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2016-11-13

2016「角川俳句賞」落選展 表紙

2016「角川俳句賞」落選展

■第1室
1.青木ともじ 
2.青島玄武 
3.青本瑞季 
4.青本柚紀
≫読む

■第2室
5.安里琉太  
6.生駒大祐 
7.大塚 凱 
8.仮屋賢一
≫読む

■第3室
9.きしゆみこ 
10.工藤定治 
11.小助川駒介
12.杉原祐之
≫読む

■第4室
13.すずきみのる 
14.高梨 章 
15.滝川直広 
16.ハードエッジ 
17.古川朋子
≫読む

■第5室
18.堀下 翔 
19.前北かおる 
20.宮城正勝 
21.吉井 潤 
22.Y音絵

23.北川美美 (2016/11/24 01:30追加)
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* 「俳句」編集部による一次予選通過


参加者プロフィール

■青木ともじ あおき・ともじ
1994年千葉県生まれ。俳句甲子園13,14回出場。
現在東京大学に在学。「群青」所属。

■青島玄武 あおしま・はるたつ
熊本県熊本市在住。『握手』の磯貝碧蹄館に師事。『新撰21』に選ばれなかったほうの『新撰21』世代。現代俳句協会会員。熊本県現代俳句協会副会長。

■青本瑞季 あおもと・みずき
1996年広島県生まれ。「里」「群青」同人。

■青本柚紀 あおもと・ゆずき
平成8年生まれ。広島県出身。高校1年生のときに作句をはじめる。東京在住。「里」「群青」同人。

■安里琉太 あさと・りゅうた
1994年沖縄生。中原道夫、佐藤郁良に師事。「銀化」同人、「群青」副編集長。俳人協会、沖縄県俳句協会、琉球大学俳句研究会a la
carteに会員として所属。受賞歴に、第十六回銀化新人賞、第二回俳句四季新人奨励賞ほか。

■生駒大祐 いこま・だいすけ
1987年三重県生まれ。「天為」。「手紙」「クプラス」「オルガン」。「週刊俳句」。ustream番組「Haiku Drive」。第3回攝津幸彦賞。

■大塚 凱 おおつか・がい
1995年千葉県生まれ。第7回石田波郷新人賞受賞。「群青」同人。

■仮屋賢一 かりや・けんいち
平成四年生。大山崎の地に住み、管楽作品を中心に作編曲活動を行う。

■きしゆみこ
「屋根」「クンツァイト」所属。

■工藤定治 くどう・ていじ
1958年生。「南風」会員。
ブログ「クドウ氏の俳句帖」更新中。

■小助川駒介 こすけがわ・こますけ
1966年生れ。「玉藻」同人
第三回星野立子新人賞受賞。

■杉原祐之 すぎはら・ゆうし
平成十年「慶大俳句」入会、平成二十二年『先つぽへ』刊行
『山茶花』、『夏潮』

■すずきみのる
1955年生まれ。鳥取県在住。俳人協会会員。「参」「鼎座」「汀」所属。句集『遊歩』。

■高梨章 たかなし・あきら
昭和二十二年一月一日生まれ。大学非常勤講師。俳句歴七年。所属結社なし。

■滝川直広 たきがわ・なおひろ
2003年 藍生俳句会入会
2007年 藍生新人賞受賞
2013年 藍生賞受賞
俳人協会会員

■ハードエッジ
twitter専業俳人
2014秋より、55万句の俳句データベース(桐v9)を活用中

■古川朋子 ふるかわ・ともこ
1969年生。福岡県在住。所属結社なし。檸檬句会、いるか句会等に参加。作句歴5年。

■堀下翔 ほりした・かける
1995年北海道生まれ。「里」「群青」同人。筑波大学に在学中。

■前北かおる まえきた・かおる
1978年島根県生まれ。慶大俳句、「惜春」を経て、「夏潮」創刊に参加する。
第1回黒潮賞受賞。句集『ラフマニノフ』、『虹の島』。
ブログ http://maekitakaoru.blog100.fc2.com/

■宮城正勝 みやぎ・まさかつ
1941年、沖縄県国頭郡に生まれる。
WA(岸本マチ子代表)会員。

■吉井 潤 よしい・じゅん
香川県在住 無所属、超結社句会「木の芽句会(涼野海音 幹事)」に参加
http://blogs.yahoo.co.jp/tns26095 本日のタナカファクトリー

北川美美 きたがわ・びび
1963年生まれ。 「面」「豈」同人。
ブログ・冊子「俳句新空間」共同発行人
http://sengohaiku.blogspot.jp

