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2025-02-02

小林すみれ【週俳10月11月の俳句を読む】ほんの小さな光

【週俳10月11月の俳句を読む】
ほんの小さな光

小林すみれ


ゆきやなぎからはじまつてゐるこども  垂水文弥

一七音の柔らかな響き。
すべて平仮名なのが、新章の春を感じさせる。
小さな小さな白い花がこどもと響き合う。
つい触れてみたくなる光のような新鮮な一句だ。

踊りけりあなたの彗星となつて  垂水文弥

これは恋シャワーの中のまるごとが  同

抱きしめに来いよ水仙のくせしてなんだよ  同

いずれも若々しさが迫ってくる三句。
情熱、喜び、焦燥、渇望などが垣間見える。
恋をすると世界が変わる。
バイアスがかかり、その人だけがすべてとなる。
例えば、誰が見ても完璧に思える人がいるとする、でも万人がその人を好きになるとは限らない。そこが不思議。惹かれ合うとはどんなメカニズムなのだろう。
作者のほとばしる熱情、直截的な言葉がいっそ清々しい。


玻璃窓に我その奥の窓にも我  関灯之介

停電の夜の鏡へ顔を寄す  同

冬薔薇鏡の中の遠き部屋  同

この三句は、鏡、窓という言葉を使って自分の内奥を投影させているのだろう。
一句目、自分を冷徹に見つめ少し醒めた眼差しの作者が見える。
二句目、突然の出来事でも落ち着いた心を持ち、ひとまずは鏡の冷たさに頬を寄せる。決して暗闇を恐れてはいない。その泰然とした所作に惹かれる。
三句目は愁いの奥行きのようなものと同時に、孤独を受け止めている冷静な心持が冬薔薇の冷たさに共鳴していると思う。


髪コップの紙の香強き秋燕  三宅桃子

飛び切りの残暑も終わりが見え、朝夕の空気も徐々に変化する。
帰燕のころ嗅覚も研ぎ澄まされてゆく。季節の小さな動きを香りで感じ取った繊細な一句。

父斜めに写りて犬の墓を指す  三宅桃子

家族に愛された犬。名前も皆でつけたのかもしれない。
この犬も一緒に写してくれと墓を指されたのだろう。
たぶん亡くなってからそんなに時間がたっていないのか、
とっさの動作に家族にとっての犬の存在の大きさを知る。

三角に響いておりしふゆの星  三宅桃子

冬は大気も澄んで、都会でも目を凝らせばたくさんの星を見ることができる。
ペテルギウス、シリウス、プロキオンは冬の大三角だ。
中でもおおいぬ座のシリウス、オレンジに光るオリオン座のペテルギウスは見つけやすい。目が慣れると、小さな光の三つ星も見えて来る。
星々が調べのように身の内に響いてくる。寒さも忘れる尊い一瞬だ。


垂水文弥 両の壁と五十の塔、そしてそのかなしき王たち 52 読む 912

関灯之介 橋 30 読む 914

三宅桃子 溶けたあと 10 読む 915

2020-12-13

【週俳11月の俳句を読む】冷たき影に 小林すみれ

【週俳11月の俳句を読む】
冷たき影に

小林すみれ


旅夢想布団に初時雨の音に  田中八目

一日一日と冬が深まって行く。いつものように気軽にどこかへ行くことが難しい昨今。だからこそ温もりに、ささやかな窓外の音に、旅を感じているのだろう。かつて行った思い出も重なって、より旅を恋しくさせる。リフレインが温かくやさしい。

知ることや愛する事や朽葉微光  田中八目

知ることも、愛することもどれも大切なことだ。生きてゆくことの支えになり勇気にもなる。よく言われる「前向きに」という言葉は便利だけれど、人生の道のりはなかなか平坦に、とはいかない。そんな時に道案内のようにそれらはすっと光りを届けてくれるのだと思う。

錘状体捨てて寒林かがやきぬ  田中八目

錘状体はいらないもの、無駄なもの。きっぱりと捨ててしまえば、すっきりとした寒林が別のものに見えてくる。頬に当たる風の冷たさや、今まで隠れていた星々など。どれも真直ぐに身の内に飛び込んで来る。ささやかなものとは何故こんなにも美しいのだろう。


