【週俳6月の俳句を読む】
受容
猫髭
末期長くあれかし新茶啜りをり 利普苑るな
わたくしのようなその日暮らしの老人は、今日の苦労だけで手一杯なので、明日は明日の風が吹くで済ませているから、「末期長くあれかし」と切り出されると、十四五センチほど後ずさってしまうが、「新茶啜りをり」と、それはさておき、落ち着くためにはお茶を一服、といった、まるで吊橋のど真ん中で悠然と野点をはじめたようなほっこり感の「新茶」を出されると、ではお相伴にお預かりいたしますと少し安堵する。「ふだん着でふだんの心桃の花 細見綾子」という、末期の目も普段の目と変わらないという受容の目をこの作者は持っているのではないかと思わせる一句である。
『死ぬ瞬間(On Death and Dying)』(1969年)を著わしたエリザベス・キューブラー=ロスは二百人の死にゆく患者との対話の中で五つの死の受容のプロセスがあることを、「否認」→「怒り」→「取引」→「抑鬱」→「受容」という五段階として記している。ホスピスにおけるターミナル・ケアもこのプロセスに添っておこなわれる。これは死に至る病でなくとも、不慮の事故や災害が起こった時も同じような心の動きをひとそれぞれのやり方で経ると云われる。絶望せずに、どのように生きることが最善なのかと希望を持つためには、良い悪いではなく、否定でも肯定でもなく、現状をありのままに見つめる「受容」という目が必要になる。しかし、「否認」から「受容」に至るまではひとそれぞれ。いつまでも「何でこんな目に遭うんだ」と怒り否定し続ける老人もいれば、良寛さまではないが「災難に逢ふ時節には、災難に逢ふがよく候。死ぬ時節には死ぬがよく候。これはこれ災難をのがるる妙法にて候」と現状を「受容」の目で見て、新しい出会いに感謝しながら生きる子どももいる。
勿論、これ以外のプロセスもあり、例えば、母は東北大震災と津波で被災し、これまで代々守って来たことが文字通り水泡に帰したことを認めるよりは「忘却」を選んだ。震災の記憶は一切封印され、逆行し過ぎて父と結婚していたことも忘れ、現在女学生に戻っている。傍から見れば認知症だが、それで本人が幸せならそれでいいという例外である。厭なことは忘れる能力が人にはある。認知症は、母の場合は自己防衛力と言える。若いと現実逃避と云われるが、逃げられるうちは逃げていいのである。
この作者の場合、「受容」に至るまでどのくらいかかったのかはわからないが、この句を読む限り、世界で一番幸せの目線が低い文藝である俳句の力もあったのではとわたくしには思われる。末期に新茶を楽しむというは妙法にて候。
麦秋や病院よりも白き墓
墓の色は生まれた場所によってことなる。昔から近隣の採掘場から切り出された石の色がその地元の墓の色となるからだという。東北は宮城県の稲井石や泥冠石、福島県の鍋黒石や黒御影の浮金石などの産地が有名で黒い墓が多い。関東は神奈川県の小松石や山梨の山崎石を産し、灰色の墓が多い。それ以外は花崗岩に恵まれたため白御影石が多く、日本人の墓の色に対するイメージのほとんどは白である。
しかし、この句の「白き墓」というのは、十句の中に置くと、日本の花崗岩の墓だけではなく、西洋の白い十字架の墓も想起する。ミネアポリスだったか、飛行機の乗り継ぎの時間が長いので外へ出て見たら小高い丘の緑が一面真っ白な十字架で埋められていたのを思い出した。作者はキリスト教信者なのか、教会の墓地が見える病院にいるのか。この「白」が清潔の「白」を旨とする病院の「白」よりも「墓」の方が白く見えたということを、白い死のイメージへの憧憬として読めるが、季語は「麦秋」なので、風が渡ると一面素晴らしく黄熟した穂が波のようになびく麦畑を背景に読む方が、気持がいい風を感じる。
虚子は『新歳時記』で「むぎあき」と読ませているが、小津映画で育ったわたくしは「ばくしゅう」と読む。映画『麦秋』のラストシーンの「紀子、いまごろどうしてるんでしょう」という母親の言葉のあとで流れる麦秋の光景が目に浮かぶが、「白き墓」という西洋的な墓のイメージとあいまって不思議な明るさがある。
猫の待つわが家遠しや薔薇香る
「薔薇香る」で病室に活けられた花瓶の見舞の薔薇が香り、『失われた時を求めて』のように、その香りから、自分が入院するまで暮らしていた我が家の庭に咲いていた薔薇の香りがたちのぼる。「猫の待つわが家」というのは、そこなら安心して末期を送れるような家ということだろう。この十句には家族は父と猫(飼っている動物も家族の一員である)しか出て来ないので「猫(だけ)が待つわが家」と読むと侘しいが「猫の待つわが家」なので、そこには猫の世話をする人も一緒に暮らしているわけで、人は家族という看取る人の間で生き死にするから人間なので、病院の医者や看護士もその意味では人間ではなく、他人という人である。それが「遠し」ということだろう。眠るなら薔薇の花に囲まれて、目覚めるならば親愛なる人間のそばでは、「白雪姫」も「眠れる森の美女」もそうである。
病床の夏暁パッヘルベルのカノン
「パッヘルベルのカノン」というのはクラシックにうとくても、聞けば「ああ、あれか」とわかる有名な曲で、ドイツの作曲家ヨハン・パッヘルベルがバロック時代中頃の1680年頃作曲した「三つのヴァイオリンと通奏低音のためのカノンとジーグ ニ長調」というのが正式名称である。印象的なメロディが繰り返し、第一ヴァイオリンから第二、第三と、順々に二小節づつ渡されて行って、それが延々続いても飽きないという不思議な循環曲で、「世界一の一発屋」と言われるほど、そこら中で流れまくっているメロディといえる。多分結婚式とかホテルや喫茶店のBGMなどで流れていたのだろうと思っていたら、たまたま見たTVドラマでも劇中のホテルのパーティーで流れていたので恐れ入った。
「夏暁のパッヘルベルのカノン」とは言い得て妙で、YouTubeで検索したら、小鳥の声をバックにした朝日の背景画の三時間バージョンまであった。ちなみにクルト・レーデル&ミュンヘン・プロアルテ管弦楽団の”Canon in D”を繰り返し聴いてみたら、何度聴いても聴き飽きなかった。BGMのために生まれたような邪魔にならないメロディで、絶対音感の持ち主は雨垂れを聞いても音符になるので五月蠅いと雨戸を閉めるほどだが、バロック音楽だけは音符にならないからBGMとしても聴き流せると言っていた。この「カノン」などまさしくそうだろう。
「病床」で作者は聴いているが、ふと、岸本尚毅の『高浜虚子 俳句の力』の冒頭を思い出した。
もしもホスピスの施設に入ることになったら、何をもって枕頭の慰めとするでしょうか。私の場合、思い浮かぶのは、モーツアルトと虚子です。ホスピスでベートーベンを聞かされても無用の強心剤のようで迷惑です。バッハやブルックナーの神学的厳粛さも、異教徒のわたくしには鬱陶しい。諦めのような透明感と安らかさを湛えたモーツアルトこそが死にゆく魂のためのモルヒネにふさわしい。虚子の俳句もそうです。
確かにベートーベンだと心臓麻痺をおこしそうだなということはわかるし、モーツアルトが癒しの音楽だというのもわかる気はするし、人が恋しいときにはショパンが聴きたくなる気持もわからないではない。しかし、ホスピスに虚子の句というのは、よくわからない。
大寒や見舞に行けば死んでをり 虚子
って、ブラッ句・ジョー句ではないか。勘弁してください。
行きつけの阿佐ヶ谷の喫茶店のクラッシック専門の常連に「パッヘルベルのカノン」のようなホスピスで聴くようなバロックは他にあるのか聞くと、モーツアルトの「ヴェスペレ(晩課)”Vesperae solennes de confessore” K. 339」第5曲「ラウダーテ・ドミヌム(主をほめ讃えよ)”Laudate Dominum”」(K.339)を教えてくれた。何でもモーツアルトがカトリック教会の晩の典礼のために作曲を依頼されたのだが、モーツアルトはこの神父とそりが合わなくて乗り気じゃなかったけど、この五曲目の聖書の詩編117を歌うソプラノの独唱だけが飛び抜けて綺麗なのだと言う。あれこれ次は何聴こうとLPをあさりちゃんしているときにこれ聴くと、ああこれで一日が終わったと、必ずそう思って満足してしまうんですと言っていた。YouTubeで検索すると、Edith Mathis, Cecilia Bartol, Nicoletta Panni, Barbara Bonney, Maria Stadeなど、いろいろなソプラノ歌手が歌っていたが、みな素晴らしく、確かに一日の終りに飲む一杯のモカ・マタリと同じように、寝る前に聴く一曲なのかもしれない。一生ではなく、一日を終えるための音楽というところがいい。
聖五月額に楔打ち込まれ
逆縁の不孝よ父よ初蛍
夏蝶や水玉柄の脳画像
「末期」というタイトルと、この三句で、作者が脳腫瘍を患っており、父が子を看取る逆縁を嘆いていることから、母は既に亡く、親に先立つ不孝に心を痛めていると読める。「不幸」ではなく「不孝」である。「親孝行は子どものライフワーク」なのだ。わたくしは作者のことをほとんど知らないので、この「末期」十句だけで読むだけだが、「逆縁の不孝よ」で、「末期」という大変重いタイトルなのに、作者が自分の今を「不幸」とはとらえていないことが、この十句を静かな印象にしているのではないかと感じた。
一年で最も美しい季節を聖母マリアに捧げてロザリオの祈りをするカトリック教会の「聖五月」という季語は(プロテスタント教会に聖人崇拝はない)、イエス・キリストの磔刑を想起させる「楔打ち込まれ」を和らげているし、「逆縁」と「父」と「初螢」の、この句だけ闇夜だが、螢の光る儚い美しさ、「夏蝶」も螢と同じように飛ぶものであり、「水玉柄の脳画像」は、脳腫瘍の部分は死んで黒くなるとはいえ「水玉柄」という措辞は、フランク・シナトラが歌う”Polka Dots And Moonbeams”が流れそうな粋な見立てのようだ。内容が重い句ばかりなのに、しんとして明るいのは、自分の不幸ではなく父への不孝を案じる作者の優しさと、その優しさが選び取った季語のせいだろう。
かはほりや隣のベッドより寝息
海外では「夜の燕」とも呼ばれる蝙蝠が黄昏どきを大きな蛾のようにひらりひらりと飛んでいる。まだ寝るには早い時間なのに、隣の人はもう寝息を立てている。自分の息と重なるようで重ならない呼吸である。それを聴いている私は一体誰だろう、体を抜けだした魂なのか、とも思えてくる。たそがれとはそういう時間かもしれない。
「末期患者」という場合の末期(まっき)は医学的末期という意味であり、現在の医学では手の施しようがない状態を指す。末期(まつご)と言いながら、まだ病院に居られるということは治療の望みが絶たれたわけではないが、手術か投薬か様々な医療方法によって延命の可能性が高まるかどうかの判断が難しい状況ということかもしれない。医学的にはInformed Consentと云われ、医者が患者に医学的なTruth(真実)をTelling(説明)し、患者と何度も話し合い、患者が手術を拒否することも含めて、自分で選択できるようにお互いが納得するプロセスで、「医療的に正しい情報を伝えられた上での合意」とされているが、医者と患者だけではなく、患者の家族の判断にも配慮しなければならないので、精神的にも患者だけではなく家族の負担も一番強いられる段階である。
だが、作者は発句で「まっき」ではなく「まつご」と詠んでいる。わたくしは職業がヘルパーなので、脳腫瘍で「余命二週間」という文字通り末期(まつご)の患者の介護をしたこともあるが、脳画像は水玉どころか真っ黒で、投薬も既に停止され、右手がかろうじて動くだけの全介護状態だった。それでも、二週間どころか、一年以上過ぎても存命し、座ってiPADで遊べるようになり、今はアメリカで暮している。わたくしが病気の末期(まっき)と命の末期(まつご)は違うと思うのは、そういう体験から来ている。この場合の末期症状というのは脳腫瘍という発見時の腫瘍(T:tumor=腫瘍)のステージがT0~4のT4ということだった。脳幹出血で余命三時間と言われて、三年後の今は一人暮しをしている症例もある。
だが、作者は水玉柄の段階で「末期」と自覚している。ということは脳腫瘍はT4ではなく、別の部位の癌が、遠隔転移(M:metastasis=転移)してM1(転移あり)という水玉柄の脳画像ということになる。この場合の発見時の癌で生存率五年の難病指定は膵臓癌と肺癌の二つである。
静かな世界とわたくしは読んできたが、もし、そうであるなら、これは全世界から音が消えた無音の静けさの世界である。
病窓より航路と線路朝ぐもり
病院の窓からは船と電車が見える。船も汽車も航路と線路という定められた目的地と帰還地を持つ。行く場所も帰る場所もなく病室にいる身には、行き来する船も汽車も、行く場所、帰る場所がある確かさを持つ。船も汽車も下りれば、人はどこへ行くかは自由だが、自由を奪われた身には、見ることで心を遊ばせるしかない。「ふらんすへ行きたしと思へども ふらんすはあまりにも遠し」(萩原朔太郎)、せめては新しきパジャマ着て、きままなる空想の旅にいでてみん、と窓外の航路と線路に心を漂わせる。だが、海にも山にも黄泉平坂はある。『古事記』には、黄泉(よも)つ国に伊耶那岐の命が死んだ伊耶那美の命に会いに行く話がある。作者には窓から見える船も汽車も此岸と彼岸を行き来しているように見えたのかもしれない。そのとき、病室は「出雲の国の伊賦夜坂(いふやさか)といふ」ことになる。
下五の季語「朝ぐもり」。「朝曇り、昼旱り」の諺にもとづく、熱さが特にきびしくなる朝は却ってどんよりと曇ることがあるという季語である。歳時記では次に「日盛り」が来る。静かだが、暑い一日が始まろうとしている。
目鼻消し泣きたき日あり雲の峰
挙句である。「目鼻寄せ泣きたき日」だと感情を解き放って思い切り泣く狂言の姿になるが、「目鼻消し」だと能の小面のしぐさになる。うつむいた小面の哀しみを見るようだが、「雲の峰」という「朝ぐもり」から力強く青天に育ちゆく入道雲は生命の躍動を感じさせる。
最後に、俳号が「利普苑るな」なので、りふえん・るな? ドイツ人と結婚したひとなのかと後記を見ると、広島生まれで大阪在住の日本人らしい。「りーふぇん」と読むそうな。読めっかよ、森鷗外じゃあるまいし、茉莉(マリ)、不律(フリッツ)、杏奴(アンヌ)、類(ルイ)のドイツかぶれとも思うが、りーふぇんで思い当るドイツ人の女性が一人いた。
レニ・リーフェンシュタール。ベルリン・オリンピック映画『民族の祭典』の監督である。わたくしにはオリンピック映画ではこれと市川 崑の『東京オリンピック』(平均台のチャフラスカとマラソンのアベベのよだれは忘れられない)が映画として傑出していると感じた。また、アフリカはスーダンのNUBA族を十年間に亘って撮り続けた写真集『ヌバ』の写真家であり、1973年に出されたその写真集の迫力は衝撃以外の何物でもなかった。七十一歳でスキューバダイビングの免許を取得して水中写真集” CORAL GARDENS”” WONDERS UNDER WATER”を出し、百歳を越えて映画『原色の海』を撮るという凄い天才だが、終生、海外ではナチスに協力したと批判され、映画製作は妨害され続けた。彼女のことを欧米で話題にした時も余り良い顔はされなかった。ヒトラーの凄まじい演説で知られる映画『意志の勝利』は、未だにドイツ国内では放映禁止である。彼女が池袋パルコで「ヌバ」の写真展のために1980年だったか来日したときは、わたくしも講演を聞きに行った。講演会後の彼女に対する質問は、ナチに協力したことをどう思うかといった馬鹿な質問ばかりだった。政治という権謀術策の世界と、映画や写真の美の世界は全く別世界の話である。わたくしは彼女がオリンピックのアスリートたちを美しいと感じたから美しく撮ったように、ヌバ族を美しいと感じたから撮ったまでだと思っていた。レニは今でもわたくしには美に入れ揚げた美の殉教者である。
利普苑るなさんがレニのファンであるなら、昔からのレニのファンとしては嬉しい限りである。
第424号 2015年6月7日
■利普苑るな 末 期 10句 ≫読む
第426号2015年6月21日
■喪字男 秘密兵器 10句 ≫読む
第427号 2015年6月28日
■福田若之 何か書かれて 15句 ≫読む
2015-07-19
【週俳6月の俳句を読む】猫髭 受容
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2012-07-08
【週俳6月の俳句を読む】猫髭 たまたまここに住んでいただけの話
【週俳6月の俳句を読む】
たまたまここに住んでいただけの話
猫髭
自転車も網戸も浚ひ出されけり 佐川盟子
十句のうち、「自転車」と「網戸」が、「浚ひ」という言葉とそぐわないので立ち止まった。「浚ひ」と言えば「溝浚い」「川浚い」「下水浚い」で、底の泥を浚って上げる清掃を言う。「浚渫船」も港湾・河川などの水深を深くするため、水底をさらって土砂などを取り除く船である。「浚ひ出され」るのは泥や土砂のたぐいだけである。「自転車も網戸も」の並列は、泥と一緒に浚い出された物であることを示す。しかし、暮しの足である自転車と、風を通し防虫効果を兼ねた涼をとるための網戸が、溝か川か海かに沈んで埋もれているとはいかなる状況か。今年の梅雨入り前後の暴風雨による被害の痕を詠んでいるのかもしれない。ここのところ日本は亜熱帯になりつつあるような天候が続いたから。
それで思い出した。昨春の東日本大震災の時は、那珂湊のドックに、那珂川に、魚市場の溝に、道路に、自転車どころか、自動車や船まで津波に流されて転がっていた。今は生田に疎開している母は、その日、阿字ヶ浦の高台にあるデイ・サービスに居たので津波からは免れたが、未だに震災時の記憶がない。その癖、父の掃苔を促しても、自転車も網戸も流されて半壊した我が家に二度と戻る気もない。流されたものは自転車や網戸だけではなかった。それは一年経っても浚い出すことが出来なかった恐怖という泥である。