2016「角川俳句賞」落選展(第1室) 1.青木ともじ 2.青島玄武 3.青本瑞季 4.青本柚紀

2016「角川俳句賞」落選展■第1室


1.青木ともじ




2.青島玄武 




3.青本瑞季 




4.青本柚紀




1. 夜があり 青木ともじ

あたたかや二人で運ぶ長机
飛び出さぬ飛び出す絵本うららけし
囀や跳ね奔放に書道展
入試監督きれいなこゑではじまりぬ
やはらかに廃車積まるる桜かな
桜かつ散るや上野にすこし雨
大筋は桜の頃に聞いてゐる
おとうとの家庭訪問ヒヤシンス
ヒヤシンス並べなほして退任す
春濤をひとり占めしてひとりなる
くづれさうな光を春の海といふ
生卵割る背筋まで新社員
青饅にふと深海のふかみどり
かぎろへば神奈川へゆく橋にゐる
風船を連れ不自由な体なる
夏近き空に火葬の煙残る
人類に火があり天に藤があり
白蝶を吹き消すやうに見失ふ
対岸を眺めてをれば春終る
はつ夏はさつき見てゐた雲の白
友を待つ背に噴水を感じゐる
立ち漕ぎの一歩目強き植田かな
のつぺりと羊羹倒す暑さかな
居酒屋のトイレに香水がにほふ
なきがらの金魚とろんと沈みたる
苦しんで死ねば汗なら残るだらう
ヘルメットの内側臭き夏野かな
ねむり草めざめるときの波紋めく
日傘して孤島のやうな女かな
売る籠のすべてからつぽ登山道
くちなはの来てゐて此岸広くある
何の碑か知らずありがたがつて秋
旧友は嫁いで百舌鳥の街にゐる
皿に入れポン酢あかるき良夜かな
一といふ字の潔き夜学かな
紅葉かつ散る空港の片隅に
菊の日の寺に裏口見つけけり
わけいつて山頭火忌の酒場かな
文殻のやうに蜜柑の皮を閉づ
理科室のうしろのストーブが匂ふ
実験のマスクがすこし驚きぬ
フラスコの沸騰を待ち山眠る
夜廻りのひとにちひさな橋があり
湯豆腐の波に豆腐のくづれけり
おほかたはわたしの上に降らぬ雪
まいにちの中に夜があり吹雪きけり
本に倦み二月の町をかなしうす
いつか返さうCDとマフラーと
船団がその闇にある寒さかな
火事跡は画廊の明さもて暮るる



2. 海神(わだつみ)の裔(すえ) 青島玄武

寝転べばあまりに天の高きこと
芒原夕陽の舟となりにけり
梨を剥く日照雨のなかを蝶が舞ふ
寂しさは楽園にあり法師蝉
名月の踊り出さんとしていゐたり
七五三も昔のことと言ふ子かな
小憎らしき頬をつねれば冷たくて
秋麗の袖に隠るる腕時計
小春日やバスいつぱいの子供たち
やおとめは初めて雪をまとひけり
木枯らしの表へ出ろと引き出され
聖菓より少し大きな聖樹かな
年の瀬のくの字に座るお人形
曳猿が晴れ着の人を追い回す
ジヤンボ機の翼の下の玉競り
鶴舞ふや久遠のの尽くるまで
熱燗を胃の腑の奥で抱き締むる
嬰の手と握手する指寒桜
春水のはしやいでをりし水車かな
経由して茶となりにけり春の水
里の子が斑雪山へと登校す
体内へ降りる階段梅真白
寒戻る寒戻るよと烏啼く
山々は膝を崩して桜草
春コート風欲しがつてゐたりけり
花影の猫となりたる夕べかな
泣き叫ぶ子供のゐたり花の宴
花満てり水面の花の散るときに
散る花へ修羅と争ふ波濤かな
お小言のまあどつさりと春の風邪
父親が怪獣となる野の遊び
連翹や海へ海へと汽車は往く
どうにでもしてよと春の大根が
海神の裔の仔馬の生まれけり
唇が歌ふ形となりて夏
旅人に旅の小路や若葉冷
掌の山河を渡る螢の火
髪筋に指先沈む薄暑かな
冷房でご飯が冷めるラーメン屋
写真屋の声の太さよ夏の富士
人殺せさうな器や夏料理
マイクにて蚊に刺されしと発表す
鼻息の急に荒ぶる泥鰌鍋
薔薇の香を嗅ぐや爪先立ちとなり
梅雨寒の切手は丹念に舐むる
プール出て生まれ変はりし女かな
トマト掴む親指までも細き手が
白南風や波が客なる自転車屋
用件を指示しながらも髪洗ふ
観音の御影を包む深緑



3. 山羊がゐる 青本瑞季

夏菊に閉ぢてまぶしき扉かな
南風散らかつてゐる子らのこゑ
貝殻の口を小さき蜘蛛わたる
花あやめ雨に紛るる鳥の足
梅雨晴の足波立たす団子虫
六月の書庫は階段匂ひけり
昼顔に白犀ほどの雲ありぬ
合歓の花おほきな水はよく流れ
えぞにうの腰折れてゐるところかな
白扇は後ろの森に陰りけり
煙草の箱夏痩の手をはみ出せる
その朝の海のごとくに曇る葡萄
濡れてゐる楽譜秋果の籠の下
虫籠のかたちの染みを風とほる
絵本閉づれば真葛原まで続く道
干柿に牧草昏くなりにけり
ぽつぽつと菌百葉箱の下
芒野の終はるまぎはの水飲み場
いななきに幕切れめける花野かな
おほらかに学生蔦の灯へ帰る
はつ冬の夢の合間を来る地震
絨毯に目覚めて舟と思ひけり
肉塊に糸の食ひ込む十二月
湯ざめしてみんなやさしい電話口
風邪気味よ歩みに鳩のちよつと飛び
初雪やサドルひと拭きにて乾く
冬ざれの盲点として秩父の牛
火事場帰りの胸元にペン差しなほす
倒木を容れぬ浅さに水温む
春の白鳥ひらがなの受肉とも
ぐつぐつと混みあへる夜の残る鴨
春の日に睡られずゐて湖を過ぐ
踏青の見知らぬ墓地に来てしまふ
蘖が幽霊よりもどつとある
汐干狩続けることの憎むに似
つぶ貝を焼けば電話を待つやうな
しんじつは日より冷たし干鰈
茶筒固くて永き日の座敷かな
からだぢゆうのみづがねむれりうららかに
花なづな鳥の足あと乾きつつ
羊蹄や汀てふもの川にもあり
たんぽぽの絮散る笛のもつれる音
パンジーの花ふてぶてし地を擦つて
白蝶よかぼそい泥の脚を上げ
とどまりて髪ぬるくなる虻の岸
春休四方がさぼてんにて座る
しだれざくら舟に届かず雨のなか
菜の花の中の蛇口の涸れてをり
黄水仙天国なら散らかつてゐる
春落葉懐かしさうに山羊がゐる