橋に鳩マフラー貸してそれつきり  大塚凱

雪の降りそうな寒い夕暮れ。思いのほか薄着の相手に、別れの間際そっとマフラーを渡した。貸したきりになっても後悔のない大切な相手。けれどいつも隣にはいてくれず、マフラーとともに自分の前から消え去ってしまった。いつものように。昔のように。

冬しんしん隣は何味のシーシャ  大塚凱

シーシャとはイスラム圏の水タバコのこと。フレーバーがつけられた煙草の葉を加熱し、水を通したものを吸う。シーシャ屋と呼ばれる店の水パイプという器具で吸うらしい。フレーバーはミントやフルーツや花など多岐にわたる。映像でしか見たことはないが、とても神秘的でエキゾチックに感じられる。作者もお隣もその時の気分に合わせてフレーバーを選んでいるのだろう。こんな毎日だが気持ちに余裕があってなんだか羨ましい。外は「冬しんしん」だが、フレーバーを味わってイスラムの世界へ瞬間移動してみたくなる。

駅に立つみんなだんまりみな木の葉  大塚凱

今駅に立っている人は、もれなくマスクをして目許は少し疲れが滲んでいるだろう。世界中の人達はたぶん、いつもより口の周りの筋肉も落ちているのではないだろうか。仲間と会って話すことと、オンラインとでは熱量がちがう。話しているのだけれど、何かが足りない、届かない、そんな歯がゆさがある。本当に少しの風でも吹かれてしまう木の葉になったように心許ないのだ。心に封じ込めていた哀しみが何故かふっと湧いてくる一句。

月一度会う人のいて炉のまわり  鈴木春菜

作者は茶道を嗜んでいるようだ。月一度のお稽古を楽しみにしている様子がわかる。作法の厳しい茶道ではあるが、今年はいつものように滞りなく行われていたのだろうか。炉のまわりに人がいて、炉の暖かさではない温もりがある。途中で茶道を脱落した者としては、亭主の厳しくもあたたかい一期一会のもてなしが懐かしい。

冬の夕指につながる水の音  鈴木春菜

微かな音を感じとる繊細な把握。日中は穏やかな日差しを感じるが、今ごろは日が落ちると途端に冷え込んで来る。ひと段落ついた夕暮れ、水に入れた指にさざ波のように冷たさがやってくる。

冬の灯を消して冬の灯のほうへ  鈴木春菜

温もりを求めるように灯を消しては明るい方へ。「冬の灯」って少し淋しいあたたかさがある。とても惹かれる景だ。白色系より暖色系の方が冬らしい。冬灯下には人がいて、笑ったり、泣いたり、話したり、叫んだりしているのだと思うと心安らぐ。道々それぞれの家の灯りに思いを馳せ、いつもよりほっとさせるものが確かに冬の灯にはある。


田中目八 青へ、或は岸辺から 10句 ≫読む
大塚凱 或る 10句 ≫読む
鈴木春菜 月一度 10句 ≫読む

2020-08-09

【週俳7月の俳句を読む】涼しさに 小林すみれ

【週俳7月の俳句を読む】
涼しさに

小林すみれ


返球は転がしてやる朝曇  村上瑛

返球の相手は小さな子どもなのだろう。ただ返すより、確実に相手が取りやすいように心遣る。そんなさりげない行為も眩しく、なんだか懐かしい。今日も暑くなりそうだ。

似顔絵の眉くっきりと更衣  村上瑛

瞳よりも眉をくっきりと描く方が顔がはっきりとしてくる。今年はいつもとは違う夏、そして学校もいつもとは様子が違う。そんな中、誰もが今できることに力を注いでいる。思惟的な眉が何かを決意したようにも見える。

湯にレンジに夕餉任せる油蟬  村上瑛

ひとりの簡単な夕食。たぶん、何でも電子レンジで出来る。一人暮らしでも何も困ることのない便利な生活。今年は夏が遅れてやってきたが、すでに猛暑が始まっている。蝉も命をふりしぼって鳴いている。今日も汗だくになってしまったが、とりあえずはお腹を満たすことにしよう。