幽霊はときをり淡くなりにけり 藤田哲史
タイトルの「緑/R」の「/R」がわからない。十句のうち緑に関連する句や青に関連する句があるのでマイルスの「Kind of Blue」の「Blue in Green」を聴きながら読めということかと、かけてはみたが、どうもCoolな句柄ではないので違うなあ。竹内まりあの「Denim」なんかが合いそうな・・・お、合うじゃん♪
あるいは統計解析のR言語だとすれば、これらの十句は、入り子構造にベクトル処理されていることになるが、スパムを炒めて発泡酒(金が無いので「オリオンビール」じゃなくてサッポロの「ホップ畑の香り」だが、なかなかいけます)を飲み始めたので、面倒臭いことはエポケーして、夏の夜につきものの幽霊を読んでみよう。関数は「幽霊は緑色」。
この「ときをり淡く」なる幽霊は子どもの頃に見たことがある。わたくしは幽霊を信じない。しかし、怖い。これは映画館の桟敷席で畳に伏して「四谷怪談」を見ているときに、オヤジに、もうお化けいない?と聞いたら大丈夫だと言うので、顔を上げたら、お岩さんが戸板でもんどりうって現れた場面で、一生オヤジを恨むほど呪ったが、そちらではなく、西洋の幽霊の話で、昭和三十年頃は那珂湊のような田舎でも邦画専門の「大漁館」と、洋画をかける「坂場」という二つの映画館があった、その「坂場」で見たヒッチコックの「めまい」という映画に緑色の幽霊が出て来たのである。
自分を助けるために同僚が転落死したことで高所恐怖症になり、辞職した元刑事のスコッティ(ジェームズ・スチュアート)は、友人から自殺願望の妻マデリン(キム・ノヴァク)の尾行を依頼され、ゴルデンゲートの下で身投げした彼女を助けたことで、彼はブロンドの彼女に夢中になるが、教会の鐘楼から飛び降りる彼女をめまいのために助けることが出来ず、神経衰弱に陥る。小康を得た彼は、彼女に瓜二つのブルネットの髪のジュディ(キム・ノヴァク)に出会い、同じ服を買ってやったりして死んだ女の面影を彼女に求める。グリーンのネオンが窓から漏れるホテルの部屋で、髪の色と髪型を同じにしたジュディが現われるシーンほどエロティックなシーンは見たことが無い。一度死んだ女の幽霊を死姦するようなもので、グリーンのネオンの点滅が、まさしく「幽霊はときをり淡くなりにけり」であり、この幽霊は怖くない。この句は美しい。
桜実にさう言へば今日誕生日 北川あい沙
俳人が誕生日ではなく忌日をなぜ詠みたがるのかは謎で、とはいえウラハイの「毎日が忌日」(http://kijitsu-haiku.blogspot.jp/)などは面白いのでわたくしも大分遊んだが、実はまだ続いていて、最近では、
柿ピーに混ざる小魚クレーの忌 野口裕
などは、赤い魚が真ん中にぽっちり浮かぶクレーの絵「水底の庭Underwater Garden」を髣髴とさせる佳句だと思う。
忌日句は亡き人を偲ぶということだろうが、生きている人を喜ぶといった真っ当な姿勢を俳人はもっと持った方がいいと思うので「毎日が誕辰」などもウラハイでやると、これは死人ではなく生きている人も歌えるので今を詠む佳句も生れるのではないか。
掲出句の誕辰句は、誰の誕生日だろう。普通は作者のという読みになる。「さう言へば」という健忘症初期症候のようなぞんざいな気付き方が、もう子ども時代のように無邪気に親兄弟に祝われ祝いという年頃を遥かに過ぎて、いまさらという気になるから、親の誕生日をひっくるめて老人の日に何か送るという雑な括り方と同じように、「さう言へば」今日が自分の誕生日というところに落ち着く。生きていることに感謝することはあっても、自分で自分の誕辰を祝うという気にはなかなかなれないものだから。「桜実に」で、さくらんぼが一人で食べてもおいしい季節なのだと気づかせてくれる句である。
ただ、季語が「桜実に」なので、さくらんぼを置くと「桜桃」につながり、攝津幸彦も「国家よりワタクシ大事さくらんぼ」とパロった有名な太宰治の「桜桃」の冒頭の言葉が浮き上がる。
子供より親が大事、と思いたい。
そうなると、これは親を含めた家族の誕生日であってもよい。誕生日と言うものは本来家族から祝われるものだ。人間が人の間と書いて、人の間に生まれ、人の間に死ぬように、家族だけが人間として家族の誕辰を心から祝うことが出来る。人間としての死もまた家族という人の間に看取られて成就する。
忘れろ忘れろ平泳ぎ繰り返す 神野紗希
十句の中に「遠泳」と「自愛ぶよぶよ」と「忘れろ」が点在すると、
愛されずして沖遠く泳ぐなり 藤田湘子
という句が点滅する。『古今和歌集』の「われを思ふ人を思はぬむくいにやわが思ふ人の我を思はぬ」を本歌取りした相聞句だとずっと思っていたが、今回引用の正確を期すために「鷹」のHPを検索すると、「師である秋櫻子との反目」という「鬱屈した気持がこめられている」とのことで師弟愛の句だった。師弟愛というのは師を持たないとわからない至上の愛にひとしいものだから、死ぬまで束縛される、どころか死んでも束縛される。湘子も「葛飾や一弟子われに雁渡る」「湯豆腐や死後に褒められようと思ふ」と詠んでいる。ただ、俳句という作品と、その背景はまた別で、この句が相聞であることに変わりは無い。
掲出句も相聞とわたくしは読む。「忘れろ」という叫びとは裏腹に、海を抱くように自分の体に引き寄せては前方へ突き放す平泳ぎの繰り返しが愛憎の行為だからだし、恋はするものではなく、I fall in love too easilyというように不意打ちに落ちるものであり、溺れるものだからだ。これがバタフライやクロールだと海を抉り切り裂く愛憎となり、相聞にはならない。前を見据えて世界を擁き抱えては突き放す平泳ぎだからこその「忘れろ」である。その言葉にならない叫びは、「思ひ切つて仕舞へ、思ひ切つて仕舞へ、あきらめて仕舞ふ」という「夢の樣な戀」を忘れようとする樋口一葉の『十三夜』の阿關の思いに呼応する。掲出句の次の挙句は「椅子の背に掛かる白シャツ窓は朝」。この「白シャツ」は王朝の後朝の別れの朝の光か。
浴衣着てどの町からもはるかなり 平山雄一
那珂湊には八朔祭という祭があり、わたくしがいる四丁目の屋台は中でも一番由緒がある。今でも昔ほどではないが、たいそうな人出で賑わい、八幡宮から神輿が出て那珂湊港から海へ入る禊が行われ、翌日八幡宮へ神輿が還る還幸祭は夜になると屋台同士が競い合い、芸者衆が囃してそれはそれは賑やかで華やかで勇壮でさえある。だが、それも翌春の東日本大震災の本震に続く7.7の余震が常陸沖で発生したため、日立から大洗までのいわゆる日本初の原発銀座沿岸は津波の被害を被り、未だに八朔祭再開の目処は立っていない。我が家の隣の水神宮は奇跡的に瓦一枚落ちなかったが、見かけが朽ちているので、鹿島神社の管理事務所が震災で倒壊したと勘違いして更地にしてしまった。祭のスポンサーのおさかな市場も甚大な津波の被害を受け、再開はしているが、これまでの観光バスが列を成す賑わいにはほど遠く、風評被害も相俟って、底網は未だに禁止され、地魚はほとんど店頭に並ばない。
夏になれば浴衣を着て涼むが、潮風に混じって祭囃子がどの露地からも流れていた夏は途絶えた。作者が詠んだ位置は、気持の上で涼しく喧騒から遥かな句だが、読み手であるわたくしは、たまたまここに住んでいただけの話なのだが、まさしく「浴衣着てどの町からもはるかなり」である。
第267号
■佐川盟子 Tシャツ 10句 ≫読む
■藤田哲史 緑/R 10句 ≫読む
第268号
■北川あい沙 うつ伏せ 10句 ≫読む
第269号
■神野紗希 忘れろ 10句 ≫読む
第270号
■平山雄一 火事の匂ひ 10句 ≫読む
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2011-02-20
第30号~第39号より 猫髭さんのオススメ記事
第30号~第39号より
猫髭さんのオススメ記事
「週俳」には、俳句のハの字も出て来ないのに、通読していると「何となく俳句的」という気分にさせられて、愛読してしまう面白い記事がある。第31号からの新連載「スズキさん」(中嶋憲武)と、第38号からの新シリーズ「そんな日」(かまちよしろう)がそうである。
まず「スズキさん」だが、このスズキさんが変に面白い。彼はナカジマくんが勤めているお菓子の包装箱の会社の社長のお母さんの弟で、ナカジマくんは彼の手伝いをしながらお菓子屋さんに菓子箱を一緒に配達して回るのだが、その同行中のスズキさんの言動が微妙に面白いのである。
例えば、皇室と相撲のカレンダーを仕事帰りにスズキさんは沢山買って来る。「田舎では皇室・相撲のカレンダーを貼っておけば、鼻高々なのだとか」。ナカジマくんと同じように、スズキさんの故郷の秋田というのは家々に月ごとに、「一月は、天皇御一家勢揃いの図で、例の写真です。あとは天皇皇后両陛下がお田植えをされている写真、秋の野を散策されている天皇皇后両陛下の写真」という「日本のステレオタイプの図版世界」が吊るされている様を想像し、そのあとでNHKの連続ドラマ「ちりとてちん」まで付き合って見てしまうのである。わたくしも釣られて見たが、このドラマは恐ろしくよく出来ていて、スズキさんと同じようにほろりとした。
スズキさんはビートルズの「ノルウェイの森」は苦手である。演歌ひとすじ。五木ひろしに角川博というヒロシ系が好きで、ここまでは普通の職人気質にはありがちなのだが、ここから一味違う。秋祭の喉自慢大会には、池袋の東急ハンズで金髪のかつらを購入し、メイクアップもきっちりとし、真っ赤なミニのワンピースを着て、山本リンダの『狂わせたいの』を歌ったという。
山本リンダは金髪じゃないけどな、と俺は思った。ついでに演歌でもないな、と思ったので、スズキさんに、「山本リンダ、演歌ですか」と聞くと、「あれは、演歌だよ」と言った。山本リンダは演歌か。なるほど。 「来年は、三度笠と合羽を買ってきてね、氷川きよしの、やだねったらやだねっての、やろうかと思ってるんだよ。三度笠、どっかで売ってるかね」と、マンゴー・オレに差したストローから唇を離してから、言った。
冬日はだいぶ、西に傾いた。
山本リンダが演歌とは、実にスズキさん、興味津々のお人柄。
わたくしは作者本人による「スズキさん」の朗読を聞いたことがある。訥々として、スズキさんが菓子箱を抱えて現われる気がした。
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「そんな日」は、一口漫画である。サラリーマンの格好をした猫が主人公で、第一回目は、自動販売機の前に転がる空缶を見ている。「なんだか無性に缶を蹴りたくなった」というキャプションが付いている。つい、わたくしも子どものころの缶蹴り遊びを思い出した。みな、親が呼びに来るまで缶蹴りに熱中したものだった。殊に夏は日が長いので。何ともほんわかのほほんとした雰囲気にさせてくれる。
「そんな日」は、猫の家政婦が主役の「きょうの猫村さん」(ほしよりこ)と並んで、猫のサラリーマン物語として愛読している。
ウラハイに連載されている「ペンギン侍」はキャラクターがずば抜けて面白く、登場する沈思犬ジョーがまた渋いというか、とんでも犬というか、わたくしは名作だと思う。
「スズキさん」と「そんな日」は、掲載されると真っ先に読んで面白がる癖がついてしまった。何も言っていないが、ただ生きているだけでも面白いことはあるものだなと、ほんの少しだが感じさせてくれるところが俳句的なのかも知れない。
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≫既刊号の目次 021-040
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2009-04-12
猫髭さんの数々の提言に さいばら天気
RE:「週刊俳句」のココがダメだ
猫髭さんの数々の提言に …さいばら天気
猫髭さんの「インターネット外部の「大人の俳句」をもっと」を拝読。週刊俳句を「俳句世間のフリーペーパー」と表現していただいたことにまず吃驚。私も少し前からそう思ってるんです、いや、ほんと。
街角のラックに並んだ無料の雑誌。気が向いたら抜き取って読み、読み終わったら捨てる。広告掲載料の有無という大きな違いはありますが、送り手の意識、読み手の意識という面で、週俳はきわめてアレに近い。猫髭さんのご指摘に深く首肯、かつ深く御礼。
それはともかくとして、「週刊俳句のダメなところ」について書いてくださいという依頼に、芸達者・筆達者な猫髭さんなら、舌鋒鋭く、あるいは見方によっては喧嘩腰に、センセーショナルな「ダメ出し」を展開することも充分に可能なはずで、そうなると、こちらサイドとしては、有り難く、かつ美味しく、論争を熱く盛り上げていくこともできたのですが、今回は、気分がそうさせたのか、いささかマイルドな内容です。その枢要は、次の一文に尽きるでしょうか。
インターネットに拠らない昔ながらの結社の作品や評論の参加は、やはり少ないと思われ、寄稿者も片寄っていることは否めない。若手の作品が読めるのは嬉しいが、やはり結社の中でだけ研鑚している俳人たちの作品も見て見たい。
(猫髭・以下引用は同)
週刊俳句への寄稿者に、いわゆる結社プロパーな人が少ない。若手が比較的多い。そこに不満を感じていらっしゃいます。
以下、とりとめなく、お答えします。猫髭さんも、読者の皆様も、どうぞ膝を崩して、気軽にお聞きください。
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指摘される偏りは、実際、あるでしょう。まず年齢層から言うと、便利なことに、俳句作品を寄せていただいた方の年代別一覧記事があるので、それを見てみましょう。
年代別・週刊俳句 2007年アンソロジー 44人44句
年代別・週刊俳句2008年アンソロジー 91人91句
これを見ると、まず2007年44人のうち、70代以上が2人、60代が3人、50代が25名(!)、40代が8名、30代が4名、20代が2名。50代が半数以上を占めるという偏り方。この理由ははっきりしていて、週俳を切り盛りしている私たちと年代的に近い人が多くなっているということです。週俳1年目は、手近な(というと寄稿者に叱られますが)人たちに甘えた格好です。
2008年になると、91人のうち、70代以上が8名、60代が4名、50代が29人、40代が22人、30代が9人、20代以下が19人。50代が依然として多いものの、その上下の年代に広がっています。
広がりの度合いはもちろんまだ充分とは言えず、俳句世間全般の年齢分布から言えば、若年に偏りがちではありますが、なにしろ、いくつかの俳句協会の平均年齢が軽く70歳を超える俳句世間です。この現実を反映した年齢分布を週俳が実現するのはかなり難しく、またその必要もないでしょう。猫髭さんの提言の主旨も、年齢層よりむしろ、「オトナの俳句」を、ということだと解しました。
次に、インターネットの外部、結社の内部をも取り込むべきという提言ですが、このうちインターネットの内部と外部という問題は少々微妙で、そもそも、外部対内部、リアル対ネットという図式を反故にするところから、この週刊俳句はスタートしているフシがある(他人事のように言う)。
より具体的に言えば、ネット環境を利用しながらも、ネットに両足を置くことはしない。例えば、いわゆるハンドルネームでの寄稿は原則、受け付けていません。猫髭さんは唯一の例外と言えるものですが、「猫髭」という俳号がすでに歴史的にアンデンティティを確立しているという判断からの例外です。
あるいは、リアルの権威や秩序を無視しない。一例を挙げれば、多くの読者はお気づきのように、俳句賞受賞者に多く寄稿依頼しています。また俳句総合誌という既存の紙媒体を「読む」という記事を続けていることも、ひとつの証左でしょう。
そして個人的には、再三、申し上げているように、「インターネット俳句など存在しない」という見解。リアル対ネットという不毛の対立に与せず、ネットのメリットを見極めつつ、リアルな俳句をみんなで愉快に遊びましょう、というのが週俳の基本スタンスだと思っています。
だったら、よけいに、インターネットと疎遠な作家の作品も、もっと積極的に掲載すべきという意見が出そうです。それには「がんばります」とお答えするしかありません。これまでにすでに、お手紙やファクス等で依頼・入稿・その後のご連絡を進めた例は、若干ながらあります。そうした作業を少しずつでも積み重ねていきたいと思っています。
次に、猫髭さんご指摘の「結社の中でだけ研鑚している俳人たち」という部分です。このうち「だけ」という2文字をどう解するかで、お答えが変わってきますが、週俳への寄稿者の多くは結社所属です。確認しきれてはいませんが、10代・20代を除けば、圧倒的に多数の方が結社所属だと思います。
そういえば、信治さんと私はそうじゃないですね。猫髭さんが名前を挙げていらっしゃる八田木枯さんも結社から遠い立ち位置です。お若い頃にたしか「天狼」に所属されて以降、結社との関わりがなく、現在も同人所属です。
閑話休題。結社所属か否かは、週俳にとってさほどの問題ではありませんので、このあたりも、広くネットワークが広がれば、と、これは「これからもっとがんばります」の意思表明であると同時に、週俳からの切望でもあります。
ただし、ふたつのポイントで、偏りも、あえて辞さず、という部分はあります。ひとつは若い人の寄稿。もうひとつは、結社誌・俳句総合誌等の定期刊行物への発表の機会の少ない作家。
