2021-04-18

【週俳3月の俳句を読む】やきそばに目がくらむ 二村典子

【週俳3月の俳句を読む】
やきそばに目がくらむ

二村典子


服を縫ふ指にんにくを分解す  篠崎央子

家事、と一括りにされるけれど、掃除と料理、裁縫と買物など、正反対と言っていいほど違う。「服を縫ふ」ことと料理をすることがどれほど違うものかこの句を読んで考えた。裁縫は、工程にもよるが、縫っている間は無心になれる時間があるように思われる。好きならばなおさらだ。一方料理は常に理性的ではないか(土筆の袴をとる時ともやしの根をとる時を除く)。料理がさほど好きではない者の偏見かもしれない。にんにくを「剥く」のでも「刻む」のでもなく、「分解す」という表現に、この句の人物もなんとなく料理が好きではない、というか得意ではない気がしてくる。今まで楽しく(?)服を縫っていた同じ指がにんにくを分解していることの不思議というか、融通がきき過ぎる感というか。それにしても順番は大切、と思った。にんにくを分解した指が服を縫っては、匂いが気になってしょうがない。

食ひ余すピザの切つ先鳥帰る  篠崎央子

切り分けられたピザにはたしかにとがった部分があるけれど、あそこを「切っ先」と思ったことはない。切っ先は刃物あるいは刃物のようにある程度かたく、触れたら痛そうでなくては。ピザのとがったところは持ち上げたらふにゃふにゃで、すぐにでも口に運ばないと・・・とどこまでも「切っ先」にピンとこないところが、つまりは意外性となってこの句にひきつけられる要因になっている。「食ひ余」してかたくなってしまったのかもしれないし、食べ残したことへの罪悪感に責められている気分をよんだのかもしれない。「鳥帰る」という季語は時の経過を感じさせることばであるが、この句の場合「立つ鳥跡を」というか、立ち去った後の場面を演出しているようにも読める。

やきそばは半額梅が枝は湾曲  篠崎央子

脚韻というのは難しいもので、調子がいい分、軽みというより軽薄になってしまう(軽薄が必ずしも悪いわけではありませんが)。しかも「やきそばは半額」ではじまるこの句は、一歩間違えば「おもしろすぎる」と評されてもおかしくない。けれど「梅」の品性というか人徳のようなものと「梅が枝」という古式ゆかしいことばのおかげで、なんというかいい塩梅である。これでは「梅」を褒めているだけかな。ちなみにやきそばは大好きなので、半額なら絶対買う(やきそばにはずれは少ない)。「梅」と「やきそば」に目がくらんでいるかもしれないけれど、それをさしひいても(さしひけないけれど)佳い句だと思う。


ぬけがらの何処かで燃えている野焼  近 恵

「何処かで」というからには眼前で燃えているわけではない。煙とか匂いで野焼と知ったのか。しかもどうやって燃えているものを「ぬけがら」と特定したのだろう。独特の匂い?虫とか蛇とか?考えてみたらお菓子の箱とか包装も中身を出してしまえばぬけがらと呼べるかもしれない。そして、なるべく比喩的に読みたくはないのだが、日常的には魂のぬけがら、とうつろになった人間を指すことが多い。虫などのぬけがらと違って人間のぬけがらは魂が戻ってくるのを待って使いまわさなければならず、捨て去ることができないが、なんなら燃やすことができるようなものならいいのにとも思う。それにしても「どこかで」というのはずるいことばである。「どこかにある」「どこかで聞いた」と言われれば否定するのは難しい。どんな不思議もあり得てしまう。「夢落ち」なみに用心することにしよう。


勝てる気の全然しない猫柳  近 恵

発言した本人の気持ちはさておき、「勝てる気がしない」と言われればこちらも少々悲しくなるが、「勝てる気が全然しない」と言われると笑いながらお尻をたたけそうである。誰(何)が誰(何)に、どんな勝負で、と全く状況のわからない句であるが、「猫」の文字が続くことでどうしても猫がけんかしようとしている姿が目に浮かぶ。猫が特にけんかっぱやいわけではなかろうが、猫と猫が出会うとつい対決を期待する。まあ、猫じゃなくて猫柳ですが。


雪下ろす黄色の屋根は我が家のみ  須藤 光

旅先の景色で素敵だなと思って見ていると、屋根の色に統一感があることが多い。景観を守るため周囲との調和に気を使っているのかもしれない。ちょっと調べたところ屋根の色の人気は茶系/グレー/緑/青/黒/赤/オレンジと続くらしい。「黄色の屋根」はなかなか個性的だ。この句の人物は「我が家のみ」の「黄色の屋根」を恥ずかしがっているような気がする。家族の誰かの趣味で意に沿わぬ黄色になってしまった屋根。気に入らないからといってそんなに簡単に変更することのできない屋根の色。雪で隠れていた色が雪下しであらわになり、やっぱりうちの屋根は黄色かった、とため息をつく。それでも白と黄色で構成されたこの句はまぶしいほど明るい。


第724号 篠崎央子 猫の貌 10句 ≫読む

第725号 中西亮太 祝祭 10句 ≫読む

第726号 近恵 どこかで 10句 ≫読む

第727号 須藤 光 故郷 10句 ≫読む

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