水打つにつけても長き腕かな  太田うさぎ

打水をしているのは若い人だろう。最近の若者は身体全体のバランスもよく、手足も長い。腕が長い分、遠くまで水も撒けそうだ。水を使う夏は心が躍り、身のうちまで涼しくなってくる。

寝室や冷房が効き絵傾き  太田うさぎ

眠る正面に絵画が掛けられている部屋。エアコンも効いて心地良い寝室で、ふと絵が傾いていることに気がついた。エアコンの風が当たってしまったのか、窓を開けた時の風のせいなのか、あるいは掃除中にぶつかって傾いてしまったのか。気になったら眠れない。たぶん、あるべき位置に戻してから就寝されたと思う。

鰻屋の仲居が妙に打ち解けて  太田うさぎ

今年の土用の丑の日はいつもとは違っていた。コロナ禍で、最近の飲食店はいつもより人もまばらだ。人との距離をとるということで店側も工夫しているからかもしれない。普段もきっと明るい仲居さんだと察せられるが、それでも心沈む日もあったことと思う。そんな中で、鰻を食べに来店してくれる人たちはとても大切で、素直に嬉しい存在であるのだ。マスクをしていても、つい多弁になるのは無理のないことだと思う。これからも持ち前の明るさで、きっと乗り切っていくことだろう。

裸子の背にすんなりと手のとどく  橋本直

ステイホームが叫ばれた晩春から初夏にかけて、多くの人の仕事はリモートワークが主流となったのではないか。その渦中で、普段は仕事に出掛けていて気付かなかった子どもの成長のあれこれを、改めて確認した親は多いと思う。最初はばたばたとして不安もあったが、慣れてくると家族との配分もうまくいき、だんだんと余裕ができて来る。この災難は二度とあってはならないけれど、裸子に手の届くささやかながら温かな時間は、決して無駄ではないはずだ。

エクストリームアイロニングののち午睡  橋本直

そのままの意味だと〈過激なアイロン掛け〉となる。聞き慣れない言葉なので調べてみた。なんとそのままに、極限の自然環境下でアイロンを稼働させるスポーツだった!プレーヤーはアイロニストと呼ばれている。作者はアイロニストなのだろうか、それともこの過激なスポーツに憧れを抱いている一人なのだろうか。それにしてもこの果敢な冒険の後なら、午睡とはいえ、さぞかし深い眠りに落ちることだろう。

梅雨明けをしばらく耳の痒くなる  橋本直

感覚的なものなのか、毎年梅雨明けのころ耳が痒くなるのだろう。例年、梅雨が明けると猛暑がやって来る。実際には耳にも汗が滴り、そこに塩分が溜って痒くなることもあるかと思う。今年もこれから先厳しい暑さが続き、さらにはマスクも装着しなければならず、いつもの年よりも痒みが増してくるのではないか。


村上瑛 森に 10句 ≫読む
691号 2020年7月19日
太田うさぎ 息災 10句 ≫読む
橋本 直 不自然 10句 ≫読む

2019-11-03

【週俳9月の俳句を読む】猛暑のあとに 小林すみれ

【週俳9月の俳句を読む】
猛暑のあとに

小林すみれ



頸椎の組糸ほつれゆく炎暑  五十嵐秀彦

頸椎には七つの骨がある。それらを組糸のようだと言っているのか、これ以上ない暑さを感覚的にとらえていて深みがある。今年は夏の始まりが遅かったが、いつものように猛暑が続いた。暑さは年々増しているような気がする。

アルゼンチン・タンゴ窓辺に置く桔梗  五十嵐秀彦

タンゴの教室であろうか。タンゴと窓辺の桔梗は動と静、そして情熱と理知。桔梗の佇まいは、きりっとしていて鋭角的である。タンゴの切れのあるステップと似合っている。静かに物語が始まってゆく予感がする。