猫髭さんの提言に反駁するかたちとなる前者は、週俳がインターネットという新しい(笑)分野のものだから、という理由ではまったくありません。ひとつには、何十年か先の俳句の景色を決めるのは、私たち年寄りではなく、若い人だから、という、やや感傷的かもしれない私個人の理由があります。
その一方で、「若けりゃいいってもんじゃない」という思いもしっかりと抱いていることも申し添えておきます。俳句世間や結社が若いというだけでチヤホヤする(「老人ホームに慰問に来た学生さん」状態)、その習性とは一線を画しつつ、週俳は週俳なりのスタイルで若い人たちに接していくつもりです。
さて、次。後者は、シンプルに、惜しいから、です。アウトプットの豊かさに、発表の機会数が追いつかないケースは多々あります。そこを週俳が少しでもカバーできれば、すんごく嬉しくなります。
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以上、猫髭さんへのお答えになっているのかどうか、心許ないですが、前掲記事「「インターネット外部の「大人の俳句」をもっと」の後半にある具体的なアドバイスにもレスポンスしておこうと思います。
1 秀句紹介
前掲。猫髭さんの提言のうち、次の部分です。
世に隠れた秀句を「週俳」でどんどん取り上げることも、場を片寄ったものにしない工夫ではあるだろう。
コーナー企画のひとつとして、当然、考えられるものですが、当初から、この部分には手を出しませんでした。理由(私個人の中の理由ですが)、すでに在るからです。よく知られ歴史のあるサイトでは、「増殖する俳句歳時記」、それに「e船団」の「日刊この一句」。また、個人ブログで秀句を取り上げるところも多い。さらにはメールマガジンという形式で羽田野令さんの「ふわりと一句」。読者の多くは、これらのうち自分の好みのいくつかをブックマークして楽しんでいらっしゃるのではないでしょうか。週俳も、コーナーを設けて同様の記事をアップしていく選択もありますが、これまでずっと優先順位のうしろのほうでした。
ついで、句集の紹介も、週俳は積極的ではありません。「第一句集を読む」はありますが、続々と刊行される新刊・句集を取り上げることはしません(上梓されたばかりの方に、10句作品を依頼することはしています)。その理由は、ひとつにはなんとなくコーナーを設けなかったということ、そしてもうひとつは、秀句紹介と同様、その機能を果たしているサイトや個人ブログが他に存在するということもあります。
「豈 Weekly」では豈同人、あるいは関悦史さんによる新刊句集の紹介記事が毎号のように掲載されています。小野裕三さんのブログも、新刊句集の紹介記事が充実しています。こうした存在のおかげで、週刊俳句は、安心して、そこに手を出さなくて済む、という部分があります。
でも、まあ、こうした「読む」記事、紹介記事は大事に考えているので、そのうち趣向を思いついて、スタートするかもしれません。
2 雑詠選・題詠選
このこと(ホトトギス雑詠選)にならって、「週刊俳句」でも「雑詠選」を、あるいは「題詠」を試みられてはいかがであろうか。目利きが必要だが、三人拠れば文殊の知恵ということもある。現在の編集子でチャレンジしてみてはいかがであろうか。
企画そのものはともかく、「現在の編集子でチャレンジしてみては」の部分は悪い御冗談(笑。
俳句作品の寄稿とは別の「投句」コーナーというのは俳句総合誌には付き物のようですが、「週刊俳句」には、どうでしょう?(註1)
投句なら皆さん、ご自分でこの人と決めた主宰の運営する結社に入って、毎月投句するほうがよほど楽しいはずです。
より広範囲の読者に週俳を身近に感じていただく、というのが、猫髭さんの提言の狙いでしょう。うまく行けば、新しい読者も獲得するでしょう。選者は、どなたか引き受けてくださるかもしれません。でも、週俳のノリじゃないよなあ、と、今のところは、思います。あくまで個人的な感想ですが。
3 連句の試み
ウラハイで本誌100号記念にとしてスタートした連句について、好意的に受け取っていただいたことは嬉しいです。
ただし、「十句を読ませる工夫が正直無頓着な俳人が多いのでは。連句をやる事で、その辺の構成の呼吸を学べるのではないか」という部分は、まったくそんなことはない、と断言しておきます。
学ぶとか役に立つとか、猫髭さんらしくもない。そんな野暮なことをおっしゃらずに、付句をどうぞ。発句はいただきましたが、それ以降は「お見限り」です。お祭りですから、たくさんの皆さんの御参加をお待ちしております。
なお、捌きである私の非力さ・いい加減さは、「ふつう捌きはしっかりした偉い先生がやるもんだ、宗匠って言うくらいだからな。捌きがボンクラな連句なんてめずらしいから、付き合ってやるか」と懐深くオツに構えていただければ幸いです。
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最後に「続きはどうなってるんだ?」という声について。
シリーズ物で途中で数回やって続かないものがあり、楽しみに読んでいるのでシリーズ物は続けるようにお願いしますという声が句友の間から挙がった。「サバービア俳句」を展開してゆくとか、長谷川裕の旅行記とか、「第一句集を読む」とか、etc.。という声が多かったことを、追伸として。
ええっと、シリーズといいながら、もう忘れてしまうくらい「次」が出てこないものもありますが、続いているものは続いておりますので、どうぞ、気長にお待ちください。
「第一句集を読む」は、いま対象俳人と書き手を検討中。これを読んで、「よっしゃ、ワシが書いたる」という方、男女を問わず歓迎いたします。ご連絡ください。
「サバービア俳句」もそのうちきっと登場します(俳句とどう関係があるの?という企画を現在あたためています)。
一方、長谷川裕さんの旅行記は、キューバとメキシコでいちおう完結しています。
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加えて、猫髭さんの当該記事に寄せられた imagon さんのコメントにも少し触れておきます。
<老若男女の俳人が参加する場>を週俳一本でカバーできるか?その点はちょっと懐疑的にならざるを得ません。一般雑誌が年齢やクラスによって読者層を細かく細分化するように、第二、第三の週俳が求められるのかもしれません。
この「第二、第三の週俳」という部分ですが、週俳と機能やスタンスが共通するなら、二つも三つも要りません。もし仮に、「週俳のようなウェブマガジン」を作ろうとお考えの方がいらっしゃったら、「いっしょにやりましょう」と申し上げると思います(現実には、そんなことは起こりそうにないのですが、考え方としては、そう)。まったく別のコンセプト、別のスタンスなら、もちろん立ち上げる価値がありますが、そうでなければ、いっしょにやっちゃえばいい。
ところで、つねづね、「結社や同人って、分裂することはあっても合併はしないよなあ」と不思議に思っています。同じようなことをするなら、いっしょでいいのに、と。
これからさき、週刊俳句がどこかのウェブサイトと合併することもあるかもしれません。どちらかが吸収合併するという生臭いノリではなく、発展的な合併。
現在、私を含め3名で切り盛りしていますが、これが永続するわけではなく、いずれ、この当番メンバーも変わっていくのだと思います。それが「場」であることの意味のひとつでしょう。
(註1)投句コーナーと週刊俳句について:余録
この部分は余録として聞いていただきたいのですが、俳句を「作る」ということに関しては、俳句世間全般、すでに環境は整っていると思います。俳人というのは、「作るな」と言っても作ってしまう人種のようです。
ところがその俳句が充分に読まれているかというと、そうではないわけで(ご自分の俳句にしか関心が向かない俳人のなんと多いこと!)、いわば、「作る」の過剰供給に、「読む」という消費(健全な消費行動=享受)が追いつかない。この不健全な状況は、いまさらここで言うまでもなく各所で指摘されることで、「批評の不在」もそこから来ています。
「とりあえず作ってみなさい、楽しいから」と俳句に誘われ、それからあとは「どうやれば巧く作れるか、ウケる句が作れるか」の実用情報が幅を利かせる。「読む」ことの愉楽、そして同時に困難さには、さして頭を受けることなく、五七五(含・季語)がバカスカ生み出される。
以前、「俳句を作る人の数=読む人の数」という自給自足の「俳句村」状況(村で穫れた大根を村で消費する)ということを思いましたが、それどころか、俳句の「作る人」のほうが「読む人」よりはるかに多いのではないかとさえと思います。
俳句を「読む」ことは愉しいはずなのに、その部分はなんだかやせ細ってしまったような感じなのです。
そこで「週刊俳句」です。2007年4月に始まった週俳は、ある意味、「俳句を読みましょう」運動でした。ついでに俳句について書かれたことも読んでみましょう。そして「俳句のことを話しましょう」運動です。「読む」愉楽の復興、というと大袈裟ですが、俳句を読み、語ることの豊かさに週俳が少しでも貢献できたら素晴らしい。
雑詠選・題詠選は、多くの人の「作る」ことの受け皿になる可能性はあっても、「読む」ことの豊かさにつながるとは考えにくい。それが今のところの私の感想です。
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2009-03-01
2008-07-06
『俳句』2008年7月号を読む 猫髭
【俳誌を読む】
『俳句』2008年7月号を読む……猫髭
次の世は蝿かもしれぬ蝿を打つ 木田千女
「喜寿のこととんと忘れて毛皮買ふ」という句も見えるから、とてもハイカラな人だと思う。ハイカラさんには目が無いので、これは即買い。
小谷ゆきをの『海鼠』も面白そう。
古事記以来怠け続けて海鼠たり 小谷ゆきを
第一句集が『麦藁蛸』、第二句集が『尾花蛸』というから、単に言葉遊びではない不思議な味わいの作品に出会えそう。
秋山巳之流『花西行』(ふらんす堂)。これは既に買って読んでいた。茨木和生の名句集『椣原』(文學の森社)の序と後書で、二人の古風な友情に惹かれ、時雨舎も早くから宣伝していたので、近所の本屋に頼んでいたのだ。無口だが言うべきことは聞こえてくる渋い句集だった。
秋時雨楽しきときも希にあり 秋山巳之流
遺稿集の挙句としては、苦みばしった遺影がちょっと微笑んだような句である。
はてな?と思ったのは、伊藤通明『荒神』。代表句が、
白桃を啜るによよといふ容 伊藤通明
伊藤通明は「白桃」の主宰だが、
白桃をよよとすゝれば山青き 富安風生
への挨拶句なのだろうか、これは。
今月の「合評鼎談」でも触れられている、
雨止んで鶯餅は売り切れに 伊藤伊那男
は、明らかに富安風生の、
街の雨鶯餅がもう出たか 富安風生
への対句的な挨拶句だと即座にわかるが、これは奥さんを亡くした作者の、
妻と会ふためのまなぶた日向ぼこ 伊藤伊那男
からの暗から明への意図的な転調として許容できる。対して、伊藤通明の一句は、代表作として宣伝の冒頭に置くのにはふさわしくない気がした。オリジナリティが問われないからである。
もうひとつ?と思ったのは、吉年虹二句集『狐火』。この句集名は、
狐火を信じ唯物論信じ 吉年虹二(平18作)
から来ている。これは明らかに、
狐火を信じ男を信ぜざる 富安風生
を本歌取りしている。
期せずして富安風生を想起する句が並んだが、吉年虹二も「分身の酸素ボンベと薔薇に立つ」(平19作)という近作を入れているので、死に接すると富安風生の句を俳人たちは思い浮かべるのかもしれないとはいえ、やはり句集は自分のオリジナリティを掲出句として揚げるのが筋ではないかと思われる。
風生と死の話して涼しさよ 高濱虚子
という有名な句があるから、死に触れると風生の作品に遊びたくなる気持はわからんでもないが。
「俳壇ニュース」に立ち寄る。ここのカットは毎回楽しみ。猫の写真が載るのである。今月はMATSUKO(3歳)、美女である。このコーナーには最後に類想類句の取り消し記事があるが、今月は最優秀賞に入選した一句、
ひぐらしの声のなかなる光堂
が取り消されている。久保しづくの先行句、
蜩のこゑの中なる光堂 久保しづく
があったためである。正岡子規の『松蘿玉液』には、暗合剽窃、不明瞭なる記憶、類似について古句を引いて論じていて面白いのだが、上の事例はその表記の偶然とは言えない置き換えから見て、剽窃に近い。
詩や絵画や音楽や映画では、昔からパスティーシュ(著者註1)やコラージュ(著者註2)やパロディ(著者註3)の技法は広く使われており、特に先人へのオマージュ(敬意)溢れた作品は、鑑賞する際の楽しみですらあるので、俳壇が世間知らずなだけなのかも知らないが、俳句は自分の体を通した今を詠む「当意即妙」の芸であるという自覚が足りないだけとも言える。
谷宗牧が『当風連歌秘事』で述べた、「発句はその場の景色の選び様、座中の体、庭前の有様、色々様々の景気があるので、前もって作り置くものではない。ただ当意即妙を本とすべきではないか」という言葉は、俳句にも生きていると思われる。
さて、巻頭に戻る。
「結社歳時記」は「湾」特集。ここでも、
何故なぜのきりもなき子や雲の峰 米原淑子
という句を見て、
咳の子のなぞなぞあそびきりもなや 中村汀女
をすぐ思い出した。この「ホトトギス」巻頭を飾った有名な句の眼目は「きりもなや」である。主宰たるもの、この汀女の句を示して、「きりもなき子や」と「きりもなや」との切れの違いを説いて、弟子のもっとその人らしい句に差し替えるのが主宰の見識だと思う。
目玉の「女性が担う俳句の未来」のコーナー。
宇多喜代子が校長先生、西村和子が教頭先生、津川絵里子が学年主任、高柳克弘が研修生といった感じ。
自分の年齢を三で割ると人生時間になるのだが、高柳克弘は28歳なので、まだ朝の9時台、サラリーマンだったら会社始まったばっか。片や人生時間は0時を過ぎてシンデレラにはもう戻れない、酸いも甘いも噛み分けた小手先の技など歯牙にもかけないスピリチュアルなベテランを筆頭に貫禄十分だから、まだテクニックに走りたがる青年が技術論並べても歯が立つわけはない。
いつの間にがらりと涼しチョコレート 星野立子
この素晴らしい御馳走句を前にして、高柳は「究極の技巧家」という観点から、分析的に読み解き、温度に敏感なチョコレートの本意と、作者の涼しいと感じた実感とが、構造的に下五に「チョコレート」がぽんと置かれた事で、はからいのない日常性を感じさせてくれる、といった調子で読み進める。ああ、鬱陶しい。
津川絵里子のように、「いつも九月になったらその句を思い出すのです。本当にチョコレートが食べたくなる季節だな」と、どうして句をおいしくいただけないのだろう。ゴタク並べてないで食えよ、高柳君。
星野立子と高野素十の二人は、希に見る天性の俳人なのかもしれない。
(著者註1)パスティーシュ [(フランス) pastiche]
音楽・美術・文学で、先行作品の主題やスタイルを模倣・剽窃・混成などの手法によって改変してできた作品。
(著者註2)コラージュ [(フランス) collage]
〔糊(のり)付けの意〕新聞・布片・針金など絵の具以外のものを様々に組み合わせて画面に貼りつけ、特殊な効果を出す現代絵画の一技法。写真に応用したものはフォト-コラージュという。
(著者註3)パロディー [parody]
既成の著名な作品また他人の文体・韻律などの特色を一見してわかるように残したまま、全く違った内容を表現して、風刺・滑稽を感じさせるように作り変えた文学作品。日本の本歌取り・狂歌・替え歌などもその例。演劇・音楽・美術にも同様のことが見られる。
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2008-02-10
【週俳1月の俳句を読む】猫髭
【週俳1月の俳句を読む】
静かな場所 対中いずみ「氷柱」10句と田中裕明
猫髭
作品は「作家の顔」とは別の「作品の顔」を持っており、作品の背景としての師系や作家個人の事情は、フロオベルがジョルジュ・サンドへの書簡で述べたように「人間とは何物でもない、作品が総てだ」というのは、俳句にも当て嵌まると思うが、今月は「マダム・ボヴァリーは私だ」というフロオベルの言葉を承知した上で、対中いずみ「氷柱」十句を、師系という川の流れに浮かべて、その流れに任せて景色をながめるという読み方をしてみたい。
一読、彼女の作品が、田中裕明という四十五歳で夭折した(と言っていいだろう)師という川の水辺に立ち尽くしたまま詠まれていると感じられたからだ。
この川の源は波多野爽波である。
裕明が二十歳で出した第一句集『山信(さんしん)』、その十九歳の作、
紅梅や人の少なき地鎮祭 田中裕明
には、爽波の第一句集『鋪道の花』中の一句、
新緑や人の少なき貴船村 波多野爽波
への、中七をそのまま使うオマージュがあり、ここから出発したのだという裕明の若い声がする。
貴船は夏でも涼しい川床料理で有名な場所だが、貴船川の流れを、貴船山に日が昇り貴船神社から御手洗川の瀬音がやがて麓に下りて太い鞍馬川に合流し夕闇迫る賀茂川へとそそぐまでを辿れば、日が暮れかかり涼しさを増す頃、祗園戀しやと貴船川を葉陰越しに左手に下る夕闇の中の「人の少なき」場所に現れるのは、螢。貴船は螢が魂として、あるいは魂が螢として、王朝の昔から漂う場所である。第四勅撰集『後拾遺和歌集』第二十雑六「神祗」中の和泉式部の「男に忘れられて侍りける頃、貴布禰にまゐりてみたらし河に螢のとび侍りけるをみてよめる」歌がそれである。
物思へば澤の螢もわが身よりあくがれ出づる魂かとぞみる 和泉式部
爽波はひと言も螢とは言っていないが、貴船を知る者には、地霊であるかのように飛ぶ螢が見える、新緑の隠れる闇の中から螢の多き貴船村が現れる。「地鎮祭」を座五に置いて地霊を鎮めたのはそのためではないかとさえ響く。