4. 消えろ 青本柚紀


砲錆びて芽吹きはじめの山を向く
この昼の囀の木であることよ
人がゐてミモザはいつまでも渚
川は流れて柳に触れし無数の手
電気ブラン飲みたし蝶に溺れたし
空腹に慣れて桜が白いのだ
たんぽぽの絮を奪へばひかりにきえる
春休読書のあとに釘打てば
食堂に溜まり春愁なき君ら
山のうしろははや花過ぎのけふである
花散らす力を沖に太宰の忌
見つめあふやうに新樹の明けてゆく
まつくらな門をくぐれば薔薇に着く
いちまいの葉をいくたびも迷ふ蟻
句は縦書き初夏の修道女のやうに
十薬の茂みを日々はひきかへす
泉見て四肢の時間のゆたかなる
女子寮に殖ゆる噂よ夏落葉
火蛾と火蛾ぶつかる夜を醒めてゐし
夏痩に渋谷の音の押し寄せる
箱の虫うごき夜学は力学へ
秋雨の受話器の奥の息づかひ
待てど来ず秋刀魚の骨を外したる
名月を山手線の廻りをり
通信の絶えて桔梗をまじまじ見る
大学へ傘が秋思が重なりあふ
束ねたる手紙信濃は霧の中
弦楽に林ひらけて秋逝けり
冬の噴水割れて一羽の鳥が発つ
いくたびも指が時計に触れ枯野
尽く冬の灯にして小さき部屋
そのことを問へば白息がちとなる
祝はれてゐて室咲のあをざめる
はばたきは微かに枯葦の日ざし
毛糸編む絵の少年と語りつつ
ふくよかな道にて竹馬のすすむ
枯枝を踏み折る空の深さかな
缶詰の尽きれば霜の声さやか
見せたしと思へば鴨がどんどん発つ
枯木まで来たり枯木を引きかへす
冬の木を書いた言葉で死ねるだらう
閉ぢてゆく森早春の声がある
蘖の幹いつまでも水浸くなり
永き日の座せばさざめく遠くかな
墓がある恋猫のゐたこの庭に
風船の力をゆふぐれに還す
月下細魚はだんだん白い鳥になる
今日までの山河を忘れたい辛夷
言ひ得ないことが菜の花より多い
新宿はすべて雑音 消えろ蝶

2016「角川俳句賞」落選展(第2室) 5.安里琉太  6.生駒大祐  7.大塚 凱  8.仮屋賢一

2016「角川俳句賞」落選展■第2室


5.安里琉太 





6.生駒大祐 




7.大塚 凱 




8.仮屋賢一





5. 昔見たやうな 安里琉太

雨粒の山蟻を押しながしけり
風鈴やたくさんの手と喉仏
人待ちに薔薇の匂ひのする頃か
ぱりぱりとプールサイドの身を起こす
青林檎ひとつの雲の引きかへす
浜のもの錆び付いてゐる昼寝かな
その石のむかしからあり南風
サングラス一人になれば胸にさす
髪灼くる巨船を鳥の旋回し
文弱の父に冷酒の夜の永し
糸瓜棚暑くなる日の雲の形
竜頭巻く掃苔の水汲むあひだ
蓑虫や雨うつとりと痩せてをり
鵙啼きて旋毛の並ぶ理髪店
言はれなきこと秋草にわが父に
敗荷になまくらな水かがよへり
蝶に似て此処も風吹く茸かな
中空の雨の真白き猿酒
茸山どの木も昔見たやうな
川底に一縷の草や神無月
セーターや胸の英字に所以なく
温室の道へ這ひだす赤き花
書きだしのすでに日暮れて浮寝鳥
二日はや肉の記憶が舌のうへ
火の糧にならぬ花弁や山始
日溜まりの水となりけり雪兎
悴みて水源はときじくの碧
忘れじと書く寒林の途中から
春暁や何の忌となく雨が降り
闘鶏師大き時計を掛けにけり
よく晴れて蕨の下は苔の国
永き日の椅子ありあまる中にをり
清明や魚のぬめりのうすみどり
払へどもみづの吸ひつくさくらかな
紙風船喪の一団が暗がりに
桜湯に彼方の波の白むかな
花過のみづの匂ひに憑かれゐし
空腹が蝶を無残に見せてをり
潮干狩雲の写真のどれも似る
ポケットの闇揺れてゐるがうなかな
春暑し蜜吸ふ茎のうすら紅
江ノ島の日傘の白く混みあへる
夏芝に寝て笑はれてをりにけり
噴水にもつとも近きベンチかな
手庇のなければ見えず五月の塔
昼寝覚とほくの音のぽつぽつと
老鶯や斜めに弱る竹箒
亡きひとの写真のきよら団扇風
登りきて涼しき景となつてゐし
薔薇濡れてこゑのるつぼの真ん中に