満潮の香にあぢさゐの朽ちにけり  五十嵐秀彦

綿々と満ちて来る潮の香に、あぢさゐが溺れてしまったのではないか。そんな思いが湧いてくる。段々と色を失ってゆく様が見えるよう。これから本格的な夏がやって来る。

窓といふ窓開いてゐる昼寝覚  若林哲哉

窓は全開だが、生ぬるい風に汗と共に目覚めた。肌掛けはすっかり汗で濡れてしまっている。それでも昼寝は疲れをとってくれるのだ。エアコンに馴れた身体を労わってくれるのが窓全開の昼寝なのかもしれない。今夜も熱帯夜が待っている。

パイナップル喉をとげとげしく通る  若林哲哉

缶詰ではなく、皮をむいた生のパイナップルだろう。確かに独特の感触がある。甘さはさっぱりしているのだけれど、後味がイガイガする感じ。言い得て妙。
一瞬の感覚を言葉に置き換えた一句。

標本の鯨の眼窩夏の果  若林哲哉

鯨の骨の標本だろうか。鯨は哺乳類の中で最も大きな動物だ。それを標本にするなんて、情熱がなければできないことだ。博物館の空調も心なしか涼やかに感じられたことだろう。苦しめられた猛暑もいつのまにか去り、すぐそこに秋が佇んでいる。標本の鯨も季節の移ろいを感じているのだろうか。

立秋や老いて十指のあたたかく  クズウジユンイチ

今日からは秋、といってもまだまだ残暑が厳しい毎日。年齢を重ねると、なんでもない一日が明日よりも掛けがえないものになる。「今が大事」、年長者から何度聞かされた言葉だろう。いろいろな事をくぐり抜けて来た人の掌は暖かいものだ。麗しく穏やかな秋の始まりである。

棋士の指反つて小皿の黒葡萄  クズウジユンイチ

棋士は美しい指を持っている。対戦中の指の動きは音符のように音を奏でる。戦いが終わるまでは長い時間を要し、その中で食事もとる。食後に疲れを癒すための甘い葡萄。反った白い指先と黒葡萄が勝利の行方を見守っている。

やさしくて指をしたたるレモン汁  クズウジユンイチ 

何か良いことがあったのだろうか。心が落ち着いている時、ふだん気づかないことに気づく。そしてそこに小さな幸せを見つける。昨日だったら、あるいは明日だったら気づかなかったかもしれない。レモン汁がやさしい滴りなのだということを。

旧友のこと思ふなり鳥縅  鈴木健司

旧友は仲間の中で、鳥縅のような役割の人だったのか。目立たないけれど絶対的な存在。自分を、級友を見守ってくれる勇気のある人。人生の岐路に立った時、悲しみの只中にいる時、そんな折々に思い出す大切な人である。

言ひ訳はいらない蓑虫の不在  鈴木健司

人は弱いものだ。だから時には言い訳もする。しかし言い訳をする方も、聞く方もなんだか空しい。言い訳は蓑の中に実在するものがなく、空虚であると言っているのかもしれない。時にはこの句のように潔さを持ちたい。

足元にからまつてゐる秋思かな  鈴木健司

絡まりはなかなかほどけない。焦ってしまうとなおさらだ。前に進むことのできない自分に、諦めのように憂いを享受している作者である。


五十嵐秀彦 蟬の時間 10句 ≫読む
若林哲哉 水を注ぐ 10句 ≫読む
646 201998
クズウジュンイチ 杉 檜 10句 ≫読む
6482019922
鈴木健司 蓑虫の不在 10句 ≫読む

2018-12-16

【週俳11月の俳句を読む】心のありか 小林すみれ

【週俳11月の俳句を読む】
心のありか

小林すみれ


装置より伸びる両腕秋の昼   中田美子

この装置とはなんだろう。いろいろと想像したが特別なものではなく、季節を感じることのできる心の装置なのではないか。今年の夏は酷暑であったので、秋への期待は一入だったことだろう。秋への喜びが両腕に、総身にあふれている。