裕明は二十六歳で編んだ第二句集『花間一壺(かかんいっこ)』から、「日本の詩歌の伝統」につらなる言葉による「詩情」を自覚して詠みはじめた。この「詩情」という裕明の言葉は曲者だが、高橋睦郎は「新しさが懐かしさにまで達した句」と、裕明の句の「詩情」を言い止めている。裕明の句には、懐かしさに触れようとしてそのまま黄泉の国に手が柔らかく突き抜けてしまうような幻想的な美しさすらある。
別の夜の姫螢見にゆかれたる 田中裕明
その裕明を師系とする対中いずみは「螢童子」で第20回俳句研究賞を受賞した。
手から手へうつして螢童子かな 対中いずみ
の句は、爽波から裕明へ、裕明から彼女へと手わたされた魂かとぞ見る。
対中いずみ句集『冬菫』には、
長き夜や先師の言葉師の言葉 対中いずみ
という句があるから、爽波を源とする川は彼女の胸元にまで流れて浮力を与えたということだろう。
ことごとく蓮折れてゐる時雨かな 対中いずみ
時雨の句というと、樋口一葉の「月の夜」の一節を巻頭に置いた田中裕明の遺句集『夜の客人(まろうど)』の冒頭の一句、
木の瘤の腥くある時雨かな 田中裕明
を思い出す。乳房銀杏の柱瘤(乳瘤)の異様さがぬっと目の前に垂れ下がるような中七の「腥(なまぐさ)くある」が忘れられない、裕明の天才を垣間見る一句だが、彼女の見る時雨は、死者を師と仰ぐ者は世界に対して「見送るまなざし」しか持てないような、残された者の荒涼を漂わせる。個人的には、ボブ・ディランの歌う「激しい雨」のような、「まるで小さな子が窓に立って雨ふりをじっと見つめているような声」(村上春樹が『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』)で降っているような、うっすらと淋しい時雨を詠んでほしかったという思いがある。
神戸のクラウンプラザのバーから時雨の異人館を見下ろしていると、「今度の週刊俳句に氷柱十句を詠んだからよろしくね」と囁いた彼女の微笑むような響きからは、【さきほどの冬菫まで戻らむか いずみ】や【ふりむけば湖光る笹子かな いずみ】といった、「振り返るまなざし」を持った句を予想していたが、鎌倉に帰ってパソコンに開いた白々と発光する揚句の厳しさには意表を突かれた。時雨であれば、
万年筆時雨に冷えてありにけり 田中裕明
という句に添うような、手にとって冷えた万年筆を温めるような句を、どこかで彼女の微笑みに期待していたからだろうか。例えば、彼女が「椋」第14号に載せた、
額縁のかたすみ光る時雨かな 対中いずみ
のような。
ことごとく挽歌なりけり青嵐 対中いずみ
この句は裕明逝去の翌年に詠まれた句だが、物静かな彼女が「ことごとく」と強く歌う時、そこには常に師の影があり、挽歌のような枯蓮の句もまた、師の死を、三年経てなお彼女の心をとらえて放さないということか。ただ、裕明ならば、「ことごとく」といった強い言葉で始まる歌には「青嵐」は置かないような気もする。裕明が「悉く」と詠んで残したのは一句きり。
悉く全集にあり衣被 田中裕明
勿論この全集は『波多野爽波全集』であり、「悉く」と強く出て言い切り、そこに「衣被」を座五に置くさりげなさに驚く。
爽波の「ことごとく」で始まる句を挙げると、
ことごとく空に触れゐる冬木の芽 波多野爽波
がある。この爽波の「詩」を田中裕明は「詩情」として歌った。
空へゆく階段のなし稲の花 田中裕明
「新しさが懐かしさにまで達した句」のひとつだと思う。
彼女の重くれる時雨の句は、三年の喪が明けた今も、昨日の事のように師の長逝をよみがえらせる。
外套の内ポケットの波打ちぬ 対中いずみ
外套を詠んだ裕明の句は一句のみ。
インバネス夜行性なる鳥の如し 田中裕明
中原中也がボーヨーボーヨーと呟きながら鎌倉を酩酊して徘徊しているような句だが、彼女の句は、外套の内ポケットに、その夜を波打たせる。揚句は、外からの目を内に転じて体温をもって応えた一句となっている。
煮凝に鮟鱇の足ありにけり 対中いずみ
これは一転、おどけた句である。柳肉(頬肉部・尾肉部は大身という)、皮、とも(尾鰭)、ぬの(卵巣)、水袋(胃)、えら、肝が、いわゆる鮟鱇の七つ道具で、胸鰭を足と見立てたのだろう。「煮凝に鮟鱇の足かも知れぬ」と遊ばずに「けり」と言い切ったところに彼女の潔癖さが出ている。
田中裕明に鮟鱇の句も煮凝の句も無い。とはいえ、【壷焼やこの人は磨けばひかる 裕明】といった、二次会で袋回しに出たら笑いを誘う句も詠んでいることはいる。
雪兎おほきなこゑの人きらひ 対中いずみ
というチャーミングな句は、昨年の春、琵琶湖の湖北の隠れ里、菅浦吟行の酒席で、隣席の彼女に酔漢のでかい声で話しかけていたわたくしに、「文」の榎本享編集長が教えてくれた句だった。彼女は酒を嗜まないのに、どういうわけか酔いどれの隣りの席をあてがわれる。もっとも俳人は酔うとなべて言いつのる。野暮は御法度と、句でたしなめられたわけだ。
煮凝や濁りて低き祖母の声 対中いずみ
もう一句、煮凝が続く。「おほきなこゑの人」ではないから、「すき」なのだろう。「濁りて」に鮟鱇のようなお祖母さんを想像してしまう。
水鳥の群にまじりてゐはせぬか 対中いずみ
誰をさがしているのだろう。いまはなき師の転生の魂を、と言えば穿ち過ぎるが、「水鳥」は裕明が最も好んだ季題のひとつだった。
裕明は生涯778の季題しか詠んでいないが、その中でも10句を越える季題は15に過ぎず、「水鳥」は5番目に多い15句を詠んでいる。猫髭ずんずん調査によれば、新年24題・春176題・夏221題・秋189題・冬168題中、一番多いのは「露」26句、「春」20句、「雪解」17句、「秋」16句、「小鳥」と「水鳥」15句、「盆」と「墓参」12句、「涼し」と「時雨」11句、「桜」「菜の花」「蕨」「水涸る」「茶の花」各10句の順である。彼女の句に添う裕明の一句はこれだろう。
水鳥に用あるごとく歩きけり 田中裕明
猛禽の声の中なる氷柱かな 対中いずみ
十句中の白眉。中七の「声の中なる」が、まるで氷柱が猛禽の鳴声の中に光るような先鋭な響きを立てる聞きなしに聴こえる。猛禽の鋭い声が冷気を裂くたびに氷柱がびしりと空から突き刺さって囲繞されるようなイメージがある。『冬菫』には、
象の鼻巻き上げてゐる氷柱かな 対中いずみ
という句があるから、猛禽の句も動物園の風景かも知れない。猛禽の名前を具体的に取り替えてゆくと、氷柱が形を変えるようで面白い。
大鷹の声の中なる氷柱かな
犬鷲の声の中なる氷柱かな
ふくろふの声の中なる氷柱かな(「ごろすけほっほ明日は日和」と聞きなす)
大鴉の声の中なる氷柱かな(ポーの世界)
ただ、これはこの一句を屹立させた場合の恣意的な読みであり、連作として見た場合は、どこで詠まれたかという別の恣意的な詠みが生れる。
一斉に氷柱雫となりゐたり 対中いずみ
寒晴の強烈な日差しが見える句であり、ここは動物園ではない。
山国のつらら雫にねまりけり 対中いずみ
芭蕉の【涼しさをわが宿にしてねまるなり】の山形県尾花沢弁「ねまる」(寛ぐ)を踏まえた句である。したがって、この氷柱三句は奥の細道を追慕する途上の句だということになる。
しかし、これも恣意的な読みであり、彼女が大津に住んでいることを思えば、そこには芭蕉の墓がある義仲寺があり、彼女が琵琶湖南西に居ながらにして芭蕉へのオマージュを込めた句とも読める。
裕明の氷柱句は三句ある。
軒氷寝べきところにお人形 田中裕明
急流のうへの氷柱のふるへけり
氷柱折り十年前と変はらぬ人
【山国のつらら雫にねまりけり いずみ】は、【軒氷寝べきところにお人形 裕明】に響き、裕明の【氷柱折り十年前と変はらぬ人 裕明】は、爽波の【氷柱もて楽器ケースを敲きつつ 爽波】へと遡って響く。
思ひだすことありさうに冬の虹 対中いずみ
降りだして冬虹消えてゆくところ
冬の虹対句で終わる。虹の対句と言えば、虚子が愛弟子森田愛子を詠んだ句、
虹立ちて忽ち君の在る如し 高濱虚子
虹消えて忽ち君の無き如し
が名高く、鎌倉寿福寺には虚子の墓の前に、他の墓には背を向けて虚子の墓を向く彼女の墓があるが、この挙句の対句も、彼女が師の裕明を偲んで詠んだ句と見てまちがいあるまい。裕明の冬の虹の句は一句のみ。
冬の虹人参甘く煮えあがり 田中裕明
静かで暖かい句だが、彼女が思い出しているのも、この人参が甘く煮えあがる暖かな団欒のような場所だろう。しかし、師はもういない。この人ひとりと決めた師を失った俳人の立つ場所はどこなのだろう。
彼女の句集名『冬菫』は、「ゆう」2004年4月号に載せられた裕明の鑑賞の言葉から来ていると云う。
さきほどの冬菫まで戻らむか
いままで歩いてきた風景が気になることがよくあります。きっとそこに自分の一部を置いてきてしまったのでしょう。それは今朝の散歩でもあることだし、また長い人生の中でもあること。戻ることができるのは稀有なることで、ほんとうは過ぎ去ったものはかえりません。だから輝くのです。
師の死とともに、彼女もまた「そこに自分の一部を置いてきてしまった」。最後の「ほんとうは過ぎ去ったものはかえりません。だから輝くのです」という言葉は、師である裕明の彼女への遺言にひとしい。彼女の句が立っている場所は、失われたゆえに輝く静かな場所である。
小鳥来るここに静かな場所がある 田中裕明
その静かな場所から、いかにして、いつ自分の文体をうちやぶってゆくか。
それは裕明が彼女に残した課題でもある。
最後に、『田中裕明全句集』にも載らなかった田中裕明の句を彼女にプレゼントしよう。1999年3月、西野文代の主宰する「文」創刊号に寄せられた祝文である。奇しくも、対中いずみ句集のタイトルとなった花と同じ菫を詠んでいる。
雨に繰りだして菫を囃しけり 田中裕明
さきほどの冬菫まで戻らむか 対中いずみ
■対中いずみ 氷 柱 10句 →読む
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2007-09-02
猫 髭 与えられた状況のための最良の者
猫 髭 与えられた状況のための最良の者
嘘 で し か 言 え ぬ こ と あ り 秋 桜 津田このみ
『空蝉』十句は、【この 星 に 腰 か け て 大 花 火 か な】という発句ではじまる。偶々aikoのCD『桜の木の下』を聴いていたら挿入歌『花火』の【夏の星座にぶらさがって 上から花火を見おろして】というサビのフレーズが照応した。恋歌はジャズのスタンダードもそうだが、トーチソング(松明から片思いの炎へ転じて、片恋の歌)が多く、『花火』に続く『カブトムシ』は【鼻先をくすぐる春 凛と立つのは空の青い夏 袖を風が過ぎるは秋中 そう 気がつけば真横を通る冬】と歳時記を歌い、【琥珀の弓張月 息切れすらおぼえる鼓動 生涯忘れることはないでしょう】に至るサビは、【観覧車回れよ回れ想ひ出は君には一日我には一生 栗木京子】と並ぶ、aikoの青春哀歌の白眉だが、エンディングのロックンロール『恋愛ジャンキー』は【ロマンティックな真夜中は そうよ最後にいつも悲劇がいる】と【空 蝉 を た め つ す が め つ の ち つ ぶ す】の座五に照応する。空蝉は『源氏物語』の昔から、哀傷や恋のやつれの象徴として使われてきて、江戸の新内のように【身は空蝉の心地して】(『藤葛戀棚』)と、【ものの哀れ】を本意とする言葉だが、この連綿たる本意を【た め つ す が め つ の ち】潰す指には、ネイル・エナメルが花火のようにきらめく。
揚句、【嘘 で し か 言 え ぬ こ と あ り 秋 桜】と言い切ると、コスモスの揺れは重くなる。言い切らずに、【嘘でしか言えないことも秋桜】とはぐらかすと、コスモスの揺れは軽くなる。【嘘でしか言えないことを秋桜】と踏み込むと、コスモスは揺れたり止まったりする。文語と口語、【あり】と【も】と【を】による切れの違いだが、【嘘 で し か 言 え ぬ こ と】とは何だろうと顧みれば、【遠 花 火 男 は 同 じ こ と を 言 う】と、能く喋る自動販売機のような【男】が出てくるから、連作の流れで穿った見方をすれば、賞味期限の切れかかった「愛」になる。ナマモノの人間が作るモノには必ず賞味期限があり、「愛」は統計学上三年である。それ以上は、塩漬にするか捨てるか腹の丈夫な奴は食い続けるか、この腐った味がどうも堪らんわいと通ぶるか、「死」が賞味期限だと開き直るしかないが、ここまで行くと『恋愛ジャンキー』。
「愛している」、ああ、書くだけで鳥肌が立つ。嘘でも倭男には言えない台詞だ。それにD・H・ロレンスがとっくの昔(1930年)に『アポカリプス論』で、【個人は愛することができない。これを現代の公理とするがいい。近代の男女は個人として以外に自分自身を考へえないのだ。ゆゑに、彼等のうちにある個性は、つひにおなじく自分たちのうちの愛し手を殺さねばやまぬ宿命にある。おのおのが自己の個性を主張することによつて、自己のうちなる愛し手を殺すといふことなのだ。男も女もおなじである】(福田恒存訳)と看破しているから、【嘘 で し か 言 え ぬ こ と】は「愛している」ではありえない。ではロレンスの言う「愛しえない」はどうだろう。これは大江健三郎の『万延元年のフットボール』に引用された谷川俊太郎の詩のフレーズ【本当のことを言おうか】に拮抗するのではないか。愛そうとしても自己愛によって他者を「愛しえない」現代人の愛の姿は【嘘 で し か 言 え ぬ こ と】であり、お互いが遂に必要としていたのは自己愛の投影でしかなかったと気づく温度差は、さしづめ詩人であればこう言うだろう。【夜を美しくすることが 死者の眼を輝かせることが 私を悲しませる 私に触るがいい そうすれば地球の冷たさも解るだろう】(谷川俊太郎『一九五一年一月』より月のセリフ)。この「地球の冷たさ」が【この 星 に 腰 か け て 大 花 火 か な】のこの星の冷たさである。
空 蝉 や わ た し は 跡 を 残 さ な い
鏡に映った自己愛は光源を失えばむなしくなる。花火の果てた後の夜空には星すら光を失い、空蝉も地の闇に沈む。夜のなかの秋桜は造花のように乾いた音をたてる。
◆
の そ り 来 て し や き し や き 帰 る 墓 ま ゐ り 谷口智行
俳句を詠まなくても、芭蕉の【古池や蛙飛こむ水のおと】は知られているように、盆になると人口に膾炙する川柳に【孝行のしたい時分に親はなし】がある。したがって、親不孝者は墓を洗うことに精を出す仕儀とあいなる。今年は処暑を過ぎても皮膚を噛む暑さの中、母と大洗磯崎神社に近い共同墓地まで掃苔に出向いたが、旧盆の八朔祭のど真ん中で父は死んだので、命日の墓参りも祭を迂回してゆかなければならず、賑やかな芸者衆の屋台から「おっしゃいおっしゃいおっしゃいな、好きなら好きとおっしゃいな」という嬌声を浴びながらの【の そ り】掃苔行である。「父の墓まで及ばざり片蔭は」で、墓を洗っていると汗が眼に沁みて痛いほどの炎天だったが、ひらのこぼ『俳句がうまくなる100の発想法』の最初の発想法が「裏返してみる」だったので、【墓のうらに廻る 尾崎放哉】(本では【墓の裏にまわる】と表記違い)と、自分の名前が建立者として彫ってあるのに初めて気づいた。親不孝でも長男というだけで孝行者になるようで、冷汗を流すように、墓を洪水の後かというほど水浸しにして【し や き し や き】実家まで帰って来た。
帰る途中、魚屋をまわったが、どこも旧盆なので休みだったが、そこは田舎、母の知り合いの店が特別に冷凍庫を開けてくれたので、一緒に入ると、昨日獲れたてのいい地物のマコガレイが入っていたので一匹もらい、これを刺身にさばき、味噌屋で糀味噌を、豆腐屋で新豆腐の木綿を二丁もとめ、近所の畑から貰った葱をぶつ切りにし、粗で出汁をとって味噌汁を作った。うまい。
祭とはいえ、目抜き通りには二度と開かぬ戸締めの店が多い寂れきった漁師町だが、昔ながらの魚屋や味噌屋や豆腐屋が残っているのはありがたい。生活は繰り返しに堪えられないものを削ぎ落としてゆくが、故郷のこの湊町もまた、暮しに必要なものだけが残されたような、海につながれた素朴な日々がある。
夜、母は耳が遠いので音楽など聞かないが、親戚がくれたというCDが一枚だけあり、ラジカセで聴いてみると秋川雅史の『千の風になって』だった。お墓参りの歌だった。だいぶ話題になっていたらしいが、テレビを見ないので初めて聴いた。【わたしのお墓の前で泣かないでください そこにわたしはいません 死んでなんかいません】という歌詞にどぎもを抜かれたが、これしかないので、実家にいた間、百回近く聴いただろうか。毎晩、母の購読している短歌雑誌を読みふけりながら聴いていると、窓の外に野良猫や野良犬が寄って来ては縁台に寝そべり、一緒に聴いていた。実にタイミングよく【の そ り 来 て し や き し や き 帰 る 墓 ま ゐ り】を鑑賞するには、馬鹿馬鹿しいほどうってつけのBGMだった。年をとると涙腺がゆるくなる。それを苦笑しながら都会の生活へと戻してくれたのが揚句だった。
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愛 の 巣 の パ イ ナ ッ プ ル が 立 っ て お り 大石雄鬼
『ハワイアン・グローリー』というカクテルがある。花房孝典が考案したもので、丸ごとのパインアップルの上部の葉の部分を切り落とし、外皮を残して果肉を繰り抜いて、その中によく冷えた1966年物のシャンパン「キュヴェ・ドム・ペリニョン」を注いで、刳り抜いた果肉をハンド・ミキサーでジュースにしたものをミックスして飲むという豪快なカクテルだが、条件があって、これはハワイの朝日が素晴らしい浜辺の一等地のハレクラニかロイヤル・ハワイアンといった高級ホテルの最上階のスイーツ・ルームのバルコニーで、シモーヌ・ペレーヌの下着が似合う美女と一緒に、ストローで朝日を見ながらチューチューすると、
ああ、神々のネクタアよ!