6. 冷たき花 生駒大祐

鳥ゆける空のてまへは雪の街
やうやうとして初夢の橋渡る
牛肉に曇りぬ寒の銀食器
丘の冬木すでに憂ひのかたちなす
山冴えて里呆けたる野蒜かな
たれもみな裸足に生まれ野は紫雲英
とくとくと色流れ出る雛の家
子供来て死を言ひそめし椿かな
凡庸な西の風吹く蓬かな
眠るべく便箋ひらく鳥の恋
揚羽踏む真昼を映す潦
鯉抜けし手ざはり残る落花かな
花過を眠ればうをにまた近づく
蝶舞ふや撥条をもて時動く
筆立に筆を待たせて春ゆきぬ
金澤の五月は水を幾重かな
雲去れば力抜く空山法師
上京の夜は新樹さへ冷えゐたり
列車の灯糸引きて去る緑雨かな
筍を煮てゐる白き時計かな
明るさに箒たふれし白牡丹
はつなつを夜の友訪ふはなんとなく
水輪広がる梅の実をたなごころ
瓜の花冷たし水の中の手も
呼び止めし汝は何用夏蓬
蝸牛来ては波立つ月日かな
蜘蛛の糸ときをり水に触りけり
風にして午後しづけさの立葵
雨ながら外用の夏薊かな
花菖蒲自在に白をあつかへり
触れて消す灯も夏雨の夜なりけり
空蟬のこぼれて今朝は波のうへ
はしやぎあひつつ夕立の縁へ逃ぐ
刻々と雨になる屋根花木槿
夏風邪にあらはれて直ぐ薬缶へ火
草に遣る湯呑の水も晩夏かな
玻璃さつとあをざめる秋立ちにけり
雁ゆくをいらだつ水も今昔
餉の梨といま水中の刃物かな
かげろふや天才にして長き生
霧雨や汝を疎みては幾鏡
十月も末のかの絵は買はぬまま
椎の実を拾ひしままに渚まで
湖は拙き波の草紅葉
紅葉鮒身じろぐ水の粘りかな
飽くるなき大空や枯芝に寝て
大根の餉に思はずの言葉かな
目瞑るにわづか足らざる霜の花
大笑のつひの涙を炬燵かな
寒鯉の目覚めて意味を離れけり




7. 白  大塚 凱

逢ふたびに微かに老いて朴の花
白シャツを脱いでも燈台が遠い
素裸になつて欅にすこし似る
飛込の音が吸はれて樹のみどり
献血ができないからだゆゑ泳ぐ
浮輪から獣のやうな息を抜く
恋びとを砂丘とおもふ午睡かな
仙人掌に夕星ほどの花きざす
帆と見えて鳥は涼しい距離にゐる
虹の脚わたしのゐない街に立つ
乳母車蚯蚓をいくつ轢いてきた
腕時計灼けて帰つて来ない鳥
迷ひ子のときに花火をふりかへる
八月の鋭利な雨に船を待つ
帰りくる帆があり秋の名もない帆
もの言はず墓参の父にライター貸す
踏切はカンナを揺らすために鳴る
かぎりない椋鳥の見てゐるつむじ
秋よ詩を読むこゑが思つたより若い
週刊誌の女に露が沁みてゐる
学問は月に背くといふことか
蚯蚓鳴くランプが冷めてゆく時間
明けながら野のひろがつてゆく檸檬
恋そして吹かれてやまぬ真葛原
胸がちに東へゆけば霜鳴れり
枯野から白い畳にゆきあたる
龍の玉さぐりて泉汲むこころ
抱き締めても石焼藷のやまぬ湯気
買はれゆく聖菓の白を鳥と思ふ
野良猫に眠るべき箱クリスマス
嚔してこころ曇天へと紛る
さびしさが森からやつてくる毛布
古日記大海深く夜を蔵す
うつくしい文がおほきな火事になる
そのみづのどこへもゆかぬ火事の跡
冬の壁さつき見た木を忘れてゐた
傘の骨からつはぶきの花になる
爛爛と雪眼をひらく夜行バス
丘へ来て雪解のペンが走り出す
二月ひとり碇のやうな辞書を買ふ
窓枠に蜂死んでゐる大試験
如雨露から虹があふれて赤黄男の忌
絵に描いてゐるとさくらが壊れだす
暮れかねてゐる抽斗のやうな母
鳥の巣をくづず月光かもしれぬ
柳その奥へ遊びにゆくおとな
春服をならべて夜がありあまる
花の名の女よ朝寝してゐても
捨てられた椅子を見てゐる新社員
肺ふたつ労働祭の風の中