タクシーに乗つて大きな紅葉山   中田美子

急に思い立って一人タクシーに乗ったのか、あるいは気心の知れた仲間と乗り合わせ、紅葉狩に繰り出したのか。どちらにしても、「大きな」という表現が紅葉山に到着するまでの高揚感をあらわしていて、こちらまで浮き浮きした気分になる。都会人の束の間の休息。

金木犀犬の不在に気付いたる   中田美子

木犀はある日を境に香り出す。とてもさりげない匂い。あー秋が来たのだと思える。近頃は家の中で犬を飼うのが主流だが、いつも通る道に犬小屋のある家があるのだろう。木犀の匂いに誘われ、そういえば最近犬を見かけないな、鳴き声を聞いていないな、と思い出したのだ。木犀の匂いが犬の不在に気づかせてくれた。匂いって不思議。突然心の奥にあったものを表出させるから。

ゆきひらに冬のはじめの水しづまる   大塚凱

ひらがなが柔らかく、繊細な句。鍋に水を入れる。昨日までとは何かが違う。そんな細やかな感覚を持ったのだろう。季節外れに暑い日があっても、その暑さはやはり数か月前とは違う。万物に対して敏感でありたい。「しづまる」の字余りが初冬の鼓動のように聞こえる。

枯萩の透けてくるまで考へる   大塚凱

気が付けばもうこんな時間。いつの間にかまわりに人がいなくなった。今何時だろう、と我に返った。何かに没頭しているとこんなことがある。「枯萩の透けてくるまで」という比喩に実感がある。きっと考えすぎて頭が痛くなってしまったかも。

セーターに松葉が刺さる帰らねば   大塚凱

想像がふくらむ句。小春日和の一日、女友達と海に来た。今日は片思いの彼女に告白をするつもりで海に誘った。しかしなかなか思い通りにはいかない。間が持てず、食事の後に二人分の缶コーヒーを買った、が、それも飲み干してしまった。冬の日暮れは早い。風も出て来た。帰りが遅くなって彼女に風邪を引かせてはいけない。いろいろと考えすぎて、伝えたいとっておきの一言が出てこない。そんな自分のふがいなさに、セーターに刺さった松葉がことさら痛い。


中田美子 装置 10句 ≫読む
大塚 凱 真空地帯 10句 ≫読む

2018-01-21

【週俳12月の俳句を読む】待春の空 小林すみれ

【週俳12月の俳句を読む】
待春の空

小林すみれ


ゆふぐれの茶の花に屈んでをりぬ  岸本由香

茶の花はひっそりと咲く。最近では気候の変化で早い時期から咲いている。うっすらと香る、葉に隠れるように咲く白くて可憐な花だ。日の傾いた茶の木に屈んでいるのは誰だろう。夕闇にまぎれてしまいそうな少し淋し気な少女の姿が浮かんできた。

餅を搗かなければ話してあげない  松井真吾

餅を搗けば話してくれるのだろうか。そこは微妙だ。「話してあげない」と言っている相手は大変強気である。愛されていることを知っているのだ。駆け引きに負け、餅を搗くことは定めなのだ。口語が若々しく効果的である。

恐竜の爪ぬらぬらと冬に入る  桐木知実

圧倒的な迫力のある一句。この恐竜は肉食系のスピノサウルスかティラノサウルスなのではないだろうか。目の前の爪さえもぬらぬらと大きく、存在感があるのだから。じきに恐竜のような本格的な寒さがやって来る。

天井の迫ってきたる避寒宿  鈴木総史

昔、祖父母の家の天井には木の年輪などがあり、幼い兄弟や従兄弟たちと怖い話などした後は、年輪が人の顔に見えたりしてなかなか寝付けなかった。普段は天井など意識しないのだろうが、寒中の宿で外の厳しい寒さや風が胸に迫り、少し憂鬱な気分になってしまったのではないか。しかし、日一日と日が伸び、日の温もりが感じられる春はもうそこに来ている。

短日の意訳のつづく字幕かな  滝川直広

映画の意訳とは空気を読むということだろうか。間やリズムが絶妙で、言葉も省略されている。時々英語のセリフを聞いて、意訳にえっ!となることはあるが。作者はエンドロールまで画面を追って座っていただろうか。暮れが早く、何かと忙しないこの時期こそ、少しでも豊かな時間を持ちたいものだ。