という味になるらしい。
らしいというのは、まだ呑んだことがないからだが(一生縁がないとは思うが)、シャンパンの種類さえ問わなければ逗子マリーナでも出来ないことは無い。繁忙期でなければ、逗子マリーナは海が見える部屋で一晩五千円もしないで借りられる。
逗子銀座のディスカウント酒店で安いシャンパンを買い、西友ストアーでパイナップルを買い、カミサンにアッパッパではなく浴衣でも着ろといい、蚊取線香をベランダに出して、生まれて初めてシャンパンを抜こうとして顔面に栓がぶち当たって、お父さん大丈夫と声がかかると・・・【愛 の 巣 の パ イ ナ ッ プ ル が 立 っ て お り】というカクテルが出来上がる。
◆
7月2日(月)
死がふたりを分かつまで剥くレタスかな さいばら天気
〔その日の出来事〕プロ野球・オールスターゲームのファン投票の最終結果発表。楽天から8人が選出。
高浜虚子が百年前、『日盛会』という八月一杯連日句会を催したが、昨年逗子で本井英が第二会『日盛会』を開催し、これは午前と午後二回句会をやるというよりハードな句会で、十句出し十句選を二回、三十一日通しで行った。
結社『鴨』では、主宰の伊藤白潮が、「十楽会」という有志によるファックス句会をやっており、一ヶ月間、毎日十句詠み、それをメンバーにファックスして、それぞれが選句しながら進み、一ヶ月後に三百句ずつ詠んだところで、総評を行なうというもので、主宰を含めて六名で行なっていると聞く。
『真夏の出来事 中嶋憲武×さいばら天気 「一日十句」より31句×31句(互選)』の「後口上」を読むと、【炎環の結社誌で、10年以上前に「日付のある競詠」というタイトルで、ひと月の間、二人が毎日一句ずつ詠み、自選の30句もしくは31句を上下段に分けて掲載されていたコーナー】があったと言うから、多分、全国の結社や同人誌関連でも、俳誌では話題にならないが、このような俳句鍛練会の試みは行われていると思う。長い句歴を持つベテランの多くが、一度出来上がってしまった自分の作句スタイルを打破することができずに、自己模倣を繰り返していて、それなりの句で満足してしまっているという現状を打破するために、実験的な句を次々に投句し、芭蕉の言うところの【三尺の童】の目に立ち返ろうと試みているらしい。
『真夏の出来事』は、中嶋憲武×さいばら天気によるダイアローグであるが、基本的にモノローグである俳句を、あたかもダイアローグであるかのように見せる仕掛けとして、〔その日の出来事〕というその日のニュースの中から恣意的に選ばれた話題が互選の句の下に流れるのが味噌で、全く詠まれた句とは関係ないのだが、例えば9.11にあなたはどこで何をしてどんなことを考えていたかといった、時事ニュースと個人とのそれぞれの接点、あるいは接点の無さが否応なく読者の意識に語りかけるところが、逆にモノローグをダイアローグのように浮き彫りにするといった効果を出していて面白かった。タイトルに平山三紀のヒット曲『真夏の出来事』を持って来たのも往年のファンには懐かしい。
俳人は忌日句が好きだから、山田風太郎の名著『人間臨終図鑑』を引きながら年間忌日句集を編むのも一興かと馬鹿なことを考えてしまうほどだ。
今回は「愛」をテーマに意図的に読んでいるのだが、【死がふたりを分かつまで剥くレタスかな】も「愛」の句で、句末の【かな】で大きく切れるので、【死がふたり】で切ると【が】という主格の感情、好悪、可能、不可能の対象を示す助詞が強過ぎて切れが際立つので、【死がふたりを】と字余りにしてまで切れをなくして座五の【レタス】を強調する一物仕立の気配りが効いている、などと読むのはほとんどビョーキで、これは【死がふたりを分かつまでtill death do us part】というキリスト教の結婚式での誓いの慣用語で、列席者はパンフレットに『聖書』の「パウロ書簡」から「コリント人への第一の手紙」の「結婚」と「愛の賛歌」を渡されるのが通例だ。このタイトルはジョン・ディクスン・カーのミステリーから、マドンナの曲名まで幅広く使われる。つまり単に夫婦を象徴しているだけで、ここにはおいしいサラダを食べるために、夫婦でレタスを剥き、水を切る(これ重要)日常の一齣が軽やかにスケッチされている面白さを読み取るだけでいい。あたかも、〔その日の出来事〕で、【プロ野球・オールスターゲームのファン投票の最終結果発表。楽天から8人が選出】というニュースを見て、ちょっとオツなことをするねえとマイナーな球団へのスポットライトを喜ぶように。慣用語を生かした軽やかな句で、こういう秀句にはカート・ボネガットの傑作『ジェイルバード』の一節を贈りたい。【愛は敗れても、親切は勝つ】。「コリント人への第一の手紙」第十三章「愛の賛歌」第四節【愛は寛容であり、親切である、愛は】の最高のパロディである。
7月3日(火)
合歓の花太陽遠くありにけり 中嶋憲武
〔その日の出来事〕久間章生防衛大臣が「原爆投下は仕方ない」と言った発言の責任を取り防衛大臣を辞職。
句と〔その日の出来事〕の出来事が絶妙なコントラストを見せている句には、他に…
7月6日(金)
目つぶりて耳掻きつかふ羽蟻の夜 の
〔その日の出来事〕元モーニング娘。メンバーの飯田圭織が、元ボーカリストで会社員の25歳の男性と、近く結婚することが明らかに。
7月29日(日)
単衣着て着方うんぬんしてゐたり の
かぶとむし口のまはりの濡れてをり て
〔その日の出来事〕第21回参議院議員通常選挙投票・即日開票。与党自由民主党が議席を大幅に減らし、野党が過半数を獲得。
7月31日(火)
かはほりの漂ふチークダンスかな て
〔その日の出来事〕兵庫県豊岡市の『コウノトリの郷公園』で43年ぶりに人工孵化で誕生。
…などが、付き過ぎず離れ過ぎずの本当にどうでもいいような面白さで楽しませてくれるが、揚句のコンビネーションは強いインパクトを持っており、【合歓の花】も【太陽】も、別の意味を持って立ち上がるような静かな力を持った句に見えてくる。わたくしは、原爆忌の句も終戦記念日の句も、戦争を題材にした句は、最初から選から外しているが、それは単純に自分がその場に居なかったからという理由だが、もしそういった日にこの句が詠まれているのを目にしていたら、ためらいなくとっていると思う。勿論戦争を象徴的に詠み込んでいるという意味ではない。意図するしないに関わらず、そういう日に、こういう平明な句が詠める姿勢が居丈高ではない分、好ましく感じられるからだ。【合歓の花】は、命名も姿も艶のある花で、水辺に映る彩りも美しい。
「与えられた状況のための最良の者」を古代ギリシャ語で「アリストス」と言うが、この句には、様々な順応を迫る圧力に対して、静かに個人の自由を守るアリストスたらんとする姿勢が感じられる。孤痩だが、雄々しいほどに。
津田このみ 空 蝉
http://weekly-haiku.blogspot.com/2007/08/blog-post_2112.html
谷口智行 おんどれ
http://weekly-haiku.blogspot.com/2007/08/blog-post_26.html
中嶋憲武×さいばら天気 「一日十句」より31句×31句
http://weekly-haiku.blogspot.com/2007/08/3131.html
なかはられいこ 二秒後の空と犬
大石雄鬼 裸で寝る
http://weekly-haiku.blogspot.com/2007/08/77.html
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2007-08-12
週俳7月の俳句を読む(下) 2/3
週俳7月の俳句を読む(下) 2/3
■ 媚 庵 「三 汀」10句 →読む■ 菊田一平 「オペラグラス」10句 →読む
■ 田中亜美 「白 蝶」10句 →読む■ 鴇田智哉 「てがかり」10句 →読む
■ 佐山哲郎 「みづぐるま」10句 →読む
■ 寺澤一雄 「銀蜻蜒」50句 →読む
■ 村田 篠 「窓がある」10句 →読む■ 山口東人 「週 末」10句 →読む
■ 遠藤 治 「海の日」10句 →読む
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野口 裕
帰 省 子 の 渡 り 廊 下 を 渡 り け り 媚庵
足音はその人の癖が出る。「ただいま」、「おかえり」の挨拶のあと、しばらく聞いていなかった足音をさせて遠ざかっていく背中でも見ている景か。
麦 粉 菓 子 林 房 雄 を 再 読 し 媚庵
林房雄を初読する気も起こらず、「はったい粉」を冬に食べていたので「麦焦がし」にしろ、「麦粉菓子」にしろ、夏の季感を喚起されない私にとってはどうでもよい句だが、猫髭さんが麦粉菓子を「ビスケットのような洒落た味」と書いているので気になった。
ウィキペディアには、「麦粉 (菓子)」および「はったい粉」の二項目で説明がある。それを参考にしつつ調べてみると、いわゆる麦粉を使った菓子には色々なタイプがあるようで(私の好きな「かつおげんこつ飴」も麦粉が原料として入っている)、必ずしも「ビスケットのような」は当てはまらないようだ。もっとも、「はったい粉」を湯で練って食べるやり方では、本を読みながらはちょっとしんどい気もする。
南 風 鯉 に か ま け て ゐ る ら し く 菊田一平
十句まとめて読むと、作中主体がかかわる恋物語のようだ。この句だけ取り出すと、南風が主語のように受け取れて不安定なところがあるが、作中主体の恋の相手が「鯉にかまけてゐる」と見ると、情緒纏綿とした景が浮かぶ。五七五に動詞の主語が見あたらないとき、常に主語を「私」と解釈するのをうっとおしいとも感じるところがあるので、なるほどそんな読みもできるのだな、と妙に感心した。
白 き 砂 利 心 臓 に し て 金 魚 か な 田中亜美
砂利一粒のような心臓、ということなのだろう。一瞬、砂粒のような心臓が金魚の体内あちこちに散在しているような錯覚におちいった。なかなか捨てがたい解釈だが、面白すぎてだめだろう。
ス ピ ノ ザ は レ ン ズ を 磨 き 天 の 川 田中亜美
一七世紀の、とあるサロンにて
A 望遠鏡で見ると、月はでこぼこらしいわね。天上にあるものが不完全な形なんて信じられないけど、本当かしら?ガリレイの法螺なんじゃない?
B じゃあ、実際に見てみたら。良いレンズさえあれば、簡単に見えるわよ。
A そんなレンズどこにあるの。
B スピノザの磨いたレンズよ。ちょっと高いけどいいらしいわよ。
A あの無神論のスピノザ?