8. ふるきづ 仮屋賢一

竹馬を道間違へて降りにけり
だんだんと赤の他人へ雪だるま
社長まだ法被着馴れず寒造
神の座の光を纏ひ追儺の矢
郵便配達ふもとの霞率ゐて来
海苔船の海苔を払ひて舫ひけり
声色といふ色ありて石鹸玉
卒業の列つぎつぎに傘たかく
まづは眼の春塵拭きて閻魔像
春の風邪冷ましすぎたる湯を沸かす
啓蟄のゲームカセット吹いて挿す
呼べばすぐ開く写真屋つばくらめ
はんぶんは辛夷のはうへ海の風
煉瓦棟赤く旧りゆく雪柳
鶯の飛ぶまへ力抜いて鳴く
真ん中に要らない器械ある飼屋
木匠の飼屋の梁の覚書
どこからか濁流となる鳥曇
護符多く吊せる鞄青き踏む
遠足や草で拭きたる靴の裏
叩くたび皺の増えゆく紙風船
売り切れてしばし風船売のこる
宙のものすべて軽さう花菜畑
後ろよし前よし花菜よし発車
草笛のだんだん下手になつてゆく
鯉のぼりおろしてさつと撫でてやる
全身を扇で指して確認す
きづすぐにふるきづとなる実梅かな
宮の樅山を突き出で大夕立
かき氷親子の匙の入れ替はる
神還すのちの神輿の重きこと
月下美人老いたるまへに仕舞ひけり
ゆるやかに坂のはじまる桔梗かな
竹の春行幸の碑に折りかへす
鶏頭を過ぎて話し手替はりをり
記念写真案山子いちばんいい笑顔
美術展部屋の真ん中ぽつかりと
近きほど自棄に描ける曼珠沙華
源流にものの沈まず松手入
長音に曲を終はらせ冬支度
ネクタイに鋒ふたつ冬に入る
埋火や仏描くに音の無く
裏方は靴を履きたる聖夜劇
絨毯をはみでて寝言おほき犬
柴漬を見まはる嵐山の風
懸想文売札束に札仕舞ふ
懸想文もらひて犬によく嗅がる
すずしろのつひでに菘切られをり
初弘法店主と雨を案じあふ
連載の明日にはじまる福寿草

2016「角川俳句賞」落選展(第3室) 9.きしゆみこ  10.工藤定治  11.小助川駒介  12.杉原祐之

2016「角川俳句賞」落選展■第3室


9.きしゆみこ 




10.工藤定治 




11.小助川駒介


  
 
12.杉原祐之





9. 待っている きしゆみこ

クリーミーとは如何な味はひ春を待つ
薄紙に包まれてゆく櫻貝
床の間に肥後大皿を春燈
梅は実になるまへしかと眠りたる
ブランコの違ふリズムの二人かな
トルソーを運びし春の運送屋
招待状書き重ねをる花明り
太陽は春分点や伸びし爪
蛇穴を出づる蛇籠の砂利動く
獺祭酒御用意致す花月夜
晩春や仏のやうな石の色
春送る和舟大きく戻る頃
船の音初夏の匂ひの中にをる
涼しさの色の栞や聖書棚
滝の間の青き空気を吸ひこみぬ
左手と限らぬ指輪薔薇弾く
手拭ひをカンカン帽の中に敷く
男衆を横切つてゆく洗ひ髪
喉仏辺りを見する夏雀
片方が空を向きたる金魚の目
八月の窓やサボテン伸び切つて
秋冷の床の間にある青磁かな
小鳥来よ飾窓ある畳の間
今を生き武道作法を月の許
木の心知りてや月の法隆寺
用水の流るる寺領小鳥来る
驢馬の荷は葡萄や驢馬と同じ色
野紺菊馴染みの医者に会ひにゆく
天地や銀河の影といふ地球
縄跳の縄より粗く松手入
南米の黒髪にして日向ぼこ
鳥どちの来よと伸べし手冬帽子
凪ぐ中に水の重さの冬の色
花八手旅館の角の井戸傾ぎ
古き世の文豪めきぬ懐手
よくしやべる日や冬帽をなほしつつ
男湯女湯同心円の雪
室の花咲かせる人の穏やかな
極月や絵蝋燭なる黒き芯
大八で運ぶ文机年詰まる
年暮るる料亭にある一つの名
畳屋の上がり框に冬至梅
どんと焼までの田の道氏の道
大試験塀に真赤な林檎落つ
手袋のままに戻さる受験票
土間に散る源平梅の源氏かな
山鳩の色なる庭の落椿
春燈や鍵盤の指弦の指
この場所が桜並木となる頃は
星空やたれかの分の桜待つ


 
10. 帰去来 工藤定治

葱坊主つぎつぎ風は吹いてくる
花便りライン知らせる第一報
マスクより機関銃の喋りかな
おしぼりの袋よく飛ぶ春北風
撫で摩る鎖骨のまはり鳥曇
落書の壁黒々と春驟雨
北窓を開きて風を呼び込みぬ
シクラメン一つ二つと減る花弁
初燕夫は単身赴任中
就活の黒散らばりて四月かな
コンビニの喫煙者たち春の泥
春時雨ビニール傘の数多し
若緑アキレス腱を伸ばしけり
花水木深呼吸する人がゐる
草青む靴底見せしスニーカー
やうやくに回り出したる風車
菜種梅雨宝くじ買ふ人の列
花薊刺あることは知つてゐる
石楠花や堰切るやうに花開く
廃店のガソリンスタンド草若葉
青空をこぼれ落ちしか天道虫
陽炎や事故車寄せらる道路脇
一声を鳴きて鶯飛び立ちぬ
針立てて匍匐前進毛虫ゆく
土産置くゴールデンウィーク電車席
二輪車の背中追ひかけ青嵐
昭和の日電車通過す無人駅
とりあへずはいと返事し柏餅
鯉幟もう少し泳いでいたい
小学生今何人と子供の日
突然に人現れて木下闇
春茜帰る子供へ吠える犬
披露宴の受付係胸に薔薇
春筍地面押し上げ覗きけり
夏始喉を鳴らして水素水 
一面に空敷きつめて田水引く
次々と波紋広がり水すまし
ミニ薔薇の垣根に赤き吹雪かな
太陽光パネル囲みて蛙鳴く
休耕田野菊少々草混沌
未来とは常に前方幣辛夷
青蜥蜴声出す前に消えにけり
サルビアの花赤々と苗売らる
介護車の停められてをり柿若葉
唇は冷たしラムネ玉揺れる
平らかな脈に戻りて日永かな
田楽の山椒葉少しずれている
黒ビール自分で自分褒めたき日
花虻の羽ばたきの音だけがある
若鮎の水切り進む背鰭かな