ハンガーを捨てるきれいな冬休み  上田信治

溜ってしまうハンガー。その数だけかつて服も存在していた。ハンガーだけではなく部屋中を整理したのだろう。整理整頓は体と頭をフル回転させる大仕事だ。暮しの中でいつの間にか溜ってしまう不要なもの。しかし、ひとつひとつに思いがあり、なかなか捨てられない。だからこそ、成し遂げた後は清々しい気分になる。そんな部屋で冬休みを過し、来たる春を迎えるのだ。

太陽の廃液に打たれる鯨  福田若之

「鯨」連作の中の一句だ。太陽は神々しく、万物を包んでくれるものと思っていたので、〈廃液〉という言葉に立ち止まってしまった。太陽の廃液に打たれてしまうなんて残酷だ。信じていたものに裏切られた気分になる。この鯨はパサージュの中を泳いでいる自由のない生き物なのだろうか。苦しみというオキアミを食べ、生き永らえているのかもしれない。絶望の先に穏やかな海が見えるといい。

冬晴や巣鴨プリズン跡に猫  村田篠

巣鴨プリズンの跡地にはサンシャインシティー60が建っている。その敷地内の公園には、「永久平和を願って」という跡地を示す石碑がひっそりとある。この土地にまつわる歴史を知ると気が塞がれるが、そこで猫が当たり前のように寛いでいる光景は心が和む。冬晴れの圧倒的な空の下、猫は「何でも知っているよ」と言うように宝石のような眼を向けてくる。

夜遊びは夜空のやうな毛皮着て  西原天気

夜空という表現にロマンがある。最近はあまり毛皮を着ている人を見かけなくなったが、夜遊びの街に繰り出すと、俄然存在感を発揮する。街の匂いや、高揚感などがしみ込んだ漆黒の一着。若者が集まるざわざわとした場所より、静かな路地裏のバーなどが似合いそう。

冬ざれの汀に尻尾垂らしをり  岡田由季

あまり色のない冬の景色の中で、尻尾が差し色のように存在している。北風の吹く中、汀に尻尾を少し濡らし、信頼している飼い主と静かに並んでいる。さびれた風景の中でそこだけがほのと明るい。寒さの中に温もりを感じさせてくれる一句。


岸本由香 勘忍 10句 ≫読む
松井真吾 フラメンコスタジオ 10句 ≫読む
桐木知実 控え室 10句 ≫読む
鈴木総史 町暮れて 10句 ≫読む
第556号 2017年12月17日
滝川直広 書体 15句 ≫読む
上田信治 朝はパン 10句 ≫読む
福田若之 パサージュの鯨 10句 ≫読む
村田 篠 握手 5句 ≫読む
西原天気 抱擁 5句 ≫読む
岡田由季 接吻 5句 ≫読む

2017-06-11

【週俳5月の10句作品を読む】花のことば 小林すみれ

【週俳5月の10句作品を読む】
花のことば

小林すみれ


いくつものこゑのまとまる夕桜  青木瑞季

花見の席では四方から声はするのだが、桜を見ると何故か皆同じことを言う。「きれいだなあ・・」はもちろん、しみじみと、「あと何回見ることができるのかなあ」と。夕方の桜は尚更人々を惹きつける。桜ソングはあまたあるが、たぶん心情はどの歌も変わらないと思う。花は桜だけではないのに、この花は何故こんなにも日本人を、そして多くの外国人を虜にするのか、そこにはどんな秘密があるのだろうか、とつい花時に考えてしまう。


うすびかりして花過の四肢の端  青木瑞季

花疲れを引きずった凝り固まった身体が、少し緩んで薄桃色に光っているのだ。その瞬間をとらえているのだが、四肢の端々を労わる眼差しと、桜に浮きたった心の名残を惜しんでいる様子が見えてリリカルである。やがてうすびかりが消えて、夕暮れが膝までせまっていることに気づくのだ。


