもなんだけど、「春意」ってあんまり使うことのない季語じゃない。

奈々:たぶん照敏さんの歳時記だから載ってただけで、角川は載ってないんじゃないかなあ。物好きなところで、ようやく傍題に上がるくらい。

:稲畑さんのにも載ってない。漢語だからホトトギス系はなあ。ところで「春意」という季語の本意は「うららかな春の楽しい感じ」じゃないですか。それが夜の半ば、しかも換気扇越しに、さらにはビルという都市的なものの間で、一句に様々な屈折が挟まれている。「春意」がもともとやってきた漢詩の世界を離れたところで春意を感じているわけだけども、どれかに整理した方がその屈折が分かりやすかったんじゃないかなあ。

竜宇:ひょっとしたら下手な句かもしれないけど、ひょっとしたらすごい句かもしれないじゃない。

作者名乗ル 大林桂

奈々:「春意」って「春愁」と同じ悲しい感じと思ってたから採らなかったけど……。

竜宇:ちょっと賢くなってからもう一度見ると?

奈々:採ります。三点にしといてください。


この他にも、二点句、一点句が多々あり、句会は長きに及んだ。

京都はかつての都であり、季語はこの地を中心に世界観を築いたが、残念ながら現在、俳句の友人同士が研鑽を積む環境はなく、さみしい限りである。さみしさは詩歌の良き友であるが、新しい仲間の訪れはいつも新鮮な楽しさを伴うであろう。

次回 三月ドラゴン句会

時: 3月20日 16:30~19:30

於: オフィスゴコマチ402号室

   御幸町四条下ル大寿町402 谷山無線四条TMビル

席題兼題なし、当季か否か問わず、ただし有季定型。出詠五句。

菓子代数百円。

参加歓迎 ryu9494ryu@yahoo.co.jp またはLineID「ryu.r.u.r」までご一報のこと。

2016-07-17

『週刊俳句』誌上・夏休み納涼句会のお知らせ

『週刊俳句』
誌上・夏休み納涼句会のお知らせ


投句はメールにて 天気宛て tenki.saibara@gmail.com 

投句締切 2016年730日(土)22:00

題詠: 当季 or 無季

」  1句
」  1句
」  1句
計3句

投句書式
一句ごとに改行。
兼題、記号etcいっさい記さずに、句のみ、3行で。
そして4行目に俳号を記してください。

××糸×××××××××××××
×××××電××××××××××
話×××××××××××××××
△△  

△:俳号……選句、作者名発表とも、このお名前となります。


投句メールには「拝受」メールを返信いたします(タイムラグはご容赦ください)。24時間以上「拝受メール」が来ない場合、この記事のコメント欄にその旨お知らせください。


選評方法:投句一覧を本誌に掲示。選句要領はその折にご説明いたします。5~6日間の選句・選評期間ののち、選句一覧を同じく本誌に掲載。


奮っての御参加をお待ちしております。