 
11. 惜春の石 小助川駒介

待春の水ゆつくりと渦を巻く
春近し白きクレヨン長きまま
微睡みの亀の瞼や水温む
一群れの花菜ひかりの溜まる場所
磔刑のステンドグラス春めけり
クラクション遠退きやがて囀に
教会の十字に掛かり春の雲
マンホール蓋の形に花の屑
降り立ちて潮の匂ひや朧月
惜春の石を拾へり子と二人
春水の暗渠を潜る音の闇
タンポポの絮を吹く子や頬丸め
チューリップ一つは影の中にあり
亀泣くや出がけに探す家の鍵
掃除機にひよいと足上げ春の果て
こどもの日言葉ならざる声発し
夏めくや波は光を乗せて去る
団子虫はつなつの陽を背に運ぶ
蔦若葉水面に触るるたび波紋
楠若葉町に一つの小学校
すり硝子染め新緑の抽象画
電柱を閉じ込めてをり蔦青葉
子には子の時間のありて磯遊び
葉桜や風のみ訪れるベンチ
美人草揺れてこの先行き止まり
ゆで卵の黄身に塩振る薄暑かな
摩天楼薄暑の底にゐたりけり
鴨の子や一羽潜れば別の子も
蕗の葉に虫ゐて蕗の葉と揺るる
空豆や上を見るもの俯くもの
出会ふたび何やら話す蟻と蟻
天道虫草から草へまた草へ
古瓦積まれし高さ姫女苑
子に実梅渡しそびれてポケットに
かなぶんや近づけばやや身構える
瑠璃揚羽空を残して去りにけり
二億年前の威厳や黒蜥蜴
壁に穴ありて蜥蜴の尾の消ゆる
ワイパーの音の物憂き緑雨かな
一本の腕無き海星裏返す
緑蔭や人待ち顔の少女ゐて
波の影裸足の甲に沿ひ撓ふ
きびきびと指差す車掌夏衣
噴水や青銅の眼の見やるもの
夕風やコレラ船なき浦賀港
さくらんぼ葉の陰にゐて息しづか
片蔭の街浸しゆくビルの群れ
オルゴール既に止みたる昼寝覚め
夏の月爛れて赤き眼の一つ
涼しさやアンモナイトの眠る壁



12. 緑の家 杉原祐之

また選挙あるらし落花舞ひにけり
ぶらんこを漕ぐ桜蘂散らしつつ
田植機の回りし跡を均したる
緑陰にひんやりとある滑り台
桐の花高架ホームに突き出でて
杉玉に梅雨の気配の濃かりけり
戦車用道路の脇の富士薊
罅入りし隊舎の壁にさみだるる
肘雨の滴を垂らす釣忍
漆掻山に一礼して去りぬ
ダービーの歓声うねり来りけり
不機嫌な妻の寝返り明易し
新築にして武骨なる登山小屋
洗濯を干せば風鈴鳴りにけり
綿菓子の機械を据ゑて祭宿
ひとつ風呂浴びて来れる神輿舁
プログラムされたるやうに滴れる
滴りに金魚滝には錦鯉
競られゆく肉牛の眼に蠅たかる
早々に夕立乾く島の路地
複製の緞帳垂らし鉾立つる
漬物を販いでゐたる鉾の宿
干草の丘の風力発電所
づかづかと政治家来たる踊の輪
垢抜けぬ音も時折威銃
サイクリングロード貫く真葛原
田の外へ外へと垂るる稲穂かな
クリアーなラジオを聴きて終戦忌
田原坂より時折の威銃
畦道を真向ひに来る蜻蛉かな
白寿まで一人で暮らし花木槿
タクシーのゆつくり流す良夜かな
蜘蛛の巣の破れかぶれに秋日濃し
日和見の山の台風一過かな
浜砂を巻き上げてゆく野分かな
ライオンズクラブの名札秋薔薇
茶の垣の隙間に落つる熟柿かな
夕日浴び熟柿ますます熟れにけり
お手軽な寿司屋の混める七五三
売れ残る熊手机に並べられ
天空を十一月の風渡る
少しづつくすんでゐたる冬紅葉
不機嫌な人に見えたるマスクかな
病院の中庭のクリスマスツリー
手相見に列の出来ゐて年の暮
追焚のボタンが喋る冬至かな
建売の一軒ごとの松飾る
富士見橋より初富士の辛うじて
朝礼を終へ一斉に雪を掻く
紫に雪野の暮れてゆきにけり