B そうよ。だけど、レンズの良し悪しには関係ないわ。
A ん~。悪いけどやめとくわ。
…というような会話があったかどうかは、知らない。
昨 日 か ら 昨 日 の ま ま の 蛇 苺 鴇田智哉
「AがAである」という形の、トートロジーとなる五七五が成功するかどうかは、「AはAでない」という矛盾をあらわに示すことなく、暗示できているかどうかにかかっているのだろう。この句は案外良いなと思った。
あ 橋 の 風 夏 内 耳 み づ ぐ る ま 佐山哲郎
一見したときの印象と異なり、結構意味を強調する句が多いな、と思った。しかし、上述の句はほとんど意味のない音の羅列と見えるまで希薄化され、読者に意味を意識させないことに成功している。何回か音を転がすうちにゆっくりと意味が立ち上ってくるが、それが作句過程の追体験めいて興味深い。
船 虫 の た く さ ん 出 て た く さ ん 去 る 寺澤一雄
夕 空 は 気 ま ま な も の や 青 簾 寺澤一雄
夏 草 が 土 俵 の 中 を 埋 め に け り 寺澤一雄
「膝ポン川柳」という言い方があるが、客観写生は「膝ポン写生」にとどめを刺すのかもしれない。「片陰の途切れ命は途切れざる」や、「風鈴は吊されながら鳴りにけり」などは、膝を叩けないが。
ぬ た く つ て 針 金 虫 は 輪 を 作 る 寺澤一雄
つい最近まで、針金虫の詳細を知らず、知ってから夢中になって調べたことがある。mixiの日記に書いたものをそのまま転載する。
『以前に針金虫のことを書いた。カマキリの腹中に棲む寄生虫で、大きくなるとカマキリの腹を脱して水中で生活する。カマキリの腹中に棲むものでも長いものは1メートルに達するらしい。書いてからずっと気になっていたのだが、カマキリの寄生虫ならひょっとすると秋の季語ではないかと思いついた。手持ちの歳時記を引っぱり出してみると、「図説 俳句大歳時記 秋」(角川書店 昭和48年刊)にあった。
針金蟲 (線蟲 あしまとひ)
解説
カマキリの異常にふくれている腹のなかから、まっ黒な長い針金のような虫が出てくることがある。くるくるもつれながらうごめいているところは気持ちが悪い。これはカマキリに寄生した円形動物門の線虫網に属する動物で昆虫ではない。(中略)甲虫類の叩頭虫(こめつきむし)の幼虫は土中に生息していて作物の根を食害しているが、これも針金虫といわれている。しかし、前者とはまったく違うものである。(大町文衛)
考証
『新修歳事記』(明治四二)に「異名 あしまどひ」として「蟷螂の先はすゝむや足まどひ 巴水」の句を初出。
…とある。これで思い出したのだが、宮澤賢治の戯曲「植物医師」に針金虫が登場する。これは上述の説明の後者を指している。針金虫をどこかで聞いたことがあると思ったのだが、宮澤賢治だった。
最後に、針金虫にとりつかれるきっかけとなった句をあげてこの話を閉める。
かの川のはりがねむしに謎のこし 北村虻曳
針金虫を知ってしまうと、この句は「膝ポン写生」として読める。
蛇 を 見 て ひ と り に な つ て し ま ひ け り 村田 篠
句会で点が集まり、点を入れた人は句の良さを説明しようと苦労するが、説明が行き届かず、句の良さがわからない初心の人には何となく不満の残るタイプの句ではないかと想像する。まれに、「見て」が気に入らないと気むずかしいことをいう人も居そうだが、それは別問題としておく。
たぶん、どんな説明をしても分からない人は分からないとは思うが、分かるように説明する努力を放棄してはいけないだろう。放棄した途端、「第二芸術論」に足をすくわれることになる。口で言うよりも、文で説明する方が難しいだけに難儀なことではあるが。
五七五の中だけで説明しようとすると、「蛇を見る」以前を想像してもらうよりしょうがないだろう。「蛇を見る」以前は、「ひとり」ではなかった。「ひとり」でないときの人間は、普通、「語らい」の中にいる。ぺちゃくちゃとあれこれの話題を他人に投げかけ、他人からも投げ返されと、言葉はしっかりとした基盤を作っている。しかし、「蛇を見」た瞬間から、事情は一変する。「あそこに蛇。」、「どこどこ?」、「いないじゃない。」というような会話の後、「蛇」は宙ぶらりんになる。他人には通じない言葉となった「蛇」は、「ひとり」の中で反芻せざるを得ない。それを表現するのが、「ひとりになつてしまひけり」という書き方だ。
これも、足をすくわれた説明ではあろう。ま、その自覚を忘れず、ぼちぼちやらなしゃあない。
メ ロ ン パ ン 喰 へ ば 火 葬 の 終 り け り 山口東人
すでにカタカナ語に取り巻かれている、日常の言葉。その中から、五七五を発見しようとしているのだろう。「シーア派」の句以外が、懐かしい雰囲気に包まれているのはなぜだろう?安定した日常生活自体が過去を含んでいるのかもしれない。
普通、骨を拾って後に食事となる。その間、妙に腹が減ることはあり得る。近所で評判の店のこだわりのメロンパンではなく、ありあわせの、ひょっとすると火葬場近くのコンビニの、メロンパンで腹をなだめ終わったところだろう。生活のすぐそばの死を肩肘張らず書いて魅力的だ。
波 乗 り の 波 に 乗 る と き 陸 を 向 き 遠藤 治
波 乗 り の 姿 勢 の ま ま に 呑 ま れ け り 遠藤 治
瞬間を切り取る切れ味の良さ。
少 年 が 必 ず 落 ち る ゴ ム ボ ー ト
観察にかけた長い時間を思わせる句。と書くと、ご大層だが、毎年見ているとそんな感想も出てくるだろう。ああ、またやってる、と。
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猫 髭
白 百 合 の 臓 腑 あ ら は に 咲 き に け り 田中亜美
ちょうど調布の神代植物園に植物吟行に行って、白百合を詠んで【内側はちらかつてゐる】といった措辞の句が句会で出ていたので、揚句を見たときに、【臓 腑 あ ら は に】という措辞に、これは女性が生理的に内側から詠んだ句だと感じた。男は外側から眺める目になる。アラーキーの花の写真にしても、あれは新宿の三角ビルでのオリンパスの展示会だったか、蘂をアップした花の近接写真に囲まれていると、写真であるにもかかわらず噎せるような花の匂いに息苦しくなり、外へ出て、硝子越しに画廊の写真を見ると、花弁の露のひとつぶひとつぶが愛液のようにきらめく克明なその写真たちを、アラーキーが女性器そのものとして撮っていることがわかったが、それも外側から内側へ分け入る男の目だ。
読むことに、男か女かという目は持たないが、時に作品のほうからまなざしをそそぐような句があり、揚句もそうだ。昔、マンハッタンで初めてジョージア・オキーフの花の絵を見たときの事を思い出す。吉行淳之介が理想の女性像を問われて「性器に手足が生えている女」と答えており、オキーフの花の絵を見ていると、女が全身Vaginaとなって迫ってくるような暗い美しさに、見ている自分が男根となって全部吸い込まれていくような気になり、食虫花のようにその中で蕩けてゆくのも悪くないなと思わせ、吉行淳之介が理想としたのはこれかと思い当たったが、揚句は自分で内臓を露わにしているにもかかわらずとてもクールな印象だ。
「白 百 合 の 臓 腑 あ ら は に 匂 ひ け り 」といった、イメージの叛乱を嫌うからだろう。つまり、自分が巻き込まれて「性」として露わになる「関係の暴力性」へは距離を置く詠み方であり、例えば【帆 船 は 祈 り の 位 置 に 夕 薄 暑】の「位置」は、スティーブン・キングが『デッド・アイ』の中で描いたような「関係の暴力性」が「祈りのような行為」だという生身の切なさまでには踏み込まない。【息 止 め て し ま へ ば き つ と 踏 ま れ ぬ 蟻】の、さくら貝を踏み潰した後のような蹠と蟻との距離、【い つ 逢 へ ば 河 い つ 逢 へ ば 天 の 川】の自分からは踏み出さぬ、待つ女としての距離。若くして看取る経験を重ねてきたのだろうか、吉行理恵の詩の感覚に通ずるような、熱くない青い炎のような無臭のエロティシズムを湛えた句である。
う す う す と 電 気 の な か を 羽 蟻 来 る 鴇田智哉
2005年という年は、仏壇に限りなく近かった俳壇が、鴇田智哉『こゑふたつ』と高田正子『花実』で俳人協会新人賞、今井肖子が『花一日』で日本伝統俳句協会賞という、才能ある三人の俳人を輩出したことで、わたくしには記憶に残る年になった。なかでも鴇田智哉には傑出した新しい才能を感じた。
モーリス・メルロー=ポンティは『知覚の現象学』の中で【事物の命名は、認識のあとになってもたらされるのではなくて、それはまさに認識そのものである】と述べているが、鴇田智哉が「電気」と言うとき、その命名はまさに認識そのもので、「電気」という言葉が自分で自分を指し示すようにそこにひとつの世界を現わす。「電気」と命名する事で、そこに「電気」という言葉自体が持つ意味が分泌しはじめ、読者はそこに「電気」という世界を見る。【光あれと言ひたまひければ光ありき】という神のような認識を持って登場した俳人を初めて見た。俳人になっていなければ、彼は教祖になっていただろう。その声は、居丈高ではなく【う す う す と】というように、静かな声なのがいい。
洗 ひ 髪 ゆ ゑ い き し ち に 火 、と 叫 ぶ 佐山哲郎
次は非常に騒々しい声を持つ俳句で、いわゆる飛んでる俳句。今は行っちゃった俳句と云うのだろうか。しかし、わからない=つまらないにならないのは、関係妄想症のようなイメージの連鎖のスパーク力で、この【洗 ひ 髪 ゆ ゑ】という滑り出しは、俳句は自由だということを証すアリバイのようにドキッとさせる。
吉増剛造と谷川俊太郎の二人は日本では数少ないプロと言い切れる詩人だと吉本隆明が言っていたが、吉増剛造がスパイラル状に言葉を自動書機のように増殖させる天才なのに対して、谷川俊太郎はデビューしたときから恐ろしく抽斗の多い整頓された言語登録機のような天才で(なにせ大江健三郎が『万延元年のフットボール』で【本当のことを言おうか】という処女詩集『二十億光年の孤独』の一節をテーマにしたぐらいだ)、年季が長い俳壇ではこういうめくるめくような天才は、ゲートボール文芸に天才は似合わないよなと腑に落ちてしまうところがあるが、さしずめ揚句などは谷川俊太郎的言葉遊びの天分がばらまかれている。
昔、NHKテレビで「みんなのうた」が始まったとき、これがみんな素晴らしく面白く、またアニメーションが楽しかったが、その第一回目の歌が『誰も知らない』という楠トシエの歌で、そのなかに揚句の【い き し ち に 火】というフレーズが出て来たと記憶する。確か【お星さまひとつ、プチンともいで、こんがり焼いて、急いで食べたら、お腹こわした、イキシチニ、ヒ!誰も知らないここだけの話】と、こういう歌だったが、おお、今でも歌える、もう随分昔の歌なのに。で、いま検索したら、1961年の歌で、作詞:谷川俊太郎、作曲:中田喜直、アニメ:和田誠だった。というわけで、「谷川俊太郎的言葉遊びの天分」と持ち上げたが、撤回。しかし、「火」によって、「洗ひ髮」と「しち」と「叫ぶ」で、八百屋お七が浮かぶ、そういう変わり玉のような面白さを持った「おとなのうた」である。
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小野裕三
棘 の あ る 草 の ま は り の 梅 雨 晴 間 村田篠
名の草枯る、という言葉が歳時記を引くと出てくる。これを最初に見たときに、変な言葉だと思った。名のある草の枯れることなどというような説明があったりするのだが、と言っても正確に言えばどんな草にでも本当は名前がある。だが確かに我々は、日常的に「名のある草」と「雑草」とを大別してしまっていることも事実かも知れない。「名のある草」「名のある花」の裏には、無数の「名なき草」「名なき花」がある。なんだか脚光を浴びない地味な演歌歌手のような雰囲気で、ついつい応援したくもなる。
そんなことを考えていると、この句に出てくる「棘のある草」が妙に面白く思えてくる。あえて名を名乗っていないところを見ると、あの「名なき草」の一派かも知れない。まずは「わざわざ名乗るほどの者でもありません」との低姿勢を維持しつつ、しかし名はないながらもちょっとした特徴を説明することでその低姿勢な雰囲気から一歩だけ踏み出している。しかも、そのいささか控えめな自己主張が「棘」。「わざわざ名乗るほどのも者でもありませんが、特徴としては棘があります」という、自虐的なのか攻撃的なのかよくわからないスタンスが可笑しい。
分 身 の や う な 冬 瓜 も ら ひ け り 山口東人
冬瓜とは不思議に幾何学的な野菜という印象があって、普通の野菜とはやや毛色の違う句ができることが多いような気がする。その何かこの端然とした佇まいに、意思めいたものを持っているように感じさせたりもする。とにかくどこかミステリアスなところのある野菜である。
その冬瓜が、「分身」のようだと言う感覚はよくわかる。冬瓜の持っている幾何学的な物質感と、その中に宿されているかのような意思性は、「分身」めいて感じられることもあるだろう。この句は、配合や斡旋の作品ではなく、「冬瓜」という本質だけを一途に詠んだ句である。冬瓜に対する把握の的確さと、それを一途にまとめた形式が相乗効果となり、作品全体に力強さを与えている。
少 年 が 必 ず 落 ち る ゴ ム ボ ー ト 遠藤治
俳句的に言うと、「みな」「すべて」とか「必ず」とかは便利なツールの一種とも言えるが、それだけにある種の逃げである場合も多い。AがBという状態であるというだけではつまらないものも、AはみなBという状態である、と言っただけで俄然面白く感じられたりするからだ。この句もどうだろう。少年がゴムボートから落ちたというだけではまさに只事でしかないだろう。それが、「必ず」の一言が入っただけでぐっと時空が広がり、むくむくと連想が働き始め、どこか物語の端緒すら感じさせるようになる。
とは言え勿論、「みな」「すべて」「必ず」を使えばいつも成功するというわけでもない。ある種の安易さが見え透いてしまう場合もあり、それが「逃げ」ということにもなる。この句の場合成功しているのは、少年がゴムボートから落ちるという、その様自体がどこかコミカルで明るい動きを示唆している点だ。しかも「必ず」と言われたことによって、読み手はその光景を複数想像してしまう。どこかモノクロの喜劇映画にも似た、光景というか動作自体のさまざまな面白さが読み手に伝わってくるのである。
有 象 無 象 神 輿 の 後 を 付 て い く 寺澤一雄
内容的には当たり前というか、神輿なのだから祭などの情景なのだろうし、その周りにいろんな人が付き従っていくのは、当然といえば当然の光景だ。この句の成功の鍵は「有象無象」にあるのだろう。神輿に付き従っていく人々、それを敢えて「有象無象」と濃く詠んだところが、何か不思議な連想を誘う。読んでいて、いささか起伏のようなものさえ感じてしまう。起伏というのは、最初に「有象無象」と出てきて、次は何が来るのだろうと思ったところに神輿に付き従う人々という、ややオチめいた展開が待っているという意味だ。一句の中のこの起伏がなかなか楽しめる。
そしてさらにいろんな想像も働きだす。「有象無象」と敢えて言っているからには、これは人間だけを指しているのではないのかも知れない。犬とか猫とか、いやあるいは虫とか鳥とか風とか、いやいやあるいはもっと目に見えないような何か、そのようなものもこの「有象無象」の中には入っているのかも知れないと思わせる。「有象無象」と言ったことによってぐっと景が広がり始めるのだ。
ス ピ ノ ザ は レ ン ズ を 磨 き 天 の 川 田中亜美
哲学に明るいわけではないので、スピノザが数世紀ほど以前の哲学者であるという以外にはあまり詳しい知識を持っていない。だが、その哲学者であるはずのスピノザがレンズを磨いているという、まずその様がいかにも面白い。確かにあの頃の哲学者は、神学者だか自然科学者だか判然としないようなところがあって、そんな雰囲気もこの句には漂っている(そういう意味では、「天の川」という、神学的だか哲学的だか自然科学的だかよくわからない存在が季語としてよく働いているのだろう)。
Wikipediaで調べてみると、どうやらスピノザがレンズ磨きの技術を身につけていたのは本当のようで、ただしレンズ磨きによって生計を立てていたというのは誤伝、という説明がある。史実はともかく、確かにこの句の中では輝く星空の下でスピノザは一心にレンズを磨いている。その像だけは、確実なものとしてこの言葉の中に存在している。
蚊 の と ほ り 抜 け た る あ と の 背 中 か な 鴇田智哉
彼が俳句研究賞を取って世に出てきたとき、僕はとても新鮮な印象を持った。いや、新鮮というのはどこか語弊があるかも知れない。新鮮というと、新進気鋭というか、挑戦的というか、どこか旧世代的なものに対する画然とした決別みたいなものを含意しているかも知れないからだ。彼の句はそういうのでもない。一番正しい評は、どこかはぐらかされたみたいな印象、というのが合っているような気がする。旧というでもなく、新というでもなく、どこに足場を置いていいのかよくわからないような、すべてに通じるようでもあり、すべてから離れているようでもあり、それが「はぐらかされた」という意味である。勿論、いい意味だ。
この句を読んだとき、その最初に彼の句に出会ったときの印象を思い出した。この句もなんだか、新とも旧ともつかない、どこかはぐらかされたような印象を与える。この蚊はどこを通り抜けたのだろうか、なんだか本当に人間の身体をするりと通り抜けてしまったような気がする。と、本人に聞いてもきっと「ふ、ふ、ふ」とはぐらかされてしまうに違いない。
半 夏 生 魚 は 鱗 を 脱 ぎ に け り 佐山哲郎
なんだか重心をどこに置いていいのかわからない、妙な句だ。魚が鱗を脱ぐというフレーズは面白くてそれ自体で確かな魅力を秘めているが、季語の斡旋次第では台無しになりそうなフレーズでもある。魚が鱗を脱ぐという、このイメージがどこか季感めいたものを孕んでいるからだ。季感ではなく、季感めいたものである。というのは、具体的な季節がここから浮かび上がってくるというよりは、個々の季語から季節が立ち上がってくる、あの瞬間に似た抽象的な動作をこのフレーズに感じる、という意味である。ふわっと空間が広がっていくような、あの瞬間だ。