みづかきの昏さにたんぽぽの綿毛  青木瑞季

省略されている分、受け取り手はいろいろと想像できる。普段は通り過ぎてしまうような水辺の一こまなのだが、そこにとどまって飽きずに鳥を見ている。鳥は水から上がり、たんぽぽの綿毛が飛んでいる草の中にでもいるのだろう。そこに蹼の昏さを見たのだ。発見である。たんぽぽの綿毛のふわふわとした白さも鳥の羽毛と呼応して、印象的な一句。


茉莉花や短き電話秘書課より  岡田由季

作品に花の季語が置かれている中で、物語性をみつけた一句。スマートフォンで事足りる世の中ではあるが、この秘書課には付き合いはじめて間もない恋人がいて、二人で決めた短い暗号があるのだ。きっと他愛ないことを仕事にからめて伝えているのだろう。短い電話なので迷惑でもない。そんなことも今は楽しい。「愛らしい」という花言葉を持つジャスミンは、香り高くいっそ清々しい。


同じこと違ふ言葉でアマリリス  岡田由季

他の言葉を探す時は、やはり相手を思いやる時だ。あるいは子どもにわかり易い言葉を選んでいるのだろうか。アマリリスという花のリズムが、浮き立つような心持や、相手への好意を示している。太陽に映える開放的な花の赤にも元気をもらえる。


雨後の薔薇大きく息をしてゐたる  岡田由季

薔薇も息苦しさを味わうような激しい雨だったのだろう。
雨で勢いを失くした薔薇も、大きく息をして立ち直った。薔薇が一斉に息をすると芳醇な香りが辺りに広がりそうだ。そして自分自身もリフレッシュして次に進むのだ。


青本瑞季 ばらばらな風景 10句 ≫読む
岡田由季 薔薇屋敷 10句 ≫読む

2016-07-03

【週俳5月・6月の俳句を読む】小林すみれ 瑞々しき朝

【週俳5月・6月の俳句を読む】
瑞々しき朝

小林すみれ


復興の仮設店舗の種物屋  広渡敬雄

作品は被災地を詠まれているが、その中でもさりげないこの句は希望があり、温かい。どの句もまだ春になりたての景が迫って来る。作者の眼差しはどこまでもやさしい。復興の願いが詰まった一句。

遠ざかるほど蒲公英のあふれけり  広渡敬雄

黄色の残照。まぶたを閉じるとなおさら色が鮮明になる。色彩の妙。
蒲公英はどこにでも咲いているが、この日はひときわ眼に染みたのだろう。当たり前のことがどんなに大切か、しみじみとした気持ちになる。

黒潮を望む岬の巣箱かな  広渡敬雄

岬と巣箱、ちょっと意外だったが、小さな命を大切にする市井の人々の営みが見えてくる。この句も種物屋に通じて、つんと優しい気持ちにさせてくれる。

牛乳のどこかに語尾のふくらんで  野間幸恵

牛乳を飲んだ時の感覚だろうか。白色が身体に巡り言葉がふくらんできたのだろう。そう言われてみればそのような気になってくるから不思議。

木は森に友が答えのように来る  野間幸恵

確かに木は森にある。この友はきっと大切な一人で、何でも忌憚なく言える仲だと想像してみた。句のリズムも鮮やかで読み手を引きこんでゆく。

Good‐byと鰯の群れを思いけり  野間幸恵

鰯の群れはすごく速く泳ぐ。それを見て、グッバイの文字に見えたのかと思ったが、作者の一瞬のひらめきが言葉になった、そんな感覚的な句なのだろう。

箱の蓋ずらし青葉騒を聞く  こしのゆみこ

大切でお気に入りの美しい箱。清々しい青葉の声を何度も蓋をずらして聞いている。今日はどんな話をしているのかな、と。柔らかな感性を思う。

郭公のきこえてきたる眠りかな  こしのゆみこ

眠れない夜もある。しかし、今夜は眠りがすっとやって来た。森に近い宿か、あるいは別荘であろうか。健やかな安息。明日に思いを馳せて。

泰山木の花はずれかかった冠  こしのゆみこ

泰山木の花びらは厚くいい香りがする。大きく誇り高く見える木だ。
それが冠と呼応しているのかと思う。気高い女王の冠がはずれかかり、お付の人たちが冷や冷やとしている様を想像すると、なんだか楽しい。