2016「角川俳句賞」落選展(第4室) 13.すずきみのる  14.高梨 章  15.滝川直広  16.ハードエッジ  17.古川朋子

2016「角川俳句賞」落選展■第4室


13.すずきみのる 





14.高梨 章 





15.滝川直広 





16.ハードエッジ 





17.古川朋子



13. 追記 すずきみのる

砲丸の手を離れ飛ぶ麦の秋
初夏の笑顔並べて医学生
老鶯や竹乱れ生え屋敷林
車道へと歩みやまずよ黒毛虫
声といふかたまり吐きて牛蛙
海が呑む浜昼顔も砂浜も
沸騰の一山にして新緑す
雲海の開けてダムとその湖と
緑陰や押してツインズ乳母車
白シヤツに翳りとなりて透く身体
いきもののいきれぬけたる繭しろし
われを呼ぶその朝声も秋めきぬ
雲母摺床にならべて処暑の餐
大路小路みごとに暮れて鉾祭
深吉野のつくばねの実を見しが縁
わたくしへと戻る途中や草の市
大玻璃に鉄線透けてゐる月見
一山を蒸し籠めの霧湧き立ちぬ
ロボットは性別不詳をとこへし
山の夜の酩酊深し猴酒
落ち鮎を食せ再々婚の友
浅漬の大根甘しワイン美味し
民家途切れし通学路峡氷雨
枝打のひとりは声の響くのみ
三山とならび称されつつ眠り
ほうと闇ほうほうと闇木菟いづこ
金色世界銀杏落葉と老幹と
スタンプを押して旅信や冬の虹
裸婦像の丸き肢体や冬の苑
寝具敷き終え湯たんぽの盛りあがり
月代やポケツトのもの当ててみよ
顔見世の鳥屋のあたりを伺ひぬ
山の影海に浮かべて初日の出
目を閉ぢて夢見の景を初景色
飾取り常の玄関へと戻る
行きずりの一人として若火見る
胴長の猫の斑の背に牡丹雪
はるあけぼの牛乳の膜しわみゐて
口移しにて春祝ぎの言の葉を
春のゆめ異郷にロバを商ひて
春灯そば湯に雲のごときもの
ケチヤツプの赤春昼の食見本
面構へ白眼なせる恋の猫
めまとひの堆肥の湯気の中に渦
揚げひばり吐声に色のあるごとし
げんげ田に音ばらまきてヘリコプター
春光の灯台のみが記憶の島
死に近き人を囲みて春障子
くつあとのかすかに続く花筵
朧夜や水面に浮かびくる記憶



14. 宇宙の犬 高梨 章

永き日や壺まだ口をあけてゐる 
アカシアの花ふんでゆく牛飼座
てふてふは空気のなかをはかなげに
たかくたかくヒバリは空に立つたまま
ヒバリ鳴くこはれてしまひさうに鳴く
揚雲雀おりてゆけない夢を見る
日向から出てゆく春の落葉かな
うぐひすのこゑや足なが蜂がゆく
春の日や灰皿の灰やはらかし
沈丁の花風に置かれゐたるかな 
石ふたつ空席となる春の丘
ふるさとはひばりのこゑのしたにあり
ひとのすがたでヒバリながむるこの世かな
くるぶしをさはられてゐるれんげさう  
白木蓮しまらく風にさはらせず
さはつたところにさはられたあと春の雪
ことごとく椿のかたちで落ちてゐる
春の闇犬に鳴かれて立つてゐる
幸福は枯葉のにほひ春の朝
春風や洗濯バサミなくなりぬ
てふてふを手ばなすやうに春はゆき
うへを見てうしろへさがる金魚かな
石置けば石にちかづく金魚かな
ゆふやけとなるまへ水を散らかして
糸とんぼ見てゐし草のすき間かな
大蟻の視野へわが足入りにけり
泣いたあとのやうな気がする金魚かな
金魚ゐぬところへ行きたい金魚かな
靴下の足音もある夏座敷
鳴きやみし木にまづおりてくる夜の秋
朝顔にあさがほのつる触れにゆく
草の花ちがふ高さの高さかな
見まはしてほかにはたれも草の花
水面はとても薄くて木の実落つ
木の葉ふりつねに明るい出口かな
つかまつて鳴いてゐたりし秋の蟬
あらはれて蜻蛉出てゆく空家かな
天高し空をうごかす雲ひとつ
木の実ふる下に地蔵ありてこつん
出られたらとおもふ胡桃の外に出る
表面にふとあらはるる秋の風
泣くこともできる秋の夜の食卓
秋の夜の帽子のなかの無言かな
露の世はしづかに下着ばかり干す
カマキリにあるかもしれぬかすれ声
望の夜のくらがりに立つ空気入れ
水を乱し水鳥うかむ北半球
水鳥もみづのせなかに寝しづまる
水鳥は水にかくれてしまひけり
湯ざめして宇宙の犬のことおもふ



15. 栞  滝川直広

草の岸きのふの雛とどまれり
春陰を漉き込まれたる出雲和紙
フェルト地の帽子に春の雨の粒
鳥の脚洗ふ流れや復活祭
さへづりや糊の利きたる衿立てて
まだ鳥の入らぬ巣箱雨したたる
ぬかるみを作務衣飛び越す鳥の恋
海のなき街のデパート蒸鰈
乗務後の車掌たたずむ山桜
夕桜土洗はれし一輪車
雲水の下駄ひくく鳴る養花天
やすらひの花傘の柄を地に着けず
北窓の下に稿書く遅日かな
砂時計遅日より時取り出だす
手鏡のうすきくもりや遠蛙
はこべらの際まできたるにはたづみ
武者人形手綱をさばく指細し
青梅に殻のやうなる薄き翳
五月雨や紅さわがしき中華街
ぬかるみを踏んで見にゆく半夏生
転舵するヨットの海をつねるごと
鳥除けのCD吊つてあるヨット
波がしらなき波つづく油照
さつきまで蛇ゐし岩に腰下ろす
夕暮が水に溶けだす金魚玉
灯のくらき歌舞練場の花氷
月光を浴び餅肌のなめくぢり
落蝉の翅を栞にできぬかと
錆釘の土よりのぞく糸瓜棚
秋草の穂より光の去りやすし
秋高し蛇口にお礼言ふこども
秋の日を編み込んであるおさげ髪
風向きの変はりて萩の揺れ直す
野も海もある能舞台鳥渡る
棘折れて洗濯槽の草虱
額縁の鍍銀をみがく鵙日和
冷ややかな灯を積み上げてホテルなり
杉玉の鳴らぬさびしさ水澄めり
火に落つる獣の脂冬来る
御火焚やそだちきつたる火の澄みて
焼藷屋にほひの罪の軽からず
冬の蝶あさき眠りをきれぎれに
天頂を雲のしりぞく初御空
休みつつ淑気を進む松葉杖
日は透り月影こもる氷柱かな
待春の日差しまみれのさかあがり
おのが身に風ひきうけて麦を踏む
一輪の水仙の香に糺さるる
遅れゐる一羽を待てり春の鴨
雛の間の朝につかふ棕櫚箒