そしてそのようなフレーズに対して、斡旋した季語が半夏生。微妙だ。成功しているのか成功していないのかもよくわからない。半夏生という季語自身がそもそもどこか手がかりに乏しい季語でもある。だが、少なくとも失敗はしていないだろう。フレーズが持っている季感めいたものに対して、季語が一歩引いているような印象があって、そのことで結局は全体のバランスをうまく取っているのかも知れない。それが、重心をどこに置いていいのかよくわからない、と言った趣旨である。
未 発 表 句 稿 あ り け り ね ぶ の 花 媚庵
たまに有名な作家などの未発表原稿が発見されてニュースになることがある。やむをえない事情を除き、たいていの場合は本人が未発表にしているのには理由があって、つまりはそれほど質の高い作品ではないというケースが多いのではないだろうか。だが、時に未発表原稿というものは数奇な運命を辿ることもある。有名な話はカフカの例だろうか。未発表原稿の焼却を遺言に死んでいったカフカの原稿を、友人のマックス・ブロートはその遺言に反して再整理し作品として発表した。『アメリカ』『審判』『城』なとがそれに当たるという。こんな具合に、未発表原稿という存在自体がどこか数奇な雰囲気を持っているのだ。
この句では未発表句稿ということで、明確に俳句作品と特定されているものの、未発表原稿全般の持っている濃厚な雰囲気は健在だ。これまで数奇な運命を辿ってきたか、あるいはこれから数奇な運命を辿ることになるのか、発表されることを待っている言葉の運命が頭の中を駆け巡る。そして、合歓の花。数奇な運命にはぴったりの花ではあるまいか。
夏 至 の 日 の オ ペ ラ グ ラ ス に 嘆 き の 場 菊田一平
結構、オペラは好きで、1、2年に一度は見に行く。DVDやCDも結構持っている。そんなに薀蓄を語るほど音楽の知識も技術もないが、オペラは観ていて、あるいは聴いていて、楽しい。嘆きの場面は、きっと歌も盛り上がるハイライトシーンのひとつなのだろう。歌い終わった後に「ブラボー」の声が飛ぶような、そんなシーンのはずだ。オペラグラスで観ているのだからきっと、天井桟敷だかなんだかそんな辺りだろう。レンズの向こうに遠くある役者たちはしかし、今を時とばかりに歌声を高らかに響かせているのだ。まさに、この瞬間のために今までの舞台があったのだとでも言うように。
この句、季語が非常によく効いている。暑い盛りというにはちょっと早い、蒸し暑くなり始めたくらいの頃だろうか。ぎっしりと埋まった劇場は、それでも充分なくらいきっと暑い。そして今まさに訪れた、レンズの向こうのクライマックス。それを俳句的な瞬間にしてしまった作者の力量に拍手。
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2007-08-05
週俳7月の俳句を読む(上)1/2
週俳7月の俳句を読む(上) 1/2
■ 媚 庵 「三 汀」10句 →読む■ 菊田一平 「オペラグラス」10句 →読む
■ 田中亜美 「白 蝶」10句 →読む■ 鴇田智哉 「てがかり」10句 →読む
■ 佐山哲郎 「みづぐるま」10句 →読む
■ 寺澤一雄 「銀蜻蜒」50句 →読む
■ 村田 篠 「窓がある」10句 →読む■ 山口東人 「週 末」10句 →読む
■ 遠藤 治 「海の日」10句 →読む
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中山宙虫
蛇 を 見 て ひ と り に な つ て し ま ひ け り 村田 篠
小学生の頃、田舎育ちの僕は、良く蛇に出会った。僕らの集落にはなぜか男の子しかいなくて、蛇にいたずらして遊ぶこともしばしば。道路に出ている蛇を捕まえて振り回したり。穴に逃げ込もうとする蛇を引きずり出したり。蛇は怖い存在ではなかったのだ。蛇にとっては災いかもしれなかった。僕らは、ちょっとした勇気を見せつけることで胸を張っていた。
まだその頃は、僕らの同級生に兄さんがいて、けっこう一緒に遊んでいた記憶がある。田んぼの中を、縦横無尽に走り回ったり。めんこやビー球で遊んだり。川で泳いだり。そこにはその兄さんたちから受け継がれた遊びがたくさんあった。昭和30年代なかばのことだ。
やがて、その兄さんたちも中学生になり、僕らと遊ぶことも少なくなる。そして、僕らの生活にテレビが登場する。テレビは、友達と遊ぶ時間を奪った。僕の家は、友達の家まで歩いて10分以上かかるし、当時電話もなかったので、出かけてみなければいるかどうかわからなかった。「○○君、いる?」問いかけても家から返事がないこともしばしばだ。そうなるとますます足が遠のく。みるみる友達と遊ぶ時間は少なくなっていった。
大人になって、帰省をする。僕らの集落に当時の同級生はほとんどいない。一旦都会へ出ていった兄さんたちが帰ってきたという話を耳にする。けれど、それはけっして明るい話と一緒には聞けない。体を悪くして両親の元に帰って来ただの。借金を抱えているだの。女に騙されただの。そんな話を聞かされるのだ。彼らの帰郷はけっして明るいものではない。一度は都会で何かを目指したのかもしれないが。
帰省しても、もう誰とも会うことはなくなった。実際、そういった兄さんたちや同級生の話も聞くことが少なくなった。自分たちの集落で、いつも遊んでいた仲間たちに会うことはない。
蛇を振り回して「お前、なかなかやるあー。」。そう言って仲間に迎えられた日。それは遥か遠い日。
………………………………………………………………………… 羽田野 令
肌 脱 ぎ て 久 米 三 汀 の 書 な る と ぞ 媚庵
三汀とは久米正雄の俳号。郡山で育った人である。昨年郡山で時間があって町を歩いた時、句碑を見つけた。それは小学校に建っていて明朝体で彫られていた。この句では三汀の書のことが言われているが、どんな字だったのだろうか。
肌脱ぎの人が軸か何かを見せているのだろう。肌脱ぎは暑い時のくつろぐ格好だが、何かことに向かう時の「もろ肌脱ぐ」や「一肌脱ぐ」を連想するからか、書を持っていることを誇る人の勢い込んだものを感じる。肌脱ぎも着物の場合のことなので最近はあまり見ることもない。一連はそのような一時代前を彷佛させる道具立ての中に作家の名や猫町が登場する。往事の文人たちへの作者の思いを思う。
さ み だ る る わ け て そ ね さ き あ た り は も 菊田一平
「そねさき」と濁らないで言うとなんと優しい響きだろう。どこかはかなげでもある。昔は濁らないで言ったそうだ。曾根崎村は今の大阪駅前のビル群の辺りまでを含んだらしい。さみだるる、本当にあの辺りはそうだなあとこの句を読んで思う。お初徳兵衛の頃は草深い湿地だったことを思うと隔世の感がある。それに今の駅前ビルの以前の町、戦後すぐからあったという密集した町が全くなくなってしまったことも私にはさみだるることである。場所への思いは個々に違うが、「そねさき」はやはり近松で読んで、お初天神界隈の様相にさみだるるのがよいのかもしれない。
あ 橋 の 風 夏 内 耳 み づ ぐ る ま 佐山哲郎
空白があるので切って読むと、それで時間的経過を読んでいくことになる。一文字、スペース、二文字、スペース、という小さな切り方は訥々とした感じだが、声に出しでみるととてもリズムがよい。言葉の頭の音にあ段の音が続き、夏、内耳と「な」が重なっているのも心地よい。外界の風景である橋から体に感じる風へ、そして自分の内側へ入る。最後の「みづぐるま」はその回る音を余韻として残す。さっと風が吹いてきた、おそらく一瞬の間のことだろう。川のさわやかな風とともに自分の中の音を聞いた作者が、その時を反芻しているような感が伝わる。
万 物 に 石 を 見 立 て る 夏 休 み 寺澤一雄
石を様々に見立てることは原初よりあったに違いなく、何かの形だとするとそこに霊(たま)が宿ることになる。そのようにして注連縄が巻かれたり、祠に入れられたりして人の祈りのよりどころとなってきた石がたくさんある。掲句ではアニミズムに行かず、現代の夏休みの景を浮かばせる。子供が工作で石に色を塗って動物を描いている場面でもいいし、山や川を歩いて面白い形の石を見つける家族でもよい。季語できまった句である。
信 号 を 待 つ て ゐ る 間 の 揚 羽 か な 村田 篠
信号の変わるのを待つ人の前にどこからか現れる揚羽蝶。垂直に立つ人達と蝶の縫う曲線の軌跡。皆ちょっと目で追う。その小さな出来事の主人公は“あ!”と言われたり、句に書かれたり、そのまま忘れられたりするのである。
あ い の 風 映 画 の ビ ラ の 白 と 黒 山口東人
多色刷りでないビラは、小さな自主上映会を思わせる。60年代後半から70年代のガリ版刷りのビラではないだろうか。そうでなくてもやはり、商業主義に則ったものではないだろう。
あいの風とは、「あゆ」「あい」と呼ばれて様々の漂流物をもたらし入船を容易にする海からの風。古来よりこの国は海から様々な文物がやってきたが、流木などの海に寄りくるものも生活にいろいろ役立った。あいの風はそんな幸いを与えてくれるものであった。小さなビラをあいの風が大きく包んで守ってくれているようである。
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吉田悦花
音 楽 の 流 る る ま ま に 浮 い て こ い 村田 篠
蛇 を 見 て ひ と り に な つ て し ま ひ け り
ハ モ ニ カ に 息 の 音 あ り 夏 の 暮
今回、拝見した9作品の作者のうち、初めて作品に接する機会を得た方もいらっしゃいました。九人九色の作品集の最初、「窓 がある」は、繊細で、どこか内省的な世界を感じさせる10句。「浮いてこい」季語に力強さがあります。いつのまにか「ひとりになつてしまいけり」。「ハモニ カ」からもれる、ためいきのような音。たしかに「夏の暮」に通じています。
芝 を 刈 る ボ タ ン ダ ウ ン の 男 か な 山口東人
土 用 凪 木 の 電 柱 に 蓋 が あ る
メ ロ ン パ ン 喰 へ ば 火 葬 の 終 り け り
「週末」というタイトルのように、気負いのない10句。「ボタンダウン」から、アイビー・ルックとかスノッブという言葉も彷彿として、妙に面白い。「木の 電柱」も懐かしい。しかも、「葢」があるとは。納得させられます。「メロンパン」の質感に似て、乾いた感覚に軽く驚きました。忘れられない一句になりそ う。
波 乗 り の 波 に 乗 る と き 陸 を 向 き 遠藤 治
波 乗 り の 姿 勢 の ま ま に 呑 ま れ け り
焼 き そ ば を 重 ね 持 ち た る ビ キ ニ か な
「海の日」の連作中、「波乗り」2句に好感を持ちました。「焼きそば」は、一読したとき、「重ね打ちたる」と勝手に読んでしまい、「ビキニ」姿の日焼け ギャル(死語)が、屋台の鉄板で豪快に焼いている様子かな、と思ってしまいました。透明の容器の「焼きそば」を持って砂浜をくる健康的なイメージ、でしょ うか。
草 刈 機 な れ ば な ん で も 刈 つ て を り 寺澤一雄
水 流 れ 落 ち れ ば 滝 と 感 嘆 す
船 虫 の た く さ ん 出 て た く さ ん 去 る
夏 祭 毎 年 常 の こ と を な す
竹 婦 人 竹 を 編 ん だ る だ け の も の
仕 方 な く 水 争 に 混 ざ り け り
心 臓 が 止 れ ば 死 体 サ ク ラ ン ボ
扇 風 機 売 り 場 か ら い ろ い ろ な 風
虎 が 雨 株 主 総 会 集 中 日
燃 え 尽 き て 蚊 取 線 香 渦 残 す
大 蚯 蚓 伸 び 切 つ て を り 進 ま ざ る
日 本 に ゐ る ア メ リ カ の 兵 士 か な
虫 の 名 も 人 の 名 前 も 疎 覚 え
風 鈴 は 吊 さ れ な が ら 鳴 り に け り
「なれば」「落ちれば」「常のこと」「だけのもの」「仕方なく」など、いっちゃった感というか、よくぞいってくれたという感じ。この、身も蓋もない感じ、 いいなあ。だからなんなのと突っ込んだり、ホントホントと共感したり、なんだか愉快になる。大雑把なようで、良質な詩性に支えられ、なんとなく考えさせら れてしまう。とくに、「船虫の」「扇風機」「虫の名も」が好き。淡々としているように見えて、微妙なところで変化する。読み手を煙に巻くような50句。
帆 船 は 祈 り の 位 置 に 夕 薄 暑 田中亜美
し づ か な る 拳 緑 蔭 過 ぎ る 鳥
白 日 傘 真 空 管 と し て あ ゆ む
白い帆、それは「祈りの位置」という断定に魅かれます。ダイナミックな広がりのある構成だけに、「夕薄暑」という季語は、すこし情感に傾いてしまって、 もったいない気がします。「真空管としてあゆむ」は、「白日傘」を傾かせている身が、真空になったかのような、透明で繊細な、どこか虚ろな心情を表現。
う す う す と 電 気 の な か を 羽 蟻 来 る 鴇田智哉
蚊 の と ほ り 抜 け た る あ と の 背 中 か な
が が ん ぼ の ぐ ら つ き な が ら ゐ る ば か り
なんでもないような、意識の空白をくぐりぬけたことば。だれもが目にしているけれども、視ていない、そんな表層をすくい上げている感じ。とくに「ぐらつき ながらゐるばかり」のひらがな表記にはあやうさも。淡淡としているけれども真顔過ぎて、もう少し茶目っ気漂う句も見たいなあ。そんな気もします。
半 夏 生 魚 は 鱗 を 脱 ぎ に け り 佐山哲郎
鯵 と し て 熱 く 激 し く 皮 膚 匂 ふ
籐 椅 子 の を ん な 魚 の 卵 抱 く
「鱗」「皮膚」「卵」と、かなり生々しい。でも、幾重にも塗りこめられた絵画を観るようで、納得させられます。とくに「半夏生」の句は季語も効いていて、 するりと脱皮する「魚」の「鱗」のきらめきが見えてきます。「籐椅子」は、「魚の卵」をすでに孕んでいるようなイメージ。ドキッとさせられます。
年 金 を 確 か め に 行 く 夏 帽 子 媚庵
画 面 か ら ビ リ ー の 叱 咤 川 開 き
箱 庭 の フ ィ ギ ュ ア 置 き 変 へ 太 宰 の 忌
「年金」「ビリー」「フィギュア」で三題噺ができそうですね。「確かめに行く」にリアリティ。ビリーズブートキャンプの「ビリーの叱咤」でしょうか? 隅 田川花火大会の打ち上げ花火の最中、黙々とエクササイズに励んでいる風景は、一種凄みがあるような。「置き換へ」としたところにこだわりが感じられます。
青 水 無 月 鯉 に 大 き な 鼻 の 穴 菊田一平
豆 ご は ん 厨 揺 ら し て 噴 き 上 が る
夏 至 の 日 の オ ペ ラ グ ラ ス に 嘆 き の 場
池の面をせり上がってくる「鯉に大きな鼻の穴」が面白い。「厨揺らして」のインパクト。「炊き上がる」香り、ふっくらとした「豆」まで見える、幸福な夕 餉。歌舞伎の舞台は一気に盛り上がり、愁嘆の場に雪崩れ込む。身を乗り出すようにして「オペラグラス」に見入っている作者。熱中している姿が目に浮かびま す。
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猫 髭
麦 粉 菓 子 林 房 雄 を 再 読 し 媚庵
【画面からビリーの叱咤川開き】を除けば、みなレトロな句で、特に【明治時代の死語「帰省子」】(飯田龍太曰く)を使った【帰省子の渡り廊下を渡りけり】などは恍惚としているが、明治生まれが週俳に句を掲げることはないから、ヘルマン・ブロッホ×色川武大的に言うと「老境に入りつつある懐古趣味の男」の手遊びという趣きになる。だから、そのつもりでつきあうことになるが、まあ、週俳始まって以来の珍句がある。揚句である。
麦粉菓子?「麦焦がし」だっぺよ。
麦焦がし林房雄を再読し
が正しい。と言っても、「麦焦がし」など今の人たちにはなじみがないだろう。
【麦焦がし:大麦を炒って粉にひいたもの。砂糖を混ぜ水で練って食べたり、菓子の原料にしたりする。はったい。香煎。麦炒り粉。[季]夏。】(大辞林)。戦時中の食料難で、水団が主食で「麦焦がし」がお八つという時代もあったので、戦争が終わっても親父がよく作って、相伴させられたが、まあ、うまいものではない。ただ、切迫した中にも楽しい団欒の思い出もあったのか、あんときはひどかったと戦時中の暮しを語りながら、やっぱりまずいなあと笑いながら食べる父の記憶は、貧乏を香ばしくしたようなねちょねちょした甘味を蘇らせて、懐かしい味ではある。水団と「麦焦がし」はおやじの味なのかもしれない。
取り合わせは林房雄。投獄中にプロレタリア文学から転向(平凡社の思想の科学研究会編『共同研究 転向』参照)した作家で(この時の小林秀雄の友情は彼の『林房雄の「青年」』によくあらわれている)、『大東亜戦争肯定論』で物議を醸し、三島由紀夫が非常に尊敬し、その対談『対話・日本人論』と三島の『林房雄論』は70年代当時話題になったが、彼の書くいわゆる中間小説との落差が腑に落ちなかった。しかし、揚句で彼の小説は「麦焦がし」の味だと言われたようで、四十年来腑に落ちなかった気持にストンと来たので、実に絶妙と感心した。くどいようだが「麦粉菓子」といったビスケットのような洒落た味ではない。冬に食う蕎麦湯の夏の大麦ヴァージョンといったところか。
余談ながら、マキノ正博の戦前の映画に『鴛鴦歌合戦』という抱腹絶倒のオペレッタ映画の大傑作がある。何と片岡千恵蔵、志村喬が歌い踊るのである。ディック・ミネの♪ぼっくはお洒落な殿様~♪のバカ殿役なぞ絶品で、志村喬がこれがまた歌がうまい!♪さ~て、さてさてこの茶碗♪なんぞと、実に軽妙にしてなかなか。貧乏長屋の落ちぶれた浪人役で、毎日麦焦がしを食べている。しかし、その麦焦がしを入れている壺が、実は驚くなかれ、という物語で、こんな馬鹿馬鹿しいほど楽しい映画を見ないで、みんな死ぬなよ。
夏 至 の 日 の オ ペ ラ グ ラ ス に 嘆 き の 場 菊田一平
まるで、ルキノ・ヴィスコンティの絢爛豪華な映画の一シーンのような豪華な句である。『夏の嵐』で、アリダ・ヴァリが地を縫うようなドレスに身をつつみ、若い恋人の元へ訪れんと嵐の予感をはらんだ黒雲の下の道を横切る姿すら見えてきそうだ。まさしく『オペラグラス』十句は恋の連作であり、揚句を題に掲げたことで、この恋が「嘆きの場」に終わる夏の嵐のような予兆を告げている。
初句【青水無月鯉に大きな鼻の穴】のどこが恋かと言われれば、鯉が詠まれているからと言えば読者は笑うだろうか。この句は「青水無月恋に大きな落し穴」とも読める。続いて【ニッケルの灰皿重ね太宰の忌】と、玉川上水における愛人山崎富栄との入水心中で死んだ太宰治が詠まれている。「桜桃忌」ではなく「太宰の忌」なのは、「桜桃忌」だと攝津幸彦も【国家よりワタクシ大事さくらんぼ】で下敷きにした『桜桃』の【子供より親が大事、と思いたい】がちらついて邪魔だからだ。「ニッケルの灰皿重ね」てある場所は、ざっかけない銀座の裏の飲屋であり、【家庭の幸福は諸悪の本】(『家庭の幸福』)と吐き捨てることができる場所であり、【人非人でもいいじゃないの。私たちは、生きていさえすればいいのよ】(『ヴィヨンの妻』)と片隅でつぶやける場所でもある。間違っても女房子供と行く店ではない。
【つゆ寒の引けばかたかた厠紙】は、恋とは無縁な、恋の墓場でもある【家庭の幸福】という場所であり、一読、便座に座れば誰もが口ずさみたくなるようなリズムをもっているのが妙味というものだが、繰り返しにたるものだけが生き延びることができる生活の場で、恋は生き延びる事はできない。それが「つゆ寒」の寒さである。リラダンのように【生活、そういうものは召使にくれてやれ】と恋に命をかけるわけにはまいらない。
【さみだるるわけてそねさきあたりはも】は、大阪は曽根崎新地に場を移す。と来れば近松浄瑠璃『曽根崎心中』、【色で導き、情けで教え、恋を菩提の橋となし、渡して救う観世音】で始まる徳兵衛お初道行の【此の世のなごり、夜もなごり、死に行く身をたとふれば、あだしが原の道の霜、一足づゝに消えて行く、夢の夢こそあはれなれ】の義太夫が響く、一の糸が鳴る。
舞台は一転、【東京の恋はつれなしうつぼ草】。弓を入れる靫に似ているから靫草。しかし、恋の矢はおさまらなかったようだ。忸怩たる「つれなし」だが、巧妙に前句で浄瑠璃の【まばたきて人を戀せる傀儡かな 加藤三七子】という人形の仕種で生身の生臭さを隠しているから、重くは見えないが、実は心情はこの一句で吐露されている。【啜りたる枇杷の滴が枇杷の上】。この枇杷は涙の形をしている。
【豆ごはん厨揺らして噴き上がる】。厠にあらず、今度は厨。恋など役立たずなものは微塵も生き延びる余地のないこのたくましさはどうだ。蒸気機関車が轟くような台所だ。
そして、【夏至の日のオペラグラスに嘆きの場】。日本の心中を太宰、近松とたどれば、ここはさしずめ、竹本座を空前の大入りにした近松半二の時代物浄瑠璃『妹背山婦女庭訓』の「吉野川」を置く。親の不和から死に至る悲恋の清舟、雛鳥の、これは和製『ロミオとジュリエット』、その雛鳥の【また逢ふこともあらうとは、別るる時の捨て言葉、たとへあの世のとと様に御勘当受くるとも、わしやお前の女房ぢや。とても叶はぬ浮世なら、私は冥土へ参じます。千年も万年も御無事で長生き遊ばして、未来で添うて下さんせ】と、吉野川へと見得切れば、加賀屋高砂屋と大向こうから飛ぶ声も、桟敷の涙にかき消され、丈夫も汗を拭うふりして涙をぬぐう嘆きの場。女には見せぬ涙も、歌舞伎とあれば思う存分涙川、嘆きせきとむるすべもなければ、今日もまた俳句を詠みて遊び暮しつ。【ある甲斐もなきわが身をばかくばかりいとしと思ふうれしさ。たれかは殺すとするものぞ。抱きしめて抱きしめてこそ泣くべかりけれ】(萩原朔太郎『純情小曲集』)。
しかし、未練は残るもの。【南風鯉にかまけてゐるらしく】。この句を「南風恋にかまけてゐるらしく」と風に心を託すのは、【冬来たりなば、春遠からじ】で知られるシェリーの『西風に寄す』に見るように、古今東西詩人の習いで、しかし、そこは湿度の高い大和の国、【月見草おーいおーいと手を振れり】と、それでもつとめて明るく手を振る男がここにいる。【忘れねばこそ思ひいださず候】とは名妓高尾が恋の手管なれど、春水『梅暦』では稀代の色男丹次郎【おもひ出す所か、わすれる間があるものか】と二兎を追って二兎を得る珠玉のくどき言葉、女房に吐けば、比翼連理の契り間違いなし、帰る場所があるのは嬉しいと You’d be so nice to come home toが流れる都会のBARへ寄り道してゆく男心よ。
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2007-07-01
週俳6月の俳句を読む
週俳6月の俳句を読む
■ 三宅やよい 「平日の影」10句 →読む
■ 金子 敦 「虹のかけら」10句 →読む
■ 雪我狂流 「魚のやうな」10句 →読む
■ こしのゆみこ 「ゴールデンタイム」10句 →読む
■ 馬場龍吉 「まぼろし」10句 →読む
榊 倫代 ----------------------------------------------------------------
橋 わ た る 前 ま で 白 い 鷺 で あ り こしのゆみこ
チャーミングで童話的でどこか懐かしい感じがする十句の中で、掲出句は民話の趣である。民話の中でも鶴女房とか蛇婿とかの変身譚。そう思わせるのは「橋」の存在が大きい。橋の境界性については言うまでもないことであるが。
橋をわたる前の「白鷺」とわたったあとの「何者か」。あえてその後を語らず、読み手の前に何気なく置く。その後のことはご自由に。これこそ俳句の醍醐味、魅力のひとつ。はっきりと見えないからこそ橋の先の異界に魅せられ引き込まれるのだから。
ひらの こぼ ----------------------------------------------------------------
五 分 刈 り の 首 を さ し だ す 木 下 闇 三宅やよい
木下闇と五分刈りのまん丸な頭の取り合わせ。どちらも色はモノトーン。まるで花札のような図柄が浮かびます。
言葉通りに解釈すると、さてどういう句なんでしょうか。実はよく分かりません。散髪が終わって窓から庭でも眺めているんでしょうか?あるいはピーピングトム?それとも断頭台が木下闇に置かれている?ひょっとして打ち首のシーン?などなどとも考えられます。
でも最初に浮かべたイメージが頭を離れません。それは箱庭のような小さな木下闇に大きな五分刈り頭がヌッと現れたという図。妙に気になった句でした。「初夢のいきなり太き蝶の腹」(宇佐美魚目)なども思い出します。
ラ イ オ ン の ま な こ の 奥 の 青 嵐 金子 敦
カメラがライオンを捉えます。そしてまなこへズームイン。で、まなこの奥の超ミクロの世界へ入っていきます。そこにはライオンの心象風景の世界、青嵐が吹きわたる壮大な世界が広がっています。
「頭の中で白い夏野となつてゐる」(高屋窓秋)のライオン版といったところでしょうか。
「~の」を三つ連ねることで、ライオンの心象風景へズームインしてゆくというつくりも面白いと思いました。
湖 は 平 ら な と こ ろ ボ ー ト 浮く 雪我狂流
一読、お絵かき歌のような句だなあと思いました。こういう句ってみたことがありません。
「一月の川一月の谷の中」(飯田龍太)も単純明快な構成の句ですが、やはり「一月」ということで見えてくる風景があります。でもこの句からは一切の周辺の景が立ち上がってきません。風もないし、さざ波も立っていない。人の気配もないし湖の周辺の情景も浮かばない。読者にそうしたヒントを一切与えてくれません。
もちろん「ボート」が季語ですが、「漕ぐ」でも「揺れる」でもなくただ「浮いている」だけ。単純さもここまでくればすごい!と思います。なんだか忘れられない句。
遠藤 治 ----------------------------------------------------------------
浮 島 へ 鳥 つ き さ さ り 卯 浪 立 つ 馬場龍吉
「浮島に」ではなく「浮島へ」であるところに、ベクトルと動きを感じる。季語の斡旋とともに、生命感、躍動感が一句からはみ出してくるかのようである。
机 よ り 腕 時 計 垂 れ 昼 寝 覚 金子 敦
「垂れ」と形容できるのは、最近はあまり見かけないキャタピラのような金属製のバンドであろう。あと少しで落下するところで寝覚めたのであろうが、いっさいの感情を排して即物的に詠み一句をものにしている。
湖 は 平 ら な と こ ろ ボ ー ト 浮く 雪我狂流
観光地であろうとなかろうと、湖は平らで何もないところなのである。それをそのまま言い切り、付け足しのように「ボ ー ト 浮く」としたところが、また現実の湖そのままである。
猫髭 ----------------------------------------------------------------
貝 殻 を 洗 つ て ゆ き し 大 夕 立 金子 敦
金子敦の句をヤドカリ俳句と評したことがある。それも本人の目の前で。自分の居心地のいいように貝殻の中を磨きに磨いて、そこから一歩も出ず、そこに入ってきた客が、何と無疵で綺麗な世界だろうと目を細めて漏らす溜息と賛辞を糧にして生きているような俳句である。ポエムチッ句と揶揄するときもある。しかし、彼は何でも褒め言葉ととるので、「うまい事言うなあ。そうかもしれないねえ」と感心して、相変わらず、大好きな木下夕爾のポエムをわたくしに見せながら、行き付けのスナックのカラオケで「さとうきび畑」を延々十一番まで歌うのだ。【季節よ、城よ、無垢な心がどこにある】とランボーなら毒づくところだが、これが荒くれの心も和ませる無垢な歌声なので、猥雑なカラオケ・スナックが、あっちゃんのヤドカリ御殿と化す。揚句の景のあとに見えるものは、虹とヤドカリならぬ、虹と蝸牛である。
にじとかたつむり 木下夕爾
あかいところだけのこして
消えかけていたにじ
ぐみの葉に
とまっていたかたつむり
はっきりと
おぼえている
しかられて
背戸のはたけに
でていたとき
村上春樹は、ボブ・ディランの声を「まるで小さな子が窓に立って雨ふりをじっと見つめているような声」と小説の中で女の子に言わせているが、金子敦の句も、例えれば、木から下りられなくなった子猫の声のようで、その「ね、が、う」と聞こえるような鳴き声は、不思議に、まだ世の中に対して柔らかい心をもっていた少年の日を思い出させる。祈りのように、祈ることそのものに癒されるように、金子敦は句を歌い、そこに「願う」という幽かな子猫の声を聞く耳を持つ者が、彼の俳句の読者となり、彼の句に癒される。
湖 は 平 ら な と こ ろ ボ ー ト 浮く 雪我狂流
本郷菊坂の樋口一葉の旧居を過ぎて歩いていると、昔ながらの風呂屋があって、その前に有平棒の止まっている床屋があった。覗くと暗い室内に窓からの幽かな光で金魚の水槽が見える。狂流さんの好きそうな景だなと思って鎧坂の方へ歩いて、振り返ると、案の定、狂流さんが覗き込んでいる。【まあきれいなんとまずそな熱帯魚】という狂流さんの名句が髣髴と浮かぶ。
狂流さんが句会に顔を見せないと淋しいほどだが、そういうときは海外に貧乏旅行に出かけている。俳人が好きなパセリほどの緑のマンハッタンや、間延びするパリー祭などには洟も引っ掛けずに、インドや中近東やモンゴルといった、いわゆるアジア的な、人が犬に食われて【対岸に人が落ちてる】ような土地柄ばかりを歩く。いかにも狂流さんらしいが、そういったこだわりは、俳句的な要素をはぐらかしながら、その直感とはにかみが飄逸な味わいを持つ狂流さんの選評でも同じであり、俳句らしさにこだわる欲があると彼は絶対と言っていいほど取らないので、句会ではリトマス試験紙のような役割を果たす。
揚句は、【湖は平らなところ】と、三尺の童子のような目で景をとらえながら、【ボート浮く】がまるで【ボート置く】というように、そのボートをつまんで湖に置いたような、箱庭的シュールな味わいが面白い。
今回、一人一句という事で揚句を選んだが、狂流さんの句は、例えば、
三島忌やすっぽりぬけしコンビーフ
三島忌やすっぽりぬけしコンドーム
といった、何を考えているのか本人にもわからないような連句も持ち味だから、是非、雪我狂流句集『御蔭様』を御覧いただきたい(『浮御堂』表紙CONTENTSのarticleの中にあります)。不思議な句集である。しかし、これほど独創的で面白い句集は滅多にない。
雨 音 の 高 野 聖 と な り に け り 馬場龍吉
【高野聖】
(1)平安中期以降、仏道修行のため高野山に隠遁した僧。
(2)寄付を募るため、高野山から出て諸国を勧進遊行した僧。
(3) タガメの異名。高野僧が笈を背負ったような模様があるのでこう呼ばれる。[季]夏。
(4)泉鏡花作。明治33年発表。旅僧を語り手として、飛騨天生峠の魔性の美女のいる超現実世界を描く小説。
龍吉さんの俳句サイト『俳俳本舗』で、投句仲間の一浪さんが揚句をこう評していた。
【この句は泉鏡花の『高野聖』が主題と言ってもいいと思います。読まれた方も多いと思いますが、とにかく面白い物語です。ですから、この句は百物語のように、この物語のことを詠んだ形になっています。この物語には様々な生き物たちが(蛇・蛭・蟇・蝙蝠・猿など)登場しますが、この物語を読み終えたとき、この句の一匹の高野聖(たがめ)が一言「如何でした」とつぶやいて雨の水に消えるのです。それはあたかもこの物語から抜け出した高野聖のよう】。
龍吉さんの田鼈を詠んだ句で、もうひとつ、茨木和生の『西の季語物語』に匹敵する名エッセイ『[歳時記風に]けせんぬま追想』を三陸書房の『オリーブ』に連載している菊田一平さんの【天牛】の一節を引いてみる。
【 抱きついて高野聖は獲物とる 馬場龍吉
この「高野聖」は、池や沼にすむ水生生物の「たがめ」の別名です。ほかにも「どんがめ」「河童虫」と呼ばれることがあります。「たがめ(どんがめ)が抱きついて獲物とる」としたのでは面白くもなんともありません。たんに「たがめ」の習性の説明です。高野山の寺塔修理費を募るために、諸国を回る「聖」が「抱きついて……」と詠んだからこそ、背筋をぞくぞくっと「戦慄が走る」句になったのです】。
以前、【夜空より山が黒いよ蚊喰鳥】を詠んで、龍吉さんは「蚊喰鳥杜庵」と呼ばれていたが、いまは「たがめの龍吉」と呼ばれている。
さいばら天気 -------------------------------------------------------
夏 の 川 ゴ ー ル デ ン タ イ ム ち ら ち ら す こしのゆみこ
ゴールデンタイムとは微妙である。いまなら「ゴールデン」と略して、テレビの中で外で、みんながみんな「業界関係者」のような口ぶり。かつては違う。「ゴールデンタイム」という不思議なカタカナ語で通っていた。
映画が娯楽の中心だった時代を私は知らない。子どももおとなもラジオを聴いていた時代も知らない。けれども、テレビなら知っている。物心つく前にテレビが我が家にやってきて、小学生だった私は、本やマンガを読んだり山で蝉や兜虫をつかまえたりごっこ遊びをしたりするのと同じノリでテレビにかじりついては叱られた。日本が中途半端に貧しかった時代。その前の世代はきちんと貧しく、そのあとの世代は貧しくなんかなかっただろう。そうした中途半端さ加減の微妙さでもあるのだ、ゴールデンタイムという語のもつ微妙さとは。
この句の「夏の川」は、家と家が寄り添うなかを流れる川だ。俳句に多く詠まれる「夏の川」とはずいぶんと趣が異なる。7時台、8時台、日が落ちて間もない、夜が始まったばかりの時間。この川には、なんだか妙なゴミも浮いていそうだ。そして「ゴールデンタイム」という素っ頓狂な呼称を与えられた「時間」がちらちらとする。
この句は普遍的ではない。固有の世代、固有の生活者の痛点をついてくる。普遍的な句はエラい。みんなが褒めそやす。この句はエラくない。褒められようともしていない。けれども、私がなんの拍子か深く愛してしまうのは、こんな句だ。
この句を読むとき、あがた森魚の「テレヴィジョン」という曲を流してみてほしい。まあ、CDやレコードをもっている人に限られるだろうが、ぜひ。すると、そこいらじゅうが「ちらちら」するはずだ。
上田信治 ----------------------------------------------------------------
風 の 百 合 あ つ と い ふ ま に 蝶 に か な 馬場龍吉
詩的な語り出しから、俳諧テイストたっぷりに展開し、終わってみれば、口の動きの気持ちよさだけが残るという、珍なる季語をふくらましてつくった、お菓子のような句。
対 岸 に 人 の 落 ち て る 日 永 か な 雪我狂流
「対岸」と「日永」にはさまれて、ふつうのいい景色。ところが、作者は、読者が予期する俳句的言い方から、つるりつるりと逃げていく。そこに声とでも、言葉の質感とでもいえるようなものが、生じている。
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2007-05-06
例句に見識と遊び心 角川文庫『俳句歳時記第四版』
例句に見識と遊び心
角川文庫『俳句歳時記第四版』 ……猫髭
角川文庫から新しく出た『俳句歳時記第四版』は、とても良い。
装丁も明るく、ゲートボール文芸臭がない。実作を刺激し、鑑賞にも堪えるコンパクトな現代人の歳時記になっている。
第三版は『ふるさと大歳時記』刊行の余波で作られたせいか、冒頭から【野良着脱ぐや妻の下着の春白妙 香西照雄】と、ふるさとではいざ知らず、都会では人前で朗読をはばかられる句が並ぶが、第四版は、例の、腰巻に「本格歳時記決定版!!」と「!」を二つもぶつ惹句の『角川俳句大歳時記』の、句集名と結社誌名を添えてだらだら玉石混交の例句を八十句も垂れ流す無見識が辟易する「気配り俳人紳士録決定版!!」(「多くの俳人と結社との全面的なご協力」を仰ぐからそういうことになる)の後に出されたにもかかわらず、同じ角川とは思えないほど例句の選に見識があり、野遊びをしたくなるような誘いに溢れる現代俳句の佳句の中に、【剥製の鳥の埃や春浅し 柴田宵曲】といった燻し銀のような佳句をひっそりと紛れ込ませる慧眼と遊び心がある。
歳時記は、高濱虚子にしても、山本健吉、富安風生、飯田龍太、齋藤慎爾、あるいは遡って曲亭馬琴にしても、個人編纂は、独断の責任による慧眼に溢れる。
第四版は、解説は第三版を踏襲して【麗か】などは【体言について、「春うらら」などとも用いられる】と馬鹿を書いているが、『角川俳句大歳時記』のように【春うらら葵の紋の築地塀 小川濤美子】と連戦連敗の競走馬ハルウララではあるまいし、末代の恥になるような馬脚は出さない。
また、【春ひとり槍投げて槍に歩み寄る 能村登四郎】【風船が乗つて電車のドア閉まる 今井千鶴子】【水替の鯉を盥に山桜 茨木和生】といった、この一句は外せないという目配りも嬉しく、【剪定に夕星ともる梨畠 石田勝彦】【剪定の切り口雪を呼びにけり 石田郷子】と、親子で佳句を並べる粋なはからいもある。これを読んで育つ若い俳人の作品が楽しみになる歳時記である。


Posted by wh at 0:35 3 comments