六月の鼻緒に指の開きたる  黒岩徳将

白南風が身体にも鼻緒にもあたっている。梅雨の晴れ間の気持ちの良いひととき。最初は固い鼻緒もやがて指に馴染み、そのうち違和感もなくなってくる。

だんだんに木々のひらけて時鳥  黒岩徳将

今年、時鳥の声を聴いた。この句の通り、森に入るとまさにこんな感じであるが、言葉にするのは難しい。五感を研ぎ澄ました作者。

青林檎服をつかみしまま眠る  黒岩徳将

子どもか、あるいは若い恋人同士としても読める。でもやはり、小さな子どもが遊び疲れてぐったりとしているそんな様子と捉えたい。おだやかな温もりを感じながら、一番信頼できる母親の服を掴んで眠っている子。「青林檎」が少し汗ばんだ子どもの匂いを連想させる。

朝ぐもり開封の前よく振って  小林かんな

よく振っているのはドレッシングか、日焼け止めか。振り忘れると濁った液体が底に沈殿してしまう。リズミカルな動作がおもしろい。本人も楽しんでいる様子で、朝の曇りも吹き飛びそう。

プールから人引き上げるひつじ雲  小林かんな

躍動感がありその動作も若々しい。水を蹴散らしてプールから上がったその人の、日焼けした笑顔まで見えてくる。信頼し合っている二人なのだろう。

海の底見てきた夜の扇風機  小林かんな

なんて瑞々しい句なんだろう。何も言っていないけれど、南の海でスキューバダイビングなどをして、今は快い疲れを感じている、そんな様子が浮かんでくる。たくさんのサンゴ礁や、ふだん見ることのできない美しい魚たちが泳ぐ海。想像がふくらんで、いつかは行ってみたい、見てみたいと思わせてくれる。エアコンではなく、「扇風機」に青春性があり、作者が心地よい暑さを感じているのもわかる。

そこんとこ超合金の蜥蜴の尾  嵯峨根鈴子

蜥蜴と遭遇した時、尾だけが冷たい光を発していたのかもしれない。そこを「超合金」という硬質な言葉で読み取った感性が鋭い。蜥蜴など苦手な人もいるが、もし超合金の蜥蜴ならかっこいいと思うのではないか。

心臓のかゆきところに花ざくろ  嵯峨根鈴子

ドキッとする句。心臓の中身はきっと石榴の花の色なのだと思う。学校の理科室でそんな模型を見た覚えがある。心臓が痛いのではなく、かゆいと感じたところがすごい。

かかとからくるりとむけて夏の月  嵯峨根鈴子

この夏の月はきっと美しいのだろうなあ、と思った。出初めの黄色く大きな月が目の前に浮かんでくる、すごく惹かれた句。「くるりとむけて」の感覚的な若々しい表現が秀逸。。

第472号 2016年5月8日
広渡敬雄 黒 潮 10句 ≫読む
第473号 2016年5月15日
野間幸恵 雨の木 10句 ≫読む
第476号 2016年6月5日
こしのゆみこ まみれる 10句 ≫読む
第477号 2016年6月12日
黒岩徳将 耳打ち 10句 ≫読む
第478号 2016年6月19日
小林かんな 休 日 10句 ≫読む
嵯峨根鈴子 ふたつの性 10句 ≫読む

2015-09-13

小林すみれ 月の窓 10句

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週刊俳句 第438号 2015-9-13
小林すみれ 月の窓
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10句作品テキスト 小林すみれ 月の窓

 月の窓  小林すみれ

木槿咲く少女はサドル高くして
まつすぐに来し朝顔の咲く町へ
目礼を交はしてゆける水の秋
秋蟬や鞄一日ふくらんで
たをやかに銀水引の灯しかな
横顔に母の面影銀河濃し
珈琲の香りたちたる月の窓
赤鬼に射的のあたる月夜かな
届きたる回覧板と柚子ひとつ
一房の葡萄に夜の近づきぬ