16. 半丁 ハードエッジ

地虫出て安土桃山時代かな
幼くてお玉と呼ばれ蛙の子
蝶生れて日当る石を懐しむ
さざ波を飛んでつばくらつばくらめ
春の草早も兎の耳の丈
今日こそは晴れて桜の出番なれ
咲き満ちて花の洛中洛外図
湯あがりのほろりと花よ花びらよ
花びらが吸取紙の上にかな
ならばこの紫雲英畑を買はぬかと
石鹸の刻印深き立夏かな
鯉の背に跨る五月来りけり
満ち足りて水田明りの水田なり
頭を上げて裳裾を引いて蝸牛
毛虫とは似ても似つかぬものとなる
蓮の花蜂かと見れば蠅がをる
灯台を廻る楽しさ夏燕
涼風とよくすれ違ふ日なりけり
ねたましや夕立の中を駆け行くは
うたかたのうすきみどりのソーダ水
囚はれの身をからからとラムネ玉
赤に黄に高さを競ふかき氷
割箸が置かれ冷奴が置かれ
丁半の博打半丁の冷奴
蛸足や肉の真白を胡瓜揉み
風に乗ることの哀しき祭笛
朝顔や歩いて通ふ勤め先
石ころを掃きたる秋の帚かな
髪乾くまで月の出を待たせある
満月や永遠に零るる崖の土
蓋開けて月の光のオルゴール
明月はけふ明日はあしたなり
青い目の人形青い目の野分
豊年や翅持つものは飛び廻り
色鳥を吹き消す風となりにけり
聞く耳を持たぬ人にも蚯蚓鳴く
プリズムの傷だらけなる夜食かな
子規庵の寝静まりたる糸瓜かな
神の旅大きな月を掲げたる
赤々と火中ありけり夜の焚火
膝の辺に猫より丸く毛糸玉
白鳥の湖に行き浮寝せむ
大根を抜きつ大根抜かれつつ
枯草の中の針金曲り錆び
降雪や花壇を囲む赤煉瓦
自転車の硬きタイヤも年用意
読み返すことの楽しき古日記
花のごと雪ふる中を宝船
屈強の白を重ねて鏡餅
どんど火の崩れむばかり崩れたり



17. 逃水 古川朋子

新緑や椅子に聖書を入るる場所
丸窓を緑の雨の充たしゆく
言問のさなかにはかにほととぎす
あしうらに砂の微熱や麦の秋
点になり線になり五月のとんび
廃墟つきぬけて新樹のそよぎけり
丹田の青むまで吸ふ若葉風
うつむいてゐればいつしか夏の海
ひまはりを見てゐるだけの停車かな
木の卓のらくがき青し百日紅
黄のアロハシャツ跳んで取るフリスビー
触るる手に傷ひとつある花火かな
白靴の赤い靴底とほざかる
朝顔や海に向かひて社員寮
秋暑し神社の鳩のふとりたる
西瓜食ひ終へし話のつづきなし
本棚に活字押しあふ残暑かな
匙に乾く一滴の水秋きざす
裸婦像の乳房を削り初嵐
いまだ見ぬ街の多さよ秋の蝶
少年のなごりの眉を秋の風
千々にものおもへば遠き花野かな
そぞろ寒となりに鶴を折る家族
夜通しの雨音に秋惜しみけり
かはほりの骨にあまねく冬来る
水の輪を毀して鳰が鳰に寄る
きれぎれに鳴るクラクション冬の虹
酢海鼠や逢へばかなしくなるをとこ
落葉掃く道をへだてて会釈して
枯枝の震へや鳥の睦みあふ
畳まれて雪の窓辺に車椅子
怒つてゐる嚔笑つてゐるくしやみ
暖簾のゆ二つに割つてクリスマス
剥製の熊に白息かけにけり
ねむるまで寝息をきいて小晦日
亀が首のばしてもどす去年今年
旅初うごく歩道の弾みけり
海に出でて国道細る水仙花
春雨や肘ついて割るピスタチオ
香水もなく花もなく猫の恋
水草生ふコンクリートの川底に
春分や日の丸なびく家しづか
春の夜のふせて置かるるマグカップ
外階段ひなぎくに行き止まりたり
桜蘂ふるドアノブにビニル傘
泪では落ちぬマスカラ雲雀鳴く
さみしいと先に言はれし春の月
背凭れに人のぬくもり鳥雲に
道迷ふたび逃水を追うてをり
手かざせば水流れけり春